ドリーム小説
その声は、その哀しみを帯びた嘆きは、いつだって彼に届いていたのだ
午後の穏やかな陽が差し込むマリンフォードの路地裏。地面にぺたりと座り込んだの前に突然現れたのは海軍本部になんているはずのない人物で。チンピラみたいな座り方で目線を合わせてふっと笑う彼をは目を真ん丸にして見つめ返した
「マ、マルコさん・・・!?なんで、・・・ここ海軍本部ですよ?」
「んなこたわかってるよい」
「見張りだってたくさんいるのに・・・どうやって」
「そんなの決まってんだろい」
首を傾げるにマルコは人差し指で空を指す。あぁそうか、鳥の姿で飛んできたのか。いやしかしそれにしても大海賊団の大悪党の侵入をこんなにも簡単に許してしまうなんて。大丈夫か海軍本部・・・。はかしかしと側頭部を軽く掻いて片眉をひそめた
「それで。こんな敵の中枢まで今日は一体何をしにいらしたんですか」
「んなの決まってるよい。お前に会いに来たのさ」
「はぁ・・・また勧誘ですか?」
「まぁそれもあるけどねぃ」
そう言うとマルコはチンピラ座りのまま右手を背中側に回し、腰帯にさしていた新聞を取り出した。見出しには見覚えのある写真が掲載されており、それだけでいつの日付の新聞かピンと来ては何とも言えない気分になった。の両目が哀しげに細められる。あぁそうか、彼も知っているのだな。新聞は海の上にも届く。が関わったあの海軍事故のことを知っているのだ。マルコは丸めた新聞で自分の肩をトントンと叩いた
「新聞読んだよい。海軍事故の記事も、お前の謹慎処分のこともな」
「そうですか・・・」
「船にいながら戦わずに仲間を見殺しにした最低の軍人だってねぃ」
「はは・・・・・まぁ、そうらしいですよ」
「へぇ・・・」
否定しないのかよい。マルコの嫌がらせのような言葉にも動じず、は相変わらずの薄っぺらい笑みを浮かべる。そんなの姿に、だがマルコは目を僅かに釣り上げて不機嫌そうに舌打ちをした。突然苛立ちを露わにしたマルコには首を傾げるが、彼女のそんな態度にもマルコはイラッとした。だって彼女は明らかに無理しているのだ。何をそんなに我慢しているのか。マルコは呆れたため息をついていきなりのほっぺたをぶにっとつまんでやった
「いっ・・・。何れすか、いきなり?」
「ふん。今のお前にはぶっさいくな顔がお似合いだよい」
「んな・・・。突然現れて何れすかその言いがかりは」
はマルコの手を払い、つねられたほっぺたを手でさすりながら彼を睨み付ける
「暇なんですか、白ひげ海賊団って。・・・からかいに来られたのなら帰ってくださいよ」
「あほ。惚れてる女がこんな泣きそうな顔してんの見て帰れるかよい」
「泣きそうなのはほっぺたつねられて痛いからですよっ」
「ふん。痛ぇのはほっぺたじゃねぇだろうが」
「・・・?なんですかそれ」
「あぁ?自分でわかんねぇのかよい。お前が痛ぇのはこっちの方だろい」
「・・・!」
そう言ってマルコがビシリと指さしてきたのはの心臓付近だった。彼が何を言いたいのかを理解するとの頬を汗がつぅと流れ落ちた。お前が痛いのは胸の奥にある「心」だろうが。心が痛くて痛くてしかたねぇくせになに無理して笑ってんだよい。仏頂面で指さすマルコには何も言えなくなる。だってそれは否定できない、本当のことだから
「・・・」
「ったく。腹ん中に溜めたりしねぇで、もっと言いてぇこと言やいいのに」
「・・・簡単に言ってくれますね。私だって言いたいこと全然ないわけじゃないですけど・・・でも、」
「でも言ったら大変なことになるから言わずに我慢してるんだろい。そんでお前一人が犠牲にでもなってんじゃねぇのかい」
「う・・・(図星)」
「ははぁ・・・まぁ大体予想した通りだな。まぁだから俺が来てやったんだけどよい」
「え?」
「俺だってな、暇じゃねぇんだ。けど今はどうしてもここに来たかったんだよい。お前の話を聞くためにな」
「話って・・・?一体何の、」
「んなの決まってるだろうが。新聞には書かれなかった本当のことだよい」
「へ・・・?」
