ドリーム小説
■2017 夏
夏が来た。
ボクの苦手な季節だ。
暑いっていうそれだけで体力を奪われる。
ユーリは鍛えているからわりと平気みたいだけど、そうでないはボクと同じく夏の暑さに弱い。
でも本人は夏が嫌いじゃないみたい。
暑いし仕事も忙しくなるし良いことなんてないと思うんだけど、彼女曰く、夏の高揚感は嫌いになれないんだって。
人間って変わってるよね。
猫のボクにはよくわからないや。
そんな夏のとある日の夜、ソファーの上で膝を抱えてタブレットを見つめる彼女を発見。
ナァン。
、なぁにそれ?
ボクもソファーに飛び乗り彼女の隣に寄り添って画面を覗きこむ。
またオタベックのインスタでも見ているのかと思えば今日は違った。
画面の中で人間が動いてる、これって動画?
あれ?あ、これオタベックだ!
そうだよね、!
ンナァウ。
の腕に前脚をかけて問いかけるように鳴けば、彼女は肯定するようにボクの背中をひと撫で。
流れているのはカザフスタンのニュース番組で、カザフの英雄ことオタベック・アルティンの練習風景に密着取材っていう特集番組なんだって。
小さな画面の中でオタベックがスケートしたり、汗だくになって走ったり、トレーニングマシンとかいう機械で体を鍛えたりしている。
へぇ、すごいね。
頑張ってるんだね、オタベック。
ね、。
画面から彼女へと視線を移す。
あれ、おかしいな。
彼女はボクの予想とは違う表情をしていた。
、どうしたの?
嬉しくないの?眉毛が下がっているよ。
オタベックが映っているのになんでそんな寂しそうな顔しているの。
ボクの視線に気付いた彼女がこちらを見下ろし小さく微笑む。
でもそれは楽しそうな明るい笑顔じゃなくて、なんだか困ったようなちょっと陰のある笑み。
「馬鹿よね、私……」
零れ落ちたのは寂しげな声。
ユーリにも言えない胸の内を彼女はぽつぽつと零し始める。
「カザフの英雄なんて……どうしてこんな手の届かない人を好きになっちゃったのかしら」
ニュースで特集されるようなこんなすごい人を、国民から絶大な人気を誇る国の英雄を。
手が届かないってわかっているのに。
叶わぬ恋だってわかっているのに。
それでも彼を好きだというこの気持ちをとめられない。
彼のことが好きで、好きで、でも彼を想えば想うほど心は苦しくなるばかり。
切なさがいっぱい詰まった小さな吐息が彼女の口から零れ落ちる。
人間って難しいな。
とりわけ恋する女の子は。
ついこの前まで嬉しそうにしていたかと思えば突然不安で押しつぶされそうになったりする。
猫のボクには理解するのが難しい。
でもね、。
ボクは大好きな君にそんな顔でいてほしくはないよ。
ねぇ、お願い。そんな泣きそうな顔しないでよ。
何もできないけれどせめて彼女のそばにはいてあげたくて腕に体をすり寄せた。
「励ましてくれるの?ありがとう、ピョーチャ」
彼女は笑ってボクの背中を撫でてくれるけど、やっぱりそれはどこか寂しげな笑顔で。
もっと楽しそうな、幸せそうな顔で笑ってほしいのに。
どうしたら彼女を気持ちのいい笑顔にできるのか、悔しいけど猫のボクにはわからない。
それから何日か過ぎてもの顔に明るい笑顔が戻ることはなかった。
ご飯の席でユーリがオタベックの話題を出すこともあったけれど、その場では笑顔で話を聞いていてもユーリに背を向けると彼女は途端に肩を落として切なげなため息をついていた。
猫のボクには恋煩う人間の女の子の取り扱い方なんてわからないよ。
ボクにできるのは隣に寄り添って不安そうな彼女をひとりぼっちにさせないようにすることぐらいだ。
けれどそんな努力も空しく、ある日彼のインスタに体の不調を知らせる記事があがってそれは不安な彼女の顔に余計に陰を落とさせた。
膝の調子が悪くて練習を中止にまでしたんだって。
インスタを見た彼女は彼に連絡したいなって呟いていた。
何か声をかけてあげたい。
でもたった一度会っただけの自分が突然連絡なんかしたら変よねって彼女は行動に踏み切れないでいた。
心配なら言っちゃえばいいのにってボクは思うけど、恋心が絡むと物事はそう単純には進ませられないみたいだ。
人間の心の機微ってやつは猫のボクにはやっぱりわからない。
ユーリが彼と連絡を取り合っているから今度訊いてみようかなって彼女は言っている。
そうだね、そうするといいよ。
なんて思っていたらタイミング良くユーリから電話がかかってきた。
日本にいるヴィクトルとカツ丼の勇利から夏休みに長谷津に来ないかって誘われたんだって。
もどうかって声をかけてくれたみたい。
彼女は迷うことなくそれに快諾。
、ずっと日本に行ってみたいって言ってたもんね。よかったね。
でも話はそれだけじゃ終わらなかった。
『あのさ、オタベックも誘ってやろうと思ってんだけど』
電話口から聞こえてきたユーリの言葉に彼女はわかりやすいほど動揺しテーブルのマグを倒してしまった。
零れたコーヒーを慌てて拭きながら彼女はユーリにオタベックにまた会えるの楽しみだって伝える。
電話を切ると彼女は一息ついてからソファーに倒れ込んだ。
ボクも飛び乗って彼女の顔のそばに寄る。
ナァウ。
、大丈夫?
