ドリーム小説
(初めはただの教師と生徒の関係でした)
にとってヒョーゴはたくさんいる教師の中の一人で
ヒョーゴにとってはたくさんいる生徒の中の一人で
(なんら特別な存在ではなかったのです)
何度か屋上で会って二人で話すようになって、互いの性格が気に入って
自然と大学の友人みたいなさばさばした関係になって
よく屋上で一緒にご飯を食べたり
ヒョーゴが煙草を吸っているところに遊びに行ったり
英語科資料室の整理を手伝ったり
(いつの間にか、何でも話し合える仲になっていたんです)
あれはいつのことだったか
夕方の穏やかな風が吹く屋上で二人フェンスに寄りかかって
その日のヒョーゴは何だか感傷的で
(ぽつりぽつりと、昔好きだった女(ひと)の話をしてくれたのです)
夕方の風に、彼が口にくわえた煙草の煙が綺麗になびいていたのを
今でもよく覚えている
『結構な、これでも本気で惚れてたんだよ』
『ふぅん。先生が本気で、ねぇ。なんか意外』
くわえ煙草で遠くを眺めながら、「そう言うな」と言いたげに、ちょっとだけ寂しそうに笑う彼を見て
不覚にも私はドキリとした
昔の女を想って苦笑いする彼を見て、私はその人を少しだけ羨ましいと思ってしまった
『キスくらいしたの?』
『あぁ。無理矢理だったがな』
『うわ。先生、ケダモノだね』
『ほざけ。男なんてみんなそんなもんだ』
『そ?』
私は風になびく髪を耳にかけて、隣で煙を吐き出す彼の横顔を見つめた
彼の口から零れる紫煙の中に、その女(ひと)への未練が交じっている気がして
(あぁ、そうだ。私の胸は、少しだけ締め付けられたんだった)
『ね。先生』
『あ?』
(17年間生きてきて、そのとき初めて知ったのです)
私は冷静で無関心のようでいて、実は結構嫉妬深い女だったらしい
見たことも、会ったこともない女(ひと)に、子どもの嫉妬心が芽生える
『私にもキスできる?』
表情を変えずに真っ直ぐ彼を見上げて告げれば
お約束のように彼の口からぽろりと煙草がこぼれ落ちた
間の抜けた顔で私を凝視する
『・・・ば・・・』
『ば?』
『馬鹿か・・・・・。何言ってやがる』
『あ。ちょっと動揺したでしょ?』
『人の心ん中読むなっ』
焦る彼を見て、猫のようにニッと笑ってじっと彼を見上げた
私の視線から彼は
目をそらさない
目をそらせない
『ね?』
『・・・・・・』
その瞬間、彼は私の魔法にかかった
(今思えば、彼はわざと私の魔法にかかってくれたのかもしれません)
何かに誘われるように、彼の顔がゆっくりと近づいてきて
彼が私の顎に手をかけて上を向かせて、彼の顔が近づいてきて
それでもギリギリまで目を閉じない私に
『目ぐらい閉じろ。馬鹿』
至近距離で呆れたような顔をする彼に、私は一度笑って素直に目を閉じた
夕日にアスファルトに長く伸びた二人の影
溶けてゆっくりと重なっていく
煙草の苦みのあるキス
少し荒れた薄い唇
でも、先生のキスはすごく優しくて
そのままとろとろ蜂蜜みたいに溶けて眠ってしまいそうで
子どもの好奇心と嫉妬心からねだった、悪戯なキスなのに
彼は丁寧に丁寧に、口付けてくれた
初めは軽く唇を重ねるだけのキスだったのに、思いのほか互いの唇の相性が良くて
一度離れて、また重なって
離れるたびに濡れた唇に空気が触れて、その冷たさに恋しくて熱を求めて
(そして私たちは、三度目のキスで互いの口内の温度を共有し合った)
彼の唇に、私のカラダとココロがゆっくりと侵されていくのが分かった
とめられない感情が泉のように溢れ出てくる
ブレーキの利かない私たちは、たった一度のキスで、そのままどこまでも堕ちていった
そしてその日、私たちは体を重ねた
キスで予想はしていたけれど、思った通り体の相性も良くて
(それ以来、私たちのこの関係は続いている)
たった一度の気まぐれなキスで始まった、安っぽい恋の関係
好きだとも、愛しているとも言ってない
あれ以来、ヒョーゴの口からあの女(ひと)の名が出ることはなかったけれど
ヒョーゴが本当はどう思っているのか
