ドリーム小説
スネイプの考えた作戦は、効果てきめんだった。
ロックハートのへの言い寄りがパタリと止んだのだ。
そして、それによっての目の下の隈も少しずつとれてきた。
それからもう一つ、の行動で変化したことがある。
スネイプの仮の秘書として研究室に出入りするようになった。
彼女は今、部屋の端っこでコンパクトを広げ、隈の様子をチェックしていた。
あかんべーをするように鏡をのぞき込む彼女を見て、ソファーでくつろぐスネイプは思わずくすりと笑ってしまった。
□■□わたしとスネイプ先生の奇妙な学園生活 <2>□■□
「なんですか?」
スネイプの笑い声を聞きつけ、は鏡から寮監へと視線を移した。
彼女の寮監は、長い足を組んで優雅に紅茶をすすっていた。
「いや。鏡を持ち歩くようになられて。随分と女性らしくなられましたな。ミス.」
スネイプのいやらしい皮肉に、の耳が僅かに赤くなる。
静かにコンパクトを閉じてスカートのポケットにしまった。
「おかげさまで。秘書としての仕事とともに、女性としての在り方も勉強させていただいてます」
「ほぉ。ミスは既に一端のレディ気取りですかな」
人を馬鹿にしたようなスネイプの物言いは、普通の人が聞いたら腹を立てたに違いない。
だがは生来の性格と、ここ数日のスネイプとの会話から、彼の皮肉を楽しむことができた。
「スネイプ先生のご指導が素晴らしいからでしょう。自分が淑女だと錯覚してしまうのです」
そう言うと、は片足をすっと一歩下げ、優雅にお辞儀をしてみせた。
口元にはうっすらと笑みが見える。
スネイプを前にしても堂々と立ち振る舞う、物怖じしない彼女の性格。
そして、傍に置くことで見え始めた彼女の隠れた面白さに、スネイプは少しずつ興味を持ち始めていた。
ロックハートが言い寄らなくなったとはいえ、まだ油断はできない。
とスネイプの奇妙な生活は続くことになった。
初めはロックハートを追い払うためのお遊びのような作戦だったのだが、いざ実行してみると彼女の適性が表れた。
魔法薬学の授業を終え、二人がスリザリン寮へと向かっていたときの会話だ。
「向いているのではないかね」
「はい?」
「秘書職だ。君は非常に気が利き、役に立つ」
はスネイプのスケジュールを完璧に管理し、次に行う授業の準備をそつなく行うことができていた。
彼女が付く前の半分ほどの仕事しかせずに済み、スネイプは非常に楽な日々を送っている。
「お褒めの言葉、と思ってよろしいのでしょうか」
「好きにとりたまえ」
「では前向きに。ありがとうございます」
スネイプの教科書を胸に抱え、彼女は素直に礼を言う。
「職が見つからなかったときは、雇っていただけると助かるのですが」
「甘えるでない。自分の食いぶちぐらい自分で探したまえ」
予想通りのスネイプの答えに、は肩をすくめてみせる。
「このご時世、女が一人で生きていくのはそれなりに大変なんです」
まるで社会を経験した大人の女のようなことを言う。
それよりもスネイプが気になったのは、別のことだった。
「君はこの先ずっと一人で生きていくつもりなのかね」
「はい。そのつもりです」
「結婚、という選択肢はないのか」
「ありません」
きっぱりと。
言い切るというよりも、言い捨てるような声色だった。
少しも迷いのない言葉に、スネイプは何か彼女の奥底に眠る真意に触れた気がした。
「結婚や恋愛に、価値や意味を見いだせません」
の声の温度が下がっていく。
それはここしばらく忘れていた、彼女の彼女らしい一面だった。
彼女の二つ名と言ってもいい、恋愛に対する「無関心さ」。
彼女の問いに、スネイプは振り返ることなく前を行く。
「スネイプ先生」
「なんだね」
「先生は、結婚したいと思ったことがありますか?もしくは、それに匹敵する恋愛を経験されたことは」
「その問いに答える義務はあるのか」
「いえ、ありません」
予想通りの返答。
だがそれでもいい、ただは聞いてみたかったのだ。
この冷たくて無関心な寮監が、結婚や恋愛について考えたことがあるのか。
自分以外の人間について、興味を抱いたことがあるのか。
「すみません。礼を欠いた質問でした」
「問う相手を間違えたのではないかね。その質問をするのなら、かのストーカー教師こそ適している」
「・・・意地悪ですねぇ、スネイプ先生」
「今頃お気づきかな。我が優秀な秘書殿は」
そして穏やかで密やかな談笑は、スリザリン寮の入り口の前で終わる。