マルコはがしがしと後頭部を掻きながら「俺はあんな記事、はなっから信じてねぇんだよい」と飄々と言ってのけた。新聞を信用してないだなんて・・・。思いもよらぬ彼の言葉には両目を真ん丸にする。驚いた顔のにマルコはため息をついて、それからぽんぽんと優しく彼女の頭を叩いてやった
「聞くけどな。一体どこの誰が『仲間殺しの将校』なんだよい」
「え、・・・。・・・・・・私、ですかね」
「あほ!!」
「いっ・・・!ちょ、・・マルコさん新聞で殴らないでくださいよ」
「俺を騙せると思ってんのならいい度胸だよい。いいからとっとと俺に真実を寄越せよい」
「し、・・・真実って、新聞に書かれたことが真実に決まってるじゃないですか。嘘なんか書いたら新聞社も海軍も訴えられますよ」
「それが信じられねぇからわざわざここまで来たんだろうが」
「あ・・・そっか。いや、けど全世界配信の超大手新聞会社ニュースクーを信用しないって。それもどうなんですか」
「いいんだよい。んな他の奴の言葉なんて価値はねぇ。俺はお前の口から語られる本当のことだけを聞きてぇんだ」
「私、の・・・?」
まだ半信半疑のはやや眉をひそめてマルコを見つめる。けれど彼は揺らぐことのない瞳でを見返してくるのだ。俺はお前の言葉を信じてる、と。マルコは手を伸ばし、の頬にスルリと指を這わせた
「信じてやるよい、お前の言葉を」
「・・・私の言葉を?」
「あぁ」
「そんな・・・。だって今更私一人が何を言ったって何も変わらないですし、」
「たとえ周りの奴ら全部がお前の言葉を信じなかったとしても、俺は信じてやるよい」
「・・・、・・・――」
だから俺にすべてを寄越せよい。正面から視線をそらすことなくそんなことを言われてしまい、の瞳はぐらりと揺れた。どうして・・・どうしてそんなに自信満々に私を信じてくれるのですか。話を聞きたい、たったそれだけの理由でわざわざ遠い海から敵の中枢にまで来てくれたというのですか。世界中の誰もが灰色の紙面を信じて私を蔑む中であなたは私の本当の言葉を聞いてくれるというのですか。マルコと合わせていた視線を伏せ、じっと石畳を見つめながらは思わず唇を噛みしめた
「」
「・・・はい」
「俺を信じてみろよい」
お前の言葉なら、たとえそれが真実であろうと嘘であろうとすべて受け入れてやるから。だから自分の中に押し殺すな。そう言ってマルコは彼女の頭を胸の内に引き寄せて抱きしめてやった。白ひげのシンボルが刻まれた胸に額を預けさせ、彼女のか細い体をきつく抱きしめた。マルコに抱かれながらは戸惑いに眉を寄せた。どうすればいいのかわからない。ただ、彼の優しい心臓の音と頭を叩いてくれる優しい手に安心してしまう自分がいた
「・・・どうして、ですか?」
「ん?」
「・・・・・どうして・・・私の言葉なんて信じてくれるんですか」
あなたは海賊で私は海軍で。敵同士なのに。どうして・・・。は納得いかないというよりも不安そうな顔をする。その一方でマルコの答えは、そんなの当たり前というように自信に満ちていた。ふっと笑って抱きしめたの耳元で静かに囁いてやる。あんなに何回も惚れてるんだと、お前が必要なんだと言ったはずなのに。それでも信じられないというのなら、あぁいいさ、お前が信じてくれるまで何度でも言ってやるさ
「んなの、お前が他に代わりのいねぇ大事な存在だからに決まってんだろうがよい」
「・・・っ、・・・――」
あぁなんてずるい殺し文句を言うのだろう。それは好きだと言われるよりも強烈な言葉で。の両耳がじわじわと熱くなっていく。あぁ恥ずかしいと思いながらも、けれどそれ以上に彼女を焦らせたのはじわじわとこみ上げてくる熱い涙だった。視界がゆらゆらと揺らいで沸き上がってくる涙をとめることができない。どうすればいいのかわからない。つらくても苦しくても涙なんて流さないように耐えてきたから、素直な泣き方がわからない。唇を噛みしめて耐えようとする彼女の耳元で、彼はふっと笑って静かに囁くのだ。「好きなだけ泣けよい」と。あぁだめだ、甘えてしまう。そう思いながらも、ただ今だけは彼の優しさに甘えてしまいたいと思う自分がいた。は苦しげに眉を寄せ、彼の胸の中で雫のたまった瞳をゆっくりと閉じた