「ピョーチャ……どうしよう。また彼に会えるわ」
そうみたいだね。
よかったね、。
なんだかんだ言っても彼に会えるの楽しみなんでしょ?
「……」
沈黙。
眠ってしまったかのように動かない彼女の頬をざらついた舌でぺろりと舐めあげてやる。
また不安に押しつぶされそうになっているのかと思ったけれど、違うみたいだね。
ねぇ、。
今自分がどんな顔しているかわかる?
ほっぺたが真っ赤だよ。
手で隠そうとしてもだめだよ、耳まで真っ赤だもん。
ね、。ボクにはわかるよ。
今すごく嬉しいんだよね?
「どうしよう……」
スマホを持ったままの手を額に押し当て「困ったわ」ってぽつりと一言。
けれど言葉とは裏腹に彼女の顔にはじわじわと笑顔が広がっていく。
そう、その顔だよ。
ボクが見たい、ボクが大好きなの顔。
最高にキュートな、恋する女の子の顔だ。
2人が日本に行っている間ボクは留守番になるんだろうけど、いいよ、いいこで待ってるよ。
だから帰ってきたらいっぱい話聞かせてね。
日本のこと、お祭りのこと、それから久しぶりに会ったオタベックのこと。
お土産話を楽しみに、ボクはリリアのところでのんびり過ごすことにするよ。
ピョーチャは語る。 A
「ごめんね、ピョーチャ。すぐに帰ってくるからね」
「いいこで留守番してろー。ヤコフに高い飯ねだっていいぞ」
そう言ってボクをリリアのところへ預けて2人が日本へ旅立ったのが8月も終わりの頃。
長い休暇になるのかと思いきや、2人は意外と早く1週間も経たずにロシアへと帰ってきた。
リリアの家に迎えに来てくれた2人の足元に順にすり寄りおかえりなさいの挨拶をする。
が抱き上げてくれて「いいこにしていた?」と頭を撫でられボクは「もちろん」とひと鳴き。
2人がいない間、リリアがずっと遊んでくれたから全然退屈しなかったよ。
はどうだった?
日本は楽しかった?
オタベックにも会えたんでしょ?
おうちに帰ったらお土産話聞かせてよ。
彼女の首筋に頭をすり寄せる。
あれ?
なんだろう、これ。
から知らない人間の匂いがする。
嗅ぎ慣れないその匂いが気になってボクはふんふんと鼻をひくつかせて彼女の首の周りを嗅いで回った。
あ、これだ、これ。
匂いの元を見つけた。
の首にさげられた革紐のペンダント。
銀色の飾りがぶらさがったこれから知らない人間の匂いがする。
、こんなの行く前はしてなかったよね。
これ誰の匂い?気になるなぁ。
それの持ち主が誰なのか、教えてくれたのは彼女ではなくユーリだった。
家に着いてがお風呂に入っている間のことだ。
リビングテーブルに置かれたペンダントが気になって鼻を近づけてふんふんと匂いを嗅いでいたらソファーにだらしなく座ってスマホをいじっていたユーリが「お、ピョーチャ。それ気になんのか」ってにやりと笑って教えてくれた。
このペンダント、オタベックの物なんだって。
旅行の別れ際にオタベックがに預けて、冬にあるスケートの大きな大会で良い成績を残したら返してほしいって約束をしたんだって。
なるほどね、そんなことがあったんだ。
じゃあこれがオタベックの匂いなんだね。
ユーリともとも違う、異国の不思議な匂いがするよ。
「なぁ。知ってるか、ピョーチャ」
なぁに、ユーリ?
