ドリーム小説
―伍―
稀有な場所での再会を果たしたカンベエと。
知らぬはずの花魁の名をカンベエが呼んだことに、シチロージは驚きの表情を浮かべていた。
だがそれ以上に驚いていたのは、カンベエの方だった。
街で助けた少女が―――しかも良家の子女かと思っていた少女が、偶然赴いた遊郭で太夫として現れれば、流石のカンベエも驚きを隠せない。
動きを失ったカンベエにはふと笑いかけ、そしてはカンベエのことを楼主に話した。
自分は街でカンベエに助けられたのだ、と。
話を聞いた楼主はカンベエに深々と頭を下げ、礼を言った。
は、いまだ驚き呆然とするカンベエに視線を向け、楼主に告げる。
「旦那様。是非この方に、あの時の御礼をしたいのですが」
の言葉を聞いた楼主は、すぐにの意図を推して知った。
遊女という、自由を制限された身分のにできる礼といったら、それは無償でカンベエの相手をすることぐらい。
普通の遊女であれば、楼主にそんな発言をする権利はない。
だがは当然のように自然と楼主に提言する。
楼主は人のいいえびす顔を浮かべ、二つ返事での言葉を了承した。
「あぁ、勿論だとも。うちの太夫を救って下さった恩人だ。一等の部屋をおつかい」
「ありがとう御座います、旦那様」
カンベエ抜きにどんどん進んでいく会話。
気付けばはカンベエの目の前にまで来て、僅か下から見上げていた。
澄んだ京紫の瞳は、カンベエを捕らえて離さない。
「お侍様。どうぞお上がり下さい」
「あ・・・いや、わしは」
ようやく出た言葉は、だが何の意味も成さず語尾を濁す。
カンベエは不思議な感覚の中にいた。
先程まで、遊郭になど何の興味もなかったはずなのに。
どういうわけか、の姿を見た瞬間から、カンベエの足は百花楼を後にするのを拒んでいるようだった。
動かぬカンベエに、は再度微笑みかける。
「お願いです。どうか私に、あのときの御礼をさせて下さい」
「いや・・本当に礼など」
「カンベエ様。お受けしてあげたらどうです?」
いつまでも渋るカンベエに、遂にシチロージは横槍を入れた。
見れば、シチロージは呆れたように笑っている。
「シチロージ・・何を」
「こんなに一生懸命頼んでいるというのに、無碍に断るなんて、カンベエ様らしくないでげすよ」
「だが」
「女性に恥をかかせる気ですか?」
シチロージの言葉に、カンベエはに顔を向けた。
目が合うや、は僅かにはにかんで俯いた。
カンベエはやっとシチロージの言う意味を解する。
本来ならば、ここは男が遊女を買う場所。
遊女―――それも太夫から誘いを受けるなど、遊郭においてこれ以上の贅沢はない。
太夫からの誘いを断ったとあっては、それは位の高い遊女の胸中を傷つけたも同意。
そんなつもりはなかったとはいえ、カンベエは申し訳ない想いが込み上げてきた。
「すまぬ、殿。そんなつもりでは」
「いえ、私の方こそ執拗に・・・申し訳ありません」
は、むしろ自分が悪いと謝罪する。
そこまでされて、頑なに礼を拒む理由などカンベエにはない。
それに正直、カンベエはとのふれあいが嫌ではなかった。
に笑いかけられるだけで心が和む。
もっといろいろなことを話してみたい、と思えた。
「失礼するぞ」
ずっと動かずにいたカンベエは、そこでようやく靴を脱ぎ、一段高い玄関に上がった。
改めてと向き合うと、予想以上に背が低いことに気付く。
カンベエの行動に、の顔に薄っすらと期待が満ちる。
カンベエはようやく表情を崩し、自然に笑んだ。
「お主の御礼、ありがたく頂戴しよう」
「はいっ」
「一局、お相手願えるかな?」
カンベエからの誘いに、は笑顔で応える。
「勿論で御座います」
の長い秘色の髪が、嬉しそうに揺れる。
あどけない笑みを浮かべる。
その姿はあまりに美しく、清廉で潔白。
どこにも闇や穢れなど見ることはできない。
からは、その身を売る遊女が纏う、独特の淫靡さを感じることができない。
彼女が鋼牙渓屈指の遊郭の太夫だなどとは思えなかった。
その謎を、カンベエはいずれ知ることになる。
だが今は、その穢れのない笑顔にまどろんいたいとカンベエの心は願った。
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