ドリーム小説
マリンフォードの裏街、古いレンガ造りのアパートメントの4階。ここがの市街地での自宅。けれど一年のほとんどを海軍本部の寮で生活するにとって、ここが自分の家だという感覚はほとんどない。海軍本部で産声をあげ、つるに引き取られ、それ以来ずっと海軍本部で生きてきたからにとってはあの城が家のようなもの
住み慣れた城を離れ、着慣れたスーツと白いコートが部屋の片隅でひっそりと息をひそめ始めてから、早いものでもう1週間以上経っていた。私服で過ごす日々は楽で両肩が軽くて助かった。重苦しい白い正義を背負わずに済むことにホッとはできるけれど、そう思うたびには危機感を覚えるのだ。だってそう思うようになってしまったら自分はもう二度とあの白いコートを羽織れなくなってしまいそうな気がするから。は謹慎し始めた日から×をつけていったカレンダーを眺めた。残された謹慎期間は残り三日。彼女に与えられた猶予はあと72時間。けれどの中で決意はいまだ固まらず
「どうしよう・・・」
独り言が虚しく部屋に響く。ふと、カタンと音がして新聞が来たことを知らせた。は玄関まで行きドアの内ポケットから新聞を取り出し、それをダイニングテーブルに広げてパラパラとめくった。新しい手配書やスーパーの広告を端に寄せ、1ページ1ページ斜め読みしていく。そして何気なく読んでいた彼女の眼がひとつの記事に留まり釘付けになった
「あ・・・」
新聞の隅の小さなスペース。そこにはが処分を受けた海賊討伐事故の続報が載せられていた。行方不明だった海兵の亡骸がまた3体揚がったという内容の訃報記事。白黒写真で載せられた亡き海兵たちの顔はどれも凛々しくて、は言いしれぬ苦しみに眉をひそめる。しかし何よりも彼女の顔を歪ませたのは、その三人の写真の中に一人だけ見知った顔を見つけてしまったからだろう
『リザード一等兵(三等兵より昇格) 18歳』
それはに水を差しだした若い海兵の顔だった。夢は赤犬のような軍人になることだと言っていた彼は殉職による二階級の昇進。そんな未来のない出世を誰が望んだか。はゆっくりと目を閉じ、若き海兵の死に小さな黙祷を捧ぐ。そして閉じた瞼の裏には思いだしていた。それはまだ記憶も新しい二日前の夜のこと。裏街の小さなバーのカウンターで一人飲んでいたときのこと
*
バシャッと水が跳ねる音が薄暗いバー内に響きわたり、賑わっていた店内が少しずつ静かになっていった。客たちはみなカウンターの方の様子を見ていた。狭いカウンターの壁側の席に腰掛けると、彼女にグラスの水を浴びせた40前後の女を。女は美しい顔を怒りに歪めて歯を剥き出しにしてを睨み付け興奮気味に叫んだ
「この人殺し・・・っ!!どうして、・・・どうして助けてくれなかったのよ・・・っ!?」
「・・・・・・」
は前髪や服からポタポタと雫が落ちるのも構わず、ただ静かに女の顔を見つめた。女が何をそんなに怒り狂っているのかはよく理解できたから。だからは黙って女の言葉を聞き、彼女の睨眼を受け入れた。女は怒りに息を荒くさせ、それからキッと釣り上げた両目に涙をためてを睨み付け大声で叫んだ
「返して・・・私の息子を・・・っ、リザードを返して頂戴・・・――っ!!」
「・・・・・・――」
女はにグラスの水を浴びせる前に素性を明かしていた。女は、あのときが乗った船にいた若い海兵の母親だった。息子を失った母親の悲痛な叫びと怒りをにぶちまけていた。母親である彼女の痛いほどの哀しみと苦しみをは理解し、言い訳のひとつもせず黙って彼女の罵倒を受けた。女の罵倒を聞きつけた周りの客たちが「おい・・・あいつ新聞に載ってた生き残りの軍人じゃねぇか?」とざわめき出すのが聞こえた。あぁ・・・空気が痛い。女はを罵倒し続ける
「・・・」
「何よその目は・・・私なにか間違ったこと言ってるかしら?」
「・・・いえ」
「わかってるわ。海兵だもの、・・・軍人だもの息子が海の上で殉職することは覚悟の上よ。新兵なのに討伐船に乗ることになってあの日も心配だったわ。けれどあの日あの子は、海軍本部の大佐がいるから大丈夫だと・・・あなたが福を招いてくれるから大丈夫だと。そう言って息子は船に乗っていったのよっ!!」
あの子はあなたの力を信頼していたのに!!母親の言葉の一つ一つがの胸に突き刺さった。けれど同時にの心には静かに闇が渦巻きだしていた。福招き・・・。違う、私にはそんな力ない。私が乗れば大丈夫だなんて誰が言ったの。私が今まで戦いに勝利してきたのは、負けないようにと鍛錬を続けてきた自分の力のおかげなのに。そう思いながらもそんなこと言えるはずもなく、はグラスを持つ両手にわずかに力を込めて唇を噛みしめた
「あの子の遺体は揚がってないわ、あの子は暗い海の底で一生苦しむことになるのよ・・・。それなのに、どうしてあなたはたかだか2週間程度の苦しみで許されるのっ!?」