「姉ちゃん、オタベックのことが好きなんだぜ」
なんだ、そんなこと。
ボク、もうずっと前から知ってるよ。
「お、なんだなんだ。すました顔しやがって。知ってましたとでも言いたげじゃん」
ナァン。
だから知ってたってば。
知らなかったのはユーリの方でしょ。
ボクは得意げに鼻をツンと上げて姿勢を正してみせる。
けど結局最後はユーリの切り札に驚かされることになるんだけど。
「おっかしいよな。オタベックの奴も姉ちゃんのこともうずっと前から好きなんだぜ」
ンナァウ!?
え、そうなの?それは知らなかったよ!
そっかぁ、よかったね、。
オタベックも君のこと好きなんだって。
あれ、でもはそのことを知らないのか。
2人が想い合っているのを知っているのは当の本人たちじゃなくてボクとユーリの方?
なんだ、それじゃ意味ないじゃないか。
の不安はこれからもまだ続く可能性があるってことでしょ?
「両片想いとかウケるよな。早くくっつけっつーの」
けらけらと笑うユーリにボクも尻尾を振って同意する。
本当だね。
2人の気持ちが通じ合ってくれたら、きっとはもうあんな寂しそうな顔をすることもなくなるよね。
早く2人が仲良くなればいいのに。
そんなボクとユーリの願いが少しずつではあるけれど形となって表れ始めたのは夏も終わり秋が感じられ始めた頃のこと。
のスマホに時折オタベックから電話がかかってくるようになったんだ。
■2017 秋
ユーリが出場するスケートの大会が近付き、練習もハードになってボクの主人は毎日へとへとになって帰ってくるようになった。
ボクはスケートのことよくわからないけど、なんでも12月にある大きい大会に出るために小さい大会で2回良い成績を出さないといけないんだって。
去年一番いい色のメダルを獲ったから今年も絶対ってユーリはものすごく気合いが入っている。
その小さい大会の1つ目がアメリカでおこなわれるらしく、そこにオタベックとカツ丼の勇利が出場するんだって。
大会当日、ユーリとはリビングテーブルにパソコンを広げてネット中継で試合の様子を食い入るように見つめていた。
結果はオタベックが優勝でカツ丼の勇利が準優勝。
ライバルたちの好成績はユーリの闘争心に火をつけたみたいだ。
もう夜も遅いっていうのに「ちょっと走ってくる!」って飛び出していっちゃった。
あーあ、10月のロシアの夜だよ、すっごく寒いのに。
「もう……あなたのご主人様、本当に落ち着かないわね」
本当にね。
呆れ笑いのにボクは頷く代わりに尻尾を揺らす。
ふとパソコンから聞き慣れない曲が流れてきた。
カザフスタンの国歌なんだって。
オタベックが優勝したから彼の国の歌が流れるんだってが教えてくれた。
画面の中は表彰式の真っ最中。
オタベックが真ん中の一番高いところに立っている。
首から下げているのはユーリも持っている金色のメダルだ。
「すごいわね。言っていたとおり本当に優勝してしまうんですもの」
の口から感嘆のため息が零れる。
画面の中のオタベックを彼女はとっても優しい目で見つめている。
「おめでとう、って。言えたらいいのに」
メールじゃなくて電話で、直接口で言いたいみたいだ。
でも表彰式の後はインタビューとか取材で忙しいし、何より試合で疲れているだろうからって彼女は彼を気遣いスマホの通話ボタンを押さない。
明日連絡してみようかなって独り言を零してパソコンを閉じてしまった。
「さてと。ユーラチカはまだ帰ってこないだろうし。先にお風呂に入っちゃおうかな」
ボクの頭をひと撫ですると、首から外したペンダントをリビングテーブルの上に置いてバスルームへ行ってしまった。
しばらくすると全身ホカホカになってタオルで濡れた髪を拭きながら戻ってきた。
ドライヤーで手早く髪を乾かすとテーブルに置いたペンダントを再び首に下げる。
オタベックから預かっているそれを、彼女はお風呂の時以外で外すことがない。
肌身離さず大切にしているんだ。
ソファーに腰掛けた彼女はスマホを拾い上げて連絡が入っていないか確認。
ボクもソファーにあがり湯上りのあったかい彼女に体をすり寄せた。
「ユーラチカ、帰ってこないわね」
そうだね。
どこまで走りに行っちゃったのかな。
外は寒いし夜は危ないのにね。
「電話してみようかしら」って画面をタップしようとしたところで彼女のスマホが着信音を奏でた。
電話だ。ユーリかな。
ボクの予想は外れる。
スマホの画面を見つめる彼女の顔が驚いている。
お風呂上がりでほんのり赤かったほっぺたがもっと真っ赤っかになった。
彼女にしては珍しく慌てながらスマホを耳にあてて話し始める。
「もしもし、オタベック?えぇ、うん、私は大丈夫よ。あなたは?インタビューで忙しいんじゃないの?」
え、オタベック?
