ドリーム小説
は息を切らして走り、転がるように保健室に足を踏みいれた。
中では、マダム・ポンフリーがずっとスネイプの看病を続けていてくれた。
ダンブルドア校長も同席していた。
二人はの姿を見ると、はじめとても驚いた顔をした。
なぜなら、彼女の容姿に大きな変化があったからだ。
は息を整えると、ゆっくりとスネイプのもとへと歩み寄った。
ベッドで横たわるスネイプは、一昨日よりも顔色が悪くなっていた。
息もほとんどしていなかった。
まるで死んでいるような姿に、は世界で一番の恐怖を見たような気がした。
「先生は・・・、」
「大丈夫よ。スネイプ先生は、ずっとこの状態で寝ているわ」
ただ、脈は確実に弱くなっているとマダムは言った。
は意を決した表情で、持っていた小瓶をマダムに差し出した。
「マダム。これを使っていただけませんか」
「これは?」
「呪詛蜘蛛の毒に対する血清です」
「呪詛蜘蛛の血清ですって?あなた、どこでこれを手に入れたの。まだ存在すらしない薬を、」
「私が調合しました」
の言葉に、マダムもダンブルドアも目を見開いて驚いた。
信じがたいことだった。
医学書にも載っていない精製方法を、目の前の若き薬草学教師は生み出してしまったというのだ。
通例、新種の魔法薬というのは100歳を越えるような大魔法使いが長年の研究を経て作り出すものだった。
それを僅か数日で作り出してしまうの、おそらくは本人すら気づいていない内に秘めた才能に、ダンブルドア
も笑うことを忘れた。
末恐ろしい娘だと思った。
ダンブルドアの見つめる先で、は心配そうにスネイプを見下ろしていた。
□■□わたしとスネイプ先生の奇妙な学園生活 <21>□■□
ねぇ、スネイプ先生。覚えていますか?
覚えていますか、私とあなたの最初の出会いを。
8年前、10才の小さな女の子が初めてホグワーツの門をくぐったときのことを。
緊張しながら組み分けの儀式を行い、私の頭上に載せられた帽子は高らかとスリザリン寮を指名しました。
寮監であるあなたが紹介され、周りの生徒たちは手を叩いて賞賛しました。
「スリザリンへようこそ」
「歓迎するよ。さぁ、あちらにいらっしゃるのが寮監のスネイプ先生だ」
「・・・・」
でも私は無表情であなたからあからさまに目をそらしました。
まさかあなたが寮監になるなんて思ってもみなかったから。
わからないでしょうね。きっとあなたは覚えていないでしょうね。
それは、組み分け儀式が始まるちょっと前のことです。
私は初めてのホグワーツ校内で道に迷っていたのです。
そのとき偶然通りかかったのがあなたで、私は戸惑いながらも勇気を振り絞って道を尋ねようとしたら、あなたは、
「あの、」
「何を勝手にうろついている。間もなく組み分け儀式が始まるというのに」
「あの・・・道に迷ってしまって、」
「は。迷子かね。君のような愚図は、きっとグリフィンドールかハッフルパフに選ばれるのだろうな」
そう言ってあなたは小さな私を見下して笑ったのですよ。
私は突然のことにびっくりしてしまいました。
そしてすぐに沸々と怒りがこみ上げてきました。
幼いながらに、今後絶対この人には近づかないと誓いました。
それなのに、組み分け帽子はなんて意地悪なのでしょう。私をスリザリンに指名するなんて。
それからしばらくは、自分がスリザリンであることも寮監があなたであることも納得がいかずに過ごしました。
小さな私はこんなにも怒っていたというのに、あなたときたら私を叱って嘲笑したことなどすっかり忘れていましたね。
初めての魔法薬学の授業を覚えていますか。あなたが出した難解な質問に、私がちょっと良い解答をしたら、
「ほぉ。素晴らしい答えだ。流石はスリザリン生だな」
なんて調子の良いことを言って笑ったのですよ。
あなたという人は、本当に調子が良い。私は呆れてしまいました。
でもね。
褒められたことが嬉しくなかったわけではないのですよ。
あんなにあなたのことを毛嫌いしていたのに、あなたのその一言と、初めて見せてくれた小さな笑みに、
幼い私は、あなたを嫌っていたことなどすっかり忘れてしまったのですよ。
こどもの思考ってなんて単純なんでしょうね。
それ以来、私はあなたを見てあからさまに目をそらすこともなくなり、尊敬する寮監として見るようになりました。
