ドリーム小説
がジャスティン・ゴートンと再会する日は、すぐに訪れた。
それは週末のホグズミード休暇で、村に一軒しかない魔法薬品・薬草店を訪れたときだった。
が店に入ると、レジで会計をしていた客がこちらを振り向いた。
顔を見合わせた二人は、同時に「あ」という顔をした。
「こんにちは。ゴートンさん」
「やぁ。また会いましたね」
笑うと目尻に皺ができるのは変わっていなかったが、この前会ったときよりも、彼の顔色は少し悪くなっていた。
□■□わたしとスネイプ先生の奇妙な学園生活 <6>□■□
ゴートンに誘われ、二人は手近のカフェに入り、お茶をすることにした。
出てきた紅茶をすすっていると、ゴートンは薬草店の紙袋から薬瓶を二つテーブルの上に出した。
「丁度良いところで君に会えました。これを」
「なんですか?」
「スネイプ先輩から頼まれていた品です。今日届けようと思っていたのですが、君にお願いできますか?」
「構いませんが。先生にはお会いにならなくてもよろしいんですか?」
「えぇ、大丈夫。またいつでも会えますし。それに老いた私より、若くて可愛い君から渡してもらった方が
先生も喜ぶでしょう」
天下の鬼魔法薬学教授に悪ふざけのような冗談が吐けるのも、先輩後輩のよしみだからだろうか。
穏やかな紳士かと思っていたが、意外と冗談も言うゴートンに、は小さく肩を揺らした。
「無表情、無感情、冷静、冷徹なスネイプ先生が、寮生を可愛いと思うかは謎ですが」
「おや。君は先輩に気に入られていると思いますよ」
「どうして」
「あの方は、気に入らない人を部屋に入れたり、ましてやお茶を出したりなど絶対にしませんから」
よかったですね、とゴートンは微笑む。
よかったのかどうかはわからないが、も嫌な気持ちはしなかった。
ゴートンがゆっくりとコーヒーカップを傾けて飲むのを何となく見て、自分も紅茶のカップを持ち上げた。
そのとき、真向かいからカップが乱暴にソーサーとぶつかる音がした。
弾かれたように前を向くと、ゴートンが口を押さえて激しい咳をしていた。
ただ噎せただけではない、と彼の表情を見て悟ったは、手持ちのハンカチを彼に手渡した。
「大丈夫ですかっ」
「ごほっ・・・大丈夫、です。・・・申し訳ない・・失礼なことを」
素直にのハンカチを受け取って、ゴートンはそれで口を押さえた。
苦しそうにしながら、に気を遣わせないように苦笑いをしてみせた。
「申し訳ない・・。新しいものをお返ししますね」
「そんなの構いません。それより、お体の方は」
「大丈夫です。よくあることですから。もう止まりましたよ」
大丈夫そうには、には見えなかった。
ゴートンは明らかにやせ我慢していた。
「ご病気ですか?」
「いえいえ。まぁ、医者に言わせると、過労らしいです」
「過労・・って。そんなにお仕事が大変なんですか」
「仕事はそうでもありません。別のことで少々時間を取られまして」
「別のこととは」
そこまで口に出して、はスネイプの顔と言葉を思い出してハッとした。
相手にお構いなしに質問されて、嫌な顔をするスネイプが思い出されたのだ。
ゴートンも気分を害しただろうかと不安に思っていると、
「好奇心の塊のようなお嬢さんですね」
の心情を察してか、ゴートンは笑っていた。
「すみません・・・軽率でした」
「いえ。聞きたそうな顔をされていますね」
「お話を伺ってもよろしいんですか?」
「聞きますか?とは言っても、幸薄い男のつまらない身の上話しかありませんよ」
「それでもいいです」
「何にでも興味を持つのは、魔法薬学・・・もといスリザリンの特性でしょうかね」
の顔を見て、ゴートンはくすりと笑った。
スネイプが教えてくれなかったゴートンの身上がわかる。
彼のことを知りたいという、不思議な気持ちがの中にあった。
そしてゴートンが話をし終えたとき、おそらく自分の彼への興味はもっと深くなっているような気がしてならなかった。
*
ジャスティン・ゴートンは既婚者だった。
ただ、理由があって指輪はつけていなかった。
ゴートンが過労と診断され、日に日にやつれていく理由は、彼の妻の状態にあった。
「私の妻はね、今、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入院しているんですよ」
それを聞かされたときは、はなんと返答していいか分からなかった。
言葉をかけられないを気遣って、ゴートンは話を進めてくれた。
入院の理由は教えてくれなかったが、彼の妻はもう随分と長いこと入院していた。
その間、ゴートンは身の回りのことも妻の世話も、全て一人でしてきた。
入院費用も、自分の衣食住を保つための費用も、全て一人で稼いできた。
