ドリーム小説


事件から4日目の朝方のことだった。
それは早朝、暗い空が徐々に白みはじめた頃。皆がまだ夢の中にいる時間帯だった。

「な、な、な、何よこれぇ―――・・・・・っ!!?」

明け方のスリザリンの女子寮に黒髪の少女の悲鳴が木霊し、それに共鳴するように雄鶏が猛々しく朝を告げた。





□ 魔女の条件U 〜The Adventure of Lovely Twins〜 <18> □





事故から3日が経過していた。事態に進展は、・・・まったくと言っていいほどなかった。

の肉体はずっと保健室に寝かされていた。元に戻るまで、ここに寝かせておいていいとマダム・ポンフリーが許可をくれたのだ。マダムがの身体の世話をすると約束してくれ、ゴーストのは彼女に丁寧にお礼を伝えた。精神体のは校内を彷徨って生徒たちを驚かせるわけにも行かず、保健室に安置された自分の身体を見守るだけの日々を送るしかなかった。
スネイプはずっとの身体に付き添っていたかったが、授業があるのでそうも言っていられない。ただ、休憩時間には必ず保健室を訪れ、ベッドで眠るの冷たい額に、そして触れられないゴーストのの額にキスをすることを忘れなかった。
「口惜しいな。早く生身の君にキスして、思いきり抱きたい」

"も、もう・・っ。スネイプ先生はそればかりですね"

にやりと笑いながらをからかうことも忘れず、も恥ずかしさ半分嬉しさ半分、苦笑で返す。満帆とは言えないが、だが二人の関係は回復し、それなりに幸せな時間を共有していた。







「・・・・・」
そんな二人の仲睦まじい姿を、は保健室の入り口に身を隠して盗み見ていた。勿論面白いわけなどなく、頬は膨れて不機嫌丸出しだ。
(何よ、何よ、何よ・・・!!私がこんなに苦労しているっていうのに、パパったら!)
自分がしでかした過ちだということも綺麗さっぱり忘れ、は形の良い眉をつり上げきびすを返す。自分のハチャメチャな魔法での身体と魂が分離してしまうことなど予想もしていなかった。
だが、この状況には不謹慎にもほくそ笑む。これで二人の肉体的な関係は崩れるだろう。そこから距離が離れていけばいいと安易なことを考え、いい気味だと強がっていた。だが、そんなの思惑はあっさり消し飛ばされた。

。また後で来る」

"はい。お待ちしてますね"

スネイプは名残惜しげにゴーストのの手を放して保健室を後にする。事故からもう3日。スネイプとの関係は薄れるどころか、ますます愛が強くなるばかり。にとっては唇を噛んで悔しがる日々が3日続くだけだった。

どんな事態になろうとも、とスネイプの愛を崩すことはできない

2人の間に自分が割ってはいる隙など微塵もない

荒々しい足音を立てて保健室から図書室へと足を踏み入れれば、厳しい顔つきのが待っていて、
「遅いぞ、。早く席につくんだ」
「わかってるわよ!1分、2分遅れただけでいちいちうるさいのよ、は!」
「1〜2分じゃない。5分の遅刻だ」
「はいはい!ごめんなさいね、遅れて!」

「・・・っ」
は苛々をにぶつけるが、いつもならため息をついて「しょうがない妹だ」と言ってくれるも、ここ数日は違った。厳しい―――まるで父親のスネイプのような顔でを睨み付け、早く暗号解読をしろと視線で威嚇する。の眼光に押され、身体を竦ませて大人しく席につく。そうして二人で暴発した魔法の暗号解読を進めているのだが、ダンブルドアが言っていたとおり、その作業は容易ではなかった。こんがらがった糸はなかなか解けず、何の進展もないまま無情にも時間だけが過ぎていくのだった。
「も、・・・いい加減に、してよ・・っ」
夕食後の3時間を解読に徹していたは、ついに集中力が切れ、机に突っ伏した。
「目が痛い、肩が痛い、腰が痛い・・・・もういや!」
。まだ3時間、・・・いや、まだ3日しか経っていないんだぞ。こんなところで白旗を揚げてどうするつもりだい」
が眉根を寄せてため息をつく。は綺麗な黒髪をぐしゃぐしゃと掻きむしり、唸り声を上げた。
「我慢するんだ」
「・・・してるわよ・・!」
「していないだろう。さ、頭を起こして」
「もう、何なのよ!別にいいじゃない!解読するって約束はしたんだから、時間がかかっても。なんでそんなに急ぐのよ!?」
もはや理不尽で我が儘なお姫様でしかなかった。張り手をかましたいのをはグッと我慢し、ため息に換える。だが不意に真剣な眼差しで、ではなく机の木目をじっと見つめ、はぽつりと呟いた。
「嫌な予感がするんだよ」
低く重苦しい声で。は片眉を上げて、「嫌な予感?」と復唱する。だがそれだけで、大して深くなど考えもしなかった。



