ドリーム小説
自分の袖をひく、頼りない力
ゆっくりと振り返る。
そこには自分を見上げる二つの眼があった。
真っ直ぐに見上げ、見つめてくる、色素の薄い両の目。
そこに映っていたのは、情けないくらい驚いた顔をした男の顔だった。
男の中にあったのは、冷静で、何事にも無関心な心を持つ少女
自分のように未練など感じたりしない、去るものを追ったりしない、いさぎよい少女
だからきっと信じられなかったのだろう。
背を向けた自分を、彼女がその頼りない手で追いかけてきたことが。
「聞いて」
Please listen to me.
この胸にずっと仕舞っていた、箱を開けるわ
少女が神様から預かったという箱
決して開けてはいけないと言われた箱
開けた瞬間飛び出すのは、この世の災い
慌てて閉めて、最期に残っていたのは何だったかな
Romantic Quartett 6
ヒョーゴの驚いた目が言っている。
「この女は、こんなにも強い人間だっただろうか」、と。
ヒョーゴの記憶にない私の姿。
それはそうだろう
だって私自身、こんな私は知らない
未練たらしく誰かの背を追いかけたことなどない
自分の心が傷つくくらいなら、自分から逃げるの
今までそうやって生きてきた
なのに
なのに
こんな私は知らない
傷つくことがわかっていて、それでも誰かを追いかけるなんて
あぁ
いつかシチさんが言っていたとおりだ
私は本当に、いつの間にか
「ヒョーゴが今でも彼女を愛していても構わない」
いつの間にか
「それで何度私を傷つけても・・・・・平気。だって傷はいつか癒えるし、それから」
そして、私は一度目を閉じる
ありったけの灯を、勇気を、振り絞って
そして、私はゆっくりと目覚め、覚醒する
「傷つけられた分だけ、強くなれるもの」
いつの間にか、あなたに恋して、あなたを愛していたんだわ
強い意志と、全てを包む優しさを帯びた、愛に満ちた彼女の笑顔。
の目に映るのは、たった一人の男の姿。
「ヒョーゴはいつか言ったわ。私は蛇に似てるって」
果たして覚えているだろうか。
あの他愛無い、放課後のおしゃべりを。
ヒョーゴからの返事はない。
それでも構わず、は続けた。
「覚悟してね」
の唇が、綺麗に弧を描く。
椅子に腰掛けたままの彼女の目が、じっとヒョーゴを見上げる。
の視線の先には、一人の男がいる。
そしてその彼のはるか向こう、天井には、一羽の白蛇がいた。
翼を生やした彼女に、は極上の笑顔を向ける。
そして、視線を目の前の愛しい者へと戻した。
「あなたが彼女を追いかけたように。今度は私があなたを追いかけるわ」
覚悟してね
「あなたが逃げても追いかけるわ。追いかけて・・・・追いかけて・・・・・・・」
そこで彼女の言葉は途絶えた。
それ以上何か言ったら、涙が零れそうで。
それに耐えるために唇を噛みしめるしかなかった。
あなたが愛しくて愛しくて、しかたがない
掴んでいた彼の袖を強く引けば、彼がたたらを踏んでの隣にすとんと腰を下ろした。
力を失ったかのような彼は、座ったまま首をもたげて床を見つめている。
何の返事も返ってこない彼に、は不安を覚える。
どんな答えでも構わないから、彼の口から何か言って欲しかった。
心臓が、爆発しそうな勢いで脈打っていて息が苦しい。
それからしばらく経っても返事はなく、の心は苦しさと切なさに締め付けられるばかりで。
彼からの返事を諦め始めた時だった。
「理由などないだろう・・・・・・・・・・・・」
掠れた声で、けれどもとても落ち着いた声で、返事が返ってきた。
の視線が彼に向く。
ヒョーゴは変わらず背を丸めて下を向いたままだったが。
ゆっくりと、体を起こし、背もたれに寄りかかって、さっきと同じように天井を仰いだ。
ヒョーゴの両目は、静かに閉ざされていて、その表情はわからなかった。
それでも、それはひどく穏やかな顔だった。
「俺には・・・・・・・・お前から逃げる理由などない」
天からの遣いが迎えに来てくれるのを待っているかのような、穏やかな顔だった。
目を閉じて、天を仰げば
降り注ぐ夕暮れの陽が、瞼の向こうを橙に染める
体の力を全て抜いて、椅子に寄りかかって、目を閉じて天井を仰いだ。
頭の中では、彼女がくれた言葉たちが何度もリフレインしている。
「」
意味もなく、彼女の名を呼んだ。
