―壱―
世は、戦乱の時代。
潤う楽園も、廃れた荒野も等しく戦場と化していた。
農民は大地に。
侍は戦場に。
商人は街に。
皆が、身分相応に生きていた。
激化する戦の最中、特に変化していったのは侍だった。
より頑強な力を手に入れようと、侍は自らの体を機械化していった。
そんな世界。
侍が機械化する世界に、急速に成り上がったものがある。
それは、鉄鋼業。
各地で鉱山開発が進み、そうして名を上げた都市も数多あった。
その中でも頭角を現したのが。
鋼牙渓―こうがきょう―
同じ呼び名の都市がいずこかに存在したが、そちらは商人によって繁栄を遂げた、いわば姉妹都市。
「鋼牙渓」は鉄鋼の聖地と称され、戦の要となる鉱山目当てに、ここに拠点を置く軍もあった。
季節は春。
陽気な風に誘われて、人々の心も緩む季節。
だが、それとは裏腹に大戦は終局を間近に迎え、より加熱していた。
軍は内部で策を固め、より強固にしていった。
そんな時期に、この鋼牙渓へと舞い降りた二人の軍人がいた。
「いやぁ。春風に誘われて花見酒、とでもいきたい季節ですね。ねぇ、カンベエ様」
結った金髪を風に揺らし、なかなかの色男は振り向く。
声をかけられた褐色肌の男は、返事と共に苦笑した。
「何を呑気なことを言っている。これから御上に謁見に参るというのに」
「あぁ、もう堅い堅い。ここは花の都。浮かれるのは当然でげすよ」
そう言って金髪の男―――シチロージはくるりと踊るように回る。
副官の楽しげな様子を見ながら、焦琥珀色の髪の男―――島田カンベエは、ふむと顎をなでさすった。
「花の都、と呼ぶには、ちと鉄臭いがな」
ぐるりと巨大な円状の谷底を見下ろせば、無数の採掘機材が目に入る。
そこかしこから、かんかんと鉄を打つ音が聞こえてくる。
「流石は鉄鋼業で栄えた街だな」
感心するカンベエに、シチロージは「ご冗談を」と苦笑する。
「なぁにをおっしゃてるんですか。花っていうのは・・・あっちのことですよ」
シチロージは手の甲を頬に当て、悪巧みをするような顔をする。
カンベエはその意味を察し、眉間に皺を寄せた。
鋼牙渓は、鉄鋼業で成り上がった街。
鉄鋼に携わる数多の職人がこの街へと押し寄せる。
そんな職人たちの束の間の癒しとして、自然と生まれでた癒しの里。
表には料亭や茶屋、裏には遊郭に色街。
いつしか鋼牙渓は、表と裏で同格の賑わいを見せる花の都となっていた。
「おいおい。遊びに来たわけではないのだぞ?」
「わかってますよ。あたしたちの任務は、三ヶ月の鋼牙渓勤務でしょ?」
「そうだ」
「しかしあれですね。この時期に来て突然の出向命令。しかも激戦区ともいえる鋼牙渓支部への配属とは」
「ん?・・・あぁ」
「左遷もここまで露骨だと溜め息も出ませんね」
自分の上司を目の前に、シチロージはさらりと言ってのけた。
カンベエはそれを咎めるわけでもない。
こんな会話は、それこそ今まで何度もしてきたこと。
終局間近の時期を前に持ち場を離れさせられた二人。
突然の異動命令は、それすなわち左遷を意味する。
それでも二人ばらばらではなく、共に異動となったのは不幸中の幸いか。
「すまんな、シチロージ。いつもわしにつき合わせてしまい」
もっと世渡りの上手い上官についていれば、シチロージも今頃はそれなりの地位にいたであろう。
そう思慮するカンベエに、だがシチロージは白い歯を見せて笑う。
「何をおっしゃいます、カンベエ様。あたしはどこまでもお供いたしますよ」
シチロージはカンベエの心配を吹き飛ばすように笑う。
その度にカンベエは救われた。
どこまでも信頼の置ける古女房であると、また実感するのだった。
しんみりとするカンベエとは裏腹に、シチロージはまたくるりと回転する。
「ですからカンベエ様も花街に御一緒してくださいよ」
「・・・・・」
ここぞとばかりに言ってのけ、シチロージの声はカンベエに否と言わせない。
シチロージはどこまでも抜かりのない古女房だと実感するのだった。
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