ドリーム小説
瞼が重たくてたまらなかった。目を開ける気力はもはやなくて、はおぼろげに聞こえてくるスネーク少尉の声をぼんやりと聞いていた
「ひひっ。タイミングよく効いてくれたか」
「・・・、・・・」
いやらしげに笑うその声を聞いただけで今彼がどんな気色悪い表情をしているのか容易に想像できた。チャプチャプと波の音とは違う水音が聞こえた。液体の入った小瓶を揺すっているような音。昏迷する意識の中でなぜかの勘は冴えに冴えていた。あぁ、わかった、きっとあのときだ。若い海兵くんが持ってきてくれたグラスの水、あれに何か混ぜたのだろう。油断した。まさか同じ海軍の仲間の中に自分を貶める者がいたなどと誰が予想したか
「おい、こいつを縛って倉庫にぶちこんでおけ」
「は!」
従順な部下がその命令に疑問を抱きもせずにの身体をロープで縛り上げていく。あぁこの船に乗る者すべてが敵なのかと二アは諦めるしかなかった。後ろ手に手首を縛られ、足首も同じように縛られ、さらに両腕の上から身体をぐるぐる巻きにされ、最後には猿ぐつわを口に咥えさせられた。の力を恐れるが故の厳重な拘束だった
「さて、福招きの君。申し訳ないが君にはしばらくの間表舞台からご退場願おうか」
「・・・、・・・っ」
「心配せずとも奴らの討伐なら我々だけで十分。君はただ乗っていてくれさえすればいい。君がいる。それだけでこの船が沈む心配はないからな」
手出しは無用だ。下手に手を出されたら我々の功績がなくなってしまうからね、とスネーク少尉は気味の悪い笑い混じりに告げる。どこまでも己の利益を優先する。彼は利己主義だと言っていたセンゴクの言葉をは思い出す
「・・・、・・・――っ」
「ひひっ・・・凄まじいな君の覇気。この薬は一般には売られていない強力なものなのだよ。それを標準使用量の2倍の濃度で投与したのにまだ意識が落ちんとは。誠に恐れ入る。・・・だがしばらくは静かにしていてくれたまえ。なぁに、君が目を覚ましたときには我らの大勝利で海軍本部に戻っているはずだ」
だから君は安心して寝ていてくれればいい。薄れゆく意識の中で、彼のいやらしい笑い声が耳の奥で木霊し続けた。意識昏迷の中では残った力で歯を食いしばった。けれどただそれだけで何にもなりはしない。力が抜けていく、意識も薄れ消えていく。眠りの世界に堕ちていく。の心には静かに闇が広がり始めていた。自分の手柄のためだけに私を船に乗せ、手を出されたら邪魔だからと動けないようにし。迫り来る敵の戦力も計れないで、自分の仲間が命の危険に晒されることもわからないで。すべては自己の名声と称号のために動く
これが海軍・・・
これが正義・・・・・・
こんな奴らが平気で絶対的正義と誇りを振りかざし海に生きている
彼に与えられた屈辱に自分の心が闇色に染まっていくのをは感じ、「だめだ」と制止の声をあげた。闇に堕ちてはだめだ。そんな奴らばかりじゃないだろう。つるだってレイダーだってガープだっている。自分を見てくれる者がいるのだから。闇に堕ちるな。は必死に自我を食い止めた。けれどそんな彼女の努力を男は嘲笑い、そして粉々にするのだ
「ひひっ。君の力を借りずに俺が海賊どもを制圧したと知ったら、赤犬殿もお喜びになられるだろうな」
「・・・、・・・――」
「あの御方は君の緩い正義が死ぬほどお嫌いだ。元帥殿やおつる殿が君をご贔屓にしているため赤犬殿も口出しはされないようだが、この討伐で君の力なくしても十分に海軍はやっていけることを俺が証明できれば、赤犬殿も満足されることだろう」
スネーク少尉は口が裂けるほど口角を押し上げて嗤う。その言葉だけでわかった、彼は赤犬の傘下の人間だ。を邪険にする理由にも納得がいく。男は自分の華々しい未来が想像できて嗤いがとまらないのか、の意識が消える寸前まで気味悪く嗤い続けた。そして男はくるりと背を向け、絶望的な一言を吐き捨てる
「赤犬殿に代わって俺が証明してみせよう。君が海軍には要らぬ人間であることを」
「―――・・・」
その一言で十分だった。の心を一瞬で闇が食い尽くしていった。部下たちに荷物のように担がれて運ばれるのを感じながら、はそこで完全に意識を手放した。闇色に姿を変えた私が私の心を支配する
もういい・・・
20年この場所で生き続けてきた
20年この海を守るために耐えてきた
けれど私が生きてきた場所には守るには値しない者たちが大勢いる
もういい・・・もう答えを出そう・・・
これが海軍ならこれが正義なら消えてなくなってしまえばいい
こんな奴が乗る船など海の底に沈んでしまえばいい
もういい・・・もう疲れた・・・
もう眠ってもいいかな
もうゆっくり休んでいいんだと、誰か言ってくれないかな
お願い・・・誰か・・・・・・
act 31 : 声が聞こえた
