ドリーム小説
大広間の天井に、無数のジャック・オー・ランタンが浮かんでいた。
意地悪な笑みを浮かべるカボチャたちに見下ろされる人々は、みんな様々な変装をしていた。
今日はハロウィン。
校内の至る所で、「Trick or treat!」の叫び声が聞こえる。
ゴーストたちが一年で最も喜び賑わう日だった。
□■□わたしとスネイプ先生の奇妙な学園生活 <5>□■□
「ドラキュラだー!双子のドラキュラが出たぞー!」
「お菓子をくれないと悪戯するぞ〜」
「お菓子をくれると、もれなく悪戯がつくぞ〜」
「うははは!なんだその顔は、ウィーズリーズ」
ウィーズリーの双子は真っ黒なマントを纏い、唇の両端から異様に巨大な牙を生やしていた。
「すげぇ牙だな。なんだそれ」
「セイウチの牙さ。迫力満点だろ」
「この日のために仕入れたんだぜ」
「へぇ。でもそんなでかい牙生やしてたら、飲み食いしづらいんじゃねぇのか?」
最もなことを指摘され、フレッドとジョージは二人顔を見合わせた。
しばらく沈黙が続き、何か考え事をしていた二人は、
「それもそうだな」
「よし、兄弟。第二形態だ」
「は?」
双子は両方の牙を手で掴むと、勢いよく下に引っ張って牙を引っこ抜いた。
これには見ていた友人もびっくりした。
「そんな簡単に抜けるのかよ」とつっこみをいれようとして、下から出てきたものにまた驚かされた。
「見て驚けー。これぞ第二形態」
「飲み食い専用、サーベルタイガーの牙。ちょっと小さめー」
「マトリョーシカかよ」
少し小さくなった牙を見せびらかせながら、肩組み合って双子は踊る。
お祭り騒ぎに浮かれる双子は、周りを確認することを怠り、後ろにいた人物にぶつかってしまった。
フレッドの肩がぶつかり、彼女が持っていたカボチャジュースがこぼれてしまった。
「おっと、レディ。これは大変失礼なことを」
「兄弟、気をつけろ。こちらのレディに新しいジュースを・・・・・」
紳士のような口取りで詠っていたジョージの言葉は、彼女が振り返った瞬間途切れた。
美しい漆黒のタキシードを身に纏い、白い半仮面をつけたオペラ座の怪人がそこにいた。
柔らかな癖のある短い髪を後ろでひとつにくくった、美しい怪人は唇を少しだけ上げて笑った。
「大丈夫よ。ただ、怪我だけはしないように気をつけてね」
まるで先生のように双子を諭し、彼女は杖を振ってこぼれたジュースを拭き取った。
仮面で顔の上半分が隠れていても分かる彼女の美貌と、気品ある優雅な立ち振る舞いに、双子は牙をぶら下げて
口を開けっ放しのまま、頬を赤く染めるのだった。
ヴィルヘルムと別れてからしばらく経った。
の心の痛みは、もうほとんど癒されていた。
別れた次の日から、時折思い出をたどって涙することがあったが、それも今ではもうない。
は以前と同じように、恋人のいない日常を過ごしていた。
ただ、変わったことがあるとすれば、
(あ。あの二人、付き合っていたんだ)
以前よりも、他人の交際に目が留まるようになったということか。
それからもう一つは、仲睦まじいカップルが手を繋いでいるのを見ると、少し羨ましいと思うようになったことか。
は白い手袋をはめた自分の手を見つめた。
誰かの体温が恋しいと思うときが、たまにだが訪れる。
誰かと手を繋ぎたい、と思う。
しかし、だからと言って、
「やぁ、君!なんだか久しぶりな気がしますね」
「・・・こんばんは。ロックハート先生」
言い寄ってきてくれる人なら、誰でもいいわけではなかった。
スネイプの秘書を務めるようになってから、ストーキング行為はほぼ皆無になった。
ロックハートに声をかけられるのは本当に久しぶりだった。
懐かしい気もするが、だがこの軽い口調を聞くと、どうしても警戒心が先に立ってしまう。
