ドリーム小説
※『サマルカンドはかくも遠く【後編】』と『Summer Waltzes You【前編】』の間のお話。付き合ってます。
※ユーリの家の内装捏造。「ロシア アパート」で検索した情報を元に書いています。
※ユーリは4月中長谷津に行っていてロシアにいません。
※勝手にオタベックはアルマトイで一人暮らしをしている設定にしています。
クリスマスも間近に迫った12月中旬。
グランプリファイナルっていうスケートの大きな大会に出るため、ユーリももリリアたちもみんなが東京へ行ってしまった。
猫のボクはペットホテルでユーリを応援しつつのお留守番。
お店の人が面倒みてくれるとはいえ2人と離ればなれになるのはやっぱり寂しい。
いいこで待ってるから、2人とも早く帰ってきてね。
そうして待ち続けること約1週間。
「ただいま、ピョーチャ。長いことお留守番させてごめんね」
ナァン。
ユーリ、、おかえり!
迎えに来てくれたの腕に飛び乗りごろごろと喉を震わせて甘えた。
ボク、いいこで待ってたよ。
東京は、大会はどうだったの?
お土産話をいっぱい聞かせてよ。
彼女の匂いが恋しくて首筋に顔をすり寄せる。
そこでボクはあることに気付く。
の首にいつも下げられていたペンダント、それがなくなっていたんだ。
オタベックから預かっていた銀の飾りのついたあれだよ。
、ペンダントどうしたの?
なくしちゃったわけじゃないよね?
ンナァウ。
ひと鳴きして上を仰げば彼女は何の不安もない、むしろどこか満ち足りた目でボクを見下ろしていた。
「ピョーチャ。あのね」
優しく穏やかに細められた青い瞳がボクに微笑む。
そうして久しぶりの我が家にたどり着いたボクは、今までで一番輝いた笑顔の彼女から幸せでいっぱいの報告を受けることになるんだ。
ピョーチャは語る。 B
■2018 春
ロシアの4月は春とは名ばかりにまだまだ肌寒い。
この時期にサンクトペテルブルクに旅行に来る人はみんな長袖を着ているしコートを羽織っている人も少なくない。
とはいえさすがに上着の上にブランケットを羽織って首にマフラーをぐるぐる巻いて更にはマスクまでして防寒している人は見かけない。
そんな人間がいるとしたらよっぽどの寒がりさんか、もしくはものすごく具合の悪い人かのどちらかだ。
そして今ボクの家の玄関の前でと並んで立っているこの人は明らかに後者に該当する人だ。
「大丈夫?キャリーはとりあえず玄関に置いておいて。中に入って座って。すぐに温かいもの用意するわね」
に促されて入ってきたその人は「すまない……」と掠れた声で返事をするとマスクの中で数回咳をした。
ナァン。
、もう帰ってきたの?
今日はデートで帰りが遅くなるって言ってたのに。
この人はだぁれ?お客さん?
玄関に立つその人の足首にまとわりついて体をすり寄せる。
あれ?なんだろう。
この人の匂い、なんだか覚えがある。
ああ、そうだ。
少し前までが首に下げていたペンダント、あれと同じ匂いがするんだ。
あれ?ということはもしかしてこの人が?
「あ、ピョーチャ。ごめんなさい、オタベック。猫は大丈夫?」
「問題ない。動物は好きだ」
その人は膝を折って座り込むとボクの頭をひと撫で。
かけていたマスクを指で引っかけて顎までずらすと顔をボクに見せた。
あ!やっぱりそうだ!
テレビや雑誌の中でしか見たことなかったけど間違いない、オタベックだ!
うわぁ、本物だ。
はじめまして、オタベック。
ボク、ずっと君に会いたかったんだよ。
彼の周りを一周してからもう一度彼の足に体を巻きつけて挨拶をした。
「人懐こいな」と躊躇なくボクの喉を撫でてくれる、その仕草は強面からは想像できないほど優しくて繊細だ。
「ピョーチャというのか。すまない、突然あがりこんで。2、3日世話になる」
そうなの?
オタベック、うちに泊まるの?
