クリスマス休暇を終えた生徒たちが、ホグワーツに戻ってきた。
閑静だったホグワーツに再び活気が蘇った。
ただ、賑わう空気の中で、 だけは灰色の空気を纏っていた。
は学校に着いて、最初に彼女の寮監を探した。
だが、休み明けの最初の日なのに、スネイプは学校にはいなかった。
挨拶をしに地下の研究室へと向かっていた は、マクゴナガルからスネイプの不在を知らされた。
初日の魔法薬学の授業は、全学年が自習になった。
スネイプ不在を喜ぶ生徒が大多数いる中、 だけはスネイプの到着を心待ちにしていた。
話したいことが、聞いてほしいことが、たくさんあった。
□■□わたしとスネイプ先生の奇妙な学園生活 <8>□■□
休暇が明けた二日目は土曜日だった。
ほとんどの生徒はホグズミードに遊びに行っていて、校内はまた静けさを取り戻していた。
外は、降り積もった雪で真っ白になっていた。
太陽が出ていれば、キラキラと光る広大な湖のように見えたが、今日は灰色の空が広がっていた。
は、禁断の森の近くに一人で立ちつくしていた。
真っ白な雪原にぽつんと立つ黒い点はとても目立ったが、そこはホグワーツからは見えない位置だった。
ローブにマフラー、手袋にブーツと完全防備だったが、彼女の口から吐き出される息は真っ白だった。
もう随分前から空を眺めていた。
雪が降りそうで降らない灰色の空を、飽きもせずにずっと眺めていた。
ふと背後から近づく雪を踏む音に、 はゆっくりと後ろを振り返った。
こちらへ近づいてくる黒い人に、 は目を細めた。
「お久しぶりです。スネイプ先生」
「あぁ。クリスマス休暇はどうでしたかな」
「ゆっくりと羽を伸ばせました」
「そうかね」
を久方ぶりに見て、スネイプはすぐに感じた。
休暇前の彼女とは、明らかに違うものがあった。
姿形は変わらないが、彼女を包むオーラが異質なものになっていた。
「いろいろと刺激的なこともありました」
「そのようだな」
スネイプは厳しい目で彼女を見つめた。
穢れを知らない聖女だけが持つ純粋な輝きが、彼女から消えていた。
それが意味するものを、スネイプは理解していた。
「ゴートンのところへ行ったのかね」
隠すことをしないスネイプに、 も真実だけを話した。
それでスネイプに叱られても仕方がないと納得していた。
「我輩の手紙を見なかったのかね」
「すれ違ってしまったんです。私が家を出た後に手紙が届いたみたいで」
「皮肉だな。だが、それもまた運命か」
「そうですね。ですが、もし先生の手紙を先に見ていたとしても、私はゴートンさんのところへ行ったかも
しれません」
「愚かだな。 」
「はい。とても愚かです。恥ずかしくて、今になって後悔しています」
はスネイプの目をそらし、足下へと視線を落とした。
それぐらい、自分のした過ちがみっともなかった。
「傲慢で我が儘でした。あの人の体も心も、何もかもが欲しかった」
手に入れられない物を欲しがり、結果、傷ついたのは の心だった。
それは、自業自得だった。
「そうして学んだことはあるかね」
「はい。一つわかったことがあります」
「なんだね」
「恋というのは、相手を欲しがる我が儘な自分の心だということです」
相手を求めて胸の奥で燻る、あの名前の分からなかった熱を、恋と呼ぶのだと は思った。
スネイプには否定されると思ったが、だが寮監は静かに、
「そうかもしれませんな」
の言葉を受け入れてくれた。
スネイプが認めてくれた、ただそれだけで は嬉しかった。
*
風もない、音もない、不気味なほど白い世界が二人の目の前に広がっていた。
「 。君に伝えておかねばならぬことがある」
スネイプの真剣な声に、 は後ろを振り返った。
「なんですか。先生、顔が怖いですよ」
は軽口を叩いて、小さく笑った。
だが、スネイプは厳しい表情を崩すことなく、 を真っ直ぐに見つめていた。
堪えられなくなった は、無礼を承知でスネイプに背を向けた。
