「お前ぇにって祝い酒だそうだ」
「あれ全部、ですか……?」
マルコに連れられ白ひげの隣にやってきたは、広い甲板を埋め尽くす大量の酒樽に絶句した。
聞けば、四皇の一角、あの有名な赤髪が彼女の入団を聞きつけてわざわざ届けに来たというではないか。
「私、赤髪の船長さんと一度も面識ないんですけど……」
「なに、気にするこたぁねぇ。奴は単に酒盛りがしてぇだけだ」
「はぁ」
「とりあえず挨拶だけはしとけ。おい、ハナタレ小僧!」
白ひげが大声で呼ぶ、その声が飛ばされた方には顔を向ける。
甲板の中央に集まるよそ者の海賊たち、その先頭にいる燃えるように赤い髪の男が声に反応しこちらを向いた。
何度も見た手配書の写真と同じく、彼の左目には特徴的な3本の傷が走っている。
(あの人が、赤髪の大頭……)
遠くにいてもわかる、微かに漏れ出る覇王色の覇気。
がいることに気付いた彼は周りのクルーに何かを告げるとこちらへと向かってきた。
急ぐこともなく、ゆったりと堂々とした足取りで甲板を歩くその姿はまさに四皇、大海賊団の頭を名乗るにふさわしい雄姿。
ギシリ、ギシリ、と床板を軋ませながら男は階段をのぼってくる。
そして彼の両足が一番上の段についたところで白ひげはの背をトンと押し、彼女の方からも客人へと歩み寄らせた。
「こいつが新しくうちに入った娘だ。どうだ、小僧。別嬪だろう」
「惚れるなよ」と白ひげにもったいないほどの紹介をされ、は照れくささに体の前で組んだ指をぎゅっと握りしめながらぺこりとお辞儀をした。
そして頭を起こした彼女は正面に立つシャンクスの顔を見てパチパチと瞬きを数回、「あの……」と首をかしげることになる。
とシャンクス。
2人は初対面のはずだ。
だが彼女を見つめる彼の目はこれ以上ないほど見開き、信じられないという驚きの顔をしていた。
sequel 11 : 海賊王を愛した女神
「あねさん……」
「え?」
じっと食い入るようにを見つめていたシャンクスがようやく零した言葉がそれだった。
面識のない彼からいきなりそう呼ばれ、は何のことだかわからず戸惑いの顔をする。
白ひげのそばで様子を窺っていたマルコも同様に眉をひそめ、どういう意味かと隣に座る父親の顔を見上げた。
どうやら白ひげだけはシャンクスの発言の意味を理解しているようだ。
彼は自慢の髭もろとも口角を上げて笑っていた。
「驚いたか、赤髪」
「いや、まさか……。あぁ……、驚いたっ。こいつはびっくりだ、白ひげ!」
「……?」
シャンクスは心底驚いたという顔で笑いを見つめてくる。
話が見えない彼女は顔の周りにハテナを浮かべ、助けを求めるようにマルコの方を向く。
だが教えて欲しいのは彼も一緒で、マルコはお手上げのポーズで肩をすくめた。
「失礼、お嬢さん」
「あっ、……はい」
不意に声をかけられ、反射的にシャンクスの方へ顔を戻したは彼と目が合ってどきりとした。
自分を真っ直ぐ見つめてくる彼の眼差しがあまりにも優しくて、思わず初対面であることを自分の中で再確認してしまう。
「はじめましてだな。俺はシャンクス。こんなんでも一応海賊団の船長をやってる」
「知ってます。四皇、赤髪海賊団の大頭さんですよね。はじめまして。私は、」
「、だろう?」
「……! はい。あの、どうして」
白ひげか、そうでなければクルーの誰かにでも訊いたのだろうというの予想は大きく外れることになる。
シャンクスは彼女の名前を知っていた理由を簡単に話した。
そしてそれは今の彼女にとってできることなら思い出したくない真新しい記憶だった。
「見かけによらずとよく言われるが、これでもわりと新聞には目を通す方でね。海軍、海賊双方の動向は隈なくチェックしている」
「新聞……」
「あぁ。一時期あんたの名前が紙面を騒がせたことがあったな。海軍本部大佐、」
「……はい。でもその名は……、もう昔のことです」
「そうだったな、すまない。だがしかし、あれだけ毎日目にしていたあんたの名がある日を境にとんと紙面に載らなくなり、それ以降の情報が途絶えて気にはなっていたんたが」
「……」
ある日を境に。
それががマリンフォードを去ったあの日のごたごたであることは明確だ。
確かにあの日以降、新聞のどこにも彼女の名は記されなくなった。
だがそれ以上に彼女が気になっていたのは、例の一件がいつまで経っても世に報道されないことだった。
白ひげ海賊団のNo.2が海軍本部に侵入し一海兵を攫うという、なかなかのビッグニュースであるにも関わらず。
(やっぱりもみ消したんだ……。でも誰が)
一体誰が報道関係に圧をかけ、箝口令を敷くよう提案したのか。
