ドリーム小説
□■□わたしとスネイプ先生の奇妙な学園生活 <22>□■□
穏やかな顔で眠るスネイプを、は笑顔で見下ろしていた。
保健室の窓からは暖かな陽の光が差し込み、微風はカーテンをふわりと揺らした。
とスネイプを包む、そのすべてが幸せに満ちていた。
傍にいてくれ
スネイプの言葉が、の耳を離れずにまだそこにいた。
幸せな呪縛の言葉だと思った。
永遠に縛られていたいと思える、甘い呪いの言葉だと思った。
は目を細めて笑み、眠るスネイプの髪を撫でた。
スネイプがそこにいるだけで、ただ幸せだと思った。
それは以前のにはない新鮮な想いだった。
体に触れる愛に強く惹かれていたのに、今は相手の存在を認め、愛しく感じることができた。
そのことにが気づくのは、もう少し後になるが。
窓から吹き込む穏やかな風に身を委ねていると、不意にノック音が聞こえた。
「はい」
は反射的に返事をし、座ったままドアの方へと体の向きを変えた。
そして扉が開いて入ってきた人物を見るや、は目元を若干厳しくした。
「何か御用でも、・・・」
入ってきたアルベールは、相変わらず軽い笑顔を浮かべていた。
スネイプが大変なこんな状況で、その空気を読もうとしない彼に、は厳しい顔つきをしたのだが。
だがの言葉は半ばで途切れ、警戒心の強かった目は、呆気にとられたものに変わった。
現れたアルベールは、まるで旅支度のような格好をしていたからだ。
外出用のマントを羽織り、保健室の出入り口付近に中型のトランクを置いた。
それからの目は、扉の入り口に釘付けになった。
そこには、ダンブルドアとマダム・マクシーム、それから魔法省のバッジを付けた役人が数人立っていた。
魔法省の人間はみな、無機質で冷たいロボットのような表情をしていた。
彼らの視線はアルベールの背中から外れることはなく、唇だけが細かく動いて、二人の校長たちに何か告げていた。
アルベールはゆっくりとした足取りでへと近づいてきた。
その顔は、が見たことのない苦笑いだった。
「アルベール・・・・、」
「ん?」
「あなた・・・何をしたの?」
出入り口から漂う張りつめた空気を、は聡く感じ取った。
役人たちの目は、明らかに「アルベールを監視」しているふうだった。
そしてアルベールの笑顔は、まるで降参を認めているような苦笑いだった。
はスネイプを背にして、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
アルベールは一定の距離を取っての前で止まると、笑った。
「お別れを言いにきたよ。。それから、スネイプ教授に」
アルベールはへ、それからスネイプへと視線を向けた。
スネイプはいまだ眠ったままだった。
アルベールはと視線を合わせた。
は明らかに普通ではない空気に、不安な顔をした。
後ろで目を光らせてアルベールを監視する役人たちにちらりと目を向けた。
「お別れって、なぜ。あの人たちは一体誰なの」
「私を捕まえに来た、大変仕事熱心な魔法省のお役人の方々だよ」
アルベールは肩をすくめて、衝撃的な事実をさらりと言ってのけた。
は驚きに目を丸くした。
冗談にしては、魔法省の役人たちの視線は鋭すぎた。
魔法省が動くほどのことをアルベールがしたということが信じられなかった。
「一体何を・・・」
「君が解毒剤を作っている間にね。暇だったので、ちょっと時間旅行に行ってきただけなんだがね。いや、魔法省は厳しい」
「時間旅行・・・?あなた何を言っているの」
は訳が分からないという顔をした。
すると、一人の魔法省の役人がアルベールの後ろに歩み寄った。
とても厳しい顔つきで彼は、
「アルベール・グランは、魔法省の許可なくタイムターナーを使用し、あろうことか過去の世界にそれを置き去りにしてきた
のだ」
「なんですって・・・、」
「今、時間処理班が全力で探しているが、おそらく見つかることはない。グラン氏に尋問しようにも、彼は自らに忘却術をかけ、
置いてきた場所を忘れ去ってしまったのだ。これでは、どんな拷問にかけても無意味に終わるだけだ」
話が進めば進むほど、アルベールを見る役人の目つきは鋭く尖っていった。
アルベールはそんな視線を背中に受けても、ひょいっと受け流すように笑っていた。
ただ、だけが言いしれぬショックを受けていた。
