ドリーム小説


の怪我は左上腕部の骨折。重症のように思われたが思いの外綺麗に折れていて、マダム・ポンフリーは「すぐに治りますよ」と笑顔で告げた。そしてその通りに、は順調に回復に向かっていた。が保健室のベッドでお世話になったのは最初の二日間だけで、すぐに日常生活に戻ることができた。ただ、左腕を吊った状態で生活しなければならず、不便ではあったが。
、ほら。荷物持ってやるから貸せよ」
「あ、じゃ俺は鞄持ってやるよ」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」
見かねた寮の仲間たちがそれはそれは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるものだから、は逆にくすぐったくもあった。
の怪我は、また別の面で意外な効果を出していた。皆に囲まれるを遠目に見て、ハーマイオニーは腕を組む。
「それにしても、怪我がもとでますますの人気が上がったわね」
「だよなぁ。見舞いもすごかったしな」
ロンもハーマイオニーに同意し、が怪我した直後のことを思いだしていた。
がスリザリンのビーターに怪我をさせられたという話はあっという間に校内に広まった。普段からスリザリンの狡猾で横暴なやり方に不満を抱いていた他寮の生徒たちは、それをきっかけにスリザリンへ猛抗議をした。だが、それを止めたのは他でもない自身だった。
『やめてください。練習中の事故はよくあることです。それを気にしていたら、練習なんてできなくなる。お互いに気をつけていけばいいだけのことですよ』
怒りを露わにする者たちに、腕を吊ったは笑顔でそう告げた。それを聞き、スリザリン抗議をしに来た者たちは最早何も言えなくなってしまった。の純真さに触れ、これを好機とばかりに騒ぎ立てようとしていた自分たちが恥ずかしくなってしまったのだ。
そんな優しいの言葉は新たな彼のファンを増やすこととなった。女生徒たちは花や菓子を見舞いの品にグリフィンドール寮や大広間で食事中のに詰め寄り、大変な日々が続いたのだった。

夕食後の図書室は穏やかな橙のランプに照らされ、落ち着いた雰囲気に包まれている。は世話を焼きたがる友人やファンの子たちを振り切って、久しぶりに一人きりで図書室を訪れていた。出された課題の本を探して歩き、目当ての本を引き抜き、空いている右腕に乗せる。そしてもう一冊を引き抜こうとして、左腕が使えず、右手は本で塞がっていることに気付いた。
(やっぱり不便は不便だな・・・)
小さなため息をついて右手の本を近くに置こうとすると、後ろから伸びてきた細い手がの目当ての本を引き抜いた。
「あ」
「これでしょう?」
「え?あ、・・・さん」
が首を後ろに向けると、そこにいたのは笑顔のだった。は今引き抜いた本を腕に抱えると、の右手から本をひょいと取り上げた。
「どこに持っていけばいいかな?」
さん、大丈夫ですよ。自分で持てますから」
「いいから」
さん、」
「お願いだから、手助けさせてよ」
そう言ったときのの笑顔が、少しだけ淋しげなものに変わった。は敏く気付く。
(あぁ、そうか)
おそらくは、を怪我させたのが自分の寮の生徒だから、は監督生として責任を感じているのだろう。
(そこまで背負わなくてもいいのに・・・)
本当に責任感が強い人だ。は困ったように微笑んだ。
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
「うん。そこでいいかな?」
「はい。さん」
「うん?」
「ありがとうございます」
素直な笑顔をに向ける。その笑顔に見つめられるだけで、は心がホッとする気がした。そしては隣同士に座り、それぞれ課題に取り組み、時折小さな声で談笑した。
が怪我をして変わったことがもう一つある。それは、が二人で過ごす時間が増えたことだった。容姿の美しい二人が並んで勉強し微笑みあう姿は、周りの生徒たちからすればこれ以上ないくらい仲睦まじい恋人同士のやり取りに映っていた。





□ 魔女の条件U 〜The Adventure of Lovely Twins〜 <13> □





いつからかは定かではないが、は付き合っているのではないかと噂する声が校内に流れ始めた。その噂を聞いた者は、だが皆が声を揃えて言う。「なら、似合いの二人だ」と。

そんな噂が流れるようになった原因はいくつかある。の怪我に責任を感じているは、を見かければできる限り声をかけて彼の手助けをするようにしていた。放課後、クィディッチの練習に参加できないが中庭にいるのを見かければ声をかけ、ベンチに並んで座り談笑したりした。
と過ごす時間が増えたことには理由がある。今までは、スネイプの手伝いがない日でも彼の研究室を訪れて二人の時間を過ごしていた。だが今は、行けば必ずがいるのだ。自分よりも先にスネイプの部屋を訪れ、自分よりも先に紅茶をご馳走になり、自分よりも先にスネイプの視界を埋める少女。彼女を追い出すのにスネイプは不機嫌になり、追い出された彼女は不機嫌になり。―――自分が行くと、皆が機嫌を損ねるような気がする。
(なら、必要がなければ行かない方がいいのかも・・・)
自分が関わらなければスネイプもも嫌な顔をすることもない。疲弊したの心はスネイプのもとを訪れることを避け始めていた。
そうして空いた時間を、と過ごすことが多くなったのだ。

