ドリーム小説
の謹慎処分最後の一日は驚くほど平凡に過ぎていった。いつも通りの朝、いつも通りの昼、いつも通りの夕暮れ、そして訪れる夜の闇。マリンフォードの真夜中は静かで人が眠りに落ちた後は波の音だけが穏やかに街を包んでいた。もうすぐ日付が変わりそうな時間。月明かりに照らされた石畳をは一人で歩いていた
(なんだか眠れないなぁ・・・)
夜空を見上げれば真ん丸のお月様が彼女を照らしていた。明日のことを考えてしまうと少し緊張する。あてどなく歩いていたが、の足は無意識に行き慣れた場所を選択していたようだ。彼女の足がとまる。目の前には謹慎中も何度か訪れた鍛錬場。静かに扉を開けて中へ入れば、窓から差し込む月明かりが真っ暗な道場を藍色に薄めて照らしていた。の目は暗さに慣れていた。だからどこに何があるのかもよく見えたし、何より神棚の前にぽつりと正座して待つ、ここにいるはずのない人物を見落とすはずがなかった。月明かりがその人のシルエットをはっきりとさせていく。の両目は驚きに真ん丸になった
「お婆ちゃん・・・!?」
「おや。やっぱり来たかい」
思いも寄らぬ人物との再会には驚愕する。一方でつるは落ち着いた様子で「久しぶりだね。元気にしてたかい」と笑いかけてくる
「お婆ちゃん、・・・どうして。私がここに来るってわかったんですか?」
「ははは。何年お前の面倒みてきたと思ってるんだい。お前の習性なんてお見通しなんだよ」
「習性・・・」
「海軍入隊試験のときも、昇進試験のときもそうだったじゃないか。ベッドにいないと思ったらお前はいつもここに来ていたね」
「あー・・・そういえばそんな過去もあったかもしれませんねぇ」
つるは肩を揺らして笑う。大舞台を控えるとは一人で集中できる場所に隠れ潜む癖があった。けれど今はまるでかくれんぼで隠れる前に鬼に見つかってしまったような何とも言えない気分だ
「どれ。2週間ゆっくりできたかい?」
「はい・・・それなりに」
「それなりね。まぁいいさ」
つるは「そこにお座りよ」と自分の正面を指さしに指示した。は言われたとおりつるの正面に正座した。月明かりがつるの顔を半分だけ照らしだす。二人向かい合い座ればその光景はまるで師から弟子への継承式のように見えた。張りつめた空気の中、つるから話を切り出した
「それで。決まったのかい、気持ちは」
「・・・そうですね。8割方は」
「そうかい。なら良かったよ」
「聞きますか?今」
の決意。興味はありすぎるほどある。けれどつるは微笑みを浮かべ、緩く首を横に振った。そして静かに目を閉じて笑みを深くするのだ
「何年そばにいたと思うんだい。わざわざ聞かなくても、お前の考えていることぐらいわかるつもりだよ」
「お婆ちゃん・・・」
「随分とかかったものだ。ねぇ、・・・・・・長かったね、ここまで」
「・・・はい」
深みのある穏やかな声にまるで優しく頭を撫でられているかのような錯覚を覚える。つるはゆっくりと目を開け、を真っ直ぐに見つめて言った
「これが私たちの最後の会話になるかもしれないんだね」
「・・・・――」
優しいつるの、の心を理解してくれての言葉には胸をきつく締め付けられ、たまらずに唇を噛んで俯いた。つるは理解してくれている。が何を選び、どう生きるのかを。そしてそれを否定することなく受け入れてくれている。は膝に置いた両の拳をきつく握りしめた。つるへの大恩を忘れたことなどない。自分を引き取り育ててくれた。余りある愛をくれた。ずっとこの人のそばで生きたい、この人を守れるぐらいの軍人になりたいと思っていた。けれど今、自分はそんな大切な人を裏切ろうとしている。これでよかったのか・・・自分の決意は正しかったのか・・・。それだけがずっと自信がなかった。俯き葛藤するに、けれどつるは声をかけて顔を上げさせた
「ひとつだけお聞かせよ」
「・・・はい」
「。今のお前の中に、ともに生きたい者の姿ははっきりと浮かぶかい」