「素敵な衣装じゃないか、君。凛々しく、気品高く、どこか影があり、まさに君にピッタリだよ!」
「ありがとうございます。先生は仮装されないんですか?」
「いやぁ、本当はツタン・カーメンの衣装を用意していたんだが、仮装は生徒だけと校長先生にとめられてね」
「残念だよ」とがっかりするロックハートを尻目に、は「見ないで済んでよかった」と安堵するのだった。
「ところで、君」
「はい」
「私と1曲、」
「お断りいたします」
ロックハートに全てを言わせず、は威圧的な笑顔で彼を拒否した。
以前追いかけられ続けたことが、かなりのトラウマになっていた。
にあっさりとふられてしまい、肩を落として退散するかと思えば、ロックハートの顔は意外と真剣だった。
苦笑いしながらを誘った。
「1曲だけでいいんですよ。思い出に」
「何の思い出ですか、一体」
「最初で最後の教師生活ですからね。教師として送るハロウィンに、思い出がほしいのですよ。
それも、とびきりの美人と過ごしたという思い出がね」
「そんなこと言っても、何も出ませんよ」
「そう意地悪を言わず。1曲だけ、お手を。レディ」
ロックハートは腰を低くし、うやうやしくの前に手を差し出した。
は肩でため息をつき、ゆっくりと仮面を外した。
「このダンスが済んだら、もう二度と私を追いかけないと約束してくださるなら」
「おやおや、これは手厳しいですね。ですが、・・・まぁよろしい。約束しましょう」
「約束、ですよ」
はロックハートの手に自分の手を重ねた。
その瞬間の、ロックハートの嬉しそうな顔といったらなかった。
だが、本人はそれを隠したかったらしく、慌てて咳払いをして立ち上がった。
彼に手を引かれるようにして、二人はダンスフロアへと向かった。
*
「何をしているのだ、奴は」
せっかく執拗なストーキングから解放してやったというのに、自らダンスの誘いを受けるとは。
おそらくは、ロックハートに同情し、彼の安っぽい言葉を受け入れたのだろう。
愚かなことを、とスネイプは不機嫌そうな顔で職員席からフロアを見下ろしていた。
*
意外だった。
ステップも踏めないのではと思っていた。
だが、予想外にもロックハートは綺麗なステップでをリードした。
目が合うと、白い歯を見せて笑いかけられた。
「先生は、どうして私を追いかけたんですか」
「なぜって、それは以前にも言いましたよ。君が好きだからです」
恥ずかしげもなく言ってのける彼の言葉を、は半分しか信じていなかった。
恋の直球ボールへの対処法もわからず、真っ直ぐすぎる告白をどう受け取っていいか戸惑った。
「好きになった人には、いつもそうやって強引なんですか。相手の気持ちはお構いなしですか」
「まさか。そんなことはありませんが。ただ、ちょーっぴりですが、自分の気持ちを優先してしまうのですよ」
あの執拗なストーキング行為のどこが「ちょーっぴり」なのだろうか、とは思った。
「思ったことは、できるだけ伝えた方がいいでしょう。ただ待っていたって気持ちは伝わらないし、何も手に
入りませんよ。好きな人に『好き』と伝えられず終わる恋ほどむなしいものはありません」
それはロックハートの経験から出た言葉だったのかもしれない。
普段なら絶対に聞き流していた彼の言葉が、今はの心にスッと入ってきた。
「伝えられるときに伝えておいた方がいい。君、私はね。君が好きなんですよ」
もうずっとそう言っているでしょう、とロックハートは至極真面目に言う。
ダンスの曲が終盤にさしかかっていた。
ロックハートのリードでくるりとターンし、最後のステップに入った。
ロックハートの目が、真剣にを見つめていた。
その目を真正面から受け止めながら、は決意していた。
自分のためにも、彼のためにも、このダンスも、彼の気持ちを避け続ける日常も、「終わり」にしなければならない。
