ドリーム小説
I respect you.
I respect you.
呪文のように、唱えよう
I respect you.
君に敬意を表する
My dear ......
愛しい人よ
Romantic Quartett 5
時刻はちょうど昼休憩が終わった頃。
午後の講義を受けに大講堂に少しずつ学生が集まり始めていた。
談笑する女の子たちもいれば、お昼を食べながらレポートを書いている人もいる。
そして、窓際の席で静かに読書する女の子の姿も。
「ー!、、ーーー!!」
大声で名前を呼ばれて振り向けば、はるか遠く、講堂の入り口には黒髪ショートの可愛い子。
彼女の大声に、講堂内にいた数えるばかりの学生が、2人に目を向ける。
相変わらず元気いっぱいの友人に、はくすりと苦笑いして彼女を手招きした。
「そんなに呼ばなくても聞こえてるよ。コマチ」
活気に満ちたコマチとは対照的に、は静かな口調で返事する。
読んでいた本をパタンと閉じて、走り寄ってきたコマチのために体をずらして席を一つ譲った。
コマチに頼まれて、は早めに来てこの席をとっておいたのだ。
「席ありがとうです!どうしてもこの席じゃないとダメなんです」
「こだわるね。まぁでも、眺めは悪くないからね」
そう言っては視線を窓の外に投げた。
生い茂る木々の隙間から見える、ステンドグラス貼りの教会風の講堂。
その講堂の外壁の周りには、今は工事用の足場が組み立てられている。
それを見ては、「まるで講堂が檻の中に閉じこめられているみたいだ」と思った。
「」
「・・・・・」
「!」
「・・・・・ん?あぁ。なに、コマチ?」
「なに、じゃないです。先生たち来たですよ」
言われて前を向けば、ステージ上の演台にはいつの間にかテッサイ教授の姿があった。
はペンケースからシャーペンを一本取り出して、ノートに今日の講義内容を写した。
その横でコマチも慌てて荷物を片付け始める。
「でもいまだに不思議です」
「なに?」
「、なんでこの授業取ってるです?」
コマチは、本当に不可解だというふうに、頭上に「?」を掲げる。
そんな姿も高校時代から変わらず、は可愛いと思ってしまった。
「ダメ?」
「ダメじゃないです。だって休んだときノート見せてもらえるですし。でも学科も全然違うし、取る意味ないんじゃ」
「単位は取れるじゃない」
「んー・・・でも違う学科の授業なんてつまんなくないですか?」
「つまらなくないよ。テッサイ教授の授業、好きよ。それに」
「それに?」
は書いている手を止めて、返事をする代わりにステージ上に視線を向けた。
コマチもそれを追って、視線をそっちに向ける。
ステージ上の演台には、マイクを調整し終えたテッサイ教授。
そしてその横には、「ひぃ、ふぅ、みぃ」と小さな声で口ずさみながらプリントを数える、女性の姿があった。
綺麗な長い髪を一つに束ね、両耳には質素なピアス。
綺麗とも可愛いとも思える、人に好かれる愛らしい顔立ちの彼女はテッサイ教授の助手だ。
「ワトソン先生、ですか?」
の視線を追ったコマチが、彼女のことを「ワトソン先生」と呼ぶ。
もちろん本名ではない。
テッサイ教授が彼女のことを、「名助手」という意味を込めて、親しげに「ワトソン君」と呼ぶので。
学生たちも彼女のことを「ワトソン先生」と呼ぶのだ。
また、こんな呼び名もある。
主に神無学園高等部出身の生徒は、同じ高校の伝説的な卒業生として敬意を表して、彼女をこう呼ぶ。
「そ。委員長さん」
彼女は、たちの先輩にあたる。
学園を卒業してもう何年も経つのに、彼女の名前は今も学園の生徒に受け継がれているのだ。
「わかんないです。ワトソン先生が何なんです?」
「ん?美人だから」
「へ?・・・理由ってそんだけですか?」
「そ。ダメ?」
ふっと口元に笑みを浮かべて、はステージ上の彼女に視線を送った。
巧みな手つきでプリントを数える彼女の視線が、不意にとコマチたちの方に向いた。
コマチは慌てて教科書を開き、ノートに講義内容を書き始める。
と彼女の目がぱちりと合う
その瞬間
彼女の口元に、三日月が浮かんだ
『よっ。元気か?』とでも言っているのだろう。
美人なのに妙に男らしい彼女の声が聞こえる。
だからも笑ってそれに応えた。
窓際の席に座ると、ステージ上の彼女。
離れた場所に居る二人は、まるで昔からの友人のように自然に笑みを交換し合う。
だが2人の仲はそれほど深くはない。
が彼女と初めて会ったのは、去年、神無大学の学園祭に来たとき。
知り合ってまだ1年も経っていない、それでも2人の間には何らかの繋がりができていた。
I respect you.
