ドリーム小説
―拾伍―
目が覚めたときには、すでに陽はとっぷりと暮れていた。
夜の見世も始まっており、楼内は店の者たちの慌ただしげな足音で満ちていた。
は、もそもそと夜行生物のように身を起こす。
そして、座敷に自分以外の者の気配がないことを認めると、自ら頬をぺちりと叩いた。
「・・・馬鹿・・」
自分がおかしてしまった失態を、自ら戒める。
ここに島田カンベエが来てくれたことは、夢現(ゆめうつつ)の中で感じ取れた。
それなのに、彼に会える機会を棒に振るなど。
「今度お会いできたら、ちゃんとお礼を言わなきゃ」
誰に言うでもなく独り言を漏らすと、は夜の見世のためにいそいそと着替えを始める。
しゅるりと帯を解く手を、だがふと止めた。
「・・え・・?」
帯を引いた手の甲が、じんと熱を帯びていた。
ぶつけたわけでもなければ、毒虫に咬まれたわけでもないのに。
なぜだろう、どうしてこんなに熱いのだろう。
熱い。
熱い。
熱い、・・・それなのに、なぜだろう。
この熱が、あまりにも愛しい。
「・・・・島田、・・様・・?」
なぜだろう。
この熱をくれたのが貴方だと、信じて疑わない。
彼を呼ぶ声が、どうしても震えてしまう。
熱を帯びた甲をそっと撫でれば、訳もなくぽたりと、双眸から雫が降っておちた。
―――・・・あなたに・・・、会いたい・・・
『どうかなさいましたか、カンベエ様』
「いや・・・。何もない、気のせいであろう」
鋼牙渓から少し外れた森林上空を、無数の斬艦刀が飛んでいた。
操縦桿を握るシチロージは、斬艦刀の背に立つカンベエが何かを見つけたかのようにじっと背後を見つめているのに気づく。
「声がな、した気がするだけだ」
『声?残党兵でげすか』
「いや。もっと朧気な・・・。なに、おそらく空耳であろう」
気にするな、とカンベエは流す。
シチロージは、だが何かを閃いたのか、カンベエに見えないのをいいことににやりと笑ってみせた。
『そいつぁきっと愛しい姫君の、恋い焦がれる声ではありやせんかねぇ』
「シチ・・・。お主も飽きぬな」
毎度毎度のシチロージのからかいだ。
カンベエは、「よくもまぁこんな状況で軽口がたたけるものよ」と、呆れながらも部下を賞賛する。
彼らの眼下には、焼け野原が広がっていた。
闇夜のもと、まだ火種が燃えているところも多々ある。
ちかちかと赤く燃える小さな炎は、地獄の業火の残り火。
「人をからかって油断するでないぞ。まだ生き残っておる者がいるやもしれんのだ。いつ何時、奇襲をかけられるかも」
カンベエの言葉は、中途で途切れた。
シチロージも状況を察する。
一瞬で場を包み込んだ、禍々しいほどの「殺気」の渦。
それは、周りの者たちも皆一様に感じ取っていた。
「残党の奇襲が来るぞ、全機、迎撃準備をっ!!」
陣頭指揮を執るカンベエは素早く指示を出す。
自分もまた刀の鍔に指をかけ、いつでも抜刀できるよう構える。
だが、攻撃はカンベエが思っているよりも数倍速かった。
ギィィィンッと鉄と鉄をこすり合わせたような悲鳴が闇夜にこだまする。
次いで訪れる、巨大な爆発音。
カンベエたちの真後ろについていた斬艦刀が真っ二つに寸断されて炎上した。
鉄屑となった戦闘機が、人を乗せたまま炎上しながら地上に墜ちていく。
だが、それを見守る余裕などなかった。
「シチ、高度を上げろ!」
『承知!』
言われるやいなや、シチロージは操縦桿を目一杯引いた。
カンベエを乗せたまま、斬艦刀は月を目指して高度を上げる。
と、その瞬間、カンベエたちがいた場所を敵の攻撃が空振りしていった。
「見えたか、シチロージ!」