そして、翌日の朝。事件から4日目の朝のこと。
果たして、が感じていた「嫌な予感」は見事的中してしまうのだった。



「な、な、な、何よこれぇ―――・・・・・っ!!?」



それは早朝、暗い空が徐々に白みはじめた頃。皆がまだ夢の中にいる時間帯だった。明け方のスリザリンの女子寮に黒髪の少女の悲鳴が木霊し、それに共鳴するように雄鶏が猛々しく朝を告げた。
「ちょ!?な、なに?何かあったの?!」
「え?火事!?」
悲鳴の主、のベッドの周りの女子たちが皆一斉に目を覚まし、慌てふためく。そして悲鳴を上げたのベッドへと皆が群がった。
?何、どうしたの?!」
悲鳴のでかさに皆が緊張した面持ちで声をかける。からの返事はない。だが、ベッド周りのカーテン越しに、「やだ・・・っ。なに、・・これ・・?」と震える声が聞こえてきた。
、開けるわよ」
反応のないを無視し、恐る恐るカーテンを引く。ぐしゃぐしゃの毛布が無造作に置かれ、ベッドの上に足を崩して座り込むがいた。丸められた背は小さく震えている。
・・・?」
怖々と声をかけると、はゆっくりと皆の方に首を回した。可哀想なぐらい眉が下がっており、今にも泣きそうな顔をしていた。女子たちは驚きに目を丸くする。強気なのそんな弱々しい顔、見たことがなかった。だが、特別何かおかしなことがあるとも思えない。声をかけた女子がもう一度を呼び、彼女の肩に手を置こうとして・・・・・
「・・・え・・・?」
の肩に触れる寸前で彼女はピタリと手を止めた。そして、目をパチパチと瞬きさせ、更にゴシゴシと袖で擦ってみた。寝ぼけているようではなさそうだった。
・・・何それ・・・!?」
「し、知らないわ!私が聞きたいわよ・・・っ」
苛立ちを含んだの怒鳴り声が響き渡る。誰に当たったわけでもない。だが叫びでもしなければ自我を失ってしまいそうなほど混乱していた。ベッドに座り込むの身体は、彼女の向こう側にある家具の形が分かるほど半透明に透けてしまっていた。







どうにもならない日々が続いていたから、何か変化が欲しかったのは確かだ。
けれど、まさかこんな形で変化が訪れようとは。

は女子寮で慌てふためきながらも制服に着替え、髪に櫛も入れずに止める寮生たちを振り切って寮を飛び出した。一刻も早くこの状態の謎を解明し、元に戻りたかった。の爪先が自然とグリフィンドール寮を向く。頼れる者なら、ダンブルドアだってスネイプだって、たくさんの大人がいたはずなのに。無意識にを求めたのは、切っても切れない兄妹の性だろう。そのことにが気付くはずもなく、本能の赴くまま全速力で獅子寮を目指した。
(早く・・・っ、早く・・・!)
走りながらは自分の手のひらを眼前に掲げた。それはゴーストと言うほど神秘的ではなく、まるでクラゲのように透き通った気味の悪い身体になっていた。
「いや!」
長い黒髪を振り乱して到着した獅子寮の前。だが扉を開ける呪文はグリフィンドールの生徒しか知らない。は両膝を手をついて息を整えながら、扉に飾られた絵画の中の太ったレディを睨み付けた。
「ちょっと・・・っ。この扉開けてよ・・!」
『まぁ、何かしら、お嬢さん。貴女、スリザリン生でしょう?』
なら開けられるわけがないでしょう、とレディは羽毛の扇で口元を隠す。その態度に焦るは苛つくばかり。
「緊急事態なのよ!今すぐ開けなさいよ!」
レディに向かって大声で怒鳴り散らす。しかも今はまだ早朝。廊下を彷徨うのは本物のゴーストばかり。の怒鳴り声を聞きつけて、おもしろ半分で寄ってきたのはピーブズ。だが、
『よぉよぉ、スリザリンのお姫様ぁ!こんな朝っぱらから何やって、』
「うるさいわよ!あんたに用はないの、黙ってて!!」
『は、はい・・・』
憐れピーブズ。鬼のような形相のに一喝され、すごすごと後ろに飛び下がっていった。の焦りと苛々は募るばかり。早く誰か起きてこないかと扉の前で足踏みをして待っていたときだ。太ったレディが『あら』と目玉を動かした。
『貴女、ついてるわねぇ。日頃の行いが良いようには見えないけれど』
クスクスと笑いながら、それまで1ミリも動かしてくれなかった扉をギィと開いた。どうやら中からグリフィンドール生が開けようとしているようだ。は目を見開き、はやる気持ちで足を前に踏み出した。だが、
『駄目よ、貴女。中に入っては駄目。人が出てくるのをお待ちなさい』
びしりと言われ、流石のも不満げな顔をしながらも足を止めた。誰が出てくるかわからない。グリフィンドール生など知らない人間ばかりだ。それでも出てきた奴を捕まえて、ともかくを呼んでもらおうと考えていた。すると、
?」
薄く開いた扉の向こうから聞こえてきたのはの声だった。の顔が輝く。よかった、これですぐに相談できる。だが、の安易な思惑はまたしても吹き飛ぶことになる。
!良かった。ねぇ、聞いてちょうだい!」
ゆっくりとゆっくりとしか開かない扉に苛つき、は思わず蹴破ってやろうかと思った。時間をかけて開き、薄暗い部屋から徐々にが姿を現す。
「どうしたんだい、こんな朝早くに。まぁ、でもちょうど良かった。僕もこれからスリザリンに行こうと思っていたから」
「そうなの?まぁ、いいわ。それより大変なのよ、聞いて!私、身体がね、・・・・え・・・き・・きゃあぁあ―――・・・!!」
扉から現れたを見るや、は透けた両手を頬に押し当て、本日二度目の悲鳴を上げた。だって、助けを求めてのところにやってきたのに、
「うるさいなぁ。みんなまだ寝てるんだから静かにしなよ」
落ち着いた所作で耳を塞ぐの身体もまた、と同じように半透明に透けていたのだから。