彼女から「なに?」と優しい相槌が返ってくる。
「そこにいるか」
隣にいる彼女の名を何度も呼んだ。
そのたびに彼女は、「うん」と優しい返事を返してくれる。
何度、その名を呼んだだろう。
いい加減彼女もうんざりだろう。
狂ってしまった男の問いかけに相手して。
不意に、それまで橙色だった瞼の向こうに影が差した。
あぁ、いつの間にか夜になってしまっただろうか。
あぁ、また闇か
だがもうそれにも慣れた
光のない世界には慣れた
目を開けるのすら億劫で、そのままでいた。
色も音も香も何もない真っ暗闇の世界。
その世界に不意に舞い降りたのは、覚えのある甘い香りだった。
鼻をくすぐる、柔らかなヴァニラの香り
それから
男の頭を包み込む、柔らかで暖かくて心地良い体温
「・・・・・・・・・」
ゆっくりと、ゆっくりと、目を開ける。
目の前は相変わらず暗闇だったが、そこにある暖かな体温に心は満たされていった。
彼女に抱きしめられたのだと気づき、その安堵感に全身の力が抜けた。
「・・・・・・・・・・・」
彼女の名を呼ぶ。
返事の代わりに、俺の頭を抱く彼女の手に優しい力がこもるのを感じた。
幼子をあやすように、凍てついた心を溶かすように。
彼女の胸に抱かれ、深く深く、息を吸い込む
香るのは甘いヴァニラの香り
深く深く、脳の奥まで吸い込む
体中、全てに彼女を取り込むように
彼女の鼓動が聞こえる。
穏やかで優しいリズム。
彼女の心音を聴きながら、俺は初めて彼女の心が流れてくるのを鮮明に感じた。
ヒョーゴ
ヒョーゴ
貴方の愛は、薔薇に似てるわ
馨しくて、棘だらけで
その棘に自分を傷つけて
愛した相手も傷つけて
でも絶対に離そうとしない
あなたの棘に傷つけられるの 私は嫌じゃない
かつて愛した女にも言われた言葉
愛する者を傷つける、このどうしようもない愛を
受け入れてくれる者に出逢えたことを、俺は君に感謝する
「・・・・・・・・・・・」
うん?
「そばに、・・・・・・・・・いてくれ」
彼女の胸の中に抱かれ、静かに目を閉じる
もうすっかり慣れた闇の世界に、その優しい声は届いた
耳元で彼女が囁く
「そばにいるわ」
『あなたが泣きやむまで、そばにいるから』
抱きしめる彼女の腕の優しい力が、少しだけ緩められた。
額に掠めるだけの優しいキスが降りそそぐ。
何かの契約のような口付け。
その唇のあたたかさに、男は全てを許されたような気がした。
閉じた男の目から小さな雫が一滴だけこぼれ落ちて、乾いた木の椅子に小さな染みを作った
そのことを知っているのは、愛する男を胸に抱く彼女と、天井の白い蛇だけ
天井から二人をそっと見守る、高貴な白い蛇
翼を生やした彼女の周りには、彼女を守るように、深紅の薔薇が咲き誇っていた
講義終了のチャイムが鳴り響く。
カリカリと世話しなくメモを取っていたノートをぱたんと閉じるのとほぼ同時。
隣でバタリと倒れ込んで眠っていたコマチがもぞもぞと起き出した。
まるでハムスターだ。
「おはよ」
「ん〜・・・・・もう食べられないです・・・」
「いい夢見られたみたいね」
お約束な友人に笑みがこぼれる。
腕時計を見れば、待ち合わせの時刻がせまっていた。
手早く荷物をまとめてバッグに詰め、今の講義のノートをコマチの頭の上に載せた。
「じゃぁね、コマチ。ノートは来週でいいから」
「ん〜・・・・・ありがとです」
「コマチも早くしないと。キクチヨ先輩に会うんじゃなかったの?」
「ん〜・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁぁぁ、そうです!!」
勢いよくがばりと起きあがったせいで、頭の上に置かれたノートが宙を舞う。
それをわたわたと受け止めて、「急がないとまずいです!!」と慌て始めた彼女の肩をぽんっと叩いて。
「お先に」
「〜〜・・・っ!!」
軽い足取りで講堂を後にした。
コマチの慌てる声が遠くに聞こえる。
広い廊下を小走りに駆け抜けて階段を軽快に駆け下りる。
踊り場でくるりとターンしたところで、視線の先に講義の荷物を運ぶ彼女を見つけた。
声をかけずに軽快に駆け下りて彼女を追い抜き、階段下に着地して、くるりと上を振り返った。
に気付いた彼女が、歩みを止めてを見下ろす。
しばらく二人で見詰め合って。
それから、はふっと口元を緩めた。
Not me.