センゴク、ガープ、つる、サカズキ、クザン……本部上層の人物の顔がの脳裏をかすめる。
だが考え事をする時間はすぐに終わる。
シャンクスの声が再び彼女の意識を会話へと引き戻させた。
「まさかその海兵が白ひげ海賊団に入っていたなんてな。本当に驚いた」
「そうですね……、私も自分で驚いています」
崇高なる海軍がその背の正義を捨てて海の犯罪者である海賊へと成り下がる。
前例がないわけではないが、の場合海賊から肩を叩かれそれに応じるという点では実にイレギュラーだ。
海賊に「欲しい、手に入れたい」と思わせた、それだけの価値ある存在。
そんなを見つめるシャンクスの目は好奇や関心の色でいっぱいだ。
「。あんたのために酒をたんまり持ってきた。後で一緒に飲もう」
「はい。あの……、ありがとうございます。赤髪さん」
「あぁ。じゃ、後でな。……白ひげ、ちょっといいか」
「あぁ? なんだ」
「少し話したいことがある。人払いを頼めるか」
「……。マルコ」
「おぅ」
「を連れてけ。俺たち抜きで始めて構わねぇって全員に伝えな」
「あぁ。いいのかよい」
「構わねぇよ。俺はこの小僧とここでちびちびやってらぁ」
頭領2人を抜きにいいのかとマルコは少し迷ったが、船長命令とあれば従うしかない。
彼は律儀にもう一度シャンクスにお辞儀をするの背に手を添えその場を後にした。
彼女とともに階段を下りながらマルコは片手を腰に、もう片方の手で顎をさすりながら考える。
(人払いまでして何の話だ……。まさかうちと同盟でも……、いや、そりゃねぇな)
赤髪に限ってそれはない、それならば話題は一体……。
真剣な顔で考えていれば、数歩先を行くが振り返って「マルコさん?」と首をかしげてきた。
彼女をじっと見つめながら、マルコは胸の内で「こいつのことか?」と勘を働かせる。
答えはわからない、それは今はもう背を向けている頭領2人だけが知るところ。
「どうかしました?」
「あぁ……、いや、なんでもねぇよい」
「はぁ」
「ほれ、行くよい。みんな待ちかねてらぁ。今日は浴びるほど飲むとするかねぃ」
「はい」
「。お前ぇは程々にな」
「えぇ……、私の歓迎会なのに?」
「主役が飲んじゃダメなんですか?」と文句を言う彼女は頬が少し膨らんでいてなんとも可愛らしい。
だがマルコはそれにほだされることなく伸ばした手で彼女の頬をぎゅうっと摘まむとまだ酔ってもいない彼女にお説教する。
「痛いれす」
「うるせぇ。べろんべろんに酔って他所のクルーに手なんか出されてみろ。今度はもっときつい仕置きをしてやるよい」
「う……」
マルコの一言に何を思い出したのか、は抓られた頬と耳を赤くして黙り込む。
これで少しは牽制になるかと彼女の頬から手を放しながら、だがやっぱり今夜はできるだけ傍で見張っていようと思いながら彼はクルーたちのいる甲板に足を進めた。
*
普通の人の身には余る大きな杯が2つ。
彼らがいなくなったところで海賊団の頭領2人は向かい合って座り、若き頭が2人分の大杯に酒を注いでいた。
シャンクスは残された方の腕でそれを軽々と持ち上げ、白ひげが持つ杯に軽く当てて宴の始まりを告げる。
「何の乾杯だ」
「何って、言うまでもないだろう。当然、あんたに可愛い娘ができた祝いにだ」
「ふん。ハナタレ小僧が、生意気に」
悪態をつきながらも、だが白ひげはにやりと笑って杯を傾ける。
それを見てシャンクスも満足気に笑って行動を同じくする。
白ひげは濡れた口元を乱雑に拭うとひとつ息をついて言った。
「驚いたか、赤髪」
何の脈絡もない唐突な問いかけ、だがシャンクスは何を問われているのかすぐに理解した。
大きな杯を床に置き、空になったそれを見つめるシャンクスの顔には穏やかな笑みが浮かんでいく。
「あぁ……、驚いた」
「グラララ。だろうな」
「自分の目を疑った。だが、それ以上に懐かしかった」
そう言うとシャンクスは胡座をかいたまま顔だけを後ろに向け、甲板に視線をそそいだ。
そこではすで赤髪海賊団と白ひげ海賊団のクルーたちによる酒宴が繰り広げられている。
その中心に座す本日の主役である娘、にシャンクスは優しい眼差しを向ける。
「まさかだ、20年も経って再び海の女神に会える日がくるなんて思ってもいなかったさ」
その髪は長さこそ違えどシャンクスの記憶の中にある人と同じく雪のように白く美しく、両耳に光る赤いピアスもとても見覚えのある物。
何より顔立ちが瓜二つ、特に笑った顔は思い出の中の人とまったく同じでこれこそまさに生き写しだ。
赤髪海賊団のクルーに酒をつがれて笑うを見つめがら、シャンクスは眼差しをほんの少し寂しそうなものに変えた。
「あねさんを見てるようだ」
「それだけか」