「あなた・・・なんて馬鹿なことを」
「なかなかに刺激的な旅だったけれどね」
「馬鹿を言っている場合なの?自分の立場がわからないの?裁判にかけられるのでしょう。・・・まさか、アズカバンに!?」
「いや、そこまでではないようだよ。勧告と厳重注意だけさ。だが、まぁ確実にこの仕事からは離れることになるけれどね」
だから、お別れだ。
アルベールは、唇の片端をにっと持ち上げて笑ってみせた。
そして、後ろに立つ魔法省の役人を振り返り、アルベールは非常識にも同じように笑って見せた。
「最愛の人に別れの言葉を告げたいんだけれど。二人きりにはさせてもらえないのかな」
「君は、自分が置かれた立場を理解していないのかね」
「いや。よーくわかってはいますがね。彼女とはこれが今生の別れかもしれないのだから、最後にちょっとくらいいいでしょう。
どうせもう杖も取り上げられているのだから、魔法も使えませんし」
アルベールは策士らしい笑みを役人に向けた。
役人は苦々しい顔をしてみせ、それから扉付近に立つ他の役人に目配せをした。
唇を素早く動かしてコンタクトを取ると、役人たちは神妙な顔で一度頷いた。
「15分だ。それ以上は許可できん」
「上々です。感謝しますよ」
アルベールはわざとらしく両手を合わせると、ニッと笑って見せた。
役人たちはちらちらとアルベールを振り返りながら、保健室を出て行った。
扉が閉じ、室内はとアルベール、眠るスネイプだけになった。
状況が上手く飲み込めないに、アルベールはパンと軽く手を合わせた。
「さて、ね。邪魔者もいなくなったところで」
「話を・・してくれるのね」
「あぁ。それじゃぁ、できたての昔話をしようか」
アルベールの声に応えるように、春の風がカーテンとの短い髪をふわりとなびかせた。
*
時間を遡る。
が蜘蛛の大群に襲われ、それを危機一髪のところでスネイプが救い出した。
スネイプは保健室に運ばれ、は決意を一心に調合室にこもり、解毒剤作りに専念していた頃だ。
アルベールは、突如部屋のテーブルに現れた金色の砂時計を手に持ち、ホグワーツの温室を目指して走っていた。
その砂時計を手にした瞬間、アルベールの頭は高速で回転し、一つのシナリオを一瞬で作り上げてしまった。
なぜスネイプがを助けに森へ来たのか。
なぜ予言で死ぬはずだったが助かることができたのか。
そして、なぜ自分の部屋にタイムターナーが存在したのか。
それら全ての謎が解け、事態が好転する最善のシナリオを一瞬で作り上げてしまったのだ。
アルベールは温室付近に人がいないか十分に確認した。
辺りを何度もうかがった。
「・・・・・?」
本の一瞬だが、誰かに見られているような気がしたが、人の姿は見えなかった。
アルベールは一つ息をつくと、慎重に砂時計を数回ひっくり返した。
すると、アルベールの周囲が疾風の如く景色を逆戻りさせていった。
まるでビデオテープの逆再生のように、超高速で時を遡っていく。
そして、アルベールが戻りたい過去の世界で、周囲の動きは止まった。
「(戻ったのか・・・?)」
アルベールの頬を不安の汗が流れ落ちた。
温室の陰から身を乗り出して辺りを見回してみるも、何も変わっているようには見えなかった。
アルベールは疑心に眉をひそめた。
だが不意に彼の耳に、「ここが過去の世界」である証明たる声が聞こえてきた。
それは、今アルベールがいる場所から少し離れた湖畔からだった。
「では、薬草学の野外実習を始めます。マリア。全員そろっているかしら」
「先生。ロベルトがいません」
「またロベルト?もぉ、何をやっているのかしらね」
「朝、寝癖が直らないと慌てていたので、たぶんもうすぐ走ってくると思います」
「何を今更。あの子の頭から寝癖が消えたことの方が少ないでしょうに」
手を腰に当ててため息をつく教師に、周りの生徒たちはけらけらと笑っていた。
のどかな風景だった。
穏やかでのんびりとした、それはこれから訪れる危険など微塵も感じさせない日常風景だった。
アルベールは遠目にたちの姿を確認し、引きつった笑いを浮かべた。
確かに、ここは「過去」だった。
の身に危険が及ぶ、数十分前の光景だった。
「(戻った・・・)」
アルベールは金色の砂時計を慎重にポケットにしまうと、がいる湖畔に背を向けた。