思わず彼の名前に耳が反応する。
彼の方から電話がかかってきたんだね。
すごいね、。気持ちが通じたのかな。
「そう、よかった。……うぅん、嬉しいわ、電話してくれてありがとう」
本当は私から連絡しようと思っていたの。
彼女は首に下げたペンダントの飾りに触れながら嬉しそうな顔で話をする。
無意識なのかな、オタベックと電話で話すとき彼女はいつもそうしているんだよね。
それはユーリも気付いているみたいだよ。
と思っていたら玄関の方からガチャンって鍵が開く音が聞こえた。
たぶんユーリが帰ってきたんだ。
ソファーを降りて彼の出迎えに行く。
おかえり、ユーリ。
汗だくだね、どこまで走りに行ったの?
「おう、ただいま。あれ、姉ちゃんは?」
ナァン。
なら電話中だよ。
ね、ね、ユーリ。誰と話していると思う?
彼の足にすり寄って尻尾をぱたぱたと振るわせる。
リビングに足を踏み入れたユーリは電話している彼女を見つけるとそこで足をとめた。
足元のボクを見下ろし「電話中か?」ってアイコンタクトを送ってくる。
そうだよ、電話中。
電話の相手、誰だかわかる?
ボクの声が聞こえたわけではないだろうけど、相手に察しがついたのかユーリの顔ににやりとした笑みが浮かんだ。
彼女の方はユーリが帰ってきたことに気付いていない。
完全にオタベックとの会話に気を取られている。
「おめでとう、すごく素敵だったわ。直接応援に行けなくて残念。……うん……うん、中国大会は行くわ。ユーラチカも出るし。2人のこと応援するから」
オタベックと電話しているときのは夢見る女の子みたいで本当に可愛い。
彼の声は残念ながら聞こえないけど、の話す声だけでも2人の距離が十分近くなっているのが伝わってくる。
ダスビダーニャ。
再会を約束する別れの言葉を告げて電話は切られた。
スマホを握ったままの彼女の口から余韻に浸る甘いため息が零れる。
幸せそうだなぁ。
もう少し余韻に浸らせてあげたかったけれど、「姉ちゃん」ってユーリが声をかけちゃったから甘い時間はそこでおしまい。
もう、ユーリってば。もっと気を利かせてあげればいいのに。
細い肩がびくりと揺れて彼女が慌てて振り返る。
「びっくりした……ユーラチカ、いつ帰ってきたの?全然気が付かなかったわ」
「くくっ……だろうな。電話に夢中だったもんな」
「……もしかしてずっと聴いていたの?」
「最後だけだよ。でも相手はどうせオタベックだろ?」
「まぁ、そうだけど……」
「やっぱな。なに、姉ちゃんからかけたの?」
「違うわ。その、かけてきてくれたのよ……」
「マジか。あっち試合終わったばっかだろ。ソッコーかよ」
時差とかお構いなしってあいつどんだけだよ、だって。
オタベックの積極性にユーリはもうにやにやがとまらないって感じだ。
「オタベックの奴、姉ちゃんに真っ先に報告したかったんじゃね?」
「まさか……そんなことはないでしょ。ユーラチカに繋がらなかったから私にかけてきただけじゃなぁい?」
「それはねーな。だって俺のスマホに連絡来てねぇもん」
だからやっぱり最初っから姉ちゃんに一番にかけるつもりだったんだよ。
ユーリの言葉には考え込むように動きをとめる。
けどしばらくするとぼわりと頭から湯気をあげて顔を赤くさせた。
そんな、まさか、って彼女の心の声が聞こえてくるようだ。
嬉しくて緩みそうな顔を抑えようと頬に手を添える姿は傍から見ていてとってもキュートだ。
「やべーな、姉ちゃん。もしかして脈ありじゃね?」
「……っ、馬鹿言わないの。もう、いいから早くお風呂に入ってきなさい。風邪ひいちゃうわ」
もうこの話はおしまいってはユーリの背中を押してバスルームへと追い立てる。
「へぇへぇ」って素直に押されるがまま足を進めてはいるけどユーリの顔からはにやにや笑いが消えない。
オタベックのことでいっぱいいっぱになるをからかいたくてしょうがないって感じだ。