「お気持ちは嬉しいのですが、それにお答えすることはできません」
「それは、他に気になる方がいるからでしょうか」
「いえ、そんなことは」
「スネイプ先生が好きだからですか」
「なぜ、スネイプ先生が出てくるのですか?」
全然頭になかった人物の名が出て、は眼をパチクリさせた。
「普段つまらなそうな君が、スネイプ先生と一緒にいるとよく笑っているからでしょうか」
「そんなことないと思いますが」
「無自覚ですか。それは・・・・・いや、失敬。何でもありません」
ロックハートは言いかけた言葉を中途半端に飲み込んで誤魔化した。
(無自覚なのは、それが恋だと気づいていないからでしょうかね)
はぁ、とロックハートは落胆する。
「絶対、私の方が清潔で爽やかで笑顔も素敵だと思うのですが」
「自分で言いますか、それを。まぁ、爽やかという点では、同意します」
ちらりと職員席を見やり、は苦笑した。
曲が終わり、約束のダンスは果たされた。
ロックハートは彼女から一歩退き、うやうやしく胸に手を当ててお辞儀をした。
「至極幸せな時を過ごさせてもらいましたよ。レディ。少しは楽しんでいただけましたかな」
「いえ。全然」
「・・・そこは嘘でも、相手を喜ばせましょう」
「ふふ。冗談です。意外と楽しかったです」
摘んで広げるスカートがないので、も男性がするようにお辞儀をした。
ファントム・オペラのマントを揺らし、彼との関係に幕を下ろした。
顔を上げると、ロックハートの優しい笑顔があった。
はじめて見る、いやらしさのない穏やかな笑顔だった。
そっちの方がいいのに、とは思ったが、口にはしなかった。
「それは結構。私も良い思い出ができましたよ」
ロックハートは自慢のマントを翻し、名残惜しげにフロアを後にした。
彼の背を見送り、は肩で息をつくと、特に理由はなく職員席に目を向けた。
仏頂面のスネイプと目があった。
何がそんなに不機嫌なのか、にはスネイプの心など読めなかった。
先に視線をそらしたのはスネイプの方だった。
それには少しムッとした。
『スネイプ先生が好きだからですか』
ふと、先程のロックハートの言葉が蘇った。
どうしてあんな無愛想な人を?
そんなわけ、絶対にないとは思った。
くるりと踵を返し、は彼に背を向けて歩き出した。
「絶対にない、絶対にない」と、心の中で何度も唱えながら。
命短し 恋せよ乙女
『愛する二人はほとんど無表情で、言葉はなおさら少なく向かい合い、
二人の良い所も悪い所も分かち合おうと努力し合い、互いの心を喜び捧げ持つ』 −スティーブンソン−
季節は秋から冬へと移り始めていた。
教室の移動にマフラーが必要になってきた頃だ。
もスリザリンカラーのマフラーを巻いて、スネイプの研究室のドアを叩いた。
「失礼します。スネイプ先生。です」
入室してすぐ、はいつもと違う部屋の様子に驚いた。
いつもスネイプしかいない部屋に、今日は見知らぬ人物が一緒にいた。
スネイプと向かい合うようにソファーに座っていた。
二人そろっての方へ視線を送られ、は慌てず頭を下げた。
「お客様がいらしていたんですね。すみません、席を外しましょうか」
「いえいえ、お気遣いなく。もう用は済みましたから」
軽く手を挙げてに答えたその人は、年の頃スネイプとそう変わらないように見えた。
醸し出す雰囲気はスネイプと似ているが、見た目は全然違った。
眠そうな細い目は、笑うと目尻に皺が寄り、優しい顔がもっと優しくなる。
とても穏やかそうな人だった。
「スリザリンの監督生ですか」
「いや。我輩の秘書だ」
「え!秘書なんていらしたんですか。スネイプ先輩」
「先輩・・・?」
聞き慣れないスネイプの呼ばれ方に、が反応を示す。
スネイプは面倒くさそうにため息をついて、に彼を紹介した。