全速力で駆けだした彼の足は、迷うことなく暗い地下牢に向かっていた。
明るい回廊を抜け、徐々に薄暗くなっていく地下への道を駆け抜けた。
途中、ホグワーツの生徒とすれ違い、アルベールの必死な姿に振り返られたが、彼は気にする余裕もなく走った。
走って走って走って、アルベールが探し求める人物の黒い背中を見つけると、彼は大きな声で呼んだ。
「プロフェッサー・・・っ、」
アルベールの必死な声は、地下の壁に反響し、暗闇の中に吸い込まれていった。
呼ばれた黒衣の男はゆっくりと振り返り、アルベールを見つけるとあからさまに嫌な顔をして見せた。
*
はアルベールの話を途中まで聞くと、衝撃に口を押さえた。
視線は泳ぎ、顔色は白くなっていった。
アルベールは自分の占いに出た、に訪れるはずだった死の予言についても話した。
も、アルベールの占術の能力が非常に高いことは知っていた。
そして、普段はおちゃらけたアルベールも、こと占いに関しては真剣で、決して偽りなく語ることも知っていた。
だから、アルベールが嘘を言っているとは思えなかった。
でも、アルベールの占いに出た自分の運命が真実だとするならば・・・、
そう考えると、の顔から徐々に血の気が引いていった。
「怯える気持ちはわかるさ」
アルベールは軽く肩を揺らした。
あの野外実習の日がの死する日だっただなんて。
そんなことを聞かされて、平気でいられるはずがなかった。
の唇は震えていた。
「私はあの日、死ぬはずだったのね・・・」
「あぁ」
「私が、死ぬはずだった・・・。でも私、生きている。それは、」
「あぁ。スネイプ教授が命を捨てて助けに行ったからだ。そして、運命の牙は教授に向いた。君の代わりに教授が死ぬはずだった
のが、予言はまた変わってしまった。結果として君が作った薬で一命を取り留めたわけだ」
アルベールは、の後ろで眠るスネイプに視線を向けた。
は混乱しそうな頭を整理しようと、こめかみに指を添えた。
「アルベール。あなたが、時を遡ってスネイプ先生に伝えてくれたのよね。私に危機が迫っていることを」
「あぁ」
「なぜなの」
「なぜって。なんだい。助けてほしくなかったのかい」
「違うわ。なぜ、タイムターナーなんて危険なものを使ってまで、スネイプ先生に伝えに行ってくれたの。助けるだけなら、
他にもたくさん手段があったはずだわ。それを、なぜ先生に」
には、アルベールの真意がわからなかった。
だがアルベールは、感心するように笑った。
「スネイプ教授と同じことを訊くんだな。やっぱり喧嘩していても、心は繋がっているのかな」
「え?」
「これから話してあげるよ。なぜ教授に伝えたか、だったね。答えは簡単さ。『見てみたかった』からだ」
「何を、」
「愛の力が、果たして予言を変えうるのか。人が、愛する人のために命を捨てることができるのか、をね」
アルベールは、まるで実験に依存した科学者のような顔で信じられないことを言ってのけた。
は言葉にならず、怒ることもできず、ただただ呆然としていた。
*
再び時間を遡る。
授業帰りのスネイプはローブと教科書の類を小脇に抱えていた。
アルベールはスネイプに粗方の事情を話して聞かせた。
スネイプは怪訝な顔をしながらも、とりあえず話を全て聞きはした。
アルベールの見たことのない真剣な表情に、その話が嘘ではないらしいということは伝わってはきた。
だが、アルベールに対して積もりに積もった怒りと不満は強く、今更素直に彼に従うことはできなかった。
「それで。我輩にそのおとぎ話のような話をして、今すぐ禁断の森にを助けに行けというのかね」
「えぇ。それが王子様のお役目ですから」
「不可解だな。彼女に降りかかる運命を知っていて、何故貴様が助けに行かんのだ」
「それは、」
「わざわざ我輩のところへ来ずとも、貴様が救い出し英雄を演じれば、彼女は貴様のものになるのではないのかね」
スネイプは皮肉な顔で笑った。
確かにそうかもしれないとアルベールは思った。
スネイプの言っていることはわかるが、だがそれをしてしまったら、未来がまた違うものに変わってしまう。
それにアルベールが、過去の自分と鉢合わせしてしまう可能性も高い。
今の自分が未来からやってきた人間だとスネイプに話せたらどんなに楽か、とアルベールは思った。
アルベールは逡巡していた。