「ともに・・・生きたい人」
「誰のそばで生きたいか、お前が生きたい場所がはっきりと浮かぶかい」
つるの声は優しく、けれど厳しさを滲ませてに問いかけた。わかっておいでだろう。お前の気持ちひとつで海は変わるんだよ。お前が自分の気持ちと向き合いちゃんと答を出さなければ、お前が愛する海は平和ではいられなくなるんだ。つると真正面に向き合ったは、その問いかけにずっと昔のことを思い出していた。忘れもしない、あれは確か今日みたいに月が真ん丸に輝いていた日の夜のことだった
*
小さい頃は夜が怖くて、眠れない夜はよくはつるのベッドに潜り込んだりした。つるはにいろんな話を聞かせてくれた。けれどいつしかはつるのベッドに潜り込むことをしなくなった。が一人で眠ろうと、夜と闘おうと決めた前夜、つるがにしてくれた最後の夢物語は彼女の出生についてだった。彼女がどうやって生まれてきたのか、そしてという娘はいった何者なのかということをつるはまるでおとぎ話のように語ってくれた
「。お前はね、海の女神の娘なんだよ」
「海の女神・・・?」
「あぁ、そうさ。海に生きる者に幸運をもたらす女神だ。誰よりも海を愛し、その者が乗る船には航海の無事を約束してくれる。船乗りの間では『カリプソ』と呼ばれ崇められている」
「カリプソ・・・?変な名前ですね」
「はは。でもその力は絶大だよ」
「ふぅん」
「カリプソはね、母から子へと命を受け継いで生き続けていくんだよ」
「命、を・・・?」
「あぁ。母親は子を産むとその場で命尽きてしまう。その代わりに、生まれてきた子に自分の力のすべてを譲り与えて死んでいくんだ。命を賭けた世代交代なんだよ」
「・・・少し、怖いです」
「怖くなんてないさ。母親の愛情をいっぱい注がれて子どもは生まれてくるんだからね。・・・・・・。お前もそうだったんだよ」
「私も・・・?」
「以前少しだけ話して聞かせたね、お前の母親のことを」
「はい・・・。お母さんは、私を生んですぐに死んじゃったって」
「そうさ。お前もそうやって母親の力をすべて受け継いで生まれてきたんだよ」
「え・・・じゃぁ・・・、・・・私のお母さんが、カリプソ?」
「そうだ。先代のカリプソだったお前の母親はかの海賊王を愛し、奴の船に乗ることを選んだ。海の女神に愛された男が乗る船オーロ・ジャクソン号は世界で唯一海の加護を受けた船になった。その船で海賊王は世界一周を果たしたのさ。けれど世界の海を支配した男もついに処刑されるときがきた。奴が投獄されたとき、同じくお前の母親も幽閉されたんだ。そのとき彼女のお腹の中にいたのがお前なんだよ」
「それで・・・お母さんは私を生んだせいで死んじゃったんですね
「それは違うさ。お前の母親は自分の思うがままに自由に生きて、そして愛する娘にすべてを授けて死んでいったんだよ」
「・・・でも、」
「お前の母親は自身が望む道を行き、悔いのない人生を送って逝った。お前が後悔することは何一つないんだよ、」
「・・・はい」
「母を誇りに、お前も母の生き様に倣えばいいさ。いつか・・・・・お前にも自分の生きる道を選ぶときが来るよ」
「私の生きる道・・・」
「自分が生きたいと思う場所、誰のそばにいたいか。それを決める日がいつかきっと来るから」
そのときは自分で決めるんだよ。カリプソは愛する者のそばにいてこそ海を守る力が宿るから。だからこの海が平和であるように、お前の心が愛に満たされるように。お前を愛してくれる人が現れるまでは、私がお前を愛してやるからね。けど私だってもう先の長くない老いぼれなんだ。早くいい人を見つけてお巣立ちよ
*
自分の生きたい場所。誰のそばで生きたいか。目を閉じて想い馳せる。閉じた瞼の裏に一瞬だけ映って消えたのは青く光る美しい炎だった。あぁこれではっきりした。自分の想いを認め、はゆっくりと目を開けてつるを真正面から見つめ返した。の口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。だからつるも安心して「答えは出ているようだね」と笑い返してやった
