■9月25日 雪
マルコさんの誕生日を10日後に控えたその日、私はヴィヴィアンさんに呼ばれ医務室を訪れていた。
冬島の海域を航海中のため外はすこぶる寒く、空を覆い尽くす灰色の雲からは雪がちらついている。
けれどナースさんたちが常駐する医務室とその奥にある彼女たちの居住スペースは暖房が利いていて春のように暖かかった。
「さぁ、それじゃあ採寸しましょうか。上着と、それからできたら服も脱げるところまで脱いでくれるかしら? できるだけ素肌に近いところで計測したいのよ」
「え、服もですか。はぁ、構いませんが」
指示された通り、私は冬用の上着に次いで着ていた衣服を脱ぎ、用意されたバスケットにそれらを適当に畳んで置いていく。
下着の代わりに常に着用している水着の姿になると「脱ぎました。これでいいでしょうか?」と両腕で自分の体を抱きしめヴィヴィアンさんに声をかけた。
暖房のおかげで寒さは感じないけれど、女性しかいない部屋とはいえさすがにこの格好は少々気恥ずかしい。
この船のナースさんたちは皆素晴らしく魅力的な体型の持ち主ばかりなので、あまり体のラインに自信のない身としては今すぐ脱いだばかりの上着で隠してしまいたいというのが正直なところだった。
「あらぁ、なぁに? どうして隠すの?」
「どうしてって……恥ずかしいからに決まっているじゃありませんか。あまり自信がないんです。早く服着たいです」
「やぁねぇ。あのマルコ隊長を虜にさせた子が何言っているの、もう。ほら、腕どけて。胸張って。私は白ひげ海賊団1番隊隊長の女よって、自信満々の顔で前向いていなさいな」
「無茶言わないでください……もう」
自分の性格ではとてもじゃないけれどそんな態度とれはしない。
ヴィヴィアンさんは「そうしてあげたら隊長きっとものすごく喜ぶわよ」と楽しそうに笑いながら首にかけた長いメジャーを伸ばして私の肩幅を測り始めた。
肩が終わると次に腕の長さ、腕回り、胸回り、胴回り、足の長さを順々に測っていく。
計測した数値をメモしながら「本当、筋肉と脂肪のバランスが絶妙。羨ましいわぁ」と感嘆のため息までついて褒めてくれるので私はむず痒さを感じていた。
「若いから肌も張りがあって瑞々しいし。マルコ隊長が夢中になるはずだわ」
「だから……もう。マルコさんのことを話題に出すのやめてくださいよ。今は関係ないはずです」
「あら、関係大ありよ。その大切な彼の誕生日のための採寸なんですもの」
「そうでしょう?」とにっこり微笑まれ、私はそれ以上何も言えなくなった。
彼女の言う通り、今私は何のために採寸しているのかというと、マルコさんの誕生日に着る衣装を繕ってもらうためだった。
今朝の朝食の時間のことだ。
ヴィヴィアンさんに「ちゃん、白い服って持ってるかしら? できればワンピースみたいなものだと良いんだけれど」と声をかけられたのだ。
持っていませんと答え、これは何のための質問なのかと問えば、彼女はその理由を丁寧に説明してくれた。
何でもマルコさんの誕生日当日、場を華やかなものにするためナースさんたちをはじめ女性陣は白を基調とした服を着ようという案が出たのだそうだ。
白はモビーディックの船体のカラーでもあるし、太陽の光を受けたときに一番明るく輝き場に映える色でもあるからそれが採用されたらしい。
もちろんその案に私が反対する理由はなくその場で了承はした。
けれど、肝心の白が基調の服を残念ながら私は所持していない。
それを伝えたときのヴィヴィアンさんの対応はまさに光の如し。
「私が持っているものを手直しして貸してあげるわ。採寸するから食事が済んだら医務室にいらっしゃい」
有無を言わさぬ笑顔でそう言い「それじゃあ、また後でね」とヒールを鳴らして華麗に立ち去っていってしまったのだ。
衣装を借りられるだけも十分ありがたいのに、わざわざ採寸までして仕立て直してもらえるなんてなんだかちょっと申し訳ない。
「お手間をとらせてしまってすみません」