話が進むにつれ、ゴートンの顔には苦しそうな、自虐的な笑みが浮かび始めた。
「初めはね、妻の回復を願って全力でサポートしていました。彼女のことを愛しているから」
愛している、という響きに、は少しだけ眉尻を落とした。
なぜか、その響きがとても哀しげだったからだ。
「でも月日が過ぎても妻の容態は変わらず、話しかけても何も返ってこず、費用ばかりがかさみ、
私はね・・・・・・」
そこでゴートンは言葉を切った。
だがその続きを、は予想することができた。
きっとゴートンはこう言うつもりだったのだろう。
「疲れてしまったのだ」と。
「生涯愛すると誓って一緒になったのに・・・・情けない男ですよ、まったくね」
自分を傷つけるように笑うゴートンに、は無言で首を横に振った。
静かに残ったコーヒーに口を付けるゴートンには、
「こんなに身を削って愛してくれる人がいて、奥様が羨ましいです」
は眉尻を落として、ゴートンを想い、哀しげに笑った。
の優しく慰める笑顔に、ゴートンは思わず見とれてしまった。
そして、はじめて研究室で会ったときと同じ、特別な想いの詰まった目でを見つめた。
「君は優しい人ですね」
の向こうに、まるで誰かを見ているような朧気な目だった。
だががそれに気づくのは、もう少し先になるのだった。
*
カフェの前で、二人は行き先を別にした。
「それでは」と背を向けるに、ゴートンが声をかけた。
が振り返ると、ゴートンは杖を振って、一枚の紙切れを出した。
それを二つ折りにして、に手渡した。
「君に教えておきます」
「なんですか」
「とっておくも、捨てるも、君に任せますから」
は不思議に思いながら紙を開いてみた。
そこにはダイアゴン横丁にある薬剤店名と住所が書かれていた。
誰が働いているところかなど、聞かずともわかった。
は少し驚いた顔でゴートンを見上げた。
「君に話を聞いてもらえて、少しだけ胸のつかえが取れました。機会がありましたら、いつでもおいでください」
そう言うと、ゴートンはの頭を柔らかく撫で、名残惜しげに去っていった。
は、渡された紙を見つめ、不思議な気持ちに包まれながら、しばらくその場に立っていた。
この気持ちをなんと表現していいかわからなかった。
こんなに寒い季節なのに、彼に撫でられた髪と、胸の奥が夏の日差しに照らされたように熱かった。
名前の分からない熱が、体の奥底で産声をあげていた。
ゴートンから預かった薬瓶を渡しに、はスネイプの研究室を訪れていた。
薬瓶を渡した後は、明日の授業の準備をするべく地下牢教室に場所を移し、実験の用意に取りかかった。
の様子がいつもと違うことに、スネイプは目聡く気づいた。
ときどきぼぉっとしていて、いつものような凜とした雰囲気が薄まっていた。
「」
「・・・・・」
「」
「・・・・あ、はい。なんでしょう」
一度では返事が返せないくらいの重症ぶりだった。
スネイプはため息をついて、に話しかけた。
「何かあったのかね」
「え?何故ですか」
「何故?明らかにおかしかろう、君の態度が」
「いつもと変わりませんが」
「そう思っているのは自分だけだ。危険な薬品類を扱っているのですぞ。そのように気を抜いて
準備をされたのでは困りますな」
もう一度盛大なため息をついて見せれば、は反省したらしく、適当になっていた調合を初めから
やり直そうと、白紙の上に出した粉末を瓶に戻した。
「すみませんでした。確かに、別のことを考えながら作業してしまいました」
素直な謝罪と反省に、スネイプはそれ以上言うことはなかった。
が調合に集中したのを確認して、スネイプも自分の作業を再開した。
*
「スネイプ先生」
作業後、二人は研究室へと戻り、ソファーに腰掛けて暖をとった。
スネイプが出してくれた紅茶をがいれ、冷えた体を温めていた。
「なんだね」
スネイプは長い足を優雅に組んで、余裕のある声での呼びかけに答えた。
は両手で持ったカップを口元に寄せ、静止していた。
その目はぼんやりとしていて、焦点が合っていなかった。
長い沈黙が続いて、はようやく口を開いた。
そして、スネイプを驚かせる一言を告げた。
「先生。私、ゴートンさんのことが好き、かもしれません」
カップに口を付けようとしていたスネイプの動きがぴたりと止まった。
黒い目がを「信じられない」という目で見つめていた。
「本気かね」
「・・・・・はい」
「ならば、何故もっと自信を持った返事をせん」
「まだ、はっきりとはわからないからです」
「なんだと?」
「お・・怒らないでくださいよ」
「誰も怒ってなどおらん」
「先生の声が怖いからです。でも・・・本当にわからないんです。何か、自分の気持ちに薄い膜が張っている
みたいで、ぼんやりとしてよく見えないんです」