「紹介しよう。ジャスティン・ゴートン氏。大学時代、我輩の助手を務めてくれていた」
「今はダイアゴン横丁で薬剤師をしています。よろしく」
「・です。はじめまして」
とゴートンは挨拶をし、握手を交わした。
薬剤師という職業柄か、彼の手は少し荒れていた。
だが大きくて、包み込んでくれそうな手だった。
触れた瞬間、じんわりとした熱がの手を伝って胸に響いた。
「急を要するとき、材料の配達に来てくれる。我輩が不在の際は、に応対を頼む」
「はい、わかりました」
「君はスリザリン寮ですか。私たちの後輩ですね」
のネクタイの色を見て、ゴートンは懐かしそうに目を細める。
「スネイプ先輩の秘書を務めるほどですから、優秀な生徒さんなんですね」
「そんなことありません」
誰かに褒められるのが、なんだか照れくさかった。
苦笑して首を振るを、ゴートンは穏やかな目で見つめた。
その視線に、なんらかの意志や想いを感じたが、それが何かはわからなかった。
「では、先輩。自分は失礼させていただきます。君」
「はい」
「機会がありましたら、またお会いしましょう」
「はい、お気をつけて」
「また面白い薬草が見つかりましたら、お届けに上がりますよ」
「頼む。君も体を大事に」
スネイプが人を気遣う言葉をかけるなんて、とは少し驚いた。
ゴートンは薄幸な笑みを残して、スネイプの部屋を後にした。
ゴートンがいなくなって、杖を振って紅茶セットを片付けるスネイプに、は声をかけた。
「ゴートンさんは、どこかお悪いんですか」
「あぁ。昔から体が弱かったのもあるが、最近はそれに心労が加わっている」
「何かあったのですか」
「それを君に話す必要はあるのかね」
「いえ。単なる興味です」
すみません、とは非礼をわびた。
確か以前も、不躾な質問をして、同じようにスネイプから拒否されたことがあったなと思い出す。
「好奇心が過ぎると、痛い目を見ますぞ」
「気をつけます」
「本当にわかっているのかね」
珍しく深く切り込んでくるスネイプに、は何かあるのかと不思議に思った。
「スネイプ先生は、私のことを心配してくださっているのですか」
他の生徒ではとても言えないようなことを、この少女はスネイプに面と向かって言うことができた。
彼女の性格をもうだいぶわかっていたから、スネイプも不機嫌になることはなかった。
あからさまに疲れたため息をついて、スネイプは彼女に背を向けた。
「君を見ていると、こちらが冷や冷やさせられるのだよ。この数ヶ月で、君が見かけによらず
無防備で無鉄砲な性格だということがわかったのでな」
「そんなことありませんよ」
「しかも無自覚ときている。尚更、目が」
離せんよ、という言葉を出しかけて、スネイプははたと気づいて喉に飲み込んだ。
不自然な言葉の切り方に、が後ろで怪しんでいるのがわかる。
「なんですか?」
「いや。なんでもない」
言う必要などない、とスネイプは思い、誤魔化した。
に対して、自分が妙に過保護になっていることをスネイプは自覚していた。
放っておけばよい、という気持ちと、彼女が悲しんだり泣いたりするのをあまり見たくない、という気持ち。
そのどちらもが、スネイプの中にあった。
止めようと思えば、無鉄砲な彼女の行動を止められる。
彼女が泣かないように、心に傷を負わないように、止めることもできる。
だが、「傍観者である」と言った以上、今はまだ彼女を見守ることしかできない。
次に、彼女がどんな恋をしてくるかわからない。
それでまた彼女が泣くことになっても、スネイプは傍観に徹するのだろう。
そのことに、幾ばくかの憤りを感じ始めた自分に気づきながら、スネイプはそれでも傍観者を演じるのだった。
←
戻
→
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送