空は晴天、海は穏やか。
巨大海賊船モビーディック号はグランドラインの途中でちょっと寄り道中。
船は大小様々な島が集まるドーバック諸島に一時停泊することになった。
久しぶりの陸にクルーたちは浮き足立つ。
今夜は久々に女をはべらせながら酒が飲める、揺れないベッドで寝られると意気揚々と船を飛び出していく。
だが中には着いてすぐに遊びに行けない船員たちもいた。
「4番隊と6番隊は物資調達と積み込みだ。それが終わったら好きにしていいよい」
「げ……、マジかよ。勘弁してくれよ、マルコ」
「輪番制だからな。諦めるしかないねぃ」
「ちぇー」
サッチは唇を尖らせて渋々船を降りていく。
指示に従って他の隊員たちも動き始めるのをは船の上から興味深げに見下ろしていた。
sequel 5 : 本日晴天デート日和
「大変なんだなぁ、海賊は」
マリンフォードで航海の準備のすべてが整う海軍とはわけが違う。
海賊は物資調達と燃料補給のためにいちいち航路を外れて寄り道しなければならない。
それもどこへでも自由に立ち寄れるわけではない。
不要な戦闘を避けるために、海軍の支部から遠く、かつ他の四皇の領域外の島を選ぶ必要がある。
人生のすべてを海軍で過ごしてきたにとって、海賊として生きる上でのルールや暗黙の了解はどれもかしこも新鮮なものに見えた。
(少しずつ学んでいかないと)
船縁に両腕を乗せて身を乗り出し、動き回るクルーたちの様子を見学する。
本日当番の4番隊隊長サッチと6番隊隊長ブラメンコの指示の取り方。
そしてそれに従って動くクルーの動向を見て上陸時の仕事内容を彼女なりに把握する。
なるほどなるほどと頷きながら観察を続けていたら、不意に後ろからポンと肩に手を置かれた。
振り返るとそこにはクルーにすべての指示を出し終えたマルコが立っていた。
「待たせたねぃ」
「いえ、全然。マルコさんの方こそお疲れ様でした」
「俺はただ指示出しただけだ。全然疲れてねぇよい。で、何見てたんだ?」
「本日当番の皆さんの動向を少々」
「んなもん見ておもしろいか?」
「それなりに。なかなか勉強になりました」
「真面目だねぃ」
「勉強嫌いの2番隊隊長に爪の垢煎じて飲ませてやりてぇよい」とマルコは肩でため息をつく。
「じゃ、俺たちも上陸といくか」
「はい」
はマルコの後を追いかけ船を降り、彼の隣を並んで歩き始めた。
横にやってきた彼女にマルコはちらりと視線を向ける。
今日の彼女の服装は白いシャツと黒のスラックスというシンプルなもの。
上から下まですべて彼女がこの船に来たときに着ていたものだ。
この3日間はずっとマルコの服を借りて過ごしていたので、なんだか少し懐かしさを覚える服装だ。
だがそれも今日でおしまい。
これから海賊として過ごしていくために心機一転、彼女は今から新たな衣装を調達しに行く。
「服以外で他に欲しいもんはあるのかい」
「他には……、そうですね。手持ちの武器の数が心もとないので短刀をちょっと補充したいです」
「じゃ、武器屋だな。了解、いいところを紹介してやる。他にはなんかあるかい?」
「他に? うーん……、特にはないですかね」
「物欲がないねぃ」
服と武器だけでいいだなんて、とマルコは前を向いて歩きながら苦笑する。
陸に上がるたびに宝石やら香水やら煌びやかな道具をたくさん買い込んでくるナースたちが自然と思い出された。
同じ女でもは彼女らとは随分と違うようだ。
そういえば自分も以前ウォーターセブンの露天商でに似合いそうなピアスを物色したことがあったなと別の思い出を引き出す。
結局あれはサッチにからかわれたことで気が削げて購入はしなかった。
そして今、彼女が装飾品にあまり興味がないことを知り、マルコは顎を撫でさすりながら思案する。
(何ならこいつは喜ぶのかねぃ)
彼女の喜ぶ顔が見たい。
ただそれだけの理由のためにマルコは真剣に考える。
「マルコさん? どうかされました?」
「ん? あー、いや……なんでもねぇよい」
「……?」
マルコが歩きながらこんなことを考えているなんてきっとは想像もしないことだろう。