敬愛する寮監として6年間あなたの師事を受けてきましたが、まさかホグワーツ最後の年に、あなたと恋に落ちるなんて。
入学したばかりの頃の私が知ったら、何て言ったでしょうね。
「未来のわたし、はやまらないで!」
絶対こう言ったに違いないわ。
「他にも素敵な男性はたくさんいるわ。幸せになりたいならやめなさい!」
そうですね、素敵な男性はたくさんいるかもしれませんね。
でもね。
私が一緒にいて幸せだと思う人は、あなた以外にはありえないのです。
世界が終わるときは、あなたに傍にいてほしい。
あの願いは、今でも変わることはありません。
ねぇ、聞こえますか?私の声が。
「あなたがいる世界が、私の生きる世界です」
あなたと共に生きていきたいんです
あなたと共に朽ちていきたいんです
アルベールが遅れて保健室にやってきたときには、はスネイプの傍で、自分の両腕を枕にしてすやすやと
眠りについていた。
飲まず食わずに眠らずで調合室にこもっていたためか、の顔色はスネイプと同じくらい悪かった。
ベッドサイドに、空になった薬瓶が置かれていた。
が薬を完成させて、スネイプに飲ませたのだとわかった。
アルベールもまた、の姿が変わってしまったことに少なからず驚いた顔をした。
ダンブルドアは振り向くと、アルベールに向かってにこりと笑った。
そして、
「長旅、疲れたじゃろう。ご苦労であったな。グラン先生」
意味深なその言葉に、マダムは不可思議な顔をした。
アルベールだけが、その言葉の意味を理解できた。
それゆえに、アルベールは表情を凍らせた。
目の前に立つ大魔法使いは、全てを知ることのできる神のような存在だった。
敵わない、と一瞬で判断した。
アルベールは観念した顔で、苦笑いした。
アルベールは、丸まったの背中を見下ろした。
華奢な背中は、寝息に合わせてゆっくりと上下していた。
それに合わせて揺れる蜂蜜色の髪へと、アルベールは視線を向けた。
「似合わないな。もったいないことをして」
「それほど、恩師への想いが強いということじゃろう」
「恩師ね。女性の命とも言える髪まで捧げてしまえるなんて、随分な忠誠心ですね」
アルベールの言葉は刺々しかった。
細く鋭い目で、の短くなってしまった髪を睨むように見つめた。
背中の中程まであったの長く美しい髪は、今は肩口で揺れていた。
まるで学生時代のような軽やかさに、ただでさえ若い教師が、学生のようにすら見えた。
「捧げるのなら、何も髪でなくてもいいでしょうに。血の一滴でも十分事足りたのでは」
「古来より、魔女の力が最も強く宿るのは毛髪だと言われておる。それは長ければ長いほど強力な魔力が秘められておるとな」
「だからといって、何もこんなにバッサリ切らずと」
「彼女なりの決意表明ではないのかね。あるいは、償いにも似た何かか」
償い。
アルベールには、合点がいくものがあった。
が髪を堕としたのは、魔力の調達よりもそちらの理由の方が強い気がした。
アルベールによって傷つけられたスネイプとの絆を取り戻すため。
アルベールによって穢された自分の身を切り離し、スネイプへの愛を証明するため。
毎日手入れを欠かさず、長い時間をかけて伸ばした髪を、彼女は躊躇うことなく切り捨てたのだろう。
スネイプのために。
*
「君の覚悟はよくわかった。じゃがのぉ、それは危険を伴い、失敗する確率だって高い」
ダンブルドアは、の才能を認めていないわけではなかった。
だが、彼女の提案は無謀とも言えるものだった。
だからダンブルドアはの身を案じ、最後にもう一度彼女を説得した。
「魔女の髪には、確かに強い魔力が秘められておる。それこそ、宿主の分身とも言えるほどにの。それ故に危険性も高く、
昨今では使用する者もほとんどおらぬことは君もよくわかっておるはずじゃ」
ダンブルドアの言っていることはもよく分かっていた。
強い魔力を秘めた髪を使えば、失敗したときにそのしっぺ返しは髪の持ち主に返ってくる。
もし、が作った薬が効かずにスネイプの命が危険に晒されれば、それはにも返ってくる。
「スネイプ先生だけでなく、君も命をおとすことになるのじゃぞ」
ダンブルドアは厳しい目でを諭した。
だが、彼女の意志が揺らぐことはなかった。
「惜しくありません。スネイプ先生のためなら」
はこんな状況なのに、穏やかな顔で笑っていた。
生きるのも死ぬのも、スネイプと一緒がいいと。
彼女の意志は固く、誰にも止めることはできなかった。