私は貴女に敬意を表する
I respect you.
彼女は壇上を降り、たちとは反対側の席からプリントを配り始める。
は左手で頬杖つき、右手に持ったシャーペンを一度くるりと器用に回した。
それから、ノートの隅っこにサラサラと綺麗な字で走り書きをした。
『You are the dear of my dear.
I respect you as my senior, a teacher, and woman.』
最後にトンッとノートを叩くようにピリオドを落とす。
それから何をするでもなく、ぼぉっとして、トントンとシャーペンでノートを叩いていたときだった。
「・・・っ!」
「なに?」
焦った声でコマチに呼ばれて生返事を返す。
自分のノートに影が差し、はゆっくりと顔を上げた。
「Thank you, my dear.」
光栄だね,お嬢さん
いつの間にそこに居たのだろう。
全く気付かなかった。
顔を上げれば、彼女がの机の目の前でプリントを掲げて立っていた。
突然振ってきた綺麗な英語。
の頭が瞬時に反応する。
それはのノートの走り書きに対する答えだ。
「はいよ。今日の資料だよ」
「あ。ありがとうございます・・・・・・」
彼女はとコマチにプリントを渡した。
それから、綺麗な三日月の笑みを浮かべてを見下ろし、そして。
「Not me.」
「え・・・・・・・?」
「It's you that retrieved him from the lightless world.」
にだけ聞こえるような小さな声で。
流星のような速さでその言葉を残して、彼女はプリントを配るべく後ろの座席へと去っていった。
コマチが何事かと後ろを振り返って彼女を目で追う。
それからへと視線を戻して、「先生、何て言ったです?」と尋ねた。
の顔を覗き込んだコマチは、だが途端に焦り顔になるのだった。
「っ?!」
「なに?」
「な、なにじゃないですよっ。っ・・・・はい、これ!」
わたわたと焦りながらコマチに渡されたのは、ピンク色の可愛いハンカチだった。
そんなものを渡される意味がわからず、はキョトンとした顔でコマチを見つめる。
コマチは眉を寄せて、どうしていいかわからないという顔で、焦りながら言った。
「・・・っ」
「なに?」
「・・・・泣いてるですよっ?」
「え・・・・・?」
そう言われて、一番驚いたのは、自身だった。
驚きに目を見開いた瞬間、ノートの上にぽたりと水滴が落ちて染みを作った。
そっと自分の目元に手をやる。
確かに泣いているのは、自分だった。
「・・・どうしたです?先生に何言われたです?」
「・・・・うん」
「なんか酷いこと言われたですか?いくら先生でも許せないです!の代わりに不肖コマチが」
「コマチ」
「はいです!やっぱり何か言われたですか?!」
「大好き」
「はい、大好き!・・・・って。・・・何言って」
「いいから」
いいからいいから、とはコマチからハンカチを受け取って目元をぬぐった。
の心情がわからないコマチは、複雑な顔でを見つめる。
だがは、赤くなった目元をハンカチで隠して、そして嬉しそうに笑っていた。
「ー・・・・・・?」
「いいの。大好きよ、コマチ。それから・・・・・」
大好きよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・委員長さん
桃色のハンカチに涙の雫を染みこませる、の心はどこか晴れやかだった。
自然と浮かんでしまう口元の笑み。
は窓の外に目を向ける。
工事中の教会風の講堂。
は目を細め、愛おしげにそれを見つめた。
愛していないと言ったら、嘘になるさ
耳の奥に残る、彼の声
ヒョーゴの目は、ただただ真っ直ぐにを見つめていた。
真剣な彼の目。
瞬きするのも忘れて、彼の目を見つめ返す。
それが、自分が求めていた答えなのか、そんなことはわからない。
ただはっきりとわかるのは、彼の答えを聞いて、自分の胸がずきりと痛んだということ。
「あいつは、あの頃の俺の全てだった」
静かな声でそう告げて、そしてヒョーゴはゆっくりと目を閉じた。
の口からは何も言葉が出ない。