彼がロシアに遊びに来ることはから聞いて知っていたけど、うちに泊まることになっていたなんて初耳だよ。
ボクへの挨拶を済ませると彼は再びマスクをあげて咳をした。
見るからに具合の悪そうなオタベック。
なんでもカザフを出るときには少し頭が痛いぐらいだったのがここに来る飛行機の中で突然体調が悪化してしまったんだって。
空港に着いてと再会したときには熱は38度を超えていて、節々の痛みに止まらない咳、のどの痛みと満身創痍の状態。
ロシア滞在中のホテルは予約していたけど、とてもこんな状態の彼をホテルに一人きりにさせるなんてできないってがうちに泊まるよう説得したみたい。
うつったら大変だってオタベックは最初拒んでいたらしいけど珍しく強引なにブランケットとマフラーでぐるぐる巻きにされてうちに連行されてきたというわけだ。
「風邪なんてもう何年もひいていなかったんだが」
「疲れが一気に出たのかしらね。シーズンが終わっても忙しくしていたものね」
ソファーに座る彼にが後ろからあったかい紅茶を差しだす。
いい匂い。ハチミツ入りだね。
紅茶を一口すすった彼はホッと一息ついて「美味いな」と一言。
たった一杯の紅茶にも彼女の優しさが詰まっているんだろうな。
「飲んだらくつろげる服に着替えて。夕飯までまだ時間があるから少しでも寝て休んでね」
空になったマグを彼から受け取り、代わりに体温計を渡す。
オタベックはおとなしくそれを脇に挟んで熱を測る。
ピピピッと測温終了を知らせる音が鳴って取り出せば、38.5度という結果をが驚きの声で読み上げる。
「早く横になった方がいいわ。すぐにベッドの準備するわね」
「……その、すまない」
「大丈夫よ。昔はよくユーラチカも風邪をひいていたから。看病は慣れているわ」
「いや、そうじゃなくて」
「……?」
「せっかく有給をとってもらったのに俺がこんなことになってしまって……」
掠れた声、熱でぼんやりとした目に精一杯の申し訳なさを含んで彼は恋人を見上げる。
そうだったね。、オタベックが来るからってお仕事お休みもらったんだよね。
でもオタベックがこんな状態じゃ外にデートには行けないね。
彼もきっとそれを気にしているんだろうね。
ががっかりしていないかって。
でも大丈夫だよ、オタベック、心配は無用さ。
優しいがオタベックを責めるようなことを言うわけがない。
「気にしないで。観光ならまた次に来たときにできるわ。今はゆっくり休んで、早く良くなることを考えて。もう来週でしょう?」
なんのことかと思えば1週間後にカナダで開かれるアイスショーにオタベックも呼ばれているんだって。
そういうことなら尚更今は休んで早く元気にならないとね。
あなたのスケートを楽しみにしている人たちをがっかりさせないでね、って。
私もその一人なんだから、って。
スケーターの恋人を、彼女は笑顔で気遣い応援する。
の気持ちはオタベックにも十分伝わっているみたいだ。
「すまない」って申し訳なさそうに繰り返していたのが、今はもう安心した顔で「ありがとう」って言っている。
ねぇ、オタベック。
は優しいでしょ?
みたいな優しくて親切で世話好きで物わかりのいい女の子を恋人にできて、オタベックは本当に幸せ者なんだからね。
オタベックがロシアにいるのは今日を入れて3日間だけ。
明後日の夕方にはもうカザフに帰っちゃうんだって。
短い滞在だね。
普段遠く離れていてなかなか会えないのにね。
でもだからこそこうして一緒にいられる時間は大切にしたいんだって、オタベックの夕飯を作りながらはボクに本音を聞かせてくれた。
たとえそれがデートじゃなくても、風邪をひいた彼の看病であったとしても、そばにいられるならそれだけで嬉しいんだって。
は口ではそう言うけど、でも本当のところはどうなのかな。
ボクは知っているよ、が本当は寂しいって思っていること。
付き合い始めてまだ3か月。
恋人同士にはなれたけど、2人はいつでも好きなように会えるわけじゃない。
遠く離れた距離が2人の仲を邪魔する。
、本当はもっと彼に会いたいんだろうな。
彼の負担になるからって口に出しては言わないけど。
ボクが人間の言葉を話せたらいいんだけどね。
そうしたら彼女の気持ちをオタベックに届けられるのになぁ。
夕飯作りに一生懸命な彼女に背を向け、ボクはオタベックが寝ている部屋へ向かった。
ボクもほぼ毎晩お邪魔するの寝室。
ふかふかのお布団が敷かれた彼女のベッドにオタベックは寝ている。
彼にどこで寝てもらうかって話になったときユーリの部屋も候補にあがったんだけど、お布団がクリーニング中なのと彼の私物で溢れているのを理由に静かに選択肢から除外された。
「私の部屋で悪いけど」って彼女が苦笑する一方で、オタベックがちょっとそわそわしていたのをボクは見逃さない。
わかるよ、オタベック。
好きな子の匂いがする寝床なんてオスのボクらにしてみたらドキドキする場所でしかないもんね。
ちなみにはどこで寝るつもりかというとリビングのソファーだって。
「そんなことはさせられない。俺はソファーで十分だ」ってオタベックは申し出たけど、病人をそんなところで寝させるなんて彼女が許すはずがなかった。
「オタベックがソファーなら私はバスルームで寝るしかないわね」なんて無茶苦茶なこと言って彼を黙らせてしまった、今日の彼女はちょっと強気だ。
ドアの隙間からするりと体を滑り込ませて電気が消された薄暗い部屋にお邪魔する。
ぴょんとベッドに飛び乗ると、オタベックは額に濡れタオルをのせてお布団を鼻まで被せて寝ていた。
起こさないように慎重に歩いたつもりだけど生き物の気配を察知する彼の勘はなかなかのものだった。
「ピョーチャか?」
あ、起こしちゃった。
ナァン。
ごめんね、オタベック。
ひと鳴きして彼の顔のそばまで行くとお布団から片腕を出して背中を撫でてくれた。
ユーリやとは違う大きな手。
指も太くてごつごつしていて強そうだ。
でも撫でる仕草はとっても優しい。
「あまりそばに来るなよ。うつるぞ」
ボクの心配してくれるの?