話せば話すほど、の眉は下がり、不安に似た表情になっていった。
だがそれとは逆に、頬は血色の良い薄紅色に染まっていった。
俯き加減のを、スネイプは真顔で見つめた。
「。言っておくが、ゴートンは既婚者だ」
「知っています。ご本人から、いろいろお話を聞きました」
「奥方のことも、かね」
「はい」
「ならば尚更だ。諦めたまえ」
「・・・・・っ」
俯いていたは弾かれたように顔を上げた。
目の前に座る寮監は、真っ直ぐにを見つめて・・・睨んでいた。
今まで傍観することに徹して、決して口出しすることのなかったスネイプが、今回は頑としての気持ちを
否定していた。
スネイプが「諦めろ」と言う理由も、はよくわかっていた。
「倫理に反することだとは、自分でもよくわかっています」
「それだけが理由ではない。君の感情自体が間違っているのだ。。君の想いは、恋でも、ましてや
愛でもない。単なる同情だ」
冷たく辛辣な言葉は、だが的を射た真実の言葉だった。
スネイプの言葉が、の胸に突き刺さる。
は唇を軽く噛んで、スネイプの言葉に耐えた。
膝の上のカップを持つ両手に力が込められた。
「先生は、傍観者であり続ける、とおっしゃいましたよね」
「あぁ。確かにそう言ったな」
「でしたら、見届けてください。私のゴートンさんへの気持ちが、本当に同情なのかどうか」
「それ以外の何があると」
「これが本当にただの同情なのか確証がありません。私は彼を憐れんだりしていません。ただ、彼を見ていると・・・」
の右手が、自然と制服の胸元辺りを押していた。
「胸が熱くて、苦しくて、痛くなるんです。でも、それはヴィルのときに感じた痛みとは違うんです」
「それは」
「言わないでください。・・・言わないで」
は身を乗り出して、懇願するようにスネイプを見つめた。
美しい瞳は揺らぎ、不安定な彼女の胸の内をよく映しだしていた。
「自分で確かめたいんです。この気持ちが何なのか」
「・・・・・」
「先生がおっしゃるとおり、もしかしたら・・・・同情なのかもしれません。でも今の私は、これが『好き』という
気持ちなんだと思っています。だから、自分で確かめたいんです」
「その想いの正体がわかったとき、また傷つくことになってもか」
「それでも構いません」
スネイプを見つめる彼女の目に迷いはなかった。
の気持ちが折れないとわかり、スネイプはため息をついて諦めた。
それは深く、重たいため息だった。
結果などわかっているのに、頑固にも譲らない彼女への諦めと、彼女を止められないことへの歯がゆい気持ちが
詰まっていた。
「よかろう。我輩は傍観者でいよう」
「感謝します」
がホッとしたように笑うのを見て、スネイプの心は余計に混迷した。
そして、同時に後悔した。
傍観者であり続けようという、自身で決めた盟約をこんなにも簡単に破ってしまった自分を悔やんだ。
(傍観者であり続ければ、楽でいられたものを)
人の恋路に口を出せば、17の少女とはいえ、衝突することなど目に見えてわかっているのに。
スネイプの中で、「彼女を傷つけたくない」という気持ちが、僅かなりとも勝ってしまった結果だった。
それが意味するものを、スネイプはもうとっくに気づいていたが、今はまだ自分に嘘をつき続けた。
*
この熱はどこから来るのだろうかと、不思議でならなかった。
これが『好き』という感情なのだろうか。
ただ、日に日に彼への想いが募っていった。
エネルギーにも似た、名前の知らない熱が身体の奥底にたまっていく。
その熱は外に逃げることをせず、ただたまっていくばかりで、逃げ場を失って身体の中で暴れるのだ。
暴れる熱が抑えられず、苛々したり悶々としたりして、手で押さえなければ耐えられないぐらい胸が苦しいときがある。
彼を想うと、胸が苦しくなる
彼を想うと、体が熱くなる
この熱の名前を知らない。
この熱は、どうすれば冷ますことができるのだろう。
「雪だ」
窓側のベッドに寝転がっていたは、天から舞い散る白い結晶を眺めていた。
ちらちらと降り、積もる雪。
は窓を開け、身を乗り出して手を伸ばした。
雪は、彼女の指先に触れると、ふっと消えてなくなってしまった。
彼女の熱に溶けて、積もることすらできなかった雪が、なんだか可哀想だと思った。
「ごめんね」
小さな呟きを、雪の精だけが聞いていた。
彼女の自己欺瞞の熱で消えていった雪を想って、目を閉じた。
雪の冷たさでも消えない、彼女の中に燻る熱を、冷ましてくれるのは何なのか。
彼女はまだ知らない。
この想いの先にある、哀しい結末を、彼女はまだ知らない。
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