きょとんとした目でマルコを見上げてくる青い瞳は彼女が欲しがらない宝石よりもよほど綺麗に輝いている。
純粋に見えるその瞳の奥を、彼女のことを、知っているようで自分はまだ何もわかっていないのだということにマルコは改めて気付かされる。
(まぁいいよい。これからだ)
落ち込む必要なんてない、時間はたっぷりあるのだから。
これから少しずつ彼女のことを知っていけばいい、とマルコは顎から手を放し彼女の白い頭をぽんぽんと叩いた。
*
着いた先はナースに勧められた衣料品店。
は店主に導かれるまま店の奥へと入っていき、それをマルコは見送ると店の外の壁に背を預けて寄りかかった。
女の服のことはわからない、店内で特にすることもない、ならば外で煙草でも吸って待っていた方がいい。
咥えた煙草に火をつけ、落としたマッチを足でもみ消し、ゆっくりと一服する。
女の買い物は例外なく長い。
早くても30分、長ければ1時間はかかるだろうと覚悟し、のんびりと紫煙を吐きだしていた。
しかしその10分後、それは誤算だったとマルコはに対しての知識を改めて修正させられることになる。
「すみません、お待たせしました」
「は?」
「え?」
「随分早ぇな……」
「そうですかね?」
「もういいのかよい」
「はい、買いたかったものはほぼ揃ったので」
まだマルコの煙草は1本目がようやく吸い終わったぐらいだ。
絶対にもっとかかるだろうと踏んでいただけにマルコは拍子抜けしてしまう。
本当にちゃんと買えたのか、自分を待たせまいと無理していないかと疑うも、だがが抱える袋には確かにたくさんの新しい服が入っている。
ナースたちのように試着を何度も繰り返してあーでもないこーでもないと吟味しなかったのだろうか。
(買うもんに迷いがねぇのか、それともただ単に身なりに無頓着なだけかねぃ)
マルコの中の彼女のパーソナルデータに宝石の類に加えて衣装への興味も薄いという項目が追加される。
「どんな服にしたんだい」
「あー、それはまぁ……。船に戻ったら着替えてみせますから」
「へぇ。そりゃ楽しみだよい」
期待するマルコには「とはいってもそんな可愛らしい格好じゃないですよ?」と苦笑する。
見た目よりもあくまで動きやすさを重視して選んだらしい。
は見せるほどのものでもないと謙遜するが、マルコは海兵としての装いを捨てた新しい彼女の姿に興味しか湧かなかった。
今からもう新衣装の彼女を見るのが楽しみでしかたがない。
「よいしょっと」
「早ぇわりには随分と買い込んだな」
わずか10分程度で随分とたくさん買ったものだ。
一体何着選んだのか、彼女が両手で抱える袋ははち切れんばかりにパンパンだ。
「そうですね。服以外にもいろいろ買ったので」
「何買ったんだい」
「そんなの興味あります?」
「かなりあるねぃ」
「はぁ、そうですか。……あー……えっと」
「……?」
「買ったのは普段着る服と、上着と、あとは……まぁ、その」
なんだか答えづらそうには語尾を濁す。
視線を彷徨わせる彼女の姿にマルコはなるほどとピンと来るものがあった。
「下着か」
「……まぁ、そういうことですね……はい」
男の彼にさらっと当てられ、の耳がほんのりと色づく。
生活必需品なのだし別に照れるようなことでもない、自分の方こそもっとさらっと言ってしまえばよかったとは数秒前の自分を悔やんだ。
一方のマルコは変にしおらしい態度の彼女に思わず悪戯心が湧いてしまっていた。
ちょっといじめてやりたいという嗜虐心が彼の唇に弧を描かせる。
「どんなの買ったんだよい」
「ど、どんなのって……そんなこと聞いてどうするんですか」
「想像して酒の肴にして楽しむ」
「……セクハラで訴えますよ、一番隊隊長さん」
は細めた目でじとっと彼を睨むが、もとより顔立ちが幼いのもあってそれはちっとも彼に恐怖を与えない。
マルコの意地悪げな笑みは崩れない。
それどころか見慣れない表情を見せたことで「そういう顔もいいねぃ」と彼を楽しませてしまっていることになど彼女が気付くはずもなかった。
