パタンと閉じられた医務室の扉をマルコは見つめる。
ヴィヴィアンにを預けたものの、どれぐらいの時間で出てくるのかはわからない。
女の支度は時間がかかるものだ、数分ということはあるまい。
(まぁ、今日は特に急ぎの用もないしねぃ)
時間ならたっぷりある、このまま待っているのもいいだろう。
マルコは医務室の扉に背を預けるとズボンのポケットから煙草を取り出して火をつけた。
用済みのマッチ棒をぽいっと海に放り投げる。
すると「あ〜ぁ」という悪戯を見つけて咎めるような声が彼の方に飛んできた。
「ポイ捨て見ーっけ。いっけねーんだ、マルコ隊長」
「そーだそーだ。親父に言いつけるぞ〜」
「うるせぇよい。お前ら2人そろって何してやがる」
エースにサッチ、朝から面倒な連中に見つかったとマルコはあからさまに顔を渋らせる。
何をしていると問いはしたが、エースが片手に骨付き肉を持っているのを見て状況は容易に予想ができた。
「朝飯の帰りか」
「おう。今日の飯も最高に美味かったぜ。マルコ、お前は?」
「まだだよい」
「早く行かねぇと食いっぱぐれるぜ。つーか、お前の方こそこんなところで何やってんだ?」
医務室の扉に寄りかかる彼にサッチは「怪我か? いや、んなわけねぇよな」と自問自答する。
不死鳥の能力を持つ彼にその問いかけは愚問だ。
マルコはのことを掻い摘んで2人に説明し、彼女が出てくるのを待っているのだと隠すことなく話した。
事情を聞いたサッチは「なるほどねぇ」と顎髭をさすり納得した顔をする。
サッチは女心のわかる男だ。
こういうとき理解が早くて助かるとマルコは珍しく内心で悪友を高評価した。
「服ねぇ。確かに、女の子だもんな。着の身着のままじゃ嫌だろうよ」
「そうか? 1週間ぐらい大丈夫じゃねぇの?」
「それが大丈夫じゃねぇのが女って生き物なんだよ」
「はー。めんどくせぇな、女って」
「はっはっは。そこは理解してやるのが男ってもんだぜ、エースくん」
高説とばかりにサッチは得意げな顔で隣のエースの肩を叩く。
当の本人は「そんなもんかねぇ」と興味もなさそうに耳をほじくっているので残念ながら馬の耳に念仏となりそうだ。
(さて。まだまだかかりそうかねぃ)
次の島で女でも買いに行こうとサッチがエースを誘うのを尻目に、マルコは医務室の中に意識を戻す。
あとどのぐらいでは出てくるのだろうか。
オシャレ好きのナースたちのことだ、今頃彼女は着せ替え人形にされて好き勝手いじくられているかもしれない。
煙草1本吸い終わるうちに姿を現す、なんていう可能性は低そうだ。
マルコは寄りかかったまま上を向いてふぅと紫煙を細く吐き出した。
波風にあおられた煙が風下へと流されていくのを何とはなしに眺めていた、そのときだ。
『ほらほら、じっとして!』
『えっ、や、ちょっ……、待ってくださいっ』
「……?」
「……?」
「……。?」
医務室の扉の向こうから聞こえてきたのは何やら慌てた様子のの声。
珍しい、彼女はあまり物事に動じず声を荒げることはないというのに。
一体どうしたのやら。
3人の男たちが扉を見つめていると今度は複数のナースたちの声も聞こえてきた。
『ねー、これなんてどう?』
『そ、それは………ちょっと』
『あら、いいじゃない。着てごらんなさいよぉ』
『いえ、私には似合いませんからっ。あの、普通の服貸してください』
『えー、いーじゃなぁい。ほら、暴れないの。ヴィオレッタ、ちゃんの腕押さえててねー』
『はいはーい』
ドッタンバッタンと何やら医務室には不似合いな荒々しい物音が聞こえてくる。
本当に一体中で何が行われているのやら、と男たちは顔を見合わせて首を傾げる。
「なんかすげぇ音するな」
「何やってんだろうな、ナースの姉ちゃんら」
「……いい予感はしねぇよい」
気になってしかたないが中では女性の着替えが行われている以上不用意に扉は開けられない。
以前悪戯に扉を開けてナースたちの鉄拳制裁を食らったクルーもいるのでここは慎重に、おとなしく向こうから開くのを待つしかない。
しばらくすると暴れるような音も慌てるの声も聞こえなくなった。
すると今度は「きゃー!」だとか「可愛い〜!」だとか、愛らしいものを愛でるときの女の黄色い声が聞こえてきた。
その歓声がに向けられたものだという想像は容易く、思わずマルコは若干そわそわしてしまう。
そして女たちの騒がしい声もやむと、カツコツとヒールの高い足音がこちらへと近付いてきた。
キィと静かに医務室の扉が開き、男3人の視線がそこに集中する。
現れたのはナース長のヴィヴィアンだった。
「お待たせ、マルコ隊長。あら、観客が増えてるわね」
中の状況が気になりすぎる3人の心情をつゆ知らず、ヴィヴィアンは笑顔でエースとサッチに朝の挨拶をする。