「寒いですね。また雪が降るのかな」
さく、さく、と結晶が砕かれる音を立てて、 は足を進めた。
森の中で、木々に降り積もった雪が音を立てて落ちる音が響き渡った。
そして、何かを知らせるように、黒い鳥たちが空へと飛び立っていった。
「二日前の夜、ゴートンが自宅で息をひきとった」
遠くで、黒い鳥の寂しげな鳴き声が聞こえた。
スネイプの言葉は、雪原の静寂の中にいつまでも響き続けた。
真っ直ぐに の耳に届いてしまった訃報に、彼女は振り返らず、歩く足を止めてその場に立ちつくした。
「何の冗談ですか」
「冗談などではない。これは真実だ。我輩は昨日、彼の葬儀に参加してきた」
だからスネイプは学校にいなかった。
パズルのピースがかちりとはまるように、残酷な真実ができあがっていった。
「嘘ですよね。だって私、クリスマスの後にゴートンさんに会いました。彼は元気でした」
「本当に元気だと言えたかね」
「元気・・・でしたよ」
「彼は、アリシアが逝った日から医者の薬の服用を止めていた」
スネイプの言葉に はいろいろなことを思い出していた。
会うたびに悪くなっていったゴートンの顔色と、サイドテーブルに置かれた大量の薬の山。
生きることを放棄した彼のシグナルを、 は間近で見ていたのだ。
あのとき、 が気づいていれば、果たして。
そう考え、自分を責める の心を、スネイプは読んでいた。
「 。こうなることを望んだのは、ゴートン本人だ」
「はい・・・でも」
「誰にも止められなかったことだ。自分なら助けられたかも、というのは、思い上がりにも等しい。
自身を責める必要はない」
きつく叱って、等しく慰めてくれるスネイプの優しさが、今の にとって何よりの救いだった。
「ゴートンの魂は、アリシアが連れて行った。それは、彼の最期の願いでもある」
遺書はなかった。
だが、死する彼の手の中には、彼と妻の二つの指輪が握られていた。
「ゴートンさんは、奥様を深く愛していたんですね」
「あぁ。そして、アリシアもまた、同じくらいゴートンを愛していた」
「結局・・・最後の最後まで、お二人は愛し合っていたということですね」
自分など立ち入れないくらい、二人は愛し合っていたのだと は知る。
「はじめから私の恋は無意味だと、先生は知っていたんですね」
の横顔は、哀しげに微笑んでいた。
触れたら壊れてしまいそうな笑みに、スネイプは彼女を見守ることしかできなかった。
*
灰色の空を、二人で眺めた。
雪が降りそうで降らない空は、泣けそうで泣けない気持ちに似ていた。
「君は泣かぬのだな」
が振り返ると、スネイプと目があった。
「葬儀では、多くの者が涙していた」
「スネイプ先生は、泣かれましたか」
「いや。年をとると、涙が出なくなるものでな」
「それは、哀しいことですね」
「涙などなくても不便ではない。必要もない。だが、確かにむなしいと感じるときもある」
「少し、わかります。私は今、そう感じています」
どうしてだろう、と はさっきからずっと考えていた。
「私は、泣いてもいいのでしょうか」
ゴートンの訃報は、あまりにも突然で衝撃が走った。
だが、 の瞳から涙が流れることはなかった。
哀しいという想いはあるのに、何故だろうと、 は自分がわからなかった。
「誰がだめだと言った」
「誰も。でも、私が泣くのは、筋違いです」
自分を責める を見ていると、スネイプは切なくなった。
灰色の空から雪が落ちてこないのは、彼女の心が、泣くのを堪えているからだと思った。
「私は、彼の心を・・・奥様を亡くして傷ついた彼の心を、土足で踏みつけました。自分の我が儘で。
彼が好きで、私を見て欲しいという我が儘で、」
「 。君が悪いことは、何もない」
「やめてください。私は、最低です。自分から彼に近づいて、熱に浮かれてゴートンさんを傷つけました。
そして、もう・・・・・謝ることもできません」
見損なったと、彼を傷つける言葉を吐いたのは、 自身だ。
