※オリジナルキャラ(海賊狩りの男。名前あり)が登場します。
夢主とのキスシーンありです。苦手な方はごめんなさい。
カランと軽やかに鳴り響く店のドアベル。
が足を踏み入れたのは待ち合わせの場所としてマルコに指定された裏通りの酒場『バー・ビンクス』。
まだ昼を少し過ぎたぐらいだが店内は海賊らしき男たちでごった返している。
一通り店内を見渡すも白ひげ海賊団のクルーの姿は見受けられない。
騒いでいるのはこの島の住人と名前も知らない海賊団の船員たちばかりのようだ。
「いらっしゃい」
恰幅のいい店主に声をかけられ、は大荷物を抱えたままカウンター席に視線を向けた。
残念ながら彼女が座りたい壁際の席には先客の男がいる。
カウンター席で空いているのはその男の隣の席だけ。
(ま、しょうがないか)
は肩で息をつき、壁際から2つ目の席に腰掛けて足下に荷物を置いた。
「グラスで一杯、おススメをお願いします」
「はいよ。つまみに牡蠣のオイル漬けはどうだい」
「うーん……おいしそうですが、それはまた後で頼みます」
料理はマルコが来てからでもいいだろうとは酒だけを頼み、渡されたグラスに早速口を付ける。
一口飲んだ瞬間、彼女の目はパァッと明るく輝いた。
見た目は平凡なのに、それは今までに飲んだどの酒とも比べ物にならないほど美味しかったのだ。
「おいしい……、なにこれ」
「お! お嬢さん、いい舌持ってるねぇ」
「それね、自家製の果実酒なんですよ」と店主は肉付きのいいふくよかな頬を押し上げて嬉しそうに笑う。
「裏の畑で採れたベリーを漬け込んであるんだ。うちのおススメで自信作なんだが、いまひとつ人気が上がらなくてね」
「そうなんですか。もったいない、こんなに美味しいのに」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。今日は運がいい、味のわかるお客さんが2人も来てくれて」
「え?」
店主の言葉にはグラスから顔を上げて彼を見やる。
カウンターの中でグラスを磨く彼はにこにこと嬉しそうな顔をの方に寄せるとひそひそと内緒話をするように教えてくれた。
「隣のお客さんもね、一口飲んだだけで自家製であることに気付いてくれてね。今もう5杯目なんだ、あれ」
「……」
「相当気に入ってくれたみたいでね」と頬が緩む店主にも笑顔で返す。
ふと隣の客のことがなんとなく気になって、はちらりと壁の方に視線を向けた。
海賊に似た風貌の男は青年と呼ぶには少々年をとっていて、マルコより少し年下ぐらいだろうかと推測する。
無駄な肉のついていない横顔は端正で鼻筋も通っていて、切れ長の瞳もあいまって鋭利な刃物を想起させる。
漂う雰囲気からカタギではないなというのはにも容易に判断できた。
「お嬢ちゃん。視線が熱くて火傷しそうなんだが」
「……!」
不意に男から声をかけられ、は思わず彼から目をそらし顔を前に戻してしまった。
心の中を読まれたわけではないだろうが、あまりのタイミングの良さに彼女の鼓動は少しだけ速くなる。
カランと鳴った氷の音は隣の彼のグラスのもの。
気配だけでは男が自分の方を向いたのを感じ取る。
隣から強い視線を感じる。
こちらを向いてくれないかというメッセージが視線を通して伝わってくる。
どうしようか迷った末、先に不躾な視線を送って観察していたのは自分の方だからと反省し、は観念して隣へと首を向けた。
「ほう……。こりゃまた」
(あ……、まずい)
目が合った瞬間、直感的に彼女はそう感じた。
視線をそらせない、彼に捕まってしまったのだ。
のすべてを見通すかのように男はじっと見つめてくる。
どれぐらい視線を留められていただろうか、しばらくして男はふっと力の抜けた笑みを浮かべて自ら視線をそらし呪縛を解いた。
「悪いな、はじめましてだっていうのにじろじろと。気に障ったかい」
「いえ……。不躾に見つめていたのは私の方が先ですから。こちらこそごめんなさい」
「なに、謝ることはない。お嬢ちゃんみたいな可愛い子からの視線なら大歓迎だ」
キザな言い回しも少し甘さのある笑顔もすべてが彼の武器なのだろう、はそんな気がした。
顔立ちだけでなく声にも年を重ねた渋さがある。
ナンパし慣れているように見えるが、これは女性の方が放っておかないタイプの男性だなと彼女は勝手な推測をして内心で頷いた。
「お嬢ちゃん、ここらじゃ見ない顔だな」
「あー……はい。そうですね。一応流れ者の一種なので」
「流れ者ね。もしやあんたも海賊かい?」
「それは……」
何をもって男がを海賊と判断したのかはわからないが、仮に勘だったとしたのならなかなかの切れ者だ。
どうしようかと迷った末、別に隠す必要はないかなと判断しは頷いて彼の問いを肯定した。
男は「へぇ」と感心したような声をあげる。