白鯨の甲板の上で積み荷の確認作業をしていたマルコは、ふと後ろを振り返りそれから顔を上げて青い空を仰いだ。カモメが平和に飛ぶ穏やかな空は綿雲がふよふよと浮いているだけでそれ以外には何もない。誰もいない。けれど確かに声が聞こえたのだ。遠くで誰かの泣く声が
「空耳かねぃ・・・」
気のせいか。首の後ろをさすってマルコは再び作業に戻った。そこにマルコの隊の部下が慌てながら走ってきた
「隊長!イゾウさんの部隊から入電ですっ」
「イゾウんとこから?なんだよい」
「ターゲットの『ワコウ一派』が海軍本部の軍艦と交戦中だそうで」
「なにぃ・・・、また海軍に先越されたのかよい」
ここ最近妙に運がねぇな、とマルコは苦い顔をする。イゾウの部隊は今『ワコウ一派』の制圧及び傘下への引き込みに行っていた。懸賞金6000万ちょいならイゾウの部隊一つで十分相手になる。けれど報告の続きを聞く限りではそれはやや難しいと思われた
「けど今回はレスタ島のときとは結果が逆になるかもしれませんよ」
「なに?」
「ワコウ一派の奴ら、億越えのシラギク海賊団と手ぇ組んだらしくて。イゾウさんの現状報告だと今海軍の奴らの方が圧されてるそうですよ」
「へぇ。そりゃ景気がいいよい」
ワコウも海軍本部もどちらも白ひげにしてみれば敵だが、どっちを応援するかと言われたら迷うことなく同業の海賊連中を選ぶ。しかもワコウ一派が勝ってくれればマルコたちにとっては漁夫の利だ。海軍を破ってもらって、さらに戦闘後の疲労困憊のワコウ一派に戦いを仕掛ければ楽に制圧できる。悪い気もするが、こっちも海賊だ。それもまた海賊に生きる者の定めだ
この広い海では弱ければ死ぬしかない。そんなこと、誰もがわかっているはずだ
*
ボゥ・・・パチパチ・・・
炎の燃える音と木片の爆ぜる音が交互に聞こえてきて、はゆっくりと目を開けた。重い眠りから覚めたのはいいが目の前がぼやけていて焦点が定まらない。何度か瞬きをして軽く頭を振るとズキリと酷い痛みが頭に走った。「い・・・っ」と無意識に声を出し、いつの間にか猿ぐつわが外れているのに気づく。は床に寝そべったまま芋虫のように身じろいだ。すると上手い具合にロープが緩んでくれた。両腕を拘束していたロープから解放され、は後ろ手に縛られた手首のロープを何とかしようと柔らかい体をフルに使って背をそらしホルスターの短刀を一本引き抜いた。自由に動ける指でくるりと短刀を持ちかえ、ざしゅりっと音を立てて手首のロープを切った。足首のロープも切り、自由になった体でぺたりと床に座り込む
「・・・」
無言。心も体も疲れすぎてため息も出なかった。薬の後遺症で体が鉛のように重い。けれどこのままここにいても仕方がない。現状を把握しなければ
(ここは・・・倉庫?。閉じ込められたままか)
薄暗い倉庫の中。一体外はどうなっているのだろう。戦いは終わったのだろうか。やけに静かだ。はよろよろと立ち上がり、扉のノブに手をかけた。ギィィと軋む木の音。そして開いた向こうから外の光が入ってくる。暗闇から明るい外へ。眉をしかめて外の様子をうかがったは、薄暗い雨雲に覆われた広い大海原と見たこともない地獄絵図を目にし、瞳孔が開くぐらい両目を見開き絶句した
「え・・・、・・・」
目の前は炎の海と化していた。海の上に散らばり浮いているのは無数の船の木片、折られたマストの残骸、積み荷の酒樽、グラスや食器、武器の数々。そして、うつぶせや仰向けで浮いているのはおびただしい数の死体。海兵もいれば海賊もいる。海にまかれた船の燃料に引火して海面のところどころが燃えていた。360度ぐるりと見渡すも生き残っている者は誰もいない。よく見ると沈んでいるのは海軍の船ばかりだった。海賊船の姿がないところを見ると、きっと逃げた後だ
「負け、たんだ・・・」
淋しげな声の敗北宣言が虚しく響き、波の音に消されていく。聞く者は誰もいない。生き残っているのはのみだ。は無言で甲板に立ち尽くした。言葉が出ない。にとっては自分が赴いた出撃で初めての敗北だった。自分が乗っていれば船は沈まない、負けることもないと言われ続けてきた。「福招き」の効力が消えた瞬間を目のあたりにして、・・・別に何の感情もわかなかった。あぁこれでもう福招きと言われずに済むとも、私の話を聞かず自分の利益のことだけ考えるからこうなるのだとも。何も思わなかった。の心を食い尽くしていた闇もいつの間にか消えていた。けれど闇は確かに彼女の心の中で暴れ、まるで置き土産のように自分の存在を残して去っていった。彼女の心の中に残されたのはひとつの答え、ひとつの決意
「私は・・・もう・・・、・・・」
硝煙と人の焼ける臭いのする潮風に吹かれて長い白髪が揺れる。燃えさかる海を見つめながら、はぽつりと呟いた
―――きっともう、・・・海軍として海を守ることはできない
※タイタニック沈没時のイメージでよろしくお願いします
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