『へいへい、よーく見えましたよ!まったく、姑息な攻撃しやがりますねぇ』
笑えない状況下で、シチロージは口元にうっすらと笑みを浮かべる。
そして敵を見逃さぬよう、目をこらした。
敵の獲物は、巨大な鎖鎌。
生身の人間が振る刀と、機械兵が振り回す鎖鎌ではリーチが違いすぎるが、それはカンベエにとって問題にはならない。
このような状況、カンベエにとっては初めてではない。
キンッとカンベエの刀の鍔が鳴る。
シチロージに敵の胸元へと突っ込むように指示し、カンベエは斬艦刀の背で低く身構えた。
凡人とは覇気が違う。
その姿、さながら鬼のようで。
誰もが島田カンベエの腕を信じ、誰もが島田カンベエの勝利を疑わず。
誰もが疑わず・・・
だんっ、と両の拳が荒々しく白檀の机に振り下ろされた。
鳴り響く音には、これ以上ないほどの怒りが練り込まれている。
「此度の戦い、・・・何たる醜態っ・・・、何たる屈辱・・っ!!」
白檀の机に振り下ろされた上官の拳は、わなわなと怒りに震えている。
同時に、上官の目は血走り、部屋の中央に立つ二人の軍人を射殺さんばかりに睨み付けていた。
男は震える手で机上の湯飲みを鷲掴みにする。
「この失態、いかように取り戻すつもりぞ・・・っ。なぁ、島田よ!!」
男は掴んだ湯飲みをカンベエの足下目がけて投げつけた。
陶器は粉々に砕け散り、残っていた茶の雫がカンベエの軍靴を濡らす。
だがカンベエは微動だにしなかった。
むしろ後ろに控えていたシチロージの方がカッとなり身を乗り出そうとするのを、カンベエは手で制して止めた。
その間も、上官の怒鳴り声は鳴りやむことはなかった。
「貴様が!戦果はなけれど腕はたつというからわざわざ引き取ってやったというのにっ。何たる様だ!」
男は半狂乱に叫び続ける。
カンベエの耳には、だが上官の言葉など微塵も入っていなかった。
カンベエは、自らの失態について深く考えていた。
誰もがカンベエの腕を信じていた。
カンベエの勝利を疑う者などいなかった。
それなのに、たかが残党狩りでカンベエは仲間の機を半分にまで減らしてしまったのだ。
「返す言葉もありませんな」
「もっと使える男だと思うておったわ。まったくもって、・・・この役立たずの糞めが!」
「ご期待に添えず、至極残念にはありますが」
「この不抜けめが!この街に来て、女などに現(うつつ)を抜かしておるから、剣の腕も鈍ったのではないのか。えぇ!?」
「・・・。それはまた、随分な言いようで」
「遊郭通いに費やす時間があったら、己が剣でも磨け!」
「なんだと!?黙って聞いてりゃ、好き勝手いいやがって。このハゲ、もがもがっ!?」
「シチロージ。黙っておれ」
カンベエの後ろからずずいと出てきた副官を、カンベエは厚い皮の手袋で口を塞いで後ろに押し戻す。
「厳罰は承知の上。喜んでお受けいたしましょう。他に御用がなければ、これにて退室させていただきたい」
すらすらと述べると、カンベエはシチロージを引っ張りながら部屋を去っていった。
上官の男はばたんと閉じられた扉をしばらく睨んでいたが、鼻息荒く、手元にあった書類を鷲掴み、辺りにまき散らした。
冷たい回廊を、二人の軍人が違う足取りで歩く。
前を行く軍師は音のない軽い足取りで、後ろにつく副官はいかにも不満そうにどしどしと。
「ちっきしょーめっ!なんだってんだ、あのハゲチャビン!」
「・・・遂に言い切りよったか」
「カンベエ様もカンベエ様ですよ。何故文句の一つも言ってやらねぇんでげすか!!」
「文句を言おうにも、味方の機が落とされたのは指揮官であるわしの責任であろう」
「ですがねぇ!何も人の私的な事情にまで追求する必要はねぇでげしょ!?」