ただ黙って、ヒョーゴの告白を聞く。
「あの頃の俺は、あいつがいることで生かされていたんだろうな」
(・・・・・・あ)
それは本当に一瞬のことだったけれど。
にはわかった。
彼の声のトーンが、少しだけ変わった。
穏やかだけれど、少しだけ狂気を含んでいる
触れたいのに、触れた瞬間壊れてしまいそうな、そんな声
ヒョーゴがゆっくりと目を開ける。
伏せ目がちな彼の目を覗き込めば、そこに、光はなかった。
希望も、未来も映し出さない・・・・・・・それは恐らく、あの頃のヒョーゴの眼なのだろう
「ヒョーゴにとって、大切な人だったんだね・・・」
「あぁ・・・大切だった」
「うん」
「大切で。この世で最も愛する存在で」
「うん・・・」
「そして・・・・・・」
「うん・・・・・」
「・・・・・・・・この世で、最も憎むべき存在だった」
ヒョーゴの口から出た意外な言葉に、思わずの口も閉ざされる。
何も言えない彼女の様子に、ヒョーゴは苦笑いする。
「そんな顔するな」と、ヒョーゴの手がの髪をくしゃりと撫でる。
ヒョーゴに触れられた瞬間、ぼやけていた彼の心が、ゆっくりと流れてくるのがわかった
あいつはこの世で最も愛する存在で
そして最も憎むべき存在だった
一度たりとも俺には振り向いてくれないあいつを
自分の醜いエゴで憎んで、嫉妬して
光なんて・・・・・どこを向いても見えなかった
「ガキの頃から中学までずっと一緒で。なのに高校は東京のに行くんだって、知らぬ間に上京しやがって」
「ふふ。ヒョーゴ、彼女の保護者みたいだね」
「似たようなものだ。家出同然で飛び出していきやがって・・・・・・・・・・こっちの気も知らずに」
「うん・・・・」
「だから大学の構内で、3年ぶりにあいつを見つけたときは、正直・・・信じられなかったさ」
「でもヒョーゴは信じた。そしてまた彼女を追いかけたんでしょ?」
「あぁ・・・・・・。あぁ、そうだ」
時を経てまた会えたことに、自分勝手な運命なんてもんを感じて
また飽きもせず、あいつを追いかけた
ただ、3年前と違ったのは
「林田先輩・・・・・・だね」
「・・・・・・・あぁ」
どんなに俺が追いかけても届かなかった想い
どんなに追いかけても振り向いてくれなかったのに
あいつは、俺じゃない、たった一人の男のために、俺が見たこともない笑顔を浮かべる
その笑顔を見たとき、自分の心の中に2つの感情が産まれた
ひとつ、ただただ広いだけの虚無感
ひとつ、溶けた鉛のように熱くて重たい、憎しみ
「あいつを想いながらも、憎む気持ちも同じように強くなっていって」
「うん・・・」
「卒業してもその胸糞悪い気持ちは消えなくてな。何もする気にならん」
「うん・・・」
「仕事して、帰って、寝て、起きて。ただひたすら、それの繰り返し。いつまでもみっともなく未練ばかりが残りやがって」
「ねぇ、ヒョーゴ」
「なんだ」
「ヒョーゴはさ、なんで神無学園に・・・彼女の母校に来たの?」
「あ?あぁ、それは・・・偶然だ。これは本当にな」
それからヒョーゴはに向かって、「最悪な就職先だ」と言って自嘲気味に笑った。
それはそうだろう。
在学中有名だった彼女の名は、卒業後も学園内に留まっている。
どこへ行っても彼女の残り香が染みついている。
「赴任して初めの頃は、毎日出勤するのが嫌で嫌でたまらなかった」
「でもちゃんと来てたんでしょ。ヒョーゴ、真面目だもの」
「ふん・・・・・。ただ、確実に煙草の量は増えていったな」
強烈な憎悪の心と、凍てつくような寂しさに吐き気がして
それから逃げるように、薬みたいに煙草に頼って
そんな荒んだ生活をしているときに出逢って、話をするようになって、仲良くなったのが
「」
「うん」
「お前だ」
「うん・・・」
「お前は、覚えているか」
「何を・・・?」
「俺らの関係がどうやって始まったか」
「・・・うん・・・・・・・・覚えてるよ」
忘れはしない
私たちの関係は、気まぐれなキスから始まった
愛も希望も未来もない、成り行き任せのセックスから始まった
一度重ねた唇と体は甘く、煙草以上に溺れ依存し
いつしか手放せなくなった
