恋とはなんだろう。
愛とはなんだろう。
どれだけ考えても答えは出ない。
はもうずっと思い悩み続けていた。
(自分の気持ちがわからない……。まぁ、今に始まったことじゃないけど)
昔からそうだった、優柔不断で自分の意思がハッキリしないところが彼女の短所だ。
それでものらりくらりと生きてきたから今まではどうにかなった。
まさかここに来てこうも自身の弱い性格を恨むことになるとは。
爽やかな朝の空気とは程遠い重苦しいため息が彼女の口から零れ落ちる。
「! お前も見にいくか?」
「ベンノさん。おはようございます。どうしたんです、そんなに慌てて。見にって何を?」
「何って島に決まってるだろう! 目視できるところまで来たんだよ」
広い広い大海原を航海し続ける海賊たちにとって久しぶりに目にする陸地は懐かしく心躍らせるものだ。
上陸する島が見えてきたと見張り番が叫べば、若いクルーたちは足早に食堂を飛び出し自分の目でそれを確かめに行く。
だがはベンノの誘いをやんわりと断り、待ちきれないと駆けていく彼の背を見送った。
久々の上陸、島の散策、買い物、酒場の料理と地酒……楽しみにしていることはたくさんあるはずなのに、今はどうしても彼女の気持ちは浮上してくれない。
はぁと何度目かのため息をついて皿に盛られたソーセージを突っついていると、彼女の隣の席にひとり、前の席にひとり、腰を下ろす者が現れた。
「うーす、ちゃん。前お邪魔するぜ」
「サッチさん。おはようございます」
「なぁに、ちゃん。こんな朝からため息だなんて。何か悩み事?」
「おはようございます、ヴィヴィアンさん。あー……、はいちょっと」
朝食をのせたトレイをテーブルに置いた2人は曖昧な苦笑いをするにほぼ同時に言葉を返す。
「マルコのことか?」
「原因は隊長さんかしら?」
示し合わせてきたか、はたまたテレパシーでも使えるのかというぐらいそれはまったく同じ内容だった。
図星を突かれたはソーセージにフォークを刺したままはぐらかすように目線を横にそらす。
だが2人の仲間はそう易々と話題をそらし彼女を逃がしてくれることはなかった。
「なんだなんだ。あのおっさんに何されたんだ。言ってみな。俺がガツンと文句言ってきてやるよ」
「い、いえ……大丈夫です。マルコさんに直接的に何かされたわけじゃないですから」
「遠慮しなくていいのよ、ちゃん。言ってごらんなさい。もし異性には言えないような内容なら医務室で2人きりで聞いてあげるわよ」
「ありがとうございます。でも本当にそんな深刻な内容じゃなくて……。あー、いや……深刻じゃなくもないんですが」
「……?」
「……?」
妙に歯切れの悪いの言葉に2人は顔を見合わせてハテナを浮かべる。
そして彼女の隠そうとするかのような態度にこれはますます気になると体を幾分か彼女の方に寄せ、詳しく話を聞きたいと催促した。
どうしようかと迷っただったが、周りにいたクルーたちもはけて人はまばらで、まぁ話してもいいかと観念して口を開く。
サッチとヴィヴィアンなら何か良いアドバイスをくれるかもしれないという期待もあってのことだった。
「その……少し前に、ある方に言われてしまったんです。お前は彼を……マルコさんのことを、愛していないんだろうって」
の告白にヴィヴィアンは「あらまぁ……そんなこと言われたの」と口元に手を寄せる。
一方のサッチは何か思うところがあり、ピクリと片眉をあげて彼女から話の内容を更に聞き出しにいった。
「で、ちゃんはそれになんて答えたんだ?」
「……その」
「うん」
「……、……答えられませんでした」
そのときの相手との問答をは隠すことなく正直に2人に話した。
「マルコさんのことをどう思っているのかって訊かれて」
「うん」
「嫌いじゃないって答えようとして、それは狡いだろうって咎められました」
「ああ……。うーん、まぁそうだな」
「やっぱりそうですよね……」
卑怯な答え方で逃げようとした自分を思い出しは自嘲する。