*
ダンブルドアの話を聞き終えたアルベールは、保健室を後にし、廊下の壁に背を預けていた。
の決意を聞いたら、アルベールは何だか力が抜けてしまった。
あれだけ二人の仲を掻き乱して、壊れる寸前まで追い込んでも、結局二人の絆を切ることはできなかった。
今もは、スネイプのために命をかけている。
そしてスネイプもまた、のために命をかけたことを、アルベールは知っていた。
「(最初から立ち入る隙なんてなかったってことか・・・。無駄骨だったな)」
素直に負けを認められないアルベールは、「つまらないな」と強がりを言ってがしがしと頭をかいた。
そしてローブのポケットに手を突っ込んで、金色の鎖が繋がった砂時計を掴んだ。
アルベールの部屋に忽然と置いてあったタイムターナー。
過去を変えることで、予言した未来をも変えうる力を持つ、恐ろしい砂時計。
ちょっと力を入れれば、粉々に砕けてしまうであろう脆い砂時計。
今壊してしまえば、きっと未来はまた変わるだろう。
が哀しみにくれる未来へと変わることだろう。
アルベールは、砂時計を握る手に力を込めた。
「・・・・・」
だが、壊すことはできなかった。
何がアルベールにそうさせたのかは、彼自身にもわからなかった。
スネイプは、闇色の海の中を漂っていた。
体にまとわりつく黒い水はへどろのように重く、まるで呪いのようだった。
体が重たくて、どんどん底へと沈んでいってしまう。
水面を目指そうとしても、手足が重くて上がらないのだ。
息も苦しくなってきた。
最早どうにもできない、と諦めようと思ったときだった。
また、あの暖かな光がスネイプを抱くように包み込んだ。
(あぁ・・・、また君か)
誰だったかは覚えていないが、その暖かさには覚えがあった。
光は、声にならない声でスネイプの名を呼んだ。
光は泣いていた。
スネイプは、名前の知らない光に、いつの間にか愛着がわいていた。
スネイプは、動かない腕を無理矢理起こして、光の背中を撫でた。
(君まで沈んでしまう・・・。放れたまえ)
スネイプは優しく光を撫でた。
だが、光はいやだと首を振った。
スネイプの体はゆっくりゆっくりと海底へと向かっていた。
底へ近づけば近づくほど、スネイプにまとわりつく光も色が薄らいでいった。
スネイプは焦った。
(このままでは君も消えてしまう・・・。もういい・・・、放せ)
スネイプは、淡い光の頭を撫でた。
ここまでで十分だと伝えた。
それなのに、光は放れようとはしなかった。
強情にしがみつく光に、スネイプはため息をついた。
(我が儘は、変わらんな・・・。また我輩を困らすのかね)
スネイプは朧気な記憶を頼りに光に話しかけた。
すると、光が反応した。
顔を上げて、スネイプの顔をじっと見つめた。
しばらくして、光はスネイプの体から手を放した。
ようやくわかってくれたかと、スネイプは目を閉じた。
ぬくもりが放れていくのは少し惜しくもあったが、道連れにしなくてすむと思えば楽だった。
スネイプは、これで一人で堕ちていくのだと覚悟を決めて、意識を手放そうとした。
だが、気を抜いたところに突然頬に温かい感触が触れて、驚いて目を開けた。
目の前に、放れていったと思っていた光がいた。
光はスネイプの頬に手を添えて、まるで怒っているようだった。
触れただけのそれが、光が怒ってスネイプを叩いたのだと気づくのに時間を要した。
光は言った、あのときのお返しですと。
光は言った、ずっと我慢してきたのだから我が儘くらい聞いてくださいと。
スネイプは呆然とした。
光は言った。
あなたと共に生きていきたいのです、と。
あなたと共に朽ちていきたいのです、と。
そして光は、笑った。
『あなたがいる世界が、私の生きる世界です』
生きるも死ぬも、あなたと一緒がいいと光は言った。
世界が終わるときは、傍にいてほしいと。
それは唐突に、スネイプの脳裏を掠める記憶の断片があった。
スネイプは目をつむった。
暖かな温室、その隅で咲く一輪の蒼いバラ。
蜂蜜色の短い髪を揺らして、彼女が振り返る。
彼女は、笑っていた。
スネイプ先生、と彼女は細くしなやかな腕を差し出す。
彼女は誰だ。
わからない。
わからないのに、スネイプの胸は熱くなった。
彼女が差し出す手を掴もうと、スネイプは手を伸ばした。
触れた手はあたたかで、スネイプはゆっくりと目を開けた。
