■10月5日 晴れ
あれからマルコさんは半日以上もの間、泥のように眠り続けた。
彼がエースさんに背を押されて甲板に姿を現したのは翌日のお昼を少し回ったあたりのこと。
ようやく起きてきた本日の主役の、その寝惚け眼を覚まさせようとパーンとクラッカーが一斉に鳴らされ、半分しか開いていなかった彼の目はそれで半強制的に全開モードにさせられた。
「マルコ隊長、お誕生日おめでとうございます!」
「お勤めご苦労さんでございました!」
「隊長、おめでとうございます! すぐに乾杯の準備しますね」
「あ、体調の方は大丈夫すか? 酒飲めます?」
甲板に集まったクルーたちが一斉にお祝いの言葉を彼に投げかける。
マルコさんは「起き抜けにいきなり酒かよい」と呆れながらも、けれど嬉しさを隠しきれずだんだんと顔には照れ笑いが浮かんでいった。
サッチさんがガラガラガラと音を立てて特大の誕生日ケーキを載せたワゴンを運んでくると周りからは「うおぉ、豪勢!」と歓声があがった。
「やーっと主役のお出ましかよ。待ちくたびれたぜ。マルコ、いくらなんでも寝過ぎじゃねぇ?」
「うるせぇよい。予定通り間に合うように帰ってきただけでも称賛もんだろい」
「まぁ、そうだな。お疲れさん、マルコ隊長殿」
サッチさんは「んじゃ、始めますかね!」とパーティー開始の合図に手を叩こうとして、けれど開いた手をそのままに「あれ?」と動きを止めた。
「ちゃんは? なんでいねぇの?」
「マルコがいても、彼女がいなきゃ始められねぇよ」と彼はきょろきょろと大勢のクルーが集まる甲板を見渡している。
あぁ、どうしよう……。
実は甲板のどこかにはいるのだけれど、ひっそりと隠れて様子を窺っていた私は心の中で「まずい……」と唱えた。
「ほぉら、ご指名よ。いい加減隠れていないで出ていったら?」
「……無理です」
隠れ蓑にさせてもらっているヴィヴィアンさんに出ていくよう促されるも、私は首を横に振ってそれを頑なに拒んだ。
「おーい、ちゃん?」と私を呼ぶサッチさんの声に、両腕で自分の体を抱きしめより一層身を小さくさせる。
「無理です、無理……こんな格好で表になんて出ていけません」
「あらぁ、どうして? すっごく似合ってるのに。せっかく腕によりをかけて仕立てのに、残念だわぁ」
「楽しそうですね、ヴィヴィアンさん……。私のこと騙しておいて、ひどいです」
恨みがましい目で見上げるも、彼女はいっそ清々しいほどの笑顔で「ふふ。ごめんなさいね、ちゃん」と罪を認めるものだから私は呆れ果てて何も言えなくなる。
一生懸命私を探してくれているサッチさんには申し訳ないけれど、ちょっと今は前に出ていく勇気はなかった。
その原因はすべて今私が着ている、今日のためにヴィヴィアンさんが用意してくれた衣装にある。
「これ、どう見ても花嫁衣装ですよね……。なんで私だけ……」
困惑の目で見上げると彼女は朗らかに笑って「自信作よ。素敵でしょう?」と作品の出来栄えを自賛する始末。
もう呆れてため息も出ない。
とどのつまり、私は騙されたのだ。
今日はお祝いだから明るいところで映えるように女性陣はみな白い服を着ましょうねという話だったはずだ。
けれど蓋を開けてみればナースさんたちは皆色とりどりの服を着ていて、白い衣装を身に纏っているのは私だけだった。
それもただ白いだけの服ではない。
白いレースが何層にも重ねられた柔らかいイメージのワンピースに、頭には生花が組み込まれた薄手のヴェールを載せられている。
有無を言わさずドレッサーの前に座らせられて髪までいじられ、普段はしない化粧まで施されてしまった。
「いつも可愛いけど、今日のちゃんは最高に可愛く仕上がっているわよ。自信を持って隊長のところに出ていきなさいな」
「だから、無理です……。恥ずかしくて今すぐ着替えたいぐらいなのに……」
こんな格好で人前になんて、あまつさえマルコさんの前になんて出られるはずもない。
「んな格好して、何のつもりだよい」と言われるのが目に見えている。
ただただ恥ずかしくて、彼をお祝いしたいという気持ちがある半面で、パーティーの間ずっとヴィヴィアンさんの後ろに隠れていたいとも思った。
けれど、そんなことは土台無理な話だ。
隠れ続けるのにも限界がある。
サッチさんに「ちゃーん!」と何度目かの点呼をとられ、腹をくくって出ていくべきか、それとも隙をついて抜け出し着替えてから戻ってくるべきか考え始める。