そんなアルベールの心を知ってか知らずか、スネイプはアルベールを挑発するようなことを言ってきた。
「今年中に彼女を我輩から奪うと、貴様は言っていたではないか。それも容易いことだと。だとすれば、これは貴様にとって
好機であろう。貴様が彼女を危機から救い出してやれば、今度こそ体だけでなく、彼女の心も奪えるのではないのかね」
スネイプらしからぬ投げやりな物言いに、アルベールは呆然とした。
まるで自分の言葉で自分自身を傷つけているようだった。
そしてを捨てるような言い方に、アルベールも感心しなかった。
「彼女を見捨てるのですか。スネイプ教授」
「その言い方は、我輩に助けに行けと言っているも同然だ。それが気に喰わん」
スネイプは細く鋭い目でアルベールを流し見た。
スネイプのその横顔を見た瞬間、アルベールはあぁと何かに気づいた。
そして、人を馬鹿にしたような顔で、喉の奥で笑った。
「くくっ。なんだ。結局、こんなときでも優先するのはご自分のプライドですか」
アルベールは片眉を上げ、もう一方の眉を下げて笑った。
スネイプを嘲笑うかのように。
その表情に、静寂を保っていたスネイプのこめかみに青筋が浮き立った。
スネイプはぎりりと奥歯を鳴らし、怒鳴りつけてやろうと唇を開いた。
だが、アルベールの言葉の方が一瞬早く、スネイプの口を閉ざさせた。
「若造が知った口をっ、」
「えぇ、幾らでも言いますよ!あなたは!を愛していると言いながら、つまらない男のプライドで彼女を見殺しにする、
私以上に最低な男だ!!」
アルベールの激昂は、地下の壁に反響し、暗闇に吸い込まれていった。
アルベールは鋭い目でスネイプを睨み付けた。
厳しくスネイプを諫める目だった。
アルベールの心が映し出されていた。
滅多に他人に心を見せることなどない、それはアルベールの真実の言葉だった。
「少しはの気持ちも考えてやったらどうですか。は、あのときからずっと悩み苦しんでいるというのに」
「黙れ。こんな状況にした貴様に何が分かる」
「えぇ、わかりますとも。少なくとも、プライドが邪魔して彼女から目を背けている今の貴方よりはずっとね」
「なんだと、」
「今の貴方は、全く彼女を見ていない。他の男に寝取られ穢れた彼女を、もう用済みのような目で見ている。なんですか。
貴方に愛されるには、生涯純潔の処女でいなければいけないのですか。清廉潔白でなければ貴方の恋人は務まらないと。はは。 本当に馬鹿げている」
アルベールはわざとらしく両手を挙げ、悪役を演じた。
アルベールが何か言えば言うほど、スネイプの表情をどんどん険しくなっていった。
だが、スネイプが反論してくることはなく、静かにアルベールの話を聞いていた。
「私が彼女を誘惑し騙し体を弄び傷つけたというのに、それすらも彼女の失態だと貴方は言う。彼女の油断が原因だと、彼女を
責める。愚かだ。そんなに心配なら、彼女に貞操帯と首輪をつけて傍に置いておけばいい」
アルベールは語気を強めて言い切った。
スネイプから目をそらさず。
「今の貴方は、最低だ。私よりも最低で愚かな男がいるなんて、可笑しくて笑ってしまいますよ」
アルベールは真正面からスネイプを見つめ、薄く笑った。
アルベールの心が流れてくるようだった。
スネイプは、黙ってそれを聞いていた。
もちろん、面白いわけがなかった。
年下のいけ好かないフランス人にいいように言われ、今すぐにでも杖を取り出して吹っ飛ばしてやりたかった。
だが、何故だろう。
自分を真っ直ぐに睨み付けてくるアルベールを見れば見るほど、その姿がぼやけていった。
顔立ちも性格も、笑い方さえも全くと言っていいほど似ていないのに、スネイプの目の前に立つアルベールとゴートンの姿が
一瞬重なって見えたのだ。
『大切に想うあまり、無垢であることを女性に強要しすぎてしまう。また、当人も節操を遵守しすぎて、己が身を滅ぼすことに
なるでしょう』
かつて、ゴートンに言われた言葉がアルベールのそれと重なったからだろうか。
アルベールと重なるような形で、ゴートンはそこにいた。
あの頃と変わらない優しく穏やかな笑顔でスネイプを真っ直ぐに見つめていた。
『あの子のことを助けに行かなくていいのですか。スネイプ先輩』
あなたは冷たいように見えて、実は愛情が深く、愛した女性は命に代えても守ろうとする騎士道を胸に秘めている。