闇色の海の中で、スネイプが掴んだのは光だった。
光は、あたたかかった。
世界が終わるときも、こうして傍にいてほしいと思った。
いつまでも、ずっと・・・、
『愛しています。スネイプ先生』
光は優しく囁き、そしてその姿をはっきりとさせていった。
スネイプの頭を優しく胸の中に抱く、母のような女だった。
スネイプは光に身を委ね、ゆっくりと目を閉じた。
忘れていた光の名を、愛しい者の名を呼んだ。
愛している
・
スネイプはゆっくりと瞼を押し上げた。
白い天井がぼんやりと見えた。
視界の中に、さらさらの蜂蜜色の髪が映った。
ぼやける視界に、スネイプは眉を寄せた。
スネイプ先生、と自分を呼ぶ声が聞こえた。
スネイプは何度も瞬きをした。
ゆっくりと視力が戻ってきた。
自分の顔をのぞき込む女の姿がはっきりと見えた。
それは、心配そうな顔をしただった。
だが、不思議なことにの髪は肩口で短く切りそろえられていた。
学生時代のの姿に、スネイプは目をゆっくりと細めた。
「(あぁ・・・これは、夢か)」
夢ならば、このまま覚めずにいてほしいとスネイプは願った。
これは、彼女とつきあい始めたばかりの一番幸せだった頃だ。
は泣きそうな顔でスネイプを見下ろしていた。
「(泣くな・・・)」
愛しいお前を泣かせるのは誰だ。
スネイプは、ベッドから手を出し、ゆっくりとの頬に手を伸ばした。
暖かい感触がスネイプの手のひらに広がった。
夢の中で触れた光と同じあたたかさに、スネイプは安堵した。
*
「スネイプ先生・・・・」
切ない声がスネイプを呼んでいた。
スネイプははっきりと意識を取り戻した。
が、目に涙を浮かべて自分を見下ろしていた。
スネイプの手がの頬を包み、はその上に自分の手を重ねていた。
スネイプの手に触れる彼女の髪は、やはり学生時代のように短くなっていた。
夢だと思っていたことは、現実のことだった。
スネイプは乾いた唇を開いて、声を絞り出した。
「切って、しまったのかね・・・」
数日ぶりに聞いたスネイプの声はひどく掠れていた。
それはまるで、何日も洞窟に閉じこめられてようやく解放された者のようだった。
「学生時代のようだな・・・。幼く見える」
スネイプは疲労の濃い顔で、薄く笑った。
スネイプの笑顔などいつぶりだろう。
それだけでの涙腺は緩んだ。
は目に涙をためて、泣きそうなのをこらえて笑った。
傍にいたダンブルドアとマダム・ポンフリーも安堵のため息をついた。
マダムはスネイプの脈を取り、額に手を置いた。
「意識はあるかね、セブルス」
「はい・・・はっきりとはしませんが」
「上々じゃよ。生きていてくれてよかった」
ダンブルドアは目を細めて笑った。
マダムは、どこも異常はありませんと皆に告げた。
むしろ、ゆっくりとだが回復に向かっていると驚いていた。
「彼女に感謝せねばならんのぉ、セブルス。ミス.が命がけで君の解毒剤を作ったのじゃよ」
「・・・が、」
スネイプはに視線だけを向けた。
目が合うと、は肯定するように苦笑した。
ダンブルドアは、二人の間に流れる空気を聡く読み取った。
マダムの肩を叩いて促すと、ダンブルドアはとスネイプに声をかけて保健室を後にした。
二人だけ残され、とスネイプはしばらく見つめ合った。
「君が、蜘蛛の血清を作ったのかね」
スネイプは疲労があるのか、ゆっくりとした口調で問いかけた。
は頷いた。
短くなった髪が、軽やかに揺れた。
「見事だ。まだ誰も完成させたことのないものを」
「先生がくださった、あの蒼いバラのおかげです。あの花の成分が、新薬の可能性を広げてくれたのです」
「そうか。だが、その可能性に気づくことができたのは君の才能あってだ。誇りに思っていい」
スネイプは深く息を吸い込んで、目を閉じた。
そこで話は終わりだと言われたようで、は胸が痛んだ。
は眠ったように目をつぶるスネイプに問いかけた。
「何故、助けてくださったのですか」
スネイプは、ゆっくりと時間をかけて目を開けてを見た。
スネイプは無表情で、に続きを促した。
は形の良い眉を歪めた。
「わがままばかり言ってあなたを怒らせて、挙げ句の果てに裏切りにも似た行為をしてしまったのに」
「そうだな」
スネイプの相づちは短かった。
だが、その短い返事がにとってはとても重たかった。
は今でもずっと罪の意識に苛まれていた。
許されないことをした自分を強く責めていた。