ぐるぐると頭を悩ませていたときだった。
「お、見つけた」
「……!?」
聞き慣れた声が背にかけられ、私はびくりと肩を跳ねあげる。
バッと振り向けば、そこにはそばかすが散った顔にやんちゃな笑みを浮かべる仲間の姿があった。
「なーにやってんだよ、こんなとこで。そら、お呼びだぜ」
「エースさんっ、……ちょ、待ってください、あのっ」
「おーい、サッチ! マルコ! いたぜ!」
エースさんにドンッと勢いよく背中を突き飛ばされてしまった。
壁役になってくれていたヴィヴィアンさんはひらりと身をかわし笑顔で私に向かって手を振る。
私はたたらを踏みながら前に出ていく形になり、クルーほぼ全員の視線を一気に浴びる羽目になってしまった。
突然現れ出た私の、そのどこからどう見ても婚礼衣装にしか見えない姿にみんな「おぉ」と声をあげ目を丸くする。
ちらりと見ればマルコさんも同様に驚いた顔をしていた。
恥ずかしい……今すぐ六式を駆使してこの場から逃げたい。
「お、いいねぇ! めちゃくちゃ可愛いじゃん! さっすがナース長さん。俺の想像以上の完成度だぜ」
サッチさんは私の姿を見て満足気に顎髭を撫でて笑う。
なるほど、どうやら彼もこの件に一枚噛んでいたということか。
「そら、ヒロインのお出ましだぜ。どーよ、マルコ。今日のちゃん見て何か言うことねぇ?」
「何かって……そりゃまぁ言いたいことはあるけどよい」
「こいつにこんな格好させて……一体どういうつもりだよい、サッチ」とマルコさんは訝しげな顔で友人に問う。
それは私こそぜひ訊きたいところだった。
私とマルコさん、2人分の困惑した視線を受けながらサッチさんは自信満々で得意げな顔でわけを話し出す。
「だってよ、マルコ。お前、ちょっと前にここで飲んでたとき言ってたじゃん」
それは3週間ほど前、例の新入り海賊団が傘下に加わったことを祝しての宴会が開かれたあの夜のこと。
マルコさんは注がれるお酌をすべて飲み干しぐでんぐでんの酩酊状態に陥りながら、こんなことを言っていたのだそうだ。
「『が可愛いすぎて困る。クルーが増えるのはいいが、また新入りどもが彼女に色目使うんじゃねぇかと思うと気が気じゃねぇ。不逞奴らに手ぇ出されねぇよう、とっとと誓いでも何でも立てて結婚して嫁にしちまいてぇ』って」
そのときのマルコさんの口調を真似してサッチさんが代弁する。
酔った勢いとはいえまさか彼がそんなことを口にしていただなんて驚きだ。
「だから俺たちはさ、お前の願いを叶えてやろうと誕生日のサプライズも兼ねてこうしてお膳立てしてやったっていうわけよ」
「気が利きすぎてねぇ? 俺たち」とサッチさんは自慢のリーゼントを撫でつけて胸をそらす。
いつもならその胸に間髪入れず「勝手なことしてんじゃねぇよい!」と不死鳥キックが飛んできそうなものだが、今日に限ってはそれは静かになりを潜めていた。
どうしたのだろうとマルコさんへ視線を向けた私は、見慣れない彼の様子に思わずきょとんとしてしまう。
サッチさんは彼を指さし「なんだよ、マルコ。茹でパイナップルか?」と肩を震わせて含み笑いする。
「おっさん。首から上全部真っ赤っかになってるぜ?」
「……〜〜っ、うっせぇ!! わざわざ指摘すんじゃねぇよい!」
「なんだよ照れんなよ〜、結婚願望暴露されたぐらいでよぉ」
「サッチ、てめぇこの野郎……っ、俺の誕生日祝いじゃねぇのかよい!? くそ……っ、恥かかせやがって」
「てめぇの誕生日、ただで済むと思うなよいっ」と真っ赤な顔でマルコさんは怒りを露わにし復讐を宣言する。
マルコさんが照れている。
あのいつも飄々とした態度の彼が、今は真っ赤になった顔を片手で覆って「あー……、ちくしょうっ」と無駄に悪態をついてしまうほど照れている。
なんていうか、新鮮だ。
騙されて花嫁衣装を着せられたことも忘れて思わずしげしげと彼を見つめてしまう。
私の視線に気付いた彼は一瞬だけ目を合わせると「……あんまり見ないでくれよい」と懇願するように呟いてすぐに目をそらしてしまった。
どうしよう……困った。
あんなに隠れていたいと思っていたのに、今は彼のすぐそばに行きたくてたまらない気持ちになっていた。
思うがまま、私は白いレースの裾を揺らして彼の隣に立ち「マルコさん」と真っ赤になった彼の横顔に声をかける。
すぐには返事してくれなかったけれど、しばらく待っていると彼はがしがしと自分の頭を掻きながら観念したように口を開いた。
