ドリーム小説
この空も海も、どこまでも青く、広く、美しい。ずっとずっとそう思っていた。けれど今こうして彼の背に乗って目の前に広がる世界を見渡せば、否が応でも思い知らされる。この空と海の、真の青さも、真の広さも、真の美しさも、私はまだまだ知らないのだと
マリンフォードを背にして大空を飛び続けどのくらい経っただろう。夕陽はもう半分以上水平線の下へと沈んでいた。東の空は夜の闇に覆われ始めている。あとどれくらいだろうとはマルコの背から下を見下ろしたとき、大海原の中心に白鯨を模した巨大な船が浮かんでいるのが見えた
「着いた。降りるよい」
「え、わ!」
マルコは突然嘴を下に向けて白ひげの海賊旗目指して降下を始めた。どんどん高度を下げて、海賊旗の周りをくるりと一周しながら飛行速度を落とすとマルコは徐々に変身を解き、背中に乗せていたを横抱きにして甲板に着地した
「マルコ隊長、おかえりなさい」
「お疲れさんっす」
「おぅ。留守中何もなかったかい」
マルコはを甲板に降ろすと部下らしき男たちと言葉を交わした。マルコ不在中の報告を終えた部下たちの視線は、まぁ当然というかにいく。じろじろと物珍しげに見つめられても落ち着かない。それに気付いたマルコがの肩を引き寄せ「見せもんじゃねぇんだ。んなじろじろ見てやるなよい」と部下たちを牽制してくれた
「親父は?」
「広場でお待ちです」
「そうかい。んじゃ、行くとするかねぃ、」
「あ、・・・はい」
この船の男たちはみな船長のことを親父と呼ぶ。白ひげ海賊団船長、四皇エドワード・ニューゲート。以前マルコと3分勝負をしたときに初めてその姿を見たけれど、改まって彼の前に出るのはこれが初めてだ。緩いもさすがに緊張する。連れて行かれた先、白鯨の船首前の大きな広場で白ひげはどっかりと椅子に腰を下ろしていた。ただ座っているだけなのに滲み出る覇王色の覇気は半端ない
「親父」
「おぅ。帰ったか、マルコ。どうやらうまくいったみてぇだな」
「三大将にちっと手間取ったけどねぃ。親父のおかげで足場は崩せた」
「グララララ、そいつぁ良かった。で、お望みのもんは手に入ったんだな」
「あぁ、連れてきたよい。ほれ」
「わっ」
マルコにトンッと背を押され、はたたらを踏んで白ひげの前に歩み出た。は緊張した顔で白ひげを見上げる。医療チューブを体に巻き付けた大海賊はを見下ろして笑った
「よく来た。歓迎するぜぇ、カリプソの娘」
「・・・どうも、です」
はぺこりと小さくお辞儀して応える。すると白ひげの言葉を聞いた周りの船員たちがにわかにざわめきだした
「カ、カリプソって・・・!?」
「え、・・・あの伝説の海の女神か?」
「まさか、・・・あの女がっ?」
海賊なら誰しも知っていて当然の海の伝説だ。カリプソの名にざわめきは観衆の端から端へと波及していく。白ひげはそれに構うことなくをじっくり観察し、それから肩を揺らして笑った
「しかしまぁ、驚くほど母親にそっくりに育ったもんだな」
「・・・!船長さん、母をご存じなのですか?」
「あぁ、・・・よく知ってらぁ。ロジャーの野郎の船で一番いい女だったからな」
それは一度も会ったことのない母だったけれど、そう言われては嬉しく思った。白ひげは眼を細めてを見つめ笑う。どうしてだろう。は彼のその笑顔に覚えのない優しさを感じた。白ひげと顔を合わせるのはこれが二回目なのに、どうしてそんな愛しげな目で自分を見てくれるのだろう。わからない。けれどすごくあったかい眼差しに、堅くなっていたの心が少しだけ溶けた
「さて、な。カリプソの娘よ。お前ぇは今日からこの船で生きてくことになるわけだが、異論はねぇか」
「異論は・・・、ないです。でも本当に私、この船に乗せていただけるんですか」
「あぁ。お前ぇがそう望むならな」
「それは、もちろん、・・・乗せていただけるのなら喜んで。でも私はこの船で何をすればいいのでしょうか」
「グラララ。そいつぁお前ぇが自由に決めたらいい。この船にはお前ぇを縛り付けるものなんざ何もねぇんだからな」
「自由に・・・」
そう言われると困る。あんなに自由を求めていたはずなのに、唐突に投げられるとこんなにも手に余る。すごく贅沢だ。海軍でずっと育ってきた自分に何ができるのだろう。私はこの船のために何ができるのだろう。わからない。は首をひねって考える。ふとそんな彼女の耳に周りにいる男たちの会話が入ってきた