が扉を開ける呪文を唱えたところで、スネイプが声をかけた。
「。ひとつだけ言っておこう」
振り返るに、スネイプは流暢に言葉を紡いだ。
「『結婚』と『恋愛』は、違う。そして恋愛と一口に言っても、『恋』と『愛』も、別の物である」
諭すように告げると、スネイプは長いローブを翻し、その背を遠ざけていった。
は目を丸くする。
まさか、冷徹な教師として知られるスネイプの口から、『愛』だの『恋』だのといった言葉が
それも美しい旋律で紡ぎ出されるとは思ってもみなかった。
去りゆく寮監の背に、は疑問を投げかける。
「どういうことですか」
「話の続きは次回まただ。おあずけとしよう」
「なぜ」
「人は考える生き物である。与えられるばかりでなく、自ら答えを導き出そうとする力も必要」
まるで哲学者のような言い分だ。
問題をつきつけて、すぐに答えをくれないなんて、スネイプは本当に意地悪だと思った。
そして同時に、その性格がとても魅力的だとも思うのだった。
「OWLよりも難題ですね。わかりました。考えてきます」
遠ざかる背に声をかけた。
の声に応えるように、スネイプは一瞬だけ後ろを振り向いた。
すぐに前を向いてしまったが、その口元には確かに笑みが浮かんでいた。
さて、難題をつきつけられたは、その日の夜から図書室通いを始めた。
夕食後の図書室は、読書を好む生徒と課題に勤しむ生徒で席が埋まっていた。
は本棚にずらりと並んだ背表紙を、端から一つ一つ探し歩いていた。
とりあえず、恋愛に関係がありそうな哲学書を数冊見つけ出した。
他にもないかと一番下の棚まで隈無く探していたときだった。
「ん〜!」
まだ幼い女の子の困った声が聞こえてきた。
から少し離れたところで、2年生ぐらいの女の子が背伸びをして本を取ろうとしていた。
だが、背が足りず、指先が背表紙に触れる程度で苦戦している。
癖の強い長い髪と、勉強ができそうな賢い顔立ちの女の子だ。
どうやっても本は取れず、どうしようかと女の子は踵を降ろしてため息をついていた。
その仕草一つ一つがあどけなく、は思わず苦笑して、彼女に近づいた。
*
(取れないわ・・・。踏み台を借りようかしら)
目当ての本が取れず、踵を降ろし、伸ばしすぎて疲れた足を休ませていたときだ。
ハーマイオニーの隣にいた生徒が、彼女が求める本を引っこ抜いたのだ。
ハーマイオニーは思わず「あっ」と声を上げそうになった。
と同時に、彼女の視界に緑と銀のストライプのネクタイが入ってきた。
嫌いな寮の人間に本を奪われたことで、彼女は面白くない顔をする。
だが次の瞬間、目的の本が彼女の目の前に差し出された。
「はい」
「え・・・?」
「これが取りたかったんじゃないの?」
差し出してきた人物の顔を見上げる。
それは、面識こそないが、ハーマイオニーも知っている先輩だった。
スネイプの魔法薬学の授業のときに出入り口ですれ違ったことが何度かある。
・。
学校一の頭脳とも、スリザリンの影の監督生とも言われる優秀な生徒だ。
敵対する寮の人間とはいえ、一応は先輩にあたる。
ハーマイオニーは伏せ目がちにお礼を言った。
「ありがとう・・ございます」
「どういたしまして」
相手もまたハーマイオニーを見てはいなかった。
目的の本は取れたし、あまりスリザリンとは関わりたくないし、早くこの場を去ろうとハーマイオニーは背を向けた。
「2年生で随分難しい本を読むのね」
それが自分に向けられた言葉だと理解するのに、数秒かかった。
だが、周りに2年生と呼べる生徒がいないことを確認し、自分のことだと判断し、ハーマイオニーは後ろを振り返った。
は、片手に分厚い本を3冊抱え、更に本棚からもう一冊引き抜いた。
ハーマイオニーが何と答えていいか分からず立ちつくしていると、
「もしかして、『骨生え薬』に関するレポートを書いているんじゃない?」
「え!は・・はい、そうです」
どうしてわかったのだろう、とハーマイオニーはびっくりした。
するとは本棚の背表紙を視線で撫でながら、
「私も2年生のとき、その課題を出されてね。あなたが今抱えている本を最初に選んで苦戦したからよく覚えてるの」
「そうなんですか・・・。あの、この本じゃダメなんですか?」
「ダメではないけれど、とてもレベルが高くてその課題には合わないわ。だから、もし良ければ・・・・あったあった」