二人は助けを求めて直ぐさまダンブルドアの部屋を訪れた。偉大な大校長は、まるで全てを視ていたかのようにガーゴイル像の前で二人を待っていてくれた。呑気に笑って、「ほっほっほ。二人とも素敵な装いじゃの」と迎えた校長は、だが二人を安心させるような言葉はくれなかった。代わりに突きつけられたのは、厳しい現実だった。







心地よい風がカーテンを揺らす。空は青い。天気も良い。
それなのに、どうしてこんなに気分最悪なんだろう。

は今一人で保健室にいた。正確に言うならば「2人」だが、もう一人はずっとベッドに横たわったままぴくりとも動かない。
4日前よりも青白い顔をしたは、何も物言わずに昏々と眠りについていた。
いつも共にいるはずのゴーストのは、どういうわけか今はいなかった。眠るを見下ろし、は思う。
(『眠り姫』って、・・・こんな感じなのかしらね)
幼い頃に母―――今自分の目の前で眠るが読んでくれたおとぎ話を思い出す。

―――母が真ん中に座り、両側にがいて、が綺麗な声で紡いでくれた哀しいお姫様の物語

ノスタルジアに浸りそうになる頭を勢いよく振っては想い出を飛ばす。そして改めて眠るを見下ろした。
(死にそうな顔なのに、・・・なんでこんなに綺麗なんだろ)
を死にそうな状態にしたのは自分だ。事故とはいえ、自らの手で母の息の根を止めようとしたのだ。

綺麗な母

優しい母

誰からも愛される母

それなのに私は

―――ママなんて大っ嫌いよ!!

の魔法があたる直前に見たの哀しげな顔が脳裏を離れない。はぎゅっと目を瞑り、透き通る手を強く握りしめた。
(これが、・・・罰なのね)
は唇を噛みしめ、今朝ダンブルドアに言われた言葉を思い出す。



『君たちの身体が透け始めたのは、の身体が死に始めた確かな証拠であろう』
ダンブルドアは二人を校長室に招き、質の良いソファーをすすめ、話を始めた。
『優秀な君たちになら分かろう。もとより、このリスクを覚悟で過去にやってきたのであったな』
校長は穏やかに笑っていた。だが、小さな眼鏡の奥にある小さな目は笑ってはいなかった。厳しい眼差しを二人に向け、現実を教えこむ。も覚えている。この時代に来た日、この部屋でマクゴナガル女史に言われたことだ。忘れたなんて言えない。

―――何よりも、この時代に存在しないはずのあなた方が来てしまった時点でもう未来が変わる可能性は出ているのです。
   そのリスクが分かっていて、あなた方は時空魔法を使ったのではないのですか?