「そうだな。・・・なぁ、シチロージよ」
不意にカンベエの語りかける口調が神妙になり、険を立てていたシチロージも自分を抑える。
カンベエの横顔は真剣だった。
「わしの腕は、鈍ったか」
カンベエの足が止まる。
シチロージも合わせて立ち止まった。
カンベエは自分の右手を広げてじっとそれを見つめる。
その横顔が険しくもあり、また悲しげでもあった。
「カンベエ様は、鈍ったとお感じで?」
「いや、わからん。だが、第三者に言われてしまったのでは、流石のわしもしかりと受け止めねばなるまい」
カンベエはシチロージをちらりと見て、苦笑いした。
自信なさげな上官の顔に、シチロージも僅かに不安になる。
「な、何言っておいでで。鬼人がごとき島田カンベエが、これぐらいで弱るはずがないでげしょう」
「そうか」
「一体今まで何度負け戦を駆け抜けてきたことか。一番近くで見てきたあたしが言ってるんですから、大丈夫でげすよ!」
「そうか。お主が言うのだから、心配は要らぬか」
カンベエはそう言って薄く微笑むと、前を見て再び歩き出した。
シチロージは遅れながら後を追いかける。
今し方見せたカンベエの微笑に、大きな不安を抱きながら。
燃える火種は初めは小さく
誰も知らぬ間に煌々と燃える地獄の業火に成り変わる
「おい聞いたか、昨夜の轟音」
「おう。凄かったなぁ。まぁ、結局は南軍様の勝利だったらしいけどなぁ」
暗かった夜は明け、朝陽とともに人々は活動を始め、深夜の激戦について語る。
鋼牙渓が南軍によって守られていることは周知の事実。
他軍の艦が入り込めば、民衆であろうとすぐに気づく。
だがどんなに激しい戦いがすぐ身近で起ころうと、関わらぬ人々にとってはそれは酒の肴に過ぎない。
「だがよ、前はもっとさっと片付けてたのに。ここ最近はえらく苦戦しよるのぉ」
「そうだのぉ。まぁ、それほど大戦が激化しちょるということだろぉよ」
「おぉ、くわばらくわばら。はよ、終わってほしいわい」
そうして人々は、燃え朽ちた森を背に、奇妙に平和な日常へと消えていく。
百花楼でも、それは同じこと。
夜が商売の色街の朝は、とても静かだ。
遊女たちは清めの朝風呂へと出かけ、静かな楼内を女中や禿(かむろ)たちが世話しなく掃除する。
楼主は朝方受けとったばかりの瓦版を広げて茶をすする。
そしてたまたま近くを通ったに声をかけた。
「やぁ、。よく眠れたかい」
「おはようございます。えぇとっても、・・と言いたいところなのですが。深夜の轟音で目が覚めてしまい」
「凄い戦いだったようだよ。東の森は、跡形もなく消えたそうだ」
「怖い、・・ですね。いつここも消えてなくなるかと思うと」
「そうだね。だが、大丈夫だろうよ、ここは。、お前がいる限りね」
「え?」
楼主の言葉の意味がわからない。
は目を瞬かせる。
楼主は、意地悪げに笑って見せた。
「お前がいる限り、お前の大好きな島田様がきっとここを守ってくださることだろうよ」
「まっ。何を・・・」
「おやおや、朝から顔が赤いよ。湯に浸かり過ぎたかね」
可愛い娘をからかい、楼主は肩を揺らしながら瓦版を囲炉裏の中に放り投げる。
火があっという間に紙を喰っていく。
「さぁさ。今日も商売繁盛。や、たくさんお客を取っておくれ」
楼主が二回手を打ち鳴らせば、楼の空気がぴりりと引き締まる。
は、囲炉裏の中で灰になった紙切れをちらりと見つめ、背を向けた。
燃える火種は初めは小さく
誰も知らぬ間に煌々と燃える地獄の業火に成り変わる
←
戻
→
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送