海賊という生き物はどうしてこうも宴好きな者たちばかりなのだろう。
新たな仲間を歓迎するために設けられた宴席は大盛り上がりを見せていた。
どんちゃん騒ぎは夕陽が落ちるのと同時に始まり、夜が更けた今もなお続いている。
「海賊って酒豪ぞろいなんですねぇ」
陽気に大笑いしながら、まるで水でも飲むかのように酒をあおる男たちには驚きを隠せない。
クルーたちは入れ替わり立ち替わり今日の主役であるのところへ酒をつぎに来る。
おかげで彼女の顔は始まってすぐに真っ赤になってしまった。
中年のクルーたちは彼女を娘のように可愛がり、節くれだった大きな手で代わる代わるに彼女の頭を撫でていく。
若い青年クルーたちも新たにできた妹分に興味津々のようだ。
中には若く可愛らしい彼女に邪な目を向ける者もいたが、そんな気配はすぐにマルコにキャッチされて彼の鋭い視線と覇気を浴びせられて失神寸前まで追い込まれる始末。
何はともあれどんちゃん騒ぎは夜更けまで続き、船内の酒樽を空っぽにせんが勢いで皆は飲み続けた。
どこまで続くのかと思われたそれも、けれどさすがに日付をこえてしばらく経つと徐々に静かになっていった。
バタリと甲板に倒れてそのまま寝てしまう者もいれば、ふらふらした足取りで部屋へ戻る者も現れ、自然とお開きの方向へ。
「なんだよ、みんなだらしねぇなぁ」
「エース。お前まだいけるか?」
「あったりまえだろ」
「よっしゃ。んじゃ、部屋戻って飲み直すか」
「お、いいな」
周りが倒れていく中、エースとサッチ、この2人だけはまだまだ飲む気でいるらしい。
甲板に溢れる屍をひょいひょいと軽い足取りで避けながら部屋へと戻っていく。
「んじゃぁな、ちゃん。おやすみ」
「はい。おやすみなさい、サッチさん。今日はありがとうございました」
ポンとの頭を軽く叩いて去っていくサッチに彼女は髪のお礼を告げて緩く手を振りその背を見送る。
(さて、と。……どうしようかな)
起きているクルーの姿もまばらになった甲板をきょろきょろと見渡し、は彼の姿を探した。
宴が始まってからしばらくはずっと隣にいたマルコだが、いつの間にかその姿が見えなくなっていた。
彼は一体どこへ行ってしまったのだろう。
まだ慣れない場所に一人きりでぽつんと取り残され、さすがの彼女も少々不安を感じていた。
というか、このあとどうしたらいいかがわからないのだ。
ふぅと一息ついて、とりあえず盃を空けようと残った酒をぐびりとあおる。
意図せず見上げた夜空には満天の星々が輝いていて彼女の目を引いた。
「綺麗……」
「」
「……! は、はいっ」
不意に声をかけられ空から顔を声がした方へ向ける。
彼女に声をかけてきたのはほかでもない、白ひげその人だった。
「船長さん」
「酒は足りたか」
「はい。皆さんがつぎに来てくださったので、十分すぎるくらいいただきました」
「そうか」
赤く染まり満ちたりた様子のの顔に白ひげは満足そうにニッと笑う。
「観念しろよ。一緒に酒を飲んじまったんだ、お前ぇはもう奴らと兄弟だぜ」
「兄弟、ですか」
「おう」
「兄弟……、そっか」
杯を交わすことは兄弟の契りとなる。
これでもうは立派な白ひげ海賊団の一員、白ひげの娘になったということだ。
まだはっきりとした実感があるわけではない。
けれど白ひげの言葉自体は彼女の胸の奥深くを打ったようだ。
の口元にじわりじわりと笑みが浮かんでいく。
「どうだ。まだ少しくれぇなら付き合えるか」
「え?」
そう言われて彼を見上げれば、白ひげは彼女の返事を待たずに顎をしゃくり「ついてきな」と指示を出す。
初めての船長命令だ、従わないなんていう選択肢は彼女の中にはなかった。
マルコのことが少し気になり最後にもう一度だけ甲板を見渡し彼の不在を再確認すると、すでに先を行く大きな背中をは慌てて追いかけた。
*
勧められた椅子に腰かけ、特注であろう大きなベッドにどっかりと座り込んだ白ひげと向かい合う。
誘われるがまま彼についてくれば辿り着いたそこはなんと頭領たる彼の領域、船長室だった。
「ようやくゆっくり話ができらぁ」
宴会の席では息子たちに譲ったが、本当はもっと早くと話がしたかったのだと彼は告げる。
とっておきだと言って彼が注いでくれた酒は舌の肥えていないでもわかるほどの上等品で、感動に震えながら「……っ、おいしいです」と伝えれば彼は満足そうに笑って「そいつはよかった」と肩を揺らした。
話がしたかったのはなにも白ひげだけではなかった。
もまた彼と2人きりでしたい話題があった。
「船長さん。私の母って、どんな人だったんですか?」
酒が注がれた盃を両手で包むように持ち、は彼を見上げてずっと訊きたかったことを投げかけた。
「あぁ? なんだ、突然」
「ご存知なんですよね、私の母を。どんな些細な事でもいいんです。教えていただけませんか」