「『私じゃない』」
いきなりのの発言に、彼女は「へ・・・・・?」とわけがわからないという顔をする。
その間の抜けた顔がどことなくヘイハチに似ていて、は思わず笑みを深くした。
は構わず、言葉を続ける。
It's you that retrieved him from the lightless world.
「『闇からあいつを救い出したのは、お前だよ』」
言い終えて、猫みたいににっと笑う。
「当たってます?」と視線で問いかければ、階段上の彼女から返事が返ってきた。
言葉ではない。
極上の三日月の笑みで。
「さよなら、委員長さん」
小さく手を振って、彼女に背を向けた。
「またな、。あいつによろしく」
彼女の言葉に、は前に進みながら一度だけ後ろを振り返る。
彼女もちょうどきびすを返したところだった。
その背は女性とは思えないくらい堂々としていて、格好良くて。
背を向け合い、互いの道を進む、二人の女の口元には、同じ笑みが浮かんでいた。
さぁ、君に会いに行こう
柔らかなシフォンのスカートが風に揺れる
大学の正門に寄りかかって、携帯にメールが来ていないかチェックする。
メールは届いていない。
手首の内側の腕時計をちらりと見る。
ちょうど待ち合わせの時刻だ。
そろそろ来るかな、と携帯をかばんに仕舞ったところで、見知った人に声をかけられた。
「さん」
呼ばれて後ろを向けば、蜜柑色の髪の人。
人懐こい笑顔を浮かべた彼に、思わずこちらも笑顔になる。
「こんにちは。林田先輩」
「いやぁ、今日も暑いですねぇ。土曜日に授業ですか?」
「テッサイ教授の夏の特別講義です」
「あぁ、テッサイ教授の。・・・ってことは」
「うん。委員長さんにも会ったよ」
ヘイハチが思うとおりのことを先に言ってやれば、彼は「やっぱり」と照れたような顔をした。
付き合って長いだろうに、こういうところが可愛い先輩だ。
「今日はもうお帰りですか?」
「うん。待ち合わせ中。これからお出かけです」
「あぁ、いいですね。どちらに行かれるので?」
「えっと」
「聞いてどうする。まさかついてくる気じゃあるまいな?」
それはそれは突然に。
後ろから両肩を抱かれてぐいっと引っ張られた。
え?っと思うまもなく、視界からヘイハチが消える。
気がつけば、ヘイハチから隠すように、その人の後ろに回らされていた。
「あ。ヒョーゴ」
「やぁ、どうも。ヒョーゴさん」
「何が、やぁどうもだ。気安くこいつに話しかけるなっ」
牙をむき出しにヘイハチに食って掛かるヒョーゴ。
ヘイハチは眉を八の字にして、「おやおや」と苦笑する。
年ではヒョーゴの方が一つ上だが、精神面ではヘイハチの方が上手かもしれない。
ヒョーゴの背中からひょいと顔を出して、「先輩、またね」と笑顔を向けた。
小さく手を振れば、ヘイハチも「はい、それじゃまた」と手を振り返す。
2人の間に流れる和やかなムードに、ヒョーゴの顔はどんどん不機嫌になっていく。
ヘイハチが立ち去ってもヒョーゴはまだ彼の方を睨みつけていた。
そんなヒョーゴに、思わず肩が揺れてしまった。
「そんな親の仇(かたき)みたいに睨まなくていーんじゃない?」
「・・・・・うるさい。ほっとけ」
ヒョーゴは相変わらず怒りっぽい。
しょうがないなぁ、と苦笑してため息をついた。
「もういいから。いこ?」