けれど意地悪も程々に、マルコはすぐに気持ちを切り替え彼らしい行動に出る。
「貸しな」
「え? あっ」
が両手で抱えていた荷物を彼は奪い、片腕でひょいっと抱え直した。
突然荷物を奪われきょとんとするにマルコはニッと笑って男の矜持を見せる。
「デートで荷物持ちは男の役目だろい」
「デート……」
「おぅ」
思わずその言葉を反芻するにマルコは「違うのかよい?」と問いかける。
数秒考えたのち、はそれに首を横に振って今日の自分たちの行動が男女のそれであることに同意した。
(デート……、そっか)
上陸を控えた昨日の夜、食堂で夕飯を食べていたは隣に座るマルコに「明日一緒に行くか」と誘われたのだ。
声をかけられたとき、確かにの脳裏にはその言葉が浮かんでいた。
けれど勘違いだったら恥ずかしいし、口にして確認するようなことはできなかったのだ。
マルコの方からハッキリとこれはデートだと言葉にされて、勘違いじゃなかったとわかるやじわじわと実感が湧いてきてなんだかは照れくさくなってきた。
勝手ににやけそうになる頬を引き締める。
「よし。次は武器屋か」
「はい。よろしくお願いします」
白ひげ海賊団御用達だという店に向かい2人並んで歩き始めたときだった。
プルルルルという鳴き声がマルコのズボンのポケットから聞こえてきた。
取り出してみればそれは子電伝虫で、両目を大きく開いて鳴きながら着信を知らせている。
マルコがスイッチを入れて喋り出した子電伝虫の声は聞き慣れたサッチのものだった。
『もしもーし。マルコ隊長、聞こえやすかー?』
「聞こえてるよい。どうした」
サッチ率いる4番隊は今頃物資調達中のはず。
何かあったのだろうかともマルコの隣で会話に耳を立てる。
『それがよぉ、たぶん発注ミスだと思うんだけどな。品数がリストと合わねぇんだわ』
「なにぃ?」
『細かい部分は俺らじゃわかんなくてよ。親父の薬とかもあるし適当にできねぇだろ。マルコ、見に来られるか?』
「3番港だよな。しょうがねぇ、すぐ行くよい」
『助かるよ。悪ぃな、デート中』
申し訳ないと言いながらも笑い混じりのサッチにマルコは「ホントだよい」と隠すことなく本音で返す。
通話を切った子電伝虫をポケットにしまうとマルコは隣に顔を向けた。
話を聞いていたは全部理解していますという顔で彼を見つめている。
「つーわけだ。、悪いが」
「はい。私なら大丈夫です。武器屋さんってあそこですよね」
彼女が指さす先には2本の剣を交差させたマークの看板がぶらさがった店がある。
場所さえわかれば一人でも大丈夫だと告げ、はマルコから自分の荷物を受け取った。
「悪ぃな、付き合ってやれなくて」
「いえいえ。お疲れ様です、隊長さん」
はにっこり笑って受け取った荷物を抱え直す。
再び両手がふさがった彼女の頭にマルコはポンと手を置き、愛おしそうにひと撫でした。
「用事が済んだらすぐ戻ってくる。買い物が終わったら酒場で先に一杯やって待っててくれるかい」
裏通りにある『バー・ビンクス』という名の酒場、そこがマルコおススメの店だと伝えればは快く了承した。
「じゃ、行ってくるよい」
「はい。いってらっしゃい。お気をつけて」
片手を軽く挙げて挨拶したマルコは表通りを外れ、店と店の間の細い脇道へと入っていく。
建物の隙間から青い光が漏れ出たのも一瞬のこと、顔を上に向ければそこにはもう青い鳥が大空へと高く飛び立っていくのが見える。
港へと向けて飛んでいく彼を見送り、は自分の買い物を済ませに店へと足を進めた。
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はー……デートしたいですな、マルコさんと(末期の夢女)。
[本日の彼女の買い物リスト]
・新しい服(夏服・冬服)、下着、水着
・洗面用具
・武器
女子力皆無で申し訳ない。
ドーバック諸島は私が勝手に作った土地です。公式ではありません。
2018/07/11 加筆修正
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