「海の女神なんざ乗っててくれりゃそれでいいんじゃねぇか」
「まぁ、そうだよな。戦闘に巻き込まれたりして死なれちゃ困るしな」
「あぁ言えてる。部屋の奥でじっとしててもらうのが一番だな」
「・・・」
なんだかどこかで聞いたことのある言葉だなぁと思った。そして、あぁとは思い出す。海軍本部の将校たちによく言われていた言葉じゃないかと。乗っていてくれればそれでいい。それだけでいい。皆の不思議な力にばかり信頼を置いて、彼女が自分で育て上げた力には見向きもしてくれなかった。そして今にして思えば、そんな風評に立ち向かっていかなかった自分も確かにいた。これでは、このままでは海軍本部にいたときと何も変わらないじゃないか
「・・・変わらなきゃ」
「・・・?」
俯きぽつりと零したに彼女の斜め後ろに立つマルコが声をかける。は握った拳に力を込めた。せっかくマルコが連れ出してくれたのだ。自由に羽ばたける場所に連れてきてくれたのだ。そこでどう生きるかは、それは私が決めなければならないこと。は眼差しに力を込めて白ひげを見上げた
「白ひげの船長さん」
「なんだ」
しっかりと目を合わせれば四皇の覇気に気圧されそうになった。は白ひげから目をそらすことなくその覇気に耐え、すぅと息を吸い込みそして自分の望みを告げた
「私にも、戦わせてください」
「あぁ?」
「お願いします。ここに、この船に置いていただけるのなら、私にもこの場所を守らせてください」
そしては決意する。この船で、モビーディックで生きるために。自分を連れ出してくれた人のそばで生きるために。この船にすべてを捧げる決意をする
act 42 : さよなら海の女神
はひとつ深呼吸をすると唐突に右足のホルスターに手を伸ばし、短刀を一本引き抜き指先で器用にくるくると回した。突然武器を取ったに周りの船員たちが表情を変えて警戒する。親父を攻撃するつもりなのか、と武器に手をかける者もいた。彼女の斜め後ろに立つマルコもぴくりと眉を上げる
「・・・何のつもり、」
「マルコ」
止めようとするマルコを白ひげは「構わねぇよ」と一言で制した。確かにから殺気や戦闘の意は感じられない。一体何をするつもりなのか。そうして白ひげやマルコ、海賊たちが見つめる中では思いも寄らぬ行動に出た。右手に持った短刀を逆刃に持ち替えると、長く伸びた白髪を首の後ろで乱雑に束ね、そのまま短刀を勢いよく横に引き長い髪をばっさりと切り落とした。ザクリ、と。まるで世界を切り捨てたような潔い音が甲板に鳴り響いた
「な・・・っ、!?」
「ふん。粋な真似を」
白ひげは口角を上げて笑い、マルコや他の海賊たちはあんぐりと口を開けて一様に驚いた顔をする。が切り落とした髪から手を放せば白髪たちは強い海風に吹かれ甲板に舞い落ちる前に空へと飛んでいった。残されたのは短刀を片手に、肩よりも短くなった白髪を風に揺らす娘がひとり
「女が命より大事な髪を切るたぁ、そりゃ何の決意表明だ」
潔いの行為に白ひげは楽しいことが起こりそうな高揚感を覚える。その大きな口にはさっきから笑みが絶えない。白ひげに見下ろされ、髪を短くしたはさっきよりも強い眼差しで彼を見上げた
「命を賭けて戦い、この船を守るためです」
「なに・・・?」
「確かに私に流れる海の女神の血がこの船を守ってくれると思います。けれど私はそんな目に見えない力じゃなくて、この手で・・・自分の力で戦ってみんなを守れることを証明してみせたいのです」
それこそが自分が生きる証であり存在証明。ただ黙って見ているだけなんて、大人しく守られているだけなんて嫌だ。もう腑抜けと、臆病者と罵られて何も言い返せなかった頃に戻りたくはなかった
「富も名声も宝も、何もいりません。私は自分の意志で、自分の力で戦って生きてみたい」
もう逃げたくはないのだ。は真っ直ぐに白ひげを見上げ、胸を張って宣言した
「私にこの船を、・・・あなたを守らせてください・・・――」
もう生き場所をくださいなんて弱音は吐かない。自分が生きる道は、生きる場所は、自分の力で築いてみせる。神風が彼女の背を押す。短くなった白い髪がふわりと揺れた。夕陽が落ちる。空は藍色。薄暗い夕闇の中で彼女の双眸は進む道を失うことなく強い光を放っていた。白ひげの肩が揺れる。小さな揺れは徐々に大きくなり、大気を揺るがすような大きな笑いとなった