『そうじゃ。未来はいくらでも変わりうる。この時代にが死ぬことはつまり、、君たちの存在の消滅に繋がる』
母であるが死ねば、未来の子どもである二人は生まれてこないことになる。この時代で、消えてなくなるしかないのだ。わかっていたことだ。けれど、甘いことばかり考える子どもの脳の自分たちは頭のどこかで、「そんなことは起こらない」と高を括っていたのだ。
現実を甘く見た罰が、これだ。
は恐怖に満ちた顔で悲鳴をあげようとしていた。だがに突然二の腕を強く掴まれ、声を止められる。
・・・?』
・・・、消えるなんて嫌だなんて我が儘言うつもりじゃないだろうね』
『・・う・・・だ、だって、』
さんを、・・・母さんをあんなふうにしたのは誰だい。僕らが消える原因を作ったのは誰なのか、よく考えるんだ』
の声は苦しそうで苦しそうで、激痛に耐えているようだった。の腕を痣が付くぐらいきつく握る。その手は微かに震えており、ちらりと見たの目元は厳しかった。その目を知っている。私の我が儘に振り回され、疲れていて、うんざりで、面倒で、それでも見捨てずにいてくれる。その目を知っている。
(あぁ、・・・そっか)
は掴まれた腕の力を抜き、降参を示した。の目も、スネイプの目も、同じなのだ。自分に関わる人たちは、みな私の我が儘に振り回されて疲れながら、それでも見捨てずにいてくれるのだ。


そんなことに、今になって気付くなんて、私はなんて愚かで幼稚なのだろう・・・


のベッドサイドに立ちつくし、彼女の蒼い顔を見下ろし、泣きそうな声で呟いた。
「ねぇ、私・・・どうすればいいの・・・?」
眉間に皺を寄せ、眉尻を下げ、は苦しそうな顔で眠るに声をかけ続けた。
「あなたが死んだら、私もも死ぬわ」
すべて消えてなくなる。はじめから何もなかったかのように。そんなこと起こらないと思っていた。甘く考えていた。だから、・・・・・今更ながらに感じる。耐えられないほどの恐怖。足が震える。
「どうすればいいの・・・っ?」
問いかけても、返事が返ってくることなどない。そんなこと分かり切っていたのに、なぜのところへ来てしまったのだろう。
「ねぇ、・・・ママっ」
本当に久しぶりに、母を呼んだ気がする。でも、返事なんてない。未来ではどうだっただろうか。自分は母の美しさや聡明さや優しさに嫉妬し、母を疎んじてしまうこともあったはず。けれど、記憶の中にある未来の母は、

―――ねぇねぇ、ママ!

―――なぁに、。どうしたの?

自分がどんなに機嫌が悪いときでも、いつも笑顔で迎えてくれた。母が、・・・母の笑顔が、恋しい。は膝を折り、冷たい床に座り込んだ。の枕元に額を押しつけ、唸るように懇願する。
「反省するわ・・・、謝るから。・・・・・だから、お願い・・・教えてよ。私は、・・・どうすればいいのっ?!」

返事なんて返ってこない。それを承知で助けを求めて泣き叫んだ。けれど、の悲痛な声は思いがけず、別の人間に届いたようだった。





「自分で蒔いた種なのでしょう。自分で何とかしたらどうなの?」





返ってくるはずのない返事が返ってきた。そして、それは紛れもなくの声だった。はシーツに額を押しつけたまま両眼を見開き驚愕する。勢いよく顔を上げた。そして、信じられない光景を目にする。
本の数秒前まで青白い死に顔で眠っていたが、上半身を起こしてを見下ろしていた。眼が合った。見慣れているはずの蒼い瞳。なのに、の背中をぞわりと戦慄が走り抜けた。
「な・・・・・っ!?」
声が震えて言葉にならない。驚くを見下ろして、は優雅に、妖艶に、唇を押し上げて笑った。それはひどくらしくない笑い方だった。
「あぁ、身体が痛いわ・・・。一体どのくらいこの状態だったのかしら」
「・・・・・」
が何か話せば話すほど、の違和感は大きくなっていった。それはの身体での声なのに、口調は所作は彼女のものとは似つかない。
驚いた顔をしていたの顔が、次第に異質な者を警戒する顔へと変わっていった。眉間に皺を刻み、威嚇するように下からを睨み付ける。
「あなた、・・・一体誰よ・・!?」
この人は、じゃない。の中で確信すると同時に激しく警鐘が鳴り響いた。床の上を這うように後ろに数歩後ずさる。じゃない「その人」は、逃げようとするを見て、上品な猫みたいに優雅に笑ってみせた。





可愛い可愛いお姫様

遠く離れていても

貴女が笑顔でいられる日がこれからもずっと続くことを願うわ

だから笑顔じゃない貴女を救いに私はやってきたの





←  



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送