act 37 : 夕暮れに橙色の雨が降る
路地裏に差し込む陽の光が少しずつ低く、そして橙色に変わってきていた。建物の壁に背を預けて寄りかかったマルコは、自分の両足の間に抱き込んだの体を抱きしめ暮れていく夕陽を眺めた。マルコの胸の中にすっぽりとおさまったままはすぅすぅと穏やかな寝息を立てていた。マルコに全てを話してホッとしてしまったのだろう。ため込んでいた涙を綺麗に流したせいもあるだろう。はすべて白状してくれた。マルコの予想通り海軍の上の方の連中が彼女にすべてを背負わせていた事態をおさめたようだ。よくもまぁこんなか細い娘が一人で海軍の名誉という重圧を抱え込んだものだ。けれどマルコは彼女の気持ちがわからないでもなかった。自分を犠牲にしてでも自分が居られる場所を守りたかったのだろう。だがそれも今回のことで終わりにして欲しかった
「もういい加減俺たちの仲間になれよい」
眠る彼女の顔を見下ろしマルコは苦笑する。彼女からの返事は勿論ない。これ以上ここにいても苦しいだけだ。早く俺と一緒に来い
「・・」
静かな声で彼女の名を呼び、細い顎に指をかけて眠る彼女の顔を上向かせた。起きる気配はない。マルコは彼女の唇にゆっくりと顔を近づけ、そして静かに唇を重ねた。重なり合いひとつになった二人の影が路地裏に伸びる。マルコはそっと唇を放すと、聞こえていないのを承知で彼女に語りかけた
「なぁ・・・、海の女神さんよ」
白ひげの親父に聞かされたのは、海にまつわる女神の話。それは世界にたった一人しか存在することを許されない海に愛された女の話。海を守る神々の生き残りの娘を、今マルコは自分の腕の中に抱いていた
「お前は海に出てもっと自由に生きるべきなんだ」
海を愛し、海に生きる娘よ。お前が海を愛せなくなる要因がここにあるのなら、ここはお前が生きるべき場所じゃねぇんだ。なぁだから行こう俺たちとともに。お前を連れ出してやるよい、この窮屈な城から
「いい返事を期待してるよい」
「・・・・――」
起きる気配のない彼女の額にそっと口付け、マルコは彼女の体を壁に寄りかからせてその場に立ち上がった。夕陽がの白い髪を橙色に染め上げる。穏やかに寝入る彼女を見下ろしふっと唇を押し上げると、くるりと彼女に背を向け夕陽とは逆側の闇色に変わっていく空へと飛び立っていった。彼が立ち去った後に残るのは、幻想的な蒼い炎の残り火
蒼い炎に包まれた鳥が闇色に変わり始めた東の空に飛んでいくのをは薄く開けた視界の中で静かに見送った。遠ざかっていく青い鳥が一番星の光と重なり見えなくなるやは小さなため息をついた。そして一言だけぽつりと呟くのだ。「ずるい・・・」と。寝ているのをいいことに勝手に唇を奪っていくなんて。そればかりか彼は、彼自身が知るはずのないの秘密を知っていると暗に示して去っていった
―――なぁ・・・、海の女神さんよ
「・・・知ってたんですね」
私のこと・・・。ずるいなぁ、あなたは私の秘密を知っているのに、私はあなたのことを何一つ知らないのだ。体だけじゃ飽きたらず、心の中にまでどんどん入ってきて私のすべてを犯していく。じわじわと私のココロとカラダを浸食していく、彼が私に最後に残した言葉はひとつの約束だった。が眠りに落ちる寸前に残していった約束は
―――お前の謹慎が解ける日。明後日の夕暮れ時、またここに迎えに来るよい
それまでに気持ちを決めておいて欲しい。ここに残るのか、それともここを去るのか。それはセンゴクにも告げられていた自身の生きる道を決める最終決定。マルコに迫られずとも決めるしかなかったことだった。けれどどうしてだろう。この12日間、まったく固まらないまま流動体のように胸の内をさまよっていた決意が、彼が現れた途端少しずつ固まり始めていた。認めたくない・・・けれど認めてしまえば楽になる、自分の本当の気持ち。ただその想いを、決意を言葉に表すのには、にはあと少しだけ時間と背中を押してくれる誰かの力が必要だった
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