あのとき言われたことを繰り返し、諭されるように言われた。
覚えているのでしょう、とゴートンは微笑む。
こんなときまでいい加減にしろ、とアルベールを前にしてスネイプの表情は僅かに和らいだ。
そのことにアルベールは気づき、眉をぴくりと動かした。
だがすぐにスネイプは表情を引き締め、アルベールを斜に見下ろした。
「屈辱だな。自ら最低と言い切る男にそこまで言われるのは」
「そうでしょうね」
「我輩から言わせれば、貴様は最低というよりは単なる卑怯者に過ぎんがな。無断で人の姿を借り、我輩の女に手を出してぼろ
ぼろにしたその罪。貴様が死ぬ日まで許すつもりはない」
スネイプは冷たい声でそう告げると、行動に出た。
スネイプは小脇に抱えていたローブを羽織った。
杖を軽く振ると、持っていた教科書類が姿を消した。
アルベールは僅かに期待を込めてスネイプを見た。
スネイプはローブの中に杖をしまうと、
「は禁断の森のどこにいる」
横目でアルベールに場所を問いかけた。
スネイプの心が、ゆっくりと解けて動き出したのがわかった。
アルベールは笑みをぐっと押し隠し、詳細な場所を伝えた。
スネイプは何も言わず、黙って聞き終えた。
アルベールはほっとし、これでお役ご免だと肩の力を抜いた。
スネイプの影が、アルベールの方を向いた。
「グラン」
「はい?」
珍しく名前を呼ばれてアルベールはスネイプの方を振り返った。
何が起こったのか理解する間もなく、アルベールの頬にスネイプの握り拳が勢いよく飛んできた。
アルベールは頬を力一杯殴りつけられ、たたらを踏み、壁に背を預けた。
頬骨に走る激痛に眉をひそめた。
口端から赤い血が一筋流れ落ちたのがわかり、アルベールはそれを親指の腹で拭った。
不意をついて突然何をするのかと、アルベールはスネイプを睨みつけた。
だがスネイプは、不敵な顔で笑っていた。
「頬一発で済んでありがたいと思え」
厳罰を与えようと思えば、魔法で幾らでも与えられた。
だが、アルベールの頬に走る痛みは、自らの手で与えてやりたかった。
そうしてスネイプの殴った手に走る痛みが、への償いだと思った。
アルベールはあからさまに眉を寄せ、血の混じった唾を吐き出した。
そして、おもしろくもないのに笑った。
「制裁を加えるのが、随分と遅いんじゃありませんか」
「そうだな。もっと早く、こうしておくべきだった」
「えぇ。あのとき、ではなくこうして私を殴っておけば良かったのに」
「あぁ、初めて意見が合ったな。我輩も今、同じことを考えていたところだ」
あのとき、自分の激情に任せての頬を張ってしまったことを、スネイプは後悔していた。
あの時向けるべき怒りは、他にあったというのに。
遅くなりすぎた制裁は、殴った方も殴られた方も互いに痛みしか残らない。
アルベールは痛む顎に手を当て、骨格を確認するように何度もさすった。
「しかし手加減なしとは・・・。今の一発で、私の罪はチャラですか」
「勘違いするでない。貴様の所業を許すつもりなど毛頭ないわ。本当ならば、今すぐにでも息の根を止めてやりたいところだ。
今日のところは、一発で終わらせてやる」
それは、の危険を教えに駆けつけてくれたことへのスネイプなりの感謝の思いだった。
もちろん、それを表に出すことはなかったが。
スネイプはローブを翻し、今度こそアルベールの横をすり抜けていった。
遠目に、スネイプが殴った方の手を二、三度振ったのが分かった。
なんだ、自分だって痛かったんじゃないかと、アルベールは腰に手を当てて鼻を鳴らして笑った。
スネイプが駆けだしたのを見て、アルベールは壁に背を預けてため息をついた。
「いつ・・・。くそ。思いっきり殴ってくれて」
今更ながらにずきずきと痛み出した頬に、アルベールは手を当てた。
殴られて歪む表情とは裏腹に、アルベールの気持ちはどこかすっきりとしていた。
これでようやく自分の役目は終わった。
ほぉとため息をついて、アルベールは、いやまだ終わらないのだったとローブの中の砂時計に触れた。
アルベールには、まだ一つやらなければならないことが残っていた。
のために。
そして、スネイプのために。
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