「……。海軍の連中から聞かされてねぇのか」
「少しだけ、私を育ててくれた人から聞いています。けど海の上で生きていた頃の母の話はほとんど聞いたことがないんです」
の母親は海軍本部の獄中で彼女を生んですぐに命を落とした。
だから彼女はその人の顔すら覚えていない。
どんなふうに笑い、どんなものを愛で、何を見つめて生きていたのか、実の母親のことを彼女は何も知らないのだ。
今となっては生前の母を知る人は少ない。
白ひげはにとって生きていた頃の母を知る貴重な存在だった。
期待に満ちた目で見上げてくる彼女を白ひげは黙って見下ろす。
(あぁ……、よく似てらぁ)
を見ていると自然と白ひげの脳裏には古く懐かしい記憶が蘇ってくる。
かつて彼自身が愛した、あの海の女神の姿が。
白ひげはゆっくりと目を閉じ、そして再びゆっくりと瞼を開くとを真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「お前ぇの母親は……」
「……」
「そうだな……。まず、見た目はお前ぇにそっくりだ。白い髪も青い目も。鼻の高さから目尻の落ち具合まで、何から何まで顔立ちは瓜二つだ」
「そんなに似てますか」
「あぁ。最初にお前ぇを見たときはあいつの蘇りかと驚いたぜ」
「そう、ですか」
「で、実際こうして面あわせて話してみりゃあ、性格までよく似てるときた。おっとりしてどっか抜けてるところとか特にな」
「それ、褒めてませんよね?」
「グラララ。好きにとったらいい」
「まぁ、その通りなんですけど」とやや唇を尖らせるの幼い態度に白ひげは肩を揺らす。
そうして彼は自分が覚えている限りのことをに話して聞かせた。
記憶の中にある彼女は一途に海賊王を愛していたことを。
けれど海賊王にはルージュという名の愛する女がいたことを。
それでも構わず、たとえ片恋でも彼女はロジャーを愛し続けていたことを、すべて隠さず正直に伝えた。
「あいつにとって大事だったのはロジャーの伴侶になることじゃねぇ。それ以上に大切なことがあったんだ」
「大切なこと……」
「あぁ。ロジャーを愛し、奴が愛する船を守ること。それがあいつが、海の女神が命を賭して守り続けたたった一つの矜持だ」
「……。強い人、だったんですね」
「そうだな。体は弱々しくて頼りなかったが。心根だけは硬く、芯の強い女だった」
「そうですか……」
一度も会ったことのない母親だけれど、白ひげがそう言って褒めてくれるからはなんだか嬉しく思えた。
ただ一人を愛し、海を守り、己の道を生き抜いた母。
叶わぬことだけれど、もし今生きていたらどんな話ができただろうか。
思わず遠くを見つめてしまうの顔は口元には笑みが浮かんでいたけれど、それはどこか寂しそうなものだった。
「」
「はい。……?」
白ひげの大きな手がおいでおいでと彼女を呼ぶ。
テーブルに杯を残し彼のもとへ歩み寄れば、傷だらけの大きな手が彼女の頭を覆うようにのせられた。
ポンポンと優しく叩かれ、それが彼なりの慰めだとわかりは肩の力を抜いて素直にそれを受け取る。
「船長さん、ありがとうございました。お話聞けてよかったです」
「礼なんざいらねぇ。また聞きたくなったらいつでも来な」
「はい。……あの」
「なんだ。早速何かあんのか」
「いえ……、その……。何と言ったらいいかわからないんですが」
は白ひげを前にすると感じる不思議な感覚を正直に彼に打ち明けた。
「船長さんとお話ししていると、なんだかホッとするんです」
目の前にいるのは四皇の一角。
常人ならば気を失ってしまうほどの覇気を溢れさせている人物だというのに。
どうしてだろう、と彼女は首をひねる。
大海賊白ひげと向かい合って話をしているとの胸の奥にはなぜかほんわりと暖かいものが灯るのだ。
そう告げると白ひげは可笑しそうに肩を揺らした。
「グラララ。肝の据わった娘だ」
「そうですかね? でも、なんでしょう……船長さんだけじゃないんです。この船の方々と話しているとなぜか気持ちが和らいで……本当に大家族の一員になったみたいに感じるんです」
ここに来てまだ半日も経っていないというのに、こんなに馴染んでしまっていていいのだろうかと疑問を覚えるほどに。
ここのクルーたちがあまりにも優しく親しげに接してくれるため、まるで最初からここにいたかのように錯覚してしまう。
調子にのって馴れ馴れしい態度をとってしまわないか心配なのだとが伝えれば、白ひげは笑みを深くして彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「錯覚じゃねぇさ。お前ぇはもう俺たちの仲間に、本当の家族になったんだよ」
「……」
「なぁ、」
「……はい」
今日呼ばれた中で一番の優しい声だった。
じんと胸の奥にまで響いてくるその声には痛いような熱いようなどっちともとれる感覚を覚える。