まったくユーリってば本当にのことが好きなんだから。
まぁ気持ちはわからないでもないけどね。
そんなアメリカ大会が終わって数日後。
練習を終えたユーリが家でまったりしていて、ボクも彼のお腹の上でごろごろしていたときだ。
仕事を終えたが帰ってくるなりちょっと焦った顔で「ユーラチカ、お願いっ」ってユーリに泣きついたんだ。
どうしたのかと思えば、オタベックの誕生日がもう目の前まで迫っていて何をプレゼントしたらいいかアドバイスが欲しいんだって。
ユーリはが贈るものならなんだって喜ぶだろうよって言っている。
うん、ボクもなんとなくだけどそんな気がする。
でも当の本人にとっては好きな人に贈る初めてのプレゼントとあってかなり悩んでいるみたいだった。
その場では具体的な案は出ず、オタベックの好きな色を彼女に伝えただけで話は終わってしまった。
結局はオタベックに何をプレゼントしたんだろう?
ユーリもボクも知らないまま彼の誕生日が来てしまった。
10月31日。
その日はいつもよりちょっと早く仕事から帰ってきた。
夕飯の用意を手早く済ませるとソファーに座ってコーヒーブレイク。
ボクも隣に座って彼女の手元のスマホで一緒にインスタをチェックしていたんだけど。
オタベックがアップした写真を見るやは慌ててマグを置き、スマホを両手で抱えて中を覗きこむように顔を近づけた。
「え……、これっ」
ナァン。
なになに?どうかしたの、。
気になる写真でも写っていたの?
見上げるとのほっぺた真っ赤になっていた。
えぇ、どうしたのそんなに顔赤くして。
ボクにも教えてよ。
ぐらりと傾くの体。
ソファーに横倒しに倒れ込んだ彼女の手元を覗きこむ。
オタベックのインスタにあげられた写真。
そこには眉毛の太いくまのぬいぐるみが写っていた。
あ、これボク知ってるよ。
よくオタベックが試合の後で抱えてるやつだよね。
でもこれがどうかしたの?
気になって気になってしょうがなくて、スマホを握る彼女の指をぺろぺろと舐める。
ぽつぽつと零れ始めたの独り言を拾って考えをまとめるとこんな感じ。
どうやらね、そのくまの腕に彼女がプレゼントした腕時計が巻かれてるんだって。
しかもその写真に付けられたコメントに彼女の胸は見事なまでに打ち抜かれてしまったらしい。
『From Nike.』
ニケはギリシア神話の勝利の女神。
それってつまりオタベックにとっては女神様に等しいってこと?
すごいね、。
オタベックはカザフの英雄って呼ばれてるんでしょ?
そんな彼から女神と称されるなんて。
ねぇ、。
どうしたの?
嬉しくないの?
なんで顔隠してるの。
泣いてるわけじゃないよね。
「ねぇ、ピョーチャ」
ナウ。
なぁに、?
また何か不安なことでもあるの?
彼女の手に顔をすり寄せ慰める。
彼女はボクの体をひと撫ですると胸に下げたペンダントの銀飾りに触れ、それを自分の目の前にかざした。
「こんな私でも、なれるかしら……」
彼の勝利の女神に。
許されるのなら並び立ちたい、カザフの英雄の隣に。
不安と希望と期待と、いろんな想いを宿した瞳で飾りを見つめる。
ンナァウ。
なれるよ、なら。
彼の、彼だけの女神様に、きっとなれる。
ボクもユーリも、そして何よりオタベックがそれを望んでいるからね。
彼女は目を閉じると囁くように彼の名を呼び、そして銀色の飾りに触れるだけのキスをした。
英雄に勝利をもたらす魔法をかけるかのように。
その姿はまるで本物の女神様のようで、彼女の魔法が遠い地にいる英雄に届くといいなってボクは思ったんだ。
このあと中国大会、グランプリファイナルと続き、ピョーチャはしばらくお留守番が続きます。
GFが終わって帰ってきたら件の2人はくっついていて「ボクの知らないところで何があったの!」って鳴くわけですな。
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