だがそれが済むや、彼女は片手を頬に当てて眉をひそめた悩ましげな顔をマルコへと向けた。
「ごめんなさいね、マルコ」
「あ?」
紅いルージュが引かれた美しい唇から零れ落ちたのはいきなりの謝罪。
彼女はマルコに「ヴァレンティーヌがやる気になっちゃってね……」と悪乗りした仲間を止められなかったことを申し訳なさそうに白状する。
「まぁ、でも予想以上の可愛さには仕上げられたから。結果オーライっていうことで許してもらえないかしら」
綺麗な眉を下げた困り顔で笑いながらヴィヴィアンは自分の背中に隠れるをずずいと3人の前に押し出した。
両肩を押されてたたらを踏みながら表に出てきたのは確かに本人だった。
けれど今までのスーツ姿とは違う、見慣れない衣装に身を包んだ彼女の姿にマルコの表情は一変する。
あまり全開になることのない彼の両目は驚きに丸くなり、半開きになった口からは咥えていた煙草がぽろりと零れ落ちた。
sequel 4 : SHIROHIGE ガールズコレクション
「ほっほぉ。おいおいマジかよ、ナース長さんよぉ」
「へぇ。女って服ひとつで化けるもんなんだな」
「でしょう? 思っていた以上に可愛くなっちゃって私たちもびっくりよ。ねぇ、ちゃん?」
「本当に……私もびっくりですよ……、こんな……こんな……」
同性であるナースたちの前ならまだしも、男性クルーの前にまで押し出されて醜態を晒させられては恥ずかしさで今にも憤死しそうだった。
彼女が今身に纏っているのはヴィヴィアンと同じナース服。
彼女は興の乗った看護師たちの手によって強制的にナースの格好にさせられてしまったのだった。
が顔を上げられず恥ずかしそうに俯いてしまうのも頷ける。
白ひげ海賊団のナースの制服は胸元が大きく開いており、スカートの丈も短く、ヒールの高いロングブーツは豹柄というとても挑発的なものなのだ。
人生のほとんどをシンプルなシャツとスラックスで過ごしてきたにとってはこんなものは着るのも初めて。
ましてや人に見せるなんて勇気は生来持ち合わせていない。
「私が私服探してる間のことよ。ちゃん、ヴァレンティーヌとヴィオレッタに捕まっちゃってね」
「ははぁ、あの2人じゃしょうがねぇよ。やー、でもいいんじゃねぇの? また可愛らしいナースになったもんだ」
「そうなのよ。初々しくて可愛いでしょう? これでメイクもすれば完璧。更にいい感じになると思うのよねぇ」
「……もう充分です。というか、服を貸していただいてこんなことを言うのは申し訳ないのですが、やめていただきたいです」
「あらぁ、ダメ?」
「ダメとかそういうことではなく……、これじゃ自由に動けません。私、今日から雑用の仕事があるのに」
「うーん、そう……でも……もったいないわぁ。もういっそのことその格好で雑用しちゃったらいいんじゃない?」
「……本気ですか」
どこの世界にミニスカナース服で見張り当番や甲板掃除をする海賊がいるというのか。
もし今敵船が来たらこの格好で戦うことになる。
想像するだけで恥ずかしい、とはますます俯き、勝手に上がってきてしまうスカートの裾を両手でぎゅっと下げ戻す。
胸元も開きすぎていて落ち着かない、手があと2本あったらいいのにと思わず無茶苦茶なことを願ってしまうくらいだ。
ナイスバディのヴィヴィアンたちならともかく、体のラインに自信のないにはこの衣装はだいぶ堪えた。
本人にとってはもはや罰ゲームのような感覚でいる。
「……もう着替えたいんですけど」
「あらぁ、着替えちゃうの? せっかく似合ってるのに」
「……全然似合っていません。もう結構です。あと3日間、やっぱり自分の服で過ごします」
は肩を上下させて疲れ気味のため息をつくと元の服に着替え直すために観客たちに背を向けた。
慣れない高いヒールをカツンと鳴らして医務室に一歩足を踏み入れる。
けれど次の瞬間、後ろから伸びてきた手に手首を掴まれ足をとめられてしまった。
なんだろうと振り向けばすぐそこには何やらものすごく真剣な表情のマルコの姿が。
「マルコさん? あの……、って……えっ?」
が声をかけるや、マルコは真剣な表情を崩さずいきなり彼女を肩に担ぎ上げてしまった。
突然の彼の行動に周りは驚きを隠せない。
だが一番びっくりしたのは担ぎ上げられた本人だ。
落ち着き始めていた彼女の顔が再びぼんっと音を立てて赤くなる。
彼の担ぎ方が悪いのだ。
酒樽か米俵を担ぐように肩にのせられているので彼の顔のちょうど真横に彼女の腰が来る形になってしまう。
短いスカートの裾が余計に上がってしまい、今にも服の中が見えてしまいそうで彼女は必死に裾を引っ張りながら彼に抗議した。
「お、降ろしてください……っ」
「断るよい」
「はいっ? 断るって……、なんで」
「ヴィヴィアン。後でこいつの服取りに来るからまとめといてくれるかい」