優しいね、オタベックは。
大丈夫だよ、もしうつってもきっとが看病してくれるから。
それより今はオタベックの方が早く良くなることを考えて。
ざらついた舌で彼の指をぺろぺろと舐めて体調を労わる。
くすぐったいのか、彼は熱っぽい目を細めてフッと笑った。
「心配してくれているのか」
ナウ。
そうだよ、心配してるよ。
オタベックが病気のままだとも元気ないからね。
オタベックのためでもあるけど、のためにも早く良くなって。
「優しいな、お前は。飼い主たちによく似ている」
それってユーリとのことだよね。
本当?ボク、2人に似てる?
嬉しいな、2人とも自慢のご主人様だからね。
尻尾を揺らして嬉しい気持ちを伝えているとコンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「オタベック、起きているの?」
の声が聞こえてドアが開かれる。
リビングの灯りが入ってきて薄暗い部屋の視界が明るくなった。
「ピョーチャ?もう、見かけないと思ったら。こんなところにいたのね」
ナァウ。
うん、オタベックが心配で見に来たんだよ。
、それオタベックのご飯?
トレイの上の料理からは白い湯気がのぼっている。あったかそうだ。
なんかボクもお腹空いてきたな。
ベッドからひらりと飛び降り、彼女の足首にすり寄る。
、ボクもご飯、ご飯食べたいな。
「はいはい、待って。あなたのご飯は後であげるから」
順番よと言われてしまいボクは彼女から離れて待つことに。
起き上がったオタベックが「悪いな」ってボクに向かって申し訳なさそうに笑う。
いいよ、ボクは物わかりのいい猫だからね、ちゃんと待っていられるよ。
オタベックがベッドから降りて小さなローテーブルの前に胡坐をかいて座るとボクもその隣にお行儀よく並んで座った。
「消化の良さそうなものにはしたけれど。無理はしないで、食べられる分だけ食べてね」
「大丈夫だ。食欲はある」
いただきますってお行儀よく挨拶してからオタベックは料理に手を付けた。
湯気の立つリゾットを一口食べると間も開けずに一言、「美味い」だって。
お世辞じゃなくて自然に口から零れ落ちたっていう感じ。
「大丈夫?味濃すぎないかしら」
「いや、ちょうどいい」
「そう、よかった。ちょっと心配だったの。普段はユーラチカしか食べる人がいないから」
自然と彼好みの味付けになってしまう。
ユーリ、ピロシキとかボルシチも濃い味付け好きだもんね。
でもオタベックの手がとまらないところを見ると本当に大丈夫みたいだ。
あっという間にお皿の半分がなくなっちゃったよ。
そこでようやくスープにも口を付けてまた一言、「これも美味いな」だって。
彼女はホッとした顔で笑っている。
「ユーリが羨ましいな。こんな料理を毎日食べさせてもらっているなんて」
そう言って彼女を褒めるオタベックの声にどこか寂しげな音を見つけてボクの耳はぴくりと震えた。
その寂しさがどこから来るのか、いつかが言っていた話を思い出してボクは察する。
オタベックはホームリンクがあるアルマトイで一人暮らしをしているんだって。
がなんでもやってくれるユーリと違って、彼は練習して疲れて帰ってきてもご飯の用意やお風呂の準備、洗濯に掃除に、全部ひとりでやらなきゃいけない。
だからこうして誰かが作ってくれたご飯を食べるのって、ユーリやボクは慣れちゃってるけど彼にとっては特別なことなんだろうな。
「ユーリに嫉妬する。俺もできることなら毎日君の料理が食べたい」
あったかい料理で気持ちが緩んだのか、彼の口からぽろりと本音が零れ落ちる。
も嬉しいんだろうな、頬をちょっぴり赤くさせて「ありがとう」って笑っている。
オタベック、彼女もきっと同じ気持ちだよ。
叶うならそうしたいって望んでいる。
ボクも心からそう願っているよ。
今は難しくても、いつか2人が離れずにそばにいられる日が来るといいね。
ご飯が済むとオタベックは薬を飲んで再びベッドに横になった。
熱が高いからお風呂は明日にして今夜はこのまま寝た方がいいってに言われて彼もおとなしく従う。