「……」
「はい」
「その服……、似合ってるよい」
「……!」
「いつも以上に輝いて見える。綺麗だ。眩しくて、直視できねぇぐらいな」
「あ、の……、ありがとうござい、ます」
ちょっと気恥ずかしいぐらいの、けれどこれ以上ない褒め言葉をもらってしまった。
あぁ、どうしよう。
むずむずとせり上がってる嬉しさに私まで顔が赤くなってくる。
「なぁ、マルコ。どうせなら今プロポーズしちまったらどうだい?」
「イゾウ、てめぇまで……。ノッてくるんじゃねぇよい」
「そうだぜ、マルコ。言っちまえ!」
「エース、てめぇにだけは煽られたくねぇよい。まだまだケツの青いクソガキが」
「誰がクソガキだ、こら! 誰のケツが青いって!?」
キーキーと吠えるエースさんはひとまず置いておいて、イゾウさんがまさかの提案をするとなんと周りのクルーたちが賛同し茶化し始めたのだ。
これには私も驚きながらも慌ててしまった。
「いいねぇ、1番隊隊長のプロポーズ、ぜひ見てみたいねぇ!」
「俺も聞きてぇ! 隊長言ってくれ、『愛してるぞ、』って言ってくれぇ!」
囃し立てる指笛は鳴り止まず、みんな好き勝手なことを言って彼を煽ってくる。
マルコさん、まさかやけを起こして挑発に乗るなんてことは……と不安になったが、それは杞憂に終わる。
彼はクルーたちからの熱い要望を「誰が言うかよい!」と一刀両断。
よかった、彼は冷静だったとホッと安堵した私は、けれど続く彼の言葉に再び驚かされ顔を真っ赤にさせられてしまった。
「お前ぇらになんて聞かせるか! 2人きりの時にこいつにだけ言うから放っておいてくれよい!」
堂々と胸を張って宣言する彼にギャラリーからわき起こる拍手と指笛が最高潮のものになる。
クルーたちからマルコさんへ投げかけられる「お誕生日おめでとうございます!」のお祝いの言葉の中にちらほらと「末永くお幸せに!」なんていうメッセージが入り混じっているのが聞き取れてしまい、私はもう恥ずかしくて赤い顔をあげられなくなってしまった。
その後もまぁなんだかんだでマルコさんと私を茶化す声は止まず、みんな何かにつけてネタにしてお祝いしつつもからかおうとしてきた。
「今回のケーキは自信作だぜ。普通に食ってもめちゃくちゃ美味いけど、ちゃんに『はい、あーん』って食わしてもらったらより一層美味くなると思うんだけど、マルコどう?」
「どうじゃねぇ! んなこっぱずかしいことできるかっ。てめぇ、どこまで今日の主役を貶めれば気が済むんだよい!」
結局その日、誕生日だというのにマルコさんは一日中からかわれ続ける羽目に。
隣で彼を見ていた私の感想としては笑顔よりも照れ隠しに怒る顔の方が随分と多かったように感じる。
けれど、私は知っている。
サッチさんに、イゾウさんに、クルーのみんなに茶化され眉を吊り上げながらも、彼らに注がれたお酒を飲むとき、杯につけた彼の唇はうっすらと弧を描いていたことを。
彼の隣にいた私だけは知っているのだ。
「マルコ! 誕生日おめでとう!」
「隊長、おめでとうございます!!」
「白ひげ海賊団1番隊隊長に! 乾杯!!」
何度目になるかもわからない乾杯の音頭にクルー全員の杯が宙に掲げられ、白ひげの右腕たる彼を祝う大歓声が空にあがる。
その中心には大勢の仲間たちからの祝福を受け満開の笑顔のマルコさんがいる。
そんな彼の隣に自分がいられることに私は改めて幸せを感じ、雲ひとつない青い空を見上げて、世界に、彼がいるこの世界に心からの感謝の気持ちを笑顔に変えて伝えた。
お昼過ぎに始まった誕生日パーティーはそれから何時間も続き、真っ暗な夜空に明るい月がぽかりと浮かんだ頃ようやくお開きとなった。
そしてその晩、当然のように部屋に招かれた私はマルコさんと2人きり、モビーに来てから一番ともいえる甘くて幸せな時間を彼と過ごしたのだった。
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親父が一切出てきませんが、ちゃんといます。
心の目で探していただけると助かります。
終わる終わる詐欺ですみません。
おまけとして翌日のちょっと甘い話が続きます。
プレゼントもまだ渡していないので。
その後日談で本当に最後です!
お付き合いいただけましたら幸いです。
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