(まだあの女(ひと)のことが好きなのか。彼女を思いながら私を抱いているのか)
彼の心の中で、それだけは私にも悟ることはできなかった
私たちはキスとセックスで繋がった関係
友達でも恋人でもない
それでもいいと思っていたのに
(ねぇ、ヒョーゴ
今、あなたの中にいるのは・・・・・・・・・・・誰なのかな)
Romantic Quartett 4
静かな講堂に2人きり。
高い天井造りの室内は、2人分の靴の音がよく響き渡る。
木彫りの長椅子が左右に列をなしてずらりと並んだ、カトリック教会風の講堂。
その長椅子の一つに2人は並んで腰掛け、真っ直ぐ前を見つめていた。
「きれいなとこだね」
「気に入ったか」
「うん。・・・・・・・すごく」
360度、どこを見渡してもステンドグラスが散りばめられている講堂内。
外からの陽の光を受けて、室内はまるで万華鏡の中のように輝いている。
がやがやと賑わう外とはまるで別世界の、静かで落ち着いた雰囲気が流れている。
「決めた」
「あ?」
「私、ここにする」
唐突な決断にヒョーゴの目が彼女に向く。
は満足というふうに微笑んでいた。
「もっと他のところも見てまわったほうがいいんじゃないのか?」
「いいよ。面倒だし」
「面倒って・・・お前な。安い買い物じゃあるまいし」
「いいよ。ここがいい」
そう言って楽しそうには笑う。
学年首席の彼女のレベルなら、もっと上を狙えるのに。
「相変わらず欲がないな」
ヒョーゴのあきれたような溜め息に、はにっと唇を上げて猫みたいに笑う。
「そんなことない。結構欲深いよ?私」
「そうか?」
そう言われても、いまいちピンと来ない。
ヒョーゴの知っているは何事にも冷静で無関心で。
熱、というか、体温さえあるのか疑いたくなるくらい冷めた女で。
(いや、体温はあるか。抱けば熱くなるし)
思わず夜の彼女の姿が脳裏を横切った。
半裸でシーツに座り込んだ彼女の姿。
真っ昼間から何を考えているのだ、とヒョーゴは軽く頭を振って映像を吹き飛ばす。
「なに?」
「・・・・・・・・・なんでもない」
彼女に心を読まれまい、と無心を装って、背もたれに寄りかかって天井を見上げた。
意図せず上を見上げれば、ヒョーゴの目にとまったのは。
(・・・・・・・・・・・・あ・・・・・)
ぽかんと間抜けに口を開けたまま天井を仰ぐ。
色眼鏡のはるか向こうに映るのは、荘厳な白い生き物。
(あぁ・・・・・・・・相変わらずか、あの蛇も)
天井のステンドグラスに映るのは、一匹の白蛇。
紐のように細長い肢体のちょうど中心辺りから2枚の翼を生やした、不思議な白蛇。
あれは確かどこぞの異国の神だと、宗教学か何かで知った。
神話では、蛇はヒトをたぶらかした邪悪な生き物とされているから。
なぜそんな生き物が教会風の講堂のステンドグラスに彫られているのか。
その疑問は今も続いている。
そんなことをボォッと考えていたときだ。
「委員長さん」
それは突然に、何の脈絡もなく、がぽつりと呟いた。
彼女の呟きに、ヒョーゴは反射的にの方を向く。
ヒョーゴに凝視され、は最初真顔で、それから。
ふっと、寂しそうに笑った。
「・・・・・なんだ突然」
「んー・・・あのさ」
彼女にしては珍しく、話しの前に一拍の間を置いて。
それから意を決したように話を切り出した。
「委員長さんでしょ?ヒョーゴが昔好きだった女(ひと)って」
「・・・・・・・・・・・・・」
遠回しな言い方などしない、それがの流儀。
さらりと核心をつく問いに、ヒョーゴの口は閉ざされてしまった。
沈黙は肯定を意味する。
正直な彼に、思わずの口からくすりと笑みが漏れる。
「ホントに嘘付けないね、ヒョーゴって」
「・・・・・ふん。・・・・・・・・・おい」
「うん?」
「・・・・なぜそう思った」
「なぜ?なぜ・・・・・・うーん、そうだなぁ」
は首をかしげて考えるふりをして、しばらくして彼の方に顔を向けた。
全てを包み込んでしまいそうなくらい、静かで、純粋な笑みを浮かべて。
その棘のない真っさらな笑みに、ヒョーゴは何かしらの予兆を感じ取った。