あぁ、どうしよう。
彼女の心は泣いていた。
嬉しい、幸せだと、ぽろぽろと涙を零している。
白ひげの手が離れていく。
遠ざかる温度に少しの寂しさを感じながら、は「あの」と小さな決意を伝えるべく口を開いた。
「船長さん、……お願いがあるんですが」
「なんだ。言ってみな」
「あの……」
「……?」
「よろしければ……私も皆さんみたいにあなたのことを呼んでもいいですか?」
「あぁ?」
「だから、あの…………とう、さま」
「……」
「父様……と、お呼びしても?」
せっかく家族として迎え入れてもらえたのだから、自分からも歩み寄ってみようというにしては珍しい勇気ある行動だった。
ちょっと照れくさいのを我慢して「ダメですかね?」と片眉を下げた笑みを浮かべて彼に了承を求める。
白ひげにとってはそれは思ってもみなかった申し出だった。
彼の瞳が常より少しだけ大きく開かれる。
けれどすぐにそれは糸のように細くなると、白ひげは広い肩を大きく揺らして笑い出した。
「許可なんざいらねぇだろう。お前ぇはもう俺の娘なんだ。好きに呼んだらいい」
「あ……、ありがとうございますっ」
「。俺からもひとつ、お前ぇに言っておきてぇことがある」
「……? はい」
「なんでお前ぇほどの奴が大佐程度の階級で留まっていたのか、訳を訊くつもりはねぇが、ここではそういう我が儘は通用しねぇからな。覚悟しとけ」
「……!」
「いつまでも下っ端で燻ってねぇで、とっとと雑用の位なんか抜け出しちまえよ」
「船ちょ……。……父様」
「俺もマルコも、他の隊長格の奴らも。お前ぇの力に期待してるんだぜ」
この船でさっさと成り上がってみせろ、と。
白ひげはわずかに覇気を滲ませながら笑ってを鼓舞する。
期待している。
その言葉がどれほどまでに彼女の胸を打ち勇気を与えたか、おそらく伝えた白ひげ本人ですらそこまで気付いてはいないだろう。
純粋に力を求められることの嬉しさを噛みしめながらが発した小さな小さな感謝の言葉は、果たして白ひげの耳にしっかりと届いていた。
sequel 2 : Thank you, Dad. Have a good dream.
それからしばらく2人は酒を酌み交わし話をしていたが、いよいよ睡魔に襲われたの首がカクンと揺れ出し、そこから数分もしないうちに彼女は完全に夢の世界に旅立ってしまった。
「しょうがねぇ娘だな」
口ではそう言いながらも白ひげの表情はどこか穏やかで、眠ってしまったの体を持ち上げ自分の隣に横たえさせる所作は殊更優しい。
スゥスゥと静かな寝息を立てる娘を見おろし一息つくと、彼は部屋の扉に向かって声をかけた。
「マルコ」
船長の呼び声に応えるように扉がキィと静かな音を立てて開かれる。
現れたのは彼の右腕たる男。
彼は今しがた呼ばれて来たわけではない、最初からそこにいた。
白ひげは彼を部屋の前に待機させ、との話のすべてを聞かせていたのだ。
他の息子どもではなく、彼だけには話を聞く、聞かせる義務があった。
すべてはマルコがに、海の女神に愛される大切な存在ゆえに。
「寝ちまったのかい、こいつ」
「あぁ、ぐっすりだ。疲れたんだろうよ。なんせ赤犬の野郎と一戦交えたんだからな」
「俺なんてほぼ丸一日飛び続けてたんだけどねぃ」
「お前ぇの体力と比べてやるな。どんなに強かろうとこいつはまだ年端もいかねぇ娘だ。そら、いいからとっとと連れてけよ」
「あいよ」
よいしょとマルコは眠るを軽々と抱き上げる。
だが抱えたのはいいが、そこで彼の足はとまる。
彼女の部屋がまだ用意されていないことに気付いたのだ。
「どこに連れてくんだよい」
まさか再び甲板に戻すわけにもいかないだろう。
かといってむさ苦しい男どもが雑魚寝する寝所にも連れていけない。
悩むマルコを尻目に白ひげはぐびりと残りの酒をあおる。
そしてどこか楽しげに笑って「お前ぇが連れてきてぇところに持ってけ」となんとも投げやりな回答を寄こすのだった。
マルコの恋心を知り尽くした父親は息子をからかって困った顔をさせるのが大層楽しいご様子。
存外に悪戯好きの父親にマルコはやれやれとため息をこぼし、さてどうしたものかと腕の中の彼女を見下ろす。
マルコが困っていることなどつゆ知らず、すやすやと幸せそうな顔で眠る彼女に思わず苦笑が零れる。
のモビーディックでの初日はこうして幕を下ろしたのだった。
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マルコにお姫様だっこされたいのは私です。
が心底羨ましいです、こんちくしょう。
2018/07/06 加筆修正 →07/11 追加修正
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