ドリーム小説
“嫉妬”という文字には、女が住んでいる。
己より秀でた者をねたむ心が、女はとりわけ強い。
女のひしめくここ遊郭なぞは、そんな想いはもう空気に溶け込んでしまっている。
―陸―
カンベエを部屋に案内する途中、は見知った遊女とばったり出くわした。
絢爛豪華な衣装を身に纏い、とは比べ物にならない色香を放つ、怖いくらいの美人。
後ろに、とそう年の変わらない禿(かむろ)を従え、しゃんとした姿勢で歩いてくる。
その遊女がとカンベエに視線を向けてきた。
一度カンベエに目を向け、すぐにに戻し、実に嫌味な笑みを浮かべた。
「おや、まぁ。また新しいお客様にありんすか?」
「シグレ様・・・」
シグレと呼ばれた遊女に声をかけられ、の声質が僅かに落ちたのにカンベエは気付いた。
ちらりと見れば、笑みもどこかぎこちないものになっている。
客のカンベエの前であることも構わず、シグレは飄々と言ってのける。
「房事(ぼうじ)もできんせんのに、お客の多いこと。よい御身分で」
シグレの言葉に、は笑顔を崩し、息を呑む。
「シグレ様・・・お客様の前で、やめて下さい」
「わっちは本当のことを言ったまで。お侍様も物好きでありんすな。この子と居ても、体の癒しは受けられやしませんよ」
「・・・っ」
嘲笑うように、シグレは優雅に二人の横をすり抜けていった。
はその後ろ姿を悲しげな目で見つめる。
胸の中は、気まずい想いでいっぱいでいた。
カンベエに、花魁同士の醜いやり取りを見られたのが嫌だった。
カンベエを見上げれば、カンベエは特に気にした様子もなくを見下ろしている。
は自嘲気味に笑った。
「ごめんなさい、嫌な想いをさせてしまって」
「いや、気にしておらん」
「・・・私の、姉女郎様なんです」
シグレはの先輩女郎にあたる。
が禿だった頃、側で世話して遊女のいろはを教えてくれたのがシグレだった。
だがいつしか、がシグレの地位を奪い、シグレは二位となる天神の位となっていた。
客の人気がものをいう世界とはいえ、まだ少女と言ってもいいに太夫の地位を奪われたシグレの自尊心はがたがたになった。
そのことで、シグレと会う度には嫌味を言われた。
の悲しげな笑い顔から、カンベエはその気持ちを察する。
を見下ろし、ふっと薄く笑いかけた。
「秀でた者は忌み疎んじられるのが世の常だ。殿も気にせぬことだ」
「・・・そう、ですね」
カンベエの言葉に、の顔から僅かに悲しみが薄れる。
カンベエには、の心がよくわかった。
若くして軍師としての才を覚醒させたカンベエ。
彼もまた、常に軍内では上官に疎んじられる存在だった。
孤独であるが故、カンベエは常に一人で戦い、結果侍としての信念が研ぎ澄まされていった。
の年で遊郭の最上位となっては、周りの姉女郎がを良く思うはずがない。
実際、百花楼内でが心を許しているのは楼主ぐらいだった。
性別も身分も環境も違うとはいえ、どこか同じ匂いを持つに、カンベエの興味は更に高まる。
カンベエが通されたのは、楼主の言ったとおりの一等の部屋だった。
狭いながらも落ち着きがあり、なかなかに居心地がいい。
障子から陽の光が差し込み、窓際には使い込まれた将棋盤がきちんと準備されている。
「どうぞこちらへ、お侍様。・・・あ」
盤の前に用意された座布団を進めながら、は言葉に詰まった。
そういえば、まだこの侍に名前を聞いていないと思い当たる。
カンベエはの言いたいことを察し、「あぁ」と相槌を打った。
「これは申し遅れた。わしは、島田カンベエと申す」
「島田様、でございますね。承知いたしました」
カンベエが胡坐をかいたのを見て、もその向かいに正座した。
無駄のない美しい動きに、カンベエは内心で感嘆の声を漏らす。
は向かいのカンベエに笑みを向け、小さく頭を下げた。
「島田様が先手、私が後手となります。よろしいでしょうか?」
「うむ。それで構わん」
「それでは」
の言葉を合図に、カンベエは駒に手を伸ばした。
白い手袋越しの指に挟まれた駒は、美しい軌道を経て盤に放たれる。
ぱちん、と小気味良い音が部屋に鳴り響く。
静かな部屋に、軍師と遊女が向かい合う。
合戦の火蓋が切って落とされた。
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<補足>
■シグレ■
天神(てんじん)の地位にいる遊女。姉女郎
■房事(ぼうじ)■
男と女の行為のこと
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