スネイプは一生許してくれないと覚悟していた。
それでも、自分を助けに来てくれた。
スネイプの気持ちが、は知りたかった。
「我輩も、愚かなことをしたと思っていたところだ」
スネイプの言葉は厳しく容赦なかった。
も覚悟を決めて、スネイプから視線をそらさなかった。
「君を助けたところで、何のメリットもない。わがままで軽率で、ふらふらと遠くに行っては男どもに惚れられて、いいように
振り回されて、ぼろぼろになって帰ってくる。美しいだけが取り柄の蝶々のようにな」
スネイプに好き勝手言われても、は反論できなかった。
どれもこれもが、当たっていたからだ。
「我輩に傍にいてほしいと言っておきながら、自らフランスへ離れていきおって。そのくせ、寂しいなどと言う」
「・・・・・」
「本当に、勝手な女だ」
スネイプは、小さなため息をついた。
それはずっとスネイプの中で燻っていた、への本心だった。
スネイプが初めて見せた我が儘だった。
そして、
「我輩を助けるためだけに、髪まで切ってしまいおって」
スネイプはやつれた手を伸ばし、の短くなった髪に触れた。
厳しい言葉とは裏腹に、その手つきは優しく慈しむようだった。
「せっかく美しく、似合っていたのに・・・・もったいないことを」
スネイプは本当に悲しそうな目でを見つめた。
だがそこに、に向けた怒りや失望はなかった。
スネイプは、真っ直ぐにだけを見つめていた。
優しい気持ちで。
「君は、我が儘で愚かだ」
スネイプの言葉に、ははっきりと「・・・はい」と答えた。
厳しくも、それがスネイプの愛情だとわかっていた。
「恋愛下手なくせに、愛する気持ちは強くて、相手に自分の想いを押しつけたがるから、すぐに衝突する」
「はい・・・」
「我輩と同じだな」
スネイプは、片方の眉を下げて笑った。
スネイプはの頬にそっと手を添えた。
傷を癒すように、優しく頬を撫でた。
「すまない」
スネイプは短い言葉で謝罪した。
叩いたことへの償いだととったは、小さく首を横に振った。
「奴から守ってやれず、すまなかった」
だが、スネイプの想いはもっと大きかった。
がアルベールに傷つけられたと知ったとき、本当はこうして慰めてやりたかった。
だが、その場の感情でを叩いてしまったことを、ずっと後悔していた。
優しくしてやりたいのに、彼女を愛しすぎて、独占欲が憎しみに変わってしまった。
スネイプは何度も何度もの頬を撫でた。
にも、スネイプの想いは痛いほど伝わってきた。
「すまない、」
「もう、・・・もういいです。平気ですから」
大丈夫です、と言葉にした瞬間、耐えていた涙がぽろりとこぼれ落ちた。
あなたは何も悪くない、とは目を閉じて、スネイプの手のひらに自分の手を重ねた。
「還ってきてくれて・・・、嬉しいです」
涙に溢れる両目を開いて、はスネイプに微笑んだ。
スネイプは、「泣くな」と言って、の目尻に溜まった涙を親指で拭った。
「」
「・・はい」
「傍にいてくれ」
は涙に濡れた両目を細めて、ゆっくりと頷いた。
スネイプは、の頭を引き寄せ、彼女の髪に鼻をうずめた。
優しく甘い香りと、ひだまりのような暖かさにスネイプは安堵し目を閉じた。
スネイプの乾いた唇が、ゆっくりと動いた。
君がいるここが、我輩の生きる世界だ
小さな小さなスネイプの呟きは空気を震わせただけで、の耳には届かなかった。
「今、何とおっしゃったのですか」
「二度は言わん」
「そんな・・・。お変わりありませんね。スネイプ先生」
「君もな。二人きりなのに、また『先生』かね」
スネイプは意地悪そうに笑った。
スネイプのその顔を見るのがあまりにも久しぶりで、は酷く懐かしい気分に襲われた。
あぁ、スネイプ先生が帰ってきたのだと実感し、肩の力が全て抜けた。
はゆっくりとスネイプに顔を近づけた。
「セブルス」
この恋に障害は多い、きっとこれからもぶつかることはあるだろう。
それでもいい。
この人の傍にいたい、幸せを感じていたいとは思った。
「おかえりなさい」
「あぁ。ただいま」
指を絡ませ、微笑みあい、それから二人はそっと唇を重ねた。
の短い髪が、窓から差し込む陽の光に照らされ、きらきらと輝いていた。
あの闇色の海の中でスネイプを救った、あの光と同じ輝きで。
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