を噂する声が本人の耳に届いたのは、それからしばらくしてのこと。暗い部屋で明日の予習を終えたがランプを消してベッドに入り寝ようとすると、横のベッドからパンジーに声をかけられたのだ。
「ねぇ、
「パンジー、起きてたの?なぁに?」
はもぞもぞとベッドに潜り込み、眠い目を擦った。話しかけられたものの、意識はうつらうつらし始めた時だった。パンジーの一言に、は閉じかけた両眼をばちりと開けることになる。
「あなた、グリフィンドールの・ダンブルドアと付き合っているの?」
「うーん・・・。え?・・・えぇ!?」
はバネのように勢いよく上半身を起こしてブランケットを弾き飛ばした。の過剰な反応に、パンジーは「違うの?」と再度確認する。は戸惑いながらも必死に否定した。
「ち、違うよっ」
「あら、そうなの。なーんだ」
「なな、なんでそんなこと訊くの?!」
「だって、あなたたち恋人同士なんじゃないかってすごく噂されてるから」
「えぇ!?な、なんで?誰にっ?」
「誰にってみんなによ。なんでって。そりゃそうでしょう。二人でいるところをいろんなところで目撃されているんだから」
は言葉が出ず、金魚のように口をパクパクさせた。それは確かに最近と一緒にいることが多く、二人で話したりしているかもしれないが。まさかそんなふうに噂されていたなんて微塵も考えていなかった。
「隣同士の席で図書室で勉強したり、休み時間に中庭を散歩していたり、もうこれデートでしょう」
「デ、デートじゃないよ!そんなにいつも一緒にいるわけじゃ、」
「それにね、。あなたたち気付いていないかもしれないけど、離れた席に座っているときも時々アイコンタクトで笑顔なんか交わしてるの、みんな見てるわよ。これで付き合ってませんていう方がおかしいわ」
「そ、そんなんじゃないのに・・・」
。あなたって意外と恋愛音痴なのね」
「・・・う」
否定できない。パンジーの言葉をは受け止めるしかなかった。自分ではと仲良くしているぐらいにしか感じていない。でも、傍から見れば恋人同士に見えるというのだからそうなのだろう。「おやすみ」と先に寝てしまったパンジーの背中をはベッドに横になって見つめた。
(だって、・・・しょうがないじゃない)
は僅かに唇を尖らせる。だってしょうがない、ともう一度心の中で唱えた。恋愛音痴と言われたってしょうがない。はスネイプと恋人同士ではあるが、それは一般的な普通の恋愛とは違う。陽の下に出られず、暗闇の中でひっそりと隠れて愛し合うことしかできないのだ。明るい世界で、みんなから祝福されることなど許されない関係。
(一緒に散歩したり図書室で勉強したり・・・これが普通の恋愛、なのかな)
は不安に眉をひそめる。ブランケットを頭までかぶり、ベッドの中で自分の体を抱きしめて眠りについた。



パンジーに指摘されたこともあり、翌日からに接するとき妙に意識するようになってしまった。
「おはようございます、さん」
「あ。お、おはよう・・・
さん?」
挨拶をするの笑顔がどことなくぎこちなくて、は不思議に感じているようだった。
「どうかしました?」
「う、うぅん。なんでもないよ」
背の高いが自分に一歩近づき、上から覗き込んでくる。昨日までは気にもならなかった彼との距離に、は僅かにたじろいだ。周りの目も何だか気になり、は視線を周りに投げる。
(意識しすぎるからダメなんだよ・・・、普通でいいじゃない普通で)
自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、の胸はドキドキが大きくなっていった。脈が速くなる。耳が熱い。は戸惑う。相手はスネイプじゃないのに。違う男の子なのに、スネイプに感じるドキドキと同じものを感じるなんて。言いしれぬ罪悪感と、意味の分からない高揚感には胸元をきつく押さえることしかできなかった。