「グラララララッ!いい目をしてやがる・・・、さすがはマルコが選んだだけあるじゃねぇか」
白ひげは「気に入ったぜぇ」と深みのある声で言うと、大きな手をの頭に乗せてぐりぐりと撫で回した。ものすごい圧力には肩をちぢこませて抱擁を受ける。しばらくして大きなごつい手が離れていき、は片目を開けて恐る恐る白ひげを見上げた
「あの・・・、」
「お前ぇが海軍でそこそこの遣り手だったことは聞いてらぁ。だが、この船に乗る以上はじめは雑用からだ」
「え・・・」
「海賊がどういうもんか、息子どもに骨の髄まで叩き込んでもらいやがれ。なぁ・・・、」
「あ・・・、・・・はい・・・――!」
「おい、馬鹿息子ども!お前ぇらの新しい妹だ、可愛がってやんな」
白ひげのその一言で緊迫していた空気は一気に溶けた。この船では誰の言葉よりも白ひげの、親父の言葉が絶対で。白ひげが愛する息子たちは親父の言葉にみな一斉に大腕振って沸きに沸き上がった
「おう!親父がそう言うなら!!」
「歓迎すんぜっ!!」
「よっしゃ、今夜は大宴会だっ!」
船員たちは突然の大騒ぎ。あまりの変わり様には目を真ん丸にしてびっくりするばかり。これが海賊。呆然とするに白ひげは「今日の主役はお前ぇだぜ、」と笑って言う。、と。彼が呼んでくれる声がまたどこか優しくて愛しさがあって。どうしてかはわからないけれどはこそばゆいような嬉しさを感じてふっと笑い返した。すると今度は後ろから手首を掴まれ、ぐるりと体の向きを変えさせられた。誰かと思えば
「わ、・・・マルコさんっ?」
さっきからずっとの後ろで見守ってくれていた彼にじっと見下ろされ、は瞬きをして「なんですか?」と問いかける。するとマルコは突然宴会の準備をする船員たちに向かって大声で叫んだ
「おい、お前ぇら!ひとつだけ言っとくよい」
「・・・?」
マルコの大声に男たちはみな手を止めて彼との方に目を向ける。手首を掴まれたままのは何が起こるかと首を傾げていたのだが。まさかのまさか、油断していたというか、そんなこと予想もしていなかったというか。大観衆に見つめられる中、は手首を引き寄せられいきなりマルコにキスをされた。突然すぎて目も開けたままで、何が何だかわからないうちにキスは離れていったかと思えば今度は彼の胸の中にぎゅぅっと抱きしめられてしまった。大観衆の中から数人に指笛なんか鳴らされてさすがのも恥ずかしさに耳が赤くなる
「先に言っとくよい。こいつぁ妹である前に俺の女だ」
「マ・・・、マルコさん!?」
「可愛がってくれんのはいいが、間違っても手は出すなよい」
もしこいつに何かあったら俺がただじゃおかねぇよい。得意の不敵な笑みを浮かべて尚一層を胸に引き寄せるマルコに、周りの男たちの嬉々とした賑わいは更に大きくなるのだった
「マルコ隊長、かっけぇーっ!!」
「やるじゃねぇか、マルコ。男だねぇ」
「うるせぇよい。てめぇが一番厄介なんだよ、サッチ」
「んな憎まれ口叩くなって。よ、ちゃん。よろしくな。俺ぁ4番隊の隊長やってるサッチってんだ」
「あ、・・・はい。です。よろしく、」
「しなくていいよい、。サッチ、気安く呼ぶんじゃねぇ」
「なんだよ、マルコ。みんなの妹だぜ。独り占めすんじゃねぇよ。おい、エース!ちょっと来いよ!」
「呼ぶんじゃねぇよい!余計うるさくなんだろうが」
ハイエナどもから守るためにマルコはを更にきつく抱きしめる。何が何だかわからなままはマルコの腕の中で守られ小さくなっているしかなかった。男たちがぎゃんぎゃん言い合っているのを他所にはふと空を見上げた。夜空に真ん丸の月が輝いていた。は月に向かってふぅと小さなため息をつく。月はを見下ろして「もう大丈夫なの?」と問いかけているようだった。寂しくはない?安らかに眠ることはできる?と。だからはマルコにも聞こえないくらいの小さな声で答えた
「もう大丈夫です」
これからは自分の望む場所で、愛する人のそばで生きていきます。自分の力で生きてみせます。だから心配しないで見守っていてください
さよなら 海の女神
※ようやくここまで来ました。長かったです。残り一話。最後までお付き合いいただければ嬉しいです
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