「……あぁ……あぁ、そうだな。彼女を思い出せば、自動的にロジャー船長のことも思い出される」
「ふん。小童が、ひとの船で感傷的になるんじゃねぇよ」
そう言いながら、だが白ひげも何か言葉を飲み込むようにグッと残りの酒をあおった。
2人は過去の記憶に想いを巡らせる。
それはもう今から20年以上前のことだ。
かつてシャンクスがロジャーの船で見習いをしていた頃、オーロ・ジャクソン号には一人の女が乗っていた。
に瓜二つのその女は船長であるロジャーを愛し、オーロ・ジャクソン号の守護柱としてそこにいた。
彼女が選び乗る船は襲い来るすべての災厄から護られる、人は彼女のことを「海の女神」と呼ぶ、そういう存在だった。
だが彼女を神と崇め敬遠する者はその船には少なく、船長に似て陽気で気さくな性格のクルーたちは彼女のことを各々の好きなように呼んでいた。
年配の男たちは「レディ」や「ミス」、若い衆は「あねさん」と、親しみを込めてそう呼んでいた。
ロジャーが海軍に捕まったとき彼女もともに身を軍に渡し、そのまま獄中で命尽きたと風の噂が流れクルーたちは皆彼女の死を悼んだのだが。
「まさか娘が生まれていて、しかも海兵として育てられていたなんてな」
「あぁ……、20年だ。つるとガープのもとでな」
「大参謀と英雄が育ての親か。どうりで俺の覇気にも動じないわけだ」
「ガープ仕込みの体術、加えて将校お得意の六式も会得済み。実力は申し分ねぇ。敵に回したらちと厄介な女だ。だが」
「今は海賊、うちの娘だ」と白ひげは口髭とともに唇を吊り上げて自慢げに笑う。
彼女が海軍にいたことなどもはやどうでもいいとばかりに、白ひげは今ここに存在する海賊たるを尊重し大切にすると決意していた。
シャンクスは改めて目の前に座す大海賊の器の大きさに敬意を表し酒を注いだ杯を目線の高さまで持ち上げる。
「しかし、なんだ。まさか彼女が海軍を捨ててまで選んだ船がこことはな。縁とは不思議なものだ」
「あぁ?」
「どうなんだ、白ひげ。かつてライバルでもあったロジャー船長を愛した女神、その娘に選ばれた気分は」
「おいおい、小僧。何を勘違いしていやがる。が選んだのは俺じゃねぇぜ」
「なに?」
空になった白ひげの杯に酒を注いでいたシャンクスの手が一瞬止まる。
違うのか、と彼が目で問えば、白ひげは半端に注がれた杯を口元に運びながら笑ってそれに答えた。
「マルコだ。あいつがを気に入って何度も誘いの声をかけにいき、はそれに応えた」
「マルコが……? 本当か」
「嘘なんてつく意味がねぇだろう。真実だ。はマルコが海軍から勝ち取ってきた宝だ」
シャンクスはにわかには信じられないという顔で再び甲板を振り返る。
そう言われて驚きはしたが、だが「なるほど」とすぐに合点がいった。
確かにシャンクスがモビーに降りたってから見ている限りでは、マルコはずっとのそばにいる。
今もそうだ、マルコはの隣にいて、彼女にちょっかいを出す赤髪のクルーたちを鋭い眼光で牽制している。
「へぇ……、あのマルコがなぁ」
「そういうわけだ。うちの娘に滅多なことしたら、あいつが黙っちゃいねぇぞ。あ? 小僧」
「人聞き悪いな。俺があの子に手でも出すんじゃないかって言っているように聞こえるが」
「ふん。その通りだろうが。気に入った奴を強引に誘って船に乗せてんのはどこのどいつだ。てめぇのそういう破天荒なところ、ロジャーにそっくりで見ていて胸くそ悪くならぁ」
「だっはっは! まぁそう言うな、白ひげ」
悪態を付く白ひげを豪快に笑い飛ばし、シャンクスは杯の酒をグッと飲み干す。
その豪気な飲み方がまるでかつての悪友、今は亡き海賊王によく似ていて、白ひげは口をへの字に曲げてしかめっ面を浮かべるのだった。
←
□
→
すべては思い出の中の人。
若きシャンクス、それにバギーはきっと夢主のママに可愛がられたんだろうなぁなんて妄想して楽しんでいます。
余談ですが、彼女がマルコに攫われた一件、報道に規制をかけるよう提案したのはつるさんです。
「海賊に連れ去られた海兵」なんて報道されればみんなの注目を集めてしまう。
彼女の名がこれ以上有名になってしまうと余計に生きづらくなってしまう……、そう思いセンゴクさんに打診したわけです。
海軍本部に海賊の直接的な侵入を許したという前代未聞の失態を晒すわけにもいかないだろう、とかそれらしいことを言ったのかも。
以上、余談でした。
タイトルを以前のものと変えました(改訂前『我が主君を愛した人』)。
2018/07/23 加筆修正
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