広まる二人の噂は暗い地下牢の部屋にまで届いていた。は足を組んで黒革のソファーに座り、長い指で本のページをパラリとめくる。仕事机で黙々と書類処理をするスネイプに、何気なく話題を振った。
「ねぇ、先生。知ってます?さんとの噂」
軽い口調で話しかけ、はまた新しいページをめくった。すると、仕事机から聞こえていた羽ペンのカリカリという音が止まった。はあえてスネイプの方を見ず、飄々と続けた。
「なんかねぇ、あの二人が付き合っているっていう噂が流れてるみたい」
誰が流してるんでしょうね、そんな噂。は視線だけをスネイプの方に向け、くすりと笑ってみせた。スネイプの眉間に皺が寄るのが見えた。
「ねぇ、スネイプ先生。さんの恋人として、やっぱり気になる?」
怖いもの知らずというか、相手が父親だからか。は挑発するようなことをスネイプに言う。娘にからかわれ、スネイプの反応はといえば、
「・・・・・」
無言の仏頂面でを睨み付けていた。
「・・・・・」
「怖い顔。やっぱり面白くはないわよねぇ」
は呼んでいた本をパタリと閉じ、クスクスと笑う。スネイプの反応を見て楽しんでいるようだった。はゆっくりとした足取りでスネイプの机に近づいた。
「ねぇ、先生。そういえば、最近さんあんまりここに来ませんね」
「・・・・・」
「ここにいない時間を、きっとと過ごしているんだろうなぁ」
「・・・
さん賢いし勘も良いから、きっと気付いてるんじゃないかなぁ?私と先生がキスしたことも、」
「・・・やめないか、
苛ついた声がを黙らせる。だがそれも一時のこと。スネイプは舌打ちをし、皺の寄る眉間に指を当てがいきつく押した。頭が痛む。鈍痛が消えない。苛々がおさまらない。その一番の原因は、目の前にいる自分の娘だった。
に言われたたちの噂は、スネイプの耳にもとうに入っていた。初めて聞いたときは耳を疑ったが、噂は途切れるどころか徐々に加速し、今では学校中の誰もが知っている。そしてそれを裏付けるように、スネイプは校内を二人で歩くの姿を何度か目撃していた。最近助手以外でめっきり部屋に来ないかと思えば、は他の男と出歩いているのだ。それがスネイプの苛々と頭痛を助長させた。確かに自分もに対して後ろめたいことをしたが、だからといっての浮気は許せない。
一気に機嫌が悪くなったスネイプの様子に、は肩をすくめて飄々と言ってのけた。
「パパ、苛々してる。私が気に入らない?それとも、さんの傍にいる?」
「・・・どちらもだ」
勝手に過去の世界に来て自分たちを振り回して。スネイプの怒りはおさまらない。は肩で息をつくと、ひょいっとスネイプの机の縁に乗り上げた。スネイプのべたつく長い髪を指先に巻き付けてもてあそぶ。
「何を頭を悩ませるの、パパ」
「・・・いい加減にしろ。机から降りんか」
「相手は自分の息子よ?」
の細い指がスネイプの頬を撫でる。机に腰掛けるに、やや高いところから見下ろされ、スネイプは一瞬目が眩んだ。薄暗闇がの姿をぼやけさせる。
の姿が、一瞬の姿と重なった。ここしばらく部屋に来ず、自分を避けている彼女の姿と。
「ねぇ、スネイプ先生」

『スネイプ先生』

積み重なる疲労と頭痛と苛立ちが、スネイプの意識を脆くする。ついに耳までやられたか。の声が、の声と重なる。まるでに呼ばれているような気がした。
・・・」
小さな、それでいて苦しげな声が愛しい恋人の名を呼ぶ。は眉間に皺を寄せる。そして、スネイプが自分を通して自分ではない少女を見つめていることに苛立ちを覚えた。
―――こんなに傍にいるのに、どうして貴方の口から紡がれる名は私じゃなくて彼女のものなの?
「私を、見てよ・・・」
焦点の合わない呆然とするスネイプの襟を引き寄せ、は噛みつくようにスネイプにキスをした。スネイプの両眼が見開かれる。油断していた自分を叱咤し、を押しのけようとして、―――自ら顔を放したの両眼に涙がうっすらと浮いているのを見た。綺麗な黒い目に浮かぶ、透明な雫。表情からは怒りが消えない。けれど、彼女の瞳に浮かぶ涙が確かにスネイプに伝えていた。の満たされない心の飢えを。
・・・」
「・・・・・っ」
可哀想な我が娘の名前を呼んでやれば、は飛びつくようにスネイプの首に抱きついてきた。スネイプは引き剥がそうかどうかしばらく迷い、結局そのままにしてやった。ぎゅっとしがみついて離れない娘の背中を、スネイプは片手で軽く叩いてやった。





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