彼の手を取り、前へと進む。
せっかく彼の休みが取れたのだから、こんないざこざにこだわっていないでゆっくりしたい。
彼の手を引いて、駅に向かって歩き出す。
「レッツ ゴートゥー ヨコハマ」
わざと日本語っぽい発音で言って、後ろを振り返った。
彼はまだ仏頂面だ。
早く機嫌を直して頂戴。
にっと猫みたいに笑って、前を向き直った。
「おいしいもの食べて、買い物して」
「・・・・・」
「それから時間があったら」
「」
呼ばれて、「うん?」と後ろを振り返る。
前に進んでいたのに逆に彼に手を引っ張られ、足を止めた。
「なに?」という目で見上げれば、彼は仏頂面のまま。
「貸せ」
ぶっきらぼうにそう言って、私の手から荷物を奪いとった。
教科書とノートが数冊入った、少し重いかばん。
優しい彼の気遣いに、「ありがと」と素直にお礼を言った。
「」
「うん?」
彼は繋いでいた手を一度放し、何かと考えあぐねる私の手に、今度は指を絡めて繋ぎ直した。
交差した指に力を入れて、私の手を引いて再び歩き出す。
さっきより早歩きなのは照れ隠しなんだろうか?
「ヒョーゴ」
「・・・・・・・」
「耳が赤いよ?」
「・・・・・っるさい!」
あぁダメだ
ついつい顔が笑ってしまう
彼の優しい気遣いと、子どもみたいな独占欲が、好き
「ヒョーゴ」
歩調がゆっくりに戻る。
今度は首をわずかに後ろに向けてくれた。
視線で「なんだ?」と問いかける彼に、私は素直に答えた。
「なんでもない。呼んだだけよ」
意味のない呼びかけ。
ただ、あなたの名前が呼びたいだけなの。
ヒョーゴは「なんだそれは」という呆れた顔で前を向いてしまった。
私は笑う
私は今世界で一番幸せな女の子
彼のそばで、彼の横で、彼を愛して、笑うから
「ヒョーゴ」
「・・・・今度はなんだ」
もう彼はこっちを向いてくれない。
でもね、あなたはわかっているの?
「ねぇ、ヒョーゴ。顔が笑ってるわ」
彼女に指摘され、俺は後ろを振り向けなくなる。
左手には彼女の荷物。
右手には彼女の頼りない細い手。
自分の口を隠したくてもできやしない。
ただ、彼女に笑顔を指摘されたのがなんだか癪で、なんだか照れくさくて。
「ヒョーゴ」
呼ばれてまた振り返ったときには、もとの不機嫌な顔に戻っていて。
はそれを見て、優しい女の顔で「笑って」と言うから。
「気が向いたら、な」
皮肉っぽい顔で笑って、前を向き直ってしまった。
彼女からの催促はもうない。
背中に、彼女の優しい眼差しを感じる。
俺の全てを許してくれる、その眼差しがあるから。
「」
「うん?」
「向こうに着いたら」
振り向けば、いつでもそこにいて、笑ってくれるから
「観覧車」
「え?」
「乗らないか?」
俺の提案に、彼女はすごく驚いた顔をして、それから
「・・・・・・・・・・・・・うん!」
光溢れる太陽みたいな最高に嬉しそうな顔で、笑った
お前がそばにいるから
それだけで、俺は笑って
お前を愛して生きていける
ようやく終わりました。
うう・・・・・・不完全燃焼!!
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
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