「こいつはまた随分と美人の海賊がいたもんだ」
「……どうも、です。あの、お……兄さんは何のお仕事を?」
一瞬おじさんと呼びそうになった口に急ブレーキをかけ、慌ててお兄さんと修正して彼に同じ質問を投げかけた。
男は肩を揺らして「こんなおじさんに気ぃ遣ってくれてありがとよ」とけらけらと笑う。
その笑い方がなんとも人懐っこくて、の中にあった彼に対する警戒心が少し緩む。
「ジークフリートだ。ジークでいい。あんたは?」
「です」
「、ね。よろしくな。俺はこういうもんだ」
そう言ってジークと名乗る男が荷物の中から取り出したのは分厚い紙の束。
麻紐で綴じられたそれをジークはテーブルの上を滑らせての前へと寄こした。
「……? あの、これは」
「そいつが俺の仕事の相棒だ」
「これ……手配書のリスト?」
それは海軍時代にもよく目を通していた海賊の手配書の束だった。
ジークのそれは海水や潮風に晒されボロボロになっていて相当な年季を窺わせる。
破いてしまわないように慎重にパラパラと中をめくると赤で×印がつけられている写真が時折見つけられた。
印がつけられている海賊は、の記憶が正しければすでに海軍に拘束された者たちだ。
海賊の手配書なんかを持ち歩いていて、捕まった者の写真に用済みとばかりに印を付けていく、そんなことをする職業といえば。
「賞金首ハンターさん?」
「ご名答」
テーブルに頬杖をついた男はの方に体を向けてにやりと笑う。
細められた眼と弧を描く唇はまさに獲物を狙うハンターのもので、の背をぞくりと何かが駆け抜けていく。
さっき目を合わせたときも何かまずいものを感じた。
相手のペースに飲まれるな、と自分に言い聞かせ彼女はグラスの酒を一口喉に流して一息つく。
「残念です。せっかくお知り合いになれたのに、私たち仲の良い友人にはなれそうにないですね」
「そういうことだな。俺も残念だ」
賞金首ハンターと海賊。
狩る者と狩られる者。
相容れない者同士が酒の席で隣り合うなんて、奇妙な縁としか言えない。
「でも、よかったです」
「ん?」
「私、最近海賊になりたての雑用なんです。リストになんてまず載っていない小者も小者。だからあなたに狙われることもないですよね」
この首を斬っても1ベリーにもなりはしない。
「安心して隣でお酒を飲んでいられます」とは彼に向けて余裕の笑みを浮かべてグラスを揺らす。
そういう受け答えが返ってくるとは思いもしなかった男は頬杖ついたまま思わずきょとんとしてしまう。
飛びまわる鷹を目の前にして恐れることなく堂々とする子鼠、彼の目にはがそんなふうに見えた。
(肝の据わった、なかなかおもしろい娘だな)
男は肩を揺らし、興味深げにしげしげと彼女を見つめる。
「新米海賊のお嬢ちゃん。ところであんた、仲間は?」
若くて美しい娘がこんなところで一人酒だなんて寂しくはないか。
何か理由があるのかとジークが問えば、は「人を待っているんです」と正直に答えた。
「待ち人ね。男かな?」
「ふふ。さぁ、どうでしょう」
勘のいい彼の問いには笑ってそこは誤魔化しにかかる。
けれど「秘密です」と唇の前に指を立てる彼女の笑みは心なしかどこか楽しげで艶がある。
あぁきっと相手は男なのだろうと彼は確信し、そして同時に思うのだった。
なんとも羨ましい、こんな若く愛らしい娘を手中におさめる男の顔が見てみたい、と。
それからしばらく、の待ち人が来るまでの間という条件で2人は酒を酌み交わしいろいろな話をした。
話をしたといってももっぱらがジークに質問し、彼の航海の話を聞くのに専念していたに過ぎない。
海軍として生きてきた彼女にとって、まったく別の立場の人間が語る海の話はとても新鮮なものに聞こえた。
新しい冒険の書を聞くかのように彼女は目を輝かせてジークの話に聞き入り、そして時間は過ぎていった。
すぐに来ると思っていたマルコはいつまで待っても来ず、空のグラスばかりが何杯も増えていく。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「……ん」
どれくらい時間が経ったことだろう。
もう何杯飲んだかも覚えていない。
ジークに問いかけられて彼を見つめるの目は焦点がぼんやりとして定かではない、それほどまでに彼女はグラスを空けてしまっていた。
「飲みすぎたな」と苦笑する彼の声が聞こえて、は頭の中で「だってしょうがない。彼の話がおもしろすぎたんだ」と酔っぱらいらしい言い訳をする。
(だって……いつまで待ってもマルコさん、来ないから)
自分をこんなところに一人きりにさせる彼にも非がある、といよいよ責任転嫁までし始める始末。
赤く火照った顔を両手で頬杖ついてぼんやりと前を見つめる、彼女の唇は心なしか尖がり不貞腐れた気持ちを露わにしていた。