そう言って、は本棚から一冊の本を取り出して、ハーマイオニーに差し出した。
「この本をお薦めするわ。とても読みやすいし、課題に対する答えがわかりやすくまとまっているから」
差し出された本を手に取り、ハーマイオニーは本とを交互に見やった。
そして、渡された本の適当なページを開いて簡単に流し読みした。
わずか数行読んだだけで、彼女の目は真ん丸になった。
「なにこれ、すごい・・・!まさに課題の答えだけが載ってるじゃない!」
感動して思わず大声を出してしまい、ハーマイオニーはハッと我に返って口を手で覆った。
辺りを見回すと、数名の生徒にジロリと睨まれてしまった。
だが感動冷めやらず、ハーマイオニーは別のページを開くと、目を輝かせながら読み始めた。
だから、
「がんばってね」
良い本を薦めてくれた先輩にお礼を言うのも忘れてしまい、慌てて本から顔を上げたときには
の背中が少しずつ遠ざかっていくところだった。
「あの!!」
「しー!図書室ではお静かに!」
「・・・す、すみません」
大きな声をマダム・ピンスに咎められ、ハーマイオニーは本を抱きかかえると、慌ててその場を去った。
にきちんとお礼を言えなかったことが、心残りになってしまった。
敵寮の先輩だが、不思議と敵対感は感じない人だと思った。
むしろ、知的な雰囲気が漂い大人っぽくて、自分もあんな先輩になりたいという憧れがある。
今度会ったときにお礼を言おうとハーマイオニーは心に決めた。
*
小さな人助けをしたことなど気にすることもなく、は窓際の席で読書をしていた。
が選んだのは、『恋愛中毒』、『恋という魔法、愛という毒薬』、『薬で治せない病〜恋〜』その他。
どれも物騒で、まるで薬学書か医学書のような名前ばかりである。
中に書かれていることも、抽象的で非現実的で、どれもの胸を打つことはない。
「恋って何なのかしら」
頬杖ついてため息をつき、そんなことをポツリと零せば、近くにいた男子生徒がギョッとした顔でを見た。
まるで信じられない言葉を聞いたように、眼を真ん丸にしている。
(何かおかしなことを言ったかしら)
自分が「恋愛にまったく興味のない冷たい美少女」として知られているなど、わかるはずのないなのだった。
「満点をいただけるような答えは見つけられませんでした」
研究室に入るなり、は開口一番に敗北宣言をした。
デスクでテストの丸付けをしていたスネイプは、一瞬だけ手を止め、ちらりと彼女を見やった。
だが、すぐに羊皮紙に目を戻し、採点を続けた。
「我輩の言葉をよく聞いていなかったようですな、ミス.は」
「はい?」
「我輩は、『答えを考えてくるように』と申し上げたはず。本に書かれた戯れ言など机上の空論に過ぎず、
現実の恋愛には全く通用などしない」
の図書室通いも、大量の読書も、スネイプはその一言で全て一蹴してしまった。
あの苦労は何だったのだろうかとは肩でため息をつく。
それから、お手上げだというように、彼女は緩く両手を挙げた。
「でしたら、自分で考えて答えを出すのは、私には不可能です、スネイプ先生」
「ほぉ。それは何故」
「だって、私には恋愛と呼べるほどの恋愛経験がありません。無から有を生み出すことはできません」
きっぱりと気持ちがいいほどに言い切るに、スネイプはようやく手を止めて顔を上げた。
しばらくを真正面から見つめ、長い沈黙が続いた。
そして、
「ふふ・・・・・・はっはっはっはっ!」
「・・・あの・・・スネイプ先生?」
なんと、『あのスネイプ先生』が、口を開けて高らかに笑い上げたのだ。
これには冷静なも面食らった。
スネイプはひとしきり笑うと、採点用の老眼鏡を外して、ことりと机上に置いた。
「おもしろい。ならば、恋愛に対して先入観のない、その真っさらな状態でこの課題にあたってみたまえ」
両手を組み、その上に顎を乗せ、スネイプはにやりと口端を上げて笑った。
興味深い被験者の登場に、彼の研究意欲に火がついたらしい。
だからといって、それに巻き込まれる方の身にもなってほしいとは困ったように眉を寄せた。
「先生、楽しんでますね?」
「わかるかね。いやしかし、我輩と君は悦楽を感じる点が共通しているようだな」
「違うかね?」とスネイプはを見つめていやらしく笑う。
だからも、「違いません」と苦笑して答えた。
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