は笑顔のまま、静かに答える。
「さっき、委員長さんと話しているヒョーゴを見てね」
想い出の場所で
想い出の人と
楽しそうに話す貴方を見て
(私も思い出したんだよね)
「いつか屋上で私に彼女のこと話してくれたときと、おんなじ顔してるなぁと思って」
あのときの、彼女のことを話しながらあなたが浮かべていたあの穏やかな笑みが忘れられなくて
「そういう顔って、ヒョーゴ、私といる時はしないから。だから、『あぁもしかして、この人なのかなぁ』って思ったの」
そう言って、はにっと笑う。
その笑顔に。
その言葉に。
「・・・・・・・そうか」
胸が締め付けられた。
意味もなく泣きたくなった。
それから
今すぐ、この女を抱きしめてやりたいと思った
さっき、「彼女」に言われた言葉が頭の中に蘇る。
『あの子さ、あんたと一緒にいたかったんじゃないのか?』
「彼女」の意見は正しかった。
あのとき、はもう全てに気付いていて、自ら身を引いてくれたのだと、今思い知る。
あのとき、はどんな想いで俺とあいつに背を向けたのだろう。
顔を上げて目を合わせれば、は笑って「当たってるでしょ?」と無邪気に問いかけてきた。
その笑顔に、ヒョーゴの胸は小さな軋みを上げる。
*
笑顔でヒョーゴに問いかけるたびに、私の胸は小さな軋みを上げた。
私が無理矢理笑うたびに、彼の顔が苦しそうに、寂しそうに歪む。
私が無理をしているのもばれている。
私の問いが彼にとってつらいものだということもわかっている。
それでも、訊かずにはいられなかった。
私の胸の中でくすぶっていた想い
今日「彼女」に逢うことで、「彼女」とヒョーゴが話す姿を目にすることで
私の心の奥底でくすぶっていた熱に、小さな灯がともる
「ヒョーゴはさ」
その灯の名前を知っている
いつも冷静で無関心で、熱のない私の心
ヒョーゴが誰を好きでもかまわない
体だけの関係でもかまわない
いつも冷静で無関心で、熱のない私の心
でも本当は、そうやって自分を偽ってきただけで
自分に嘘ばかりついて生きてきただけで
本当は
本当はね
『あなたのことが知りたくて知りたくて、しかたなかった』
あなたの過去も、未来も、現在も
『あなたの全てに触れたくて、聞きたくて、しかたがなかった』
その灯の名前を知っている
胸の中でくすぶるこの想いに灯を付ける
あなたの真実を聞きたくて私の背を押す、この灯を
『勇気と呼ぶのでしょう?』
「ヒョーゴは。彼女と出逢って、彼女を愛して・・・・・・・・」
今でもよく覚えている
あの夕暮れの屋上で、あなたが「彼女」のことを話してくれたときのこと
「彼女」のことを話す、あなたの唇から零れる紫煙は
「幸せ、だったんだね」
甘い、恋の香りがしたんだ
私の唇が閉じて、私が放った言葉たちが空中に霧散して。
ヒョーゴはゆっくりと目を閉じて、顔を背けた。
*
これ以上、彼女の笑顔を見ていられなかった。
抱きしめたやりたくても、自分にはそんな資格なんてなくて、自分の情けなさに苛立って。
目を閉じて、何かにすがるように、救いを求めるように、天井の蛇を見上げた。
上を見上げて、ゆっくりと目を開けた瞬間
自分の視界が滲んでいることに気づいた
という女の、穏やかで、優しくて
毒も棘も微塵も感じさせない、彼女の静かな言葉に
凍り付いていた自分の絶対零度の心が、ゆっくりと溶けていくのがわかった
ぞんざいに眼鏡を外して横に放り投げて、片手で強く両目を覆った。
男としてのなけなしのプライドが、ヒョーゴに涙を流すことと、嗚咽を漏らすことを食い止めさせた。
生きることに疲れた人間のように、ぐったりと椅子に腰掛けて天井を仰いで目をふさぐ。
そんな彼の姿を、横でじっと見守るの視線を感じた。
ヒョーゴが話せるようになるまでいつまでも待つよ、と。
彼女の眼差しから優しい想いを感じ取って、ヒョーゴの心もまた穏やかになることができた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
男は一つ、ゆっくりと息を吐く。
懺悔する前のように、ゆっくりと深く。