「安心したよ。これでもう面倒な娘に手を焼かされることもないね」
「お婆ちゃんのため息の数も減りますか」
「そうだねぇ。私より、レイダーの方がそれはあるんじゃないかい」
あぁ、それはあるかもしれない。二人は顔を見合わせて同時に肩を揺らした。月が少しずつ位置を変え、月明かりがつるの顔に翳りをさしていく。にとって光の中にいた人が少しずつ影の世界に消えていく。あぁそうか・・・は朧気に悟る。これが変化か。人は変わらずには生きてはいけない
「・・・」
「」
「・・・はい」
「怖れることはないよ。自分で決めた道なんだ。どんな道であれ、お前が迷わず進めば海がお前を守ってくれる」
「・・・・・はい」
これからはお前が愛しお前を愛してくれる者のそばで、思うがままに自由に生きればいい。大丈夫。海はお前を愛してくれる。守ってくれる。だから不安になる必要はないよ。何も心配はいらないよ
「不安な顔など見せずにお進み」
お前が不安になれば海は荒れてしまう。けれどきっと大丈夫だろう。お前を愛してくれる者がお前を抱きしめ守ってくれるだろうから。それにね、。お前を愛しているのはなにもそいつだけじゃないんだよ。・・・ねぇ、。月明かりの中でつるが優しく微笑む
「どんなに遠く離れた海へ行っても、たとえ生きる道が分かれようと、お前は変わらず私の娘だよ」
愛しているよ、。たとえ私の手元を離れていこうとも、お前を愛する気持ちは変わらないから。月明かりの中でつるが優しく微笑む。どうしてだろう。自分を生んですぐに世を去った母の顔など覚えているはずもないのに、どうしてか笑うつるの顔に天国にいる母の笑顔が重なって見えた。それまで静かに話を聞いていたは、無言で正面に両手をつくと深く深く床板に額が付くほど頭を下げてとまった。長い白髪が道場の床に広がり、月明かりを受けて光り輝いていた
「つる中将」
濁りのない透き通った声が師の名を呼ぶ。はきゅっと唇を噛みしめた。あなたがいてくれたから私は海軍で生きてこられた
「あなたに拾っていただけて、私は幸せでした」
優しく厳しく私を育ててくれた。あなたがいてくれたから私は今日までこの世界で生きて来られた。あなたへの恩を忘れることはない。たとえどんなに遠く離れた海を行っても、たとえ生きる道が分かれようと、あなたは変わらず私の母でありつづける。そう思うことをどうか許してください。ねぇつるお婆ちゃん・・・、・・・今も昔もこれからも、ずっとあなたのことが大好きです
「感謝、しています・・・・・・―――っ」
あなたがいてくれたから生きてこられた。あなたは私のすべてでした。大切に育ててくれてありがとう。あなたに愛してもらえて、私は幸せでした。道場の床にぽたりぽたりと雨が降る。その雨はつるが道場を去った後もしばらく止むことはなかった。そしてが知ることはけっしてないのだろう。愛した娘から贈られた言葉につるの目にもうっすらと涙が浮かんでいたことを、が知ることはない。つるは静かに立ち上がると、いまだ頭を下げたままのに一言だけ残して道場を去っていった
「お前に『おやすみ』と言うのもきっとこれが最後になるんだろうね」
act 38 : グッドナイト
今のお前なら、夜の闇を怖れることなく安らかに眠ることができるだろう
※別れがサンジとゼフにに似たものになってしまいました・・・あぁ、技量不足
カリプソは「カ○ブの海賊シリーズ」よりオマージュ。大好きです、すずめ船長
グッドナイト → 安らかに眠れる夜に「おやすみ」
ハッシャバイ → 眠れそうにない夜に祈りを込めて「おやすみ」
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