この関係がよくないものだとわかっていても断ち切ることも出来ず
「」
「なに」
「悪かったな」
「なに、が・・・?」
突然ヒョーゴに謝られ、は戸惑いを見せる。
今までヒョーゴにこんなにも素直に謝罪されたことがあったろうか。
記憶を探ってもそんなものは思い出せない。
ヒョーゴはいつも自分が悪いと、不機嫌な顔になってぶっきらぼうに謝ってそっぽを向いてしまっていたから。
そしてわからない、ヒョーゴは何を謝っているのだろう。
だがその答えは、ヒョーゴの心が教えてくれた
ヒョーゴの腕がの体を抱き寄せる。
小さな頭を自分の胸に引き寄せ、全てを包み込むように抱きしめる。
男の人にしては華奢な、薄っぺらな胸の中で、彼の心音を聴きながら、その心を読み取る。
お前は、あの頃の荒んだ俺の心が慰み代わりに傷つけた、犠牲者なんだ
「ヒョー・・ゴ?」
彼の胸の中で彼の名を呼ぶ。
だがヒョーゴは離してはくれなさそうだった。
より強い力で、私を抱き締めた。
初めて体を重ねたあの日から、お前との関係が続いたのは
その甘美な体に溺れたことも理由の一つ
そして、自分のエゴで傷つけてしまったお前に対する罪悪感と償いの気持ちも理由の一つ
このぬるま湯みたいな関係は甘く、居心地がよく、いつまでもそこに浸かっていたかったが
一度気付いてしまったら、見て見ぬふりするわけにはいかない
気付かなければ、認めなければならない
この関係の延長線上には、何もないのだ
夢も、希望も、未来も、光も
俺との関係は、お前に光を与えない
俺と一緒にいればいるほど、お前は光を失っていく
だから、この関係ももう
「終わりなんだね・・・・・・・・・」
今まで一番よく、あなたの心が読めるよ
彼に抱きしめられ、彼の胸の中で。
彼の心を読んだは、静かに告げた。
抱きしめられて見えないはずなのに、ヒョーゴが寂しそうに唇の端を上げたのがわかった。
「うん・・・?」
感謝してる
「え・・・?」
ヒョーゴの心が、ゆっくりと流れてくる。
ヒョーゴの心が、私の心に、体に、流れてくる。
感謝してる
お前のおかげで、俺は光の下へ帰ってこれた
お前と過ごす日々は本当に眩しくて
凍り付いていた俺の世界が再び動き出したのはお前がいてくれたからで
だから
だから尚更
「これ以上、お前を傷つけたくなどないんだ」
ヒョーゴの細くて繊細な手に力がこもる。
彼の腕はを強く強く抱きしめる。
だが、その力強さの意味も今ならわかる。
それは、二度と離さないという愛の抱擁じゃない。
それは、これが最後だという惜別の抱擁。
彼の心がよくわかるから、ほら
ゆっくりとほどかれていく彼の手。
ゆっくりと離れていく彼の体。
ヒョーゴがゆっくりと椅子から立ち上がっても、は顔を上げられずにいた。
ヒョーゴはもう、彼女を見ることもない。
カツン、と彼の靴が踏み出す音が講堂に響き渡る。
ヒョーゴ
ヒョーゴ
さよならも言わずに背を向けるの?
カツン、とまた一歩を踏み出して、ヒョーゴの背中は彼女からまた遠ざかる。
未練がましく別れの言葉など交わさない。
未練がましく別れの口付けなど交わさない。
これでいいのだと自分に言い聞かせるように、また一歩、彼の足は彼女から遠ざかる。
遠ざかる。
遠ざかる。
遠ざかる。
遠ざかる。
「傷つけてもいいよ」
頼りなく伸ばされた手が、ヒョーゴを追いかける。
彼女の細い指が、彼の服の袖を緩く掴んで放さない。
遠ざかるあなたを、私は追いかける
あなたを追いかける
「傷つけてもいい・・・・・・・・・あなたなら、構わないよ」
あなたが彼女を追いかけたように、今度は私があなたを追いかける
ホントは5で終わるはずだったのですが、長くなってしまい読みやすさを考え2つに分けました。
さて。の心は決まりました。ヒョゴは彼女の気持ちにどう答えるのでしょね。
冒頭に出てきたコマティとは高校からの同級生設定でっす。
ちなみにコマティは文学部の日本文学科専攻(委員長さんと同じ)
は心理学部のカウンセリング学科専攻です。
彼女らしい学部(笑)
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