すっかり食欲をなくした彼女は指先で摘まんでいただけのフォークを皿の上に置いた。
カチャンと静かな音が妙に虚しく聞こえる。
「サッチさん、ヴィヴィアンさん……」
「ん?」
「なぁに?」
彼女は悩み事を抱えた者が皆そうするように肩を落とし、顔を伏せる。
そして小さなため息をつくと、か細い声で2人に問いかけた。
「愛って……なんですか?」
「……」
「……」
唐突な彼女の質問に向かい合って座る2人は顔を見合わせて目をパチクリさせる。
問いを投げかけてきた娘は「難しいです……私にはよくわかりません」としょんぼりとした声で白旗を振る。
哲学めいたことを訊いておきながら、その姿はまるで親に叱られた幼い子供のように見えた。
「ちゃんは、マルコ隊長に愛されているっていう実感はあるのかしら?」
どう答えたらいいものかと言葉を詰まらせるサッチに代わり、ヴィヴィアンが口を開いた。
がした質問への直接的な回答ではなかったが、彼女が自ら愛について考えるヒントになればいいと思っての発言だった。
問われたは俯かせていた頭を少し上げ、テーブルの上の何もないところをぼうっと見つめながら考え込む。
「……あります。たぶん」
「あらあら。これもまた曖昧ねぇ」
「う……すみません」
「ふふ。謝らなくてもいいわよ」
「はい……。その……あるのはあるんですが、ハッキリと口にするのは少々気恥ずかしいというか」
自信満々に「私はマルコさんに愛されています」などと言えるほどの性格は豪胆ではない。
口には出せないけれど、だが確かに彼女は彼からの愛を感じてはいた。
いつもそばにいてくれる彼のことを、隙あらば触れて体温を確かめようとしてくる彼のことを。
自然と思い出したはうっすらと赤く染まった耳を隠すように耳の縁にかけた髪を指先でおろす。
サッチはテーブルに肘を立てて頬杖をつき、照れ隠しをする可愛らしい妹分に思わず口元を緩ませる。
「マルコさんには感謝してもしきれないくらいの愛情を注いでいただいていると思っています。本当に……私にはもったいないぐらいたくさん」
「なるほどな。受信する側としての機能は正常に働いている、と。けどその反対はどうかって言われると」
「……難しいです」
思い悩むの姿はとても男に慣れた娘とは思えないほど初心で純情なものだった。
愛を受け取ることはそこそこできても、自ら発信するという経験値が異様に低い。
目の前の彼女はまるで恋を知ったばかりの少女のような顔をしている、それが2人の感想だった。
「覚えなきゃいけないことだってまだまだたくさんあるのに……。マルコさんに対する私の気持ちって何なんだろうって、最近はずっとそればかり考えていて」
「朝からため息ついて、上陸する島に興味も湧かないほど気持ちが低迷している、と。そういうことね」
「そういうことです……。あの、お二人には私の態度ってどう見えていますか?」
人というのは得てして理解しているようで一番できていないのが自分自身のことだったりする。
マルコに対する自分の態度はどうかと彼女が問えば、ヴィヴィアンは頬に片手を当てて斜め上を見つめながら普段のの様子を思い出す。
一方のサッチは2人の回答をそわそわと待つ彼女を頬杖ついて眺めながら内心で「やれやれ」と苦笑していた。
(なーんか、こんな質問少し前にも誰かさんからされたっけなー)
確かあれはエースたちと酒を飲んではしゃぐを眺めていたときだったような。
いつになく真剣な声で悩みを打ち明けてきた悪友のことをサッチは思い出す。
あのとき、友のためにとあえて隠さずに正直に思ったままの答えを返した。
そして今、目の前の娘からまったく同じことを訊かれている。
彼女に返す言葉は彼の中で決まっていた。
あのときと同じく、サッチは大切な友を想い、2人の仲がいい方へ動いてくれるようにと言葉を選ぶ。
「まぁ、少なくともマルコを嫌っているようには見えねぇけどな。おっさんに寵愛されすぎてちょっと戸惑い気味って感じのときはあるけど」