はボクにご飯をくれるとお風呂に行ってしまった。
「彼のところに行っちゃダメよ。ゆっくり寝させてあげてね」と釘を刺されてしまい、食べ終えた後はおとなしくソファーで彼女を待つことに。
その晩ボクはソファーで休む彼女のそばで一緒に眠った。
真夜中に時折隣の部屋からオタベックが咳き込む声が聞こえて何度となく耳がぴくりと震えた。
それは彼女も同じようで、彼の咳が聞こえるたびにソファーから起き上がり足音を立てずに歩いて部屋の前まで様子を見に行っていた。
声はかけず、彼が眠っているのを確認するとホッとしてまたソファーに戻ってくる。
頭を起こして待つボクにひそひそ声で「大丈夫よ」って言って再び眠りにつく。
甲斐甲斐しいその姿には本当に優しいなぁと再確認すると同時にオタベックは本当に想われているんだなぁって胸がほっこりした。
オタベック、明日になったら少しは良くなっているといいね。
翌朝。
の愛情あふれる看病のおかげかな、オタベックの熱は37度台まで下がっていた。
今日一日ゆっくり休めばどうにか動けるようにはなりそうだね。
よかったね、オタベック。
朝ご飯もが考えた胃に優しいメニューで彼は残すことなく全品完食。
食べ終わると汗を吸った服を着替えて、に渡された蒸しタオルで顔を拭いて洗顔を済ませ、再びベッドに横になった。
まだ本調子ではないため彼女に言われるがままおとなしく従っていた彼だったけど、が「服は洗濯しちゃうわね」って声をかけたときは焦りの顔をしていた。
シャツやズボンはともかく、下着まで彼女に洗われるのはちょっと気恥ずかしかったみたい。
察した彼女に「ユーラチカので慣れているから大丈夫よ」って笑顔で諭されて、照れた顔を手で隠しながら「……すまない」って折れる彼は見ていておもしろかった。
意気揚々とランドリーに向かう彼女を見送り、ボクはベッドに飛び乗って彼の隣に腰をおろす。
まだちょっと顔が赤い彼を見上げてひと鳴き。
大丈夫だよ、オタベック。
全部彼女に任せてゆっくり休みなよ。
ナァン。
「……敵わないな、お前の主人には」
諦めたように眉を下げて笑う彼にボクは尻尾を振って応える。
彼のそばで丸まってのんびりしていると、しばらくして家事を一通り終えたがドアをノックして入ってきた。
食材と雑貨を買い出しに行くけど何か欲しいものはないかって彼に声をかける。
オタベックは「特にはないな」って顎をさすりながら答えたのも束の間、「あ」と声をあげた。
「カミソリを頼む。持ってくるのを忘れた」
顎を触って髭が伸びているのに気付いたみたい。
は「わかったわ」ってそれを紙にメモしてポケットにしまう。
上着を羽織って玄関に向かう彼女をボクはベッドから降りて追いかけた。
「ピョーチャ。オタベックのことよろしくね」
ナァン。
了解、。いってらっしゃい。
玄関前にお行儀よく座り彼女を見送る。
ドアが閉まり鍵がかかる音がしたところで寝室からオタベックが激しく咳き込むのが聞こえてきた。
大丈夫、オタベック?
小走りで寝室に戻り、ぴょんとベッドに飛び乗る。
横になった彼は手の甲を口に押し当てて乱れた息を整えていた。
「……彼女は行ったか」って苦しそうな声で問われ、短く鳴いて返事を返す。
うん、今しがたね。
もしかしてオタベック、に心配させまいと我慢していたの?
彼女の前で咳き込んだりしたらきっと心配して外出するのをやめてしまうと思った?
まったくもう、といいオタベックといいなんだか似た者同士だね。
相手に心配させまいと我慢ばかりして。
2人とももっと素直になって相手に甘えたらいいのに。
お布団の上から彼の胸の辺りをパシパシと尻尾で叩いてやる。
なんだなんだって顔でオタベックはこっちを見てくる。
人間の彼には今のボクの呆れた気持ちなんてきっとわからないんだろうな。
長くなったので切ります。次でおしまいにします。
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