妻の死に哀しみ、ひとりぼっちになってしまった彼を、突き放してしまった。
ゴートンは誰かに慰めてほしかったのだ。
誰かに癒してほしかったのだ。
それを、子どもの我が儘で傷つけたのは自分だと、 は自責の念に駆られた。
「泣けません・・・。私が泣いたら、本当に同情になってしまう」
涙の流せない、つらそうな彼女の背中を見ると、スネイプも胸が苦しくなった。
本当は泣きたいと、彼女は心から願っているのに。
「大丈夫です。月日が経てば、この想いも昇華できます」
時が経てば、ゴートンという男に淡い恋心を抱いていた日もあったと、良い思い出に変わるだろう。
今を堪えれば平気だと、自分の心を抑え込む が、可哀想で仕方がなかった。
「私が泣かずとも、みんなが」
「ならば、我輩から頼む」
の言葉を切り、切ない声が彼女の後ろから聞こえた。
雪を踏む音がゆっくりと に歩み寄った。
*
が、可哀想でしかたがなかった。
彼女を守ってやりたい衝動に胸が溢れ、その強い想いがスネイプの体を動かした。
スネイプは の細い体を抱きしめ、彼女の肩に額を預けた。
唐突なスネイプの行為に の心はざわめいた。
だが、スネイプに抱きしめられても、嫌悪感は感じなかった。
それはきっと、 とスネイプの心が、同じ痛みを共有していたからだろう。
「泣いてやってくれ」
厳格な寮監らしくない切ない響きは、 の心の痛みと共鳴した。
抑えつけていた想いが、 の胸から溢れ出ようとしていた。
「君が泣いてくれれば、彼も喜ぶ」
泣けない自分の代わりに、とスネイプは に懇願した。
スネイプの切ない想いが の中に流れてきて、胸が切なさと愛しさでいっぱいになった。
親しい友人が亡くなっても泣けないスネイプが、可哀想でしかたなかった。
は空を仰いだ。
灰色の空が視界いっぱいに広がっていた。
「スネイプ先生」
「あぁ」
「ゴートンさんには・・・本当に、もう会えないんですね」
の問いに答える代わりに、スネイプは彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
言葉にできない想いが、胸の中を満たした。
「ありがとう」も、「さよなら」も、「ごめんなさい」も、もう伝えられないのだ
見つめる灰色の空がゆっくりと滲み、 の頬を一筋の涙が流れ落ちた。
涙がこんなにも熱いものだということを、 は随分と忘れていた。
ゴートンを想い、涙した。
泣けないスネイプを想い、涙した。
大粒の涙は留まることなく彼女の頬を流れ、雪を溶かした。
「・・・・・
すまない
」
の肩口から、スネイプの小さな声が零れた。
自分の代わりに泣いてくれる彼女に感謝した。
そして、彼女の恋が実らないことを知っていて、止められず、また泣かせてしまったことを後悔した。
声を上げて泣き、しゃくりあげる細い体を、スネイプは大切に抱きしめた。
*
ゴートンの哀しげな笑顔を思い出し、 は泣いた。
泣けないスネイプの想いが愛しくて、切なくて、 はいつまでも泣き続けた。
目を閉じ、スネイプの腕に手を添え、黒髪に頬を寄せて、泣き続けた。
灰色の空から、白い結晶がちらちらと舞い降りてきた。
これは、ゴートンの涙だ
とスネイプの想いに、ゴートンが泣いている
『 君』
静かで穏やかな彼の声が、聞こえた。
は思い出していた。
はじめてスネイプの研究室で彼と会ったときのことを。
薬品で荒れた繊細な手が、あたたかかったことを。
『機会がありましたら、またお会いしましょう』
もう二度と会うことはかなわない。
あの優しい笑顔に別れを告げ、 は叶わなかった恋と彼の死をようやく受け止めることができた。
雪原に黒い点が二つ、身を寄せ合い、一人の男の死を悼み、泣いていた。
彼を想う二人の気持ちが、永く永く雪を降らせた。
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