「え? あぁ……、はいはい了解。じゃ、ついでに洗濯もしておいてあげるわね」
「悪いな。頼んだよい」
「じゃぁな」と短く告げるとマルコはを担いだままその場に背を向けた。
競歩かという速さで一気に遠のいていくマルコの姿にサッチとヴィヴィアンは顔を見合わせて肩を揺らす。
エースだけはわけがわからないという顔で両腕を組んで彼らの背を見つめていた。
「マルコ、どうしたんだ?」
「あー……、はっはっはー。さぁねぇ。萌ポイントでも突かれちゃったんじゃねぇのぉ?」
「はぁ?」
「なんだそれ?」とエースは眉を寄せて肩に頭がつきそうなほど首を傾げる。
一方でマルコの心情などお見通しのサッチは彼の強すぎる独占欲がおかしくて肩の揺れがなかなかおさまらないのだった。
*
大した抗議もできぬまま、あっという間に医務室は遠ざかり、気付けばは今朝目を覚ましたマルコの部屋に再び連れ込まれてしまった。
バタンと扉が閉まり、ようやく降ろしてもらえたかと思えばいきなりベッドにポイッと放り投げられる始末。
「う、わっ! ちょっ……マルコさんっ」
乱暴に取り扱われて一体何のつもりなのかとマルコを睨み付けてやろうと彼を見上げたはそれが完全に失敗だったとすぐに悟る。
ギシリとスプリングを軋ませて沈むベッド。
獣が這うように四肢をついてあがってきたマルコに両手首を固定され、両膝の間に片足を割りいれられ、身動きを取らせてもらえなくなる。
見上げた先の彼の目に射抜かれ、視線まで固定させられてしまった。
「マルコ、さん……?」
「……」
「あの……」
あぁ、これはまずい。
非常にまずい状況だとの警告灯が点滅する。
まだ一日は始まったばかりだというのに、この状況、この雰囲気ははいかがなものか。
の頬をつぅと汗が流れ落ちる。
再び彼の名を呼んでやめさせようとしたところで、まるでそれを読んだかのようにマルコに唇を塞がれてしまった。
触れるだけのキスよりも少し深い、彼女の唇を味わい尽くすかのような甘く濃い口づけ。
「ん……ぅ、……っ」
けして歯列を越えて中まで入ってくることはない、唇を重ね合わせるだけのキスは、けれど息つく間もなく角度を変えて重ねられる。
いつにないせっかちなキスに甘く苦しい声が彼女の唇の端から零れ落ちる。
それは彼が満足するまで行なわれ、十二分にの唇を貪ったところでようやく彼は離れていった。
最後に小さなリップ音を立てて名残惜しげなキスをして、顔を浮かせたマルコはを見下ろしてにやりと笑う。
「そんな格好、他の野郎に見せるんじゃねぇよい」
「な、に……」
「ったく。好き勝手いじくられやがって」
「好き勝手って……、だってですね、ナースの皆さん思いのほか力が強くて」
別に好きにさせていたわけではないと弁解してもマルコには「困った女だよい」とやれやれというため息をつかれてしまう。
そして再びおりてきた彼の唇がの首筋を這い、そのくすぐったさに身をよじれば今度は短いスカートの裾から彼の手が侵入してきて彼女を慌てさせた。
ゆっくりと太腿を撫で上げられ、襲い来る快感に思わず「ぁっ」と甘い声が零れてしまう。
しまったと口を塞いでももう遅い。
ちらりと見上げればそこには妖しく口角を上げて笑う彼の姿があった。
「いい声だねぃ」
「や……ちょ、待って……っ。マルコさん、今まだ朝ですよ?」
「だからなんだい。朝はお前を抱いちゃいけねぇのかよい」
「そうじゃなくて。私これから雑用の仕事が……」
「んなもん、終わったら後で俺がみっちり教えてやるよい」
「終わったらって……、や……誰かっ」
「残念だな。どんなに声あげようと1番隊隊長の部屋のドアをぶち破ろうなんて度胸のある奴はここにはいねぇよい」
助けは来ない、諦めな。
ニッと楽しそうに笑いながら彼はナース服の胸元のファスナーを降ろしていく。
首の下から聞こえてくるジィィィという金属音にすらじわじわと追いつめられていく。
「どうしてこんなことに……っ!」と叫びたいのを我慢して、はせめて声が外に漏れないようにと必死に唇を噛みしめるのだった。
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コスプレ話は楽しいなぁというお話でした。
一時期このナース服ネタで裏を書こうとしていた愚か者は私です。
「親父と呼ぶな」と言いながらナース服で軽率に燃えちゃうおっさんなマルコが好きです。
余談ですが、結局次の島に着くまでの間、彼女はマルコに服を借りることになります。
彼シャツ姿の彼女にマルコがどういう反応を示したかはお察しください。
2018/07/08 加筆修正
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