「・・・・・・うん?」
男は懺悔する。
幾年月も胸の中に溜めた想いを、ゆっくりと吐き出す。
隣に座る少女が、凍りついた心を溶かすチャンスをくれた。
「・・・・・・・・お前の、言うとおりだ」
「彼女」が好きで
「彼女」が愛しくて
手に入れられないとわかっていても
その気持ちを止めることはできなくて
ガキの頃からずっと一緒で、いつから好きだったかなんて覚えていない
気付いたらあいつが好きで、寝ても覚めてもあいつのことばかり考えていた
あいつの笑った顔が好きで
あいつの怒った顔が好きで
あいつの悲しげな顔が好きで
あしつの全てが好きで好きで、しょうがなかった
「それらが全て俺に向けられたものじゃないって分かってはいても、そんな簡単に諦めきれるものじゃなかった」
どんな手を使っても自分のものにしたくて
無理矢理手を出して
頬を張られても罵声を浴びせられても懲りずに追いかけて
顔を合わせれば、いつも眉つり上げて口喧嘩して
俺が追いかけるとあいつは逃げるから、捕まえてやろうと必死になって
ほとんど犬猿の仲なのに、時折俺にも見せてくれる笑った顔がたまらなく好きで
「お前の言うとおりだ、」
「うん」
「構内であいつを探すのが当たり前みたいになっていて。遠目でもいい、あいつの姿を見られるだけでも満足で。あの頃の俺は」
「うん」
「俺は・・・・・・・・・・・・・幸せだった」
「・・・・・・・うん」
今なら素直に言える
あの頃は激情に飲まれて、冷静にも素直にもなれなくて
納得も理解もできなかった、したくなかった
でも今ならきちんと認められる、言葉にできる
「ただ、あいつを幸せにできる相手が俺じゃなかったってだけだ」
結局、最後まであいつが振り向いてくれることはなかった
それでもあいつへの想いは消えなくて
ずるずるとみっともなく気持ちを引きずったまま神無学園に就職してしまった
環境が変わっても、心は変わらず、しばらくは抜け殻のような心のままの生活が続き
それから
それから
ヒョーゴの口から、一つ溜め息がこぼれ落ちた。
話している間ずっと目を覆っていた手をようやく離し、何度か瞬きをした。
ずっと上を向いていたせいで後ろ首に痛みが走る。
嫌な音を立てて首を起こし、横にいる彼女の様子を窺う。
いつの間にか、のスカートの膝の上には彼が外した色眼鏡が置いてあった。
彼女の細い両手の指が、フレームを撫でたりつるを畳んだりしている。
「・・・・・・・・・」
ヒョーゴの呼びかけに応えるように、の指が眼鏡のつるをパチンパチンと綺麗に折り畳んだ。
「返せ」という意味を込めて、掌を上に向けて彼女の方へ差し出す。
彼女はなかなか眼鏡を返さず、しびれを切らしたヒョーゴが手を揺すって「早くしろ」と促した。
緩慢な動きでは眼鏡を取って、ヒョーゴが差し出す掌にポンと載せた。
彼女の手は、そこからなかなか離れてはいかなかった
彼女の心も、離れられずにいた
色素の薄い彼女の両目が、ヒョーゴの両目を見上げる。
眼鏡のない、素のままの眼に、彼女の魔法が直にかかる。
「ヒョーゴは今も彼女を愛してる?」
防御不可能の魔法の言葉
彼女の視線から男は
目をそらさない
目をそらせない
男は気付く
いつも熱のない彼女の目の奥にともる、見たことのない赤い灯に
男は気付く
彼女の決意、彼女の勇気に
いつも冷静で無関心で、他人の領域に踏み込んでなど来ない彼女が
今は傷だらけになることを覚悟で、俺の領域に進入してくる
脆弱な心と体で、俺の言葉に被弾して傷つくことを覚悟して
I respect you.
君に敬意を表する
彼女は勇気をもって、決して目をそらさず見上げてくるから
ヒョーゴもまたその目を見つめ
そしてゆっくりと口を開いた
嘘つきもえー加減にせーよー
何が次で終わりますだ、こんにゃろー!!こんにゃろー!!(壁に頭を打ち付ける)
・・・・・すみません、もう少しおつきあい下さいませっ(顔血だらけ)
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