採寸がすべて終わり、脱いだ服を再び身に着けながら私は衣装の図面が描かれたメモを真剣に見つめるヴィヴィアンさんに声をかけた。
顔を上げた彼女は困り眉の私を見て「私がやりたくてしていることよ。気にしないで」とにっこりと笑ってくれた。
「楽しみにしていてちょうだい。最高に素敵な衣装に仕立ててあげるから」
「腕によりをかけて作るわよ」と綺麗な眉をキリリと上げて笑う姿は、新作の料理に挑戦するときのサッチさんにどことなく似ている。
私の衣装なんて適当で構わないのに、と思わなくもなかったけれど、私を妹のように想い可愛がってくれるヴィヴィアンさんの心遣いはこれ以上ないほど嬉しかった。
「ありがとうございます、本当に。楽しみにしています。当日ちゃんと衣装が入るよう体型キープしておきますね」
冬島の海域に入ってからついつい暖を求めてホットココアと甘いお菓子を摘まみすぎてしまっていることを思い出し、今日から少し控えようと私は心に決めたのだった。
■9月30日 晴れ
その日、モビーは予定になかった島への上陸をすることになった。
上陸の目的は船体に開いてしまった穴の修繕。
数日前に通った冬島の海域内で大きな氷山にぶつかってしまい、普段修繕を担当しているクルーでも少々手に負えない損傷を受けてしまったのだ。
たとえ最強と呼ばれる船であろうと船内に海水が入り込めば一巻の終わりだ。
父様とマルコさん、他隊長さんたちで話し合った結果、モビーは船の修繕ができる一番近い島へと急遽進路を変更することとなった。
幸運なことにその島は1日とかからずに辿り着ける場所に存在していた。
さして大きくもないその島には決まった名はなく、けれど島民も島を訪れる人々もその地を親しみを込めてこう呼んでいた。
「ものづくりの街『ブリコラージュ』。ここにはありとあらゆる種の職人が集まっている。法にさえ触れなきゃどんな物でも、需要があろうとなかろうと自由に作っていいっていう気風がある。まさに職人のための街なんだよい」
「職人の街……。確かに、いろんな音が聞こえてきますね」
上陸する前から既にその音は聞こえていた。
ガコンガコンと高いところから重厚な機械を地面に打ち下ろす音。
カーンカーンと金属同士がぶつかり合い生まれる独特の高音。
島のあちこちにそびえたつ煙突からは絶え間なく白い煙があがっているのが見える。
「造船業って言ったら、かのウォーターセブンが一番有名だがねぃ。ここも船に関してはそれなりに名の知れた職人が集まっているんだよい」
「なるほど。それなら安心してモビーを預けられますね」
「そういうことだ」
すべてのクルーを船から下ろし、マルコさんとともに一番最後にモビーを下りた私は入れ替わるように船に上っていく職人たちの背を見送る。
開いた穴の修繕には丸一日かかるとのこと。
私たち白ひげ海賊団員は港に数名の見張り役を残し、ほぼ全員が終日フリーの時間を過ごすこととなった。
予期せず訪れた島での休息。
おそらくはこれが5日後に控える彼の誕生日前、最後の上陸、最後のプレゼント捜索のチャンスとなる。
絶対にここで見つけなければ、という使命感のようなものすら感じていた。
けれど、私の意気込みに反してそれは少々困難を極めることに。
前回の上陸の際ナースさんたちとのデートを優先させてしまったため、今回はマルコさんと行動をともにせざるをえなかった。
誤解ないように言っておきたいが、私は別にマルコさんと一緒に過ごすことが嫌なわけではない。
むしろ彼に誘われることは嬉しく、彼が雑務で忙しくて一緒に下りられないときは少し残念だなとすら思う。
今回だけが、ただ特別なのだ。
彼には内緒でプレゼントを探したいため、できることならば別行動をとりたいのだ。
何かの拍子にその機会は訪れないかと確率の低すぎる幸運を願い、そわそわと落ち着かずにいた。
そしてそんな私の態度に聡い彼が気付かないはずがなかった。
「なんつーか」
「はい?」
「今日のお前ぇは、なんかつまらなそうだねぃ」
「え? そう、ですかね……」