「そう、ですか……。あの、ヴィヴィアンさんは」
「私は、そうねぇ、半分はサッチ隊長と同意見だわ。マルコ隊長の愛が強すぎてちゃんが全部受け止めきれないでいるっていう点ね」
「なるほど……。あの、もう半分は?」
「秘密」
「へ?」
「おいおい、ナース長さんよ。もったいぶらねぇで言ってやれよ」
「ふふ、ダメよ。これはちゃんがもう少し考えて、自分の力で答えに近付けたときに教えてあげるわ」
「……聞ける日が来るのか不安です。先は遠いと思います」
なかなか手厳しい同性の先輩クルーには片眉を下げた困り顔で笑う。
恋とはなんだろう。
愛とはなんだろう。
どれだけ考えても答えは出ない。
目には映らず手に触れられるものでもないから、尚更形をとらえることは難しい。
「どうしたら愛って証明できるんですかね……」
水を掬うようにはテーブルの下で両手を合わせて器を作る。
そこには何もない、空っぽの容器があるだけだ。
の問いかけに2人は再び顔を見合わせ考え込む。
「愛の証明方法ねぇ……難しいわね。サッチ隊長、何かご意見は?」
「えっ、俺か? あー……うーん、と……そうだな……たとえば……」
「たとえば?」
「あー……嫉妬、とか?」
「嫉妬、ですか……」
「そう。ほら、マルコがまさにそうじゃん? ちゃんが他の男と仲良くしていると覇気丸出しにするじゃねぇか」
は自分の女だと独占欲を剥き出しにする。
それはひとつの愛の証明なのではないかとサッチは説く。
だがヴィヴィアンは緩く握った拳を顎に当て「そうかしら?」と首をかしげる。
「本当に心から愛していたら、相手が何をしようと嫉妬なんてしないですべて受け入れられるんじゃなぁい?」
「ぐっ……それは……」
「ねぇ、ちゃん。そう思わない?」
「私は……、……。……すみません、やっぱり難しいです。ごめんなさい、お二人がいろいろと考えて意見をくださっているのに曖昧なことしか言えず……」
「あぁ、ほらっ。ちゃん、んな顔すんなって。あんまり考えすぎると体に毒だぜ。飯だって全然食ってねぇじゃねぇか」
「少しは腹に入れな」とサッチに促され、は置いたフォークを再び手に取る。
だが肉類を食べる気力はやっぱり湧かなくて代わりに隣のレタスにサクリと先端を突き刺した。
持ち上げた拍子にそばに添えられていたプチトマトがころころと転がって皿の外に落っこちてしまう。
指で摘まんで拾い上げ、皿の隅に戻したところで隣のヴィヴィアンから問いを投げかけられた。
「ねぇ、ちゃん。あなたはどうなのかしら?」
「え?」
「もしマルコ隊長が他の女性と仲良くしているのを見たら、どう思う?」
「……」
彼の不貞をどう思うか。
自分も同じように、彼がそうするように、相手の女性に嫉妬するのだろうか。
それとももし愛があるのなら彼の浮気な行動すらすべて受け入れられるのだろうか。
(マルコさんが、私以外の女性と……)
思わずは想像してみる。
マルコが酒場で出会った見知らぬ女性の肩を抱いて歩く姿を。
一瞬、彼女は胸の奥がチリリと焦げつくような感覚を覚えた。
だがそれをどう言葉にすればいいのかがわからない。
一瞬のことだったので勘違いかもしれないとはそれを口にすることはしなかった。
「……わかりません」
結局彼女の口から明確な答えは出ることなく、そうこうするうちに上陸準備の鐘が船内に鳴り響き、短い恋愛相談室はお開きという形になってしまった。
sequel 17 : I don't know what LOVE is.
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ナース長さん、なんかすごい良い匂いがしそうという妄想のもとに台詞を書いています。
あれ?マルコさん、出てませんでしたね……すみません(今気付く)。
2018/09/01 新規更新
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