そんな彼女をすぐ隣の席から苦笑とともに見つめる男がひとり。
テーブルに片肘をのせたジークは肩を揺らし、彼女に向ける目を若干愛おしげなものに変える。
そのことに酔った彼女が気付くはずもなかった。
「なんだ。そんなに酒強ぇわけじゃなかったのかい」
「そんなこと、ない……です」
「無理しなさんな。もうこの辺でやめとくか」
「なんでですか……、まだ飲めますよ」
「酩酊状態で何言ってやがる。そんな呂律の回らない状態で飲んでよ、倒れられても俺が困る」
「もうやめときな」とジークは華奢な背中をポンポンと叩く。
は頬杖の片側を解くと隣に顔を向けて酔った目でじぃっと彼を見つめた。
「ジークさん……、もっと海の話してください」
「ん?」
「待ち合わせてる人が来るまで、……海の話を」
酔いのせいで彼女の瞳は半分ほどしか開いていない。
それもうとうととしていて今にも閉じて眠ってしまいそうだ。
(失敗した……こりゃ俺も悪い)
ジークは苦笑し頬を掻く。
話が弾んだとはいえ若い娘をこんな無防備な状態にさせてしまったことに年上としての責務を感じずにはいられない。
「海の話は、今日はもう終わりだ」
「なんで、ですか……。今日はまだ終わってませんよ」
「そりゃガキの屁理屈だぜ、お嬢ちゃん」
「だって、まだ夕方です。……今日はまだこれから、です」
「おい……おい、こら嬢ちゃん。軽々しくそんなこと男に言うもんじゃねぇぞ」
なんて危険なことを言うのか、とジークは困り果てた顔で笑う。
そんなことを男に言えば、誘っていると相手を勘違いさせかねない。
「ほら、お嬢ちゃん。起きな」
「ん……、つめた」
ジークはグラスの水滴で濡れた手での真っ赤な頬をぴたぴたと叩いて起こしにかかる。
だが冷えたてのひらを当てられた彼女があまりにも気持ちよさそうな顔をするので彼は思わず叩くのをやめてそのまま頬に手を押し当ててしまった。
彼女の頬の火照りが手のひらに直に伝わってくる。
触れられたまま彼女は動かない。
彼の手を振り払うこともせず、されるがままになり酔った目でじっとジークを見つめてくる。
その青い瞳を見返し、彼は、よりもずっと長い人生を歩んできた男は感じ取るのだった。
「お嬢ちゃん……、さてはあんた」
「……ん」
(慣れてやがるな、こういう状況に)
見た目の若さと清廉さに反して、彼女が男と女が作り出す特別な雰囲気にあまりにも慣れていることに彼は気付く。
「おぼこい顔して、意外と経験豊富か、お前さん」
「……」
男に問われるもは答えない。
答える代わりに、ふっと彼から目をそらし視線を斜め下に流して沈黙で返す。
言葉にせずとも十分に伝わる、それが彼女の答えだった。
sequel 6 : ワンナイトラバー リターンズ
まるで吸い寄せられるように男の指が彼女の頬に触れ、細い顎へと指を滑らせる。
酒に酔った彼女のやや虚ろな目を正面からじっと見つめてしまった男は心の内で小さく舌打ちをした。
気付いてしまったのだ、それが危険なスイッチであることに。
(こいつは……ちょいとまずいな)
時すでに遅し、酒に酔ったが作り出す、彼女の意志とは関係なく生み出される哀愁漂う眼差しに男の心は捕らわれてしまっていた。
下がり気味の眉に今にも泣きそうな瞳、白い肌は酒のせいで火照りわずかに朱に染まっている。
その姿はあまりにも妖艶で、寂しさを纏う彼女の仕草は男の庇護欲と嗜虐心の両方に火をつける。
この娘に触れたい、この娘と肌を重ねてみたいと男の本能を揺さぶってくる。
「お嬢ちゃん、あんた……不思議な女だな」
男は察す、この娘は無意識に男を引き寄せる力を持っている、と。
(危険なそれは、天が与えたもうたものか……)
こんな若く美しく儚げな娘に神はなんとも酷なものを授けたものだと男は思わず皮肉な笑みを浮かべてしまう。
彼女の顎にかけていた指を動かし顔を上向かせ、男はその柔らかい唇に自分のそれを押しつけた。
冷たいベリーの香りと強いラムの酒気が漂う、爽やかさと危うさを混ぜたような口付けだった。
「」
「……ん」
唇を離し、彼女にだけ聞こえるようにと男が掠れた低い声で小さくその名を呼べば、返ってきたのは鼻にかかる甘い鳴き声。
彼女の声が、小さな仕草ひとつひとつが、男を自然と酔い惑わせる。
そして男はもう一度彼女に口付け、カウンターの下の彼女の足にそっと手を這わせた。
←
□
→
ここにきて再び彼女の初期設定「酒癖の悪さ。貞操観念の低さ」が発動です。
どうなることやら。ただマルコの頭を悩ませることは確実です。
タイトルを以前のものからまったく異なるものに改編しました。
(修正前『酔った彼女は男を酔わす』)
2018/07/14 加筆修正
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送