女は綺麗な眉をこれ以上ないぐらいきつくつり上げて叫び、そして微動だにしないに歩み寄り彼女の両肩を強く掴んで激しく揺すった。はされるがまま体を前後に揺さぶられ、けれど女と目を合わせることはできずずっと俯いていた。唇を噛みしめる。文句のひとつも言えやしない。箝口令をしかれ闇に葬られようとしている真実を言うことも許されない。あのとき私は薬をふくまされて戦うことは叶わなかったのだと。私を船に乗せた将校に騙され拘束されていたのだと。言えもしない。言ったところで今更誰が信じてくれる。は耐えた。自分一人が耐えれば海軍本部を守れるのだと信じて。つるを、ガープを、レイダーを、センゴクを想い耐えた。耐えることで自分の存在意義が見いだせると信じて。それなのに現実は彼女に冷たい
「あなたが何を守ってくれるというの・・・っ、何も・・・誰も守ってくれないじゃない!!それなのにあなたが海軍にいる意味などあるの・・・!?あなたなんて・・・あなたなんて、」
「・・・、」
「海軍にいる必要なんてない・・・、いらない存在じゃない・・・――っ!!」
「・・・、・・・――っ」
女は両目から涙を零し容赦なくを揺さぶった。見かねたバーの店員が女を止めてくれたけれど、もうの心はぐちゃぐちゃに揺さぶられた後だった。私が海軍にいる意味は、こうして耐える意味はあるのだろうか。は俯き唇を噛んでじっと耐えた。店員に肩を支えられて女は店を出て行き、はふと顔を上げた。瞬間、ドキリというよりもゾッとした。店内の雰囲気は最悪で、さっきまで賑わっていた客たちは皆一様に不審な目でを見ていた。あぁこれが今の私を取り巻く世界の縮図なのだと実感した。そしてがっかりというよりもうんざりした。それでも今のにはこの場所でため息をつく自由すら与えられず、黙ってカウンターに代金を置いて、無数の目玉に背中を見られながらは店を後にした
あぁ息ができない。苦しくてしかたがない。ここには自由はない
外は夜風が冷たくて気持ちよかったけれど水をかけられた頭が少々冷えて風邪を引きそうだった。のんびりとした歩調で歩きながら空を見上げれば満点の星空。月はもうすぐ満月になりそうな形。はゆっくりと歩きながら夜空に向かってようやくため息をついた
「・・・くるしいなぁ」
居場所がどこにもない。海軍にも街にも居場所がない。自分は何処にいればいいのだろう。何処にいることを許されるのだろう。の中に振り払ったはずの闇がちりりと蘇ってくる。どうしてだ。どうして自分ばかりがこんなにも責められる。私は仲間殺しなんかじゃない。だって先に裏切ったのはあっちだ。私は戦うことも許されなかった。それなのに・・・どうして私ばかりがこんなにも責められる・・・。存在まで否定され、不要のレッテルを貼られ・・・・・・私は何処にいればいい
act 35 : 深海で迷子だなんてもう助からないじゃない
ゆっくりと目を開け、はため息をついて新聞を閉じた。それから開け放たれた窓辺によりかかり、潮風に白髪をなびかせながら蒼い海を眺めた。海はいい。海は誰にでも等しく存在する。どんなに苦しみの中に放り込まれても、自分の存在を否定されても、居場所を奪われても、ただひとつ変わらない想い。私は海が好きだ。海に生きたい。今はただそれだけだ
「んー・・・、いたた。体鈍ってきたなぁ」
ぐっと両手を天井に伸ばして背伸びをする。考えすぎるのは自分の性に合わない。明日辺り鍛錬場に行ってみよう、運がよければガープに会えるかもしれない。よし、とは伸ばしていた両手を降ろす。ふと彼女の目が窓辺に置いた観葉植物の鉢にいった。「そうだ、今日水あげてない」とは如雨露に手を伸ばそうとして、鉢の隣に転がった小さな木の実の殻に目が留まった。まるでリスの置き土産のように無造作に横たわるそれは半分になった胡桃の殻。何ヶ月も前にマルコにもらった・・・というかいつの間にか勝手に預けられていたもので、それをは捨てずに今まで持っていた。は如雨露に伸ばしかけた指で胡桃の殻をピンと弾いて転がした。カツン、カラカラ・・・。鉢にあたってとまり、シーソーみたいに左右に揺れている。その実を見ているとふと思い出す、水の都で再会した彼との記憶、彼の言葉
―――俺にとっちゃ、お前の存在に価値があるんだよい
彼の言葉がふと頭をよぎる。好きだからそばに置きたいのだと真正面から気持ちをぶつけてくる。あのときだって心が揺さぶられたのだ。きっと今の自分が言われたら効き過ぎるぐらい効いてしまう。あぁ彼がここにいなくてよかった
「こわい人ですね・・・、マルコさん」
姿もなく幻影だけで私の心を揺さぶるなんて。なんて存在感の強い人。なんて怖くて、ずるい人。は困ったように眉を下げて笑い、それからカツンと胡桃を弾いた。は如雨露を手に窓に背を向ける。が弾いた殻はまた鉢にあたってとまった。けれどその殻にピキリと小さなヒビが入ったことを彼女は知ることはなかった
※ヒロインなのに救われない話で申し訳ないです。そしてマルコとの絡みも少なくて大変申し訳ないです・・・
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