「おぅ。気もそぞろっつーか。全然俺の話も耳に入ってねぇみてぇだし。あれかねぃ、やっぱり」
「……?」
「本当は今日も俺とじゃなくてヴィヴィアンたちとデートしたかったんじゃねぇのかい?」
「……! 何を……言うんですか、いきなり」
「図星だろい」
「……違います。そんなこと思っていませんよ。もう、変なこと言わないでください」
口では違うと言いながら、けれど心の中では完全に否定できずにいた。
隣を見上げれば、そこにはどこか不満げな顔の彼がいて「どうだかねぃ」と私の言葉を疑っている。
せっかくの休息なのに、せっかくのデートなのに、落ち着かない態度をとって彼をがっかりさせてしまったことに今頃ようやく気付き、申し訳なさを感じて胸が痛んだ。
「ナースさんたちとデートしたかったなんて思っていません。……でも、……あの……」
「……」
「ごめんなさい……、私……」
うまい弁解の言葉が見つからない。
早くプレゼントを探したい、ひとりになれる時間が欲しいと望む気持ちと、気もそぞろにデートなんかして彼を落胆させた罪悪感がぶつかり合って喧嘩していた。
焦る心が、もういっそのこと「あなたへの誕生日プレゼントを見つけたいんです。何が欲しいですか?」とすべて白状して一緒に探しに行ってしまえとサプライズの計画を破綻させようとしてくる。
何か言おうとする私を見下ろし首をかしげるマルコさんに「あの、実は」と切り出した瞬間だった。
『プルプルプル。プルプルプル』
「……」
「……」
彼のズボンのポケットの中で子電伝虫が着信音を奏で始め、2人の意識はそちらへと注がれた。
マルコさんは「嫌な予感しかしねぇよい……」と顔を渋らせ、取り出したそれを通話モードにする。
彼が感じ取った不安は的中し、子電伝虫は困り果てたサッチさんの顔と声で『悪いな、マルコ。今いいか? あー、その、親父がさぁ……』と話し始めた。
「親父がどうしたんだよい」
『おー、実はさ……。いや、やっぱちょっとこっち来てくんねぇ? 今裏通りの酒場にいるんだわ』
「ったく……、しかたねぇな」
用件が不明瞭なまま呼びつけられ、マルコさんは苛立ちのこもったため息を吐きだす。
「すぐに行くよい」と返事をして子電伝虫をポケットにしまうと、彼は私の頭をくしゃくしゃと撫でて残念そうな顔で笑った。
「つーわけで、デートはまたお預けだよい。適当にその辺ぶらついて、飽きたら先に宿行って待っててくれ」
「あ、はい。あの、マルコさん……」
「ん?」
「その……ごめんなさい。今日、私確かに楽しくなさげな態度とっていました。ちょっと考えることがあって。すみません……」
「みたいだねぃ。何悩んでんのか知らねぇが。ま、できたら次のデートのときは明るい顔でいてほしいよい」
「はい……」
彼は再び私の頭をひと撫ですると、つむじにキスをひとつ落とし、「また後でな」と片手を挙げてその場を去っていった。
彼の背を見送りながら、私は少し複雑な気持ちでいた。
ひとりで探索する時間が欲しかったのは確かだけれど、それは彼にあんながっかりした顔をさせてまで欲しいものではなかった。
もうすぐ誕生日を迎える人を、大切な人を、笑顔にさせてあげられない自分に失望し、肩を落としため息をつく。
それでも今は、どんな形であろうと手にしたひとりの時間を有効に使わなければと鎮火しそうだった使命感を再び燃やす。
ものづくりの街ならばきっと彼にぴったりの素敵な品に巡り合えるはず。
そんな希望を胸に、私は彼が走っていった方角とは反対の方へ足を向け、2度目の、最後のプレゼント探しの旅へと出発した。
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まだ続きます。
【ブリコラージュ】は「寄せ集めて自分で作る」「ものを自分で修繕する」を意味する言葉。
フランス語が由来だそうです。勉強になりました。
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