ドリーム小説
逃げる場所なんて、最初からなかった。
愛する人を傷つけるようなことをしておいて、安息の地などあるわけがなかった。
アルベールが事の次第を、何の躊躇いもなく饒舌にスネイプに語って聞かせた。
自分がポリジュース薬でスネイプに化けてを騙して抱いたことまで、まるでファンタジーか何かの
ように語るのを、はスネイプの顔色をうかがい、アルベールの神経を疑いながら聞いていた。
アルベールが一通りの事情を話し終えてもは顔を上げられず、煉瓦の石畳の一点を見つめていた。
「」
突然スネイプの低い声が、の名を呼んだ。
は反射的に顔を上げた。
スネイプはどんな顔で自分を睨んでいるのだろうかとか、そんなことを考える暇はなかった。
が顔を上げた瞬間、乾いた音とともに頬に鋭い痛みが走った。
は叩かれた左頬に手を押し当てた。
アルベールでさえも驚いていた。
「おやおや、女性に手をあげるなんて、貴方らしくな、」
「黙れ。貴様には一言たりとも口を挟む権利はない」
スネイプは鬼のような形相でアルベールをぎょろりと睨み付けた。
それから、
「来い」
スネイプはの右手首を掴むと、彼女の意志にお構いなくその場から連れ去った。
の細い手首に、スネイプの指が食い込んでいた。
スネイプの指先から彼の怒りを感じ、は胸が痛み、泣きたいのを堪えた。
□■□わたしとスネイプ先生の奇妙な学園生活 <18>□■□
『お前にとって、我輩とはなんだ』
スネイプの横顔には、怒りと哀しみが溢れんばかりに詰まっていた。
暗闇の中、どんどん遠くへ行ってしまうスネイプの背中には手を伸ばした。
追いかけようとしても足が進まず、何故だろうと自分の足元を見て、は戦慄に両目を剥いた。
の右足は血まみれで膝下が食いちぎられており、左足は巨大なアラゴグの口の中に吸い込まれていた。
アラゴグの毒で青紫色に変色していく自分の足を見て、は闇をつんざくような悲鳴を上げた。
バネのように上半身を起こし、は自分の呼吸が荒く乱れていることに驚いた。
寝間着は冷たい汗で身体にべっとりと張り付いていた。
震える手で自分の足を触り、両足が無事なことを確認してホッと胸をなで下ろした。
「・・夢・・・、」
額を拭うと、大量の汗がの手の甲を濡らした。
ゆっくりと呼吸を整え、は長い息を吐いて自分の寝室を見回した。
時計を見ると、まだ真夜中の2時だった。
はベッドの上で両膝を抱え、目をつむった。
ここ数日、同じような悪夢ばかりを見ていた。
夢の内容はまちまちだが、最後には必ずが猛毒の化け物に喰われていくのだ。
なぜこんな夢ばかり見てしまうのか、それはが一番よくわかっていた。
「(スネイプ先生の思念、・・・かしらね)」
*
どこに連れて行かれるのか、は不安でしかたなかった。
校内を引っ張り回され、が連れて行かれたのは8階にあると言われる『必要の部屋』だった。
スネイプが解錠の呪文を唱えると、石壁が動き、突然扉が現れた。
はやや乱暴に中に放り込まれた。
室内は洞窟か地下牢のように真っ暗で、いくつかの頼りないランプに照らされているだけだった。
スネイプはの腕を掴むと、思い切り彼女の身体を突き飛ばした。
小さな悲鳴をあげて、真っ暗な中は柔らかな寝具の上に身を埋めた。
彼女の身体の上に、すぐにスネイプが覆い被さってきて、に何も言わせず、彼女の衣服を乱していった。
「やっ!スネイプ先生っ、・・・やだ!やめてくださ、」
は反射的に抵抗した。
スネイプはの両の手首を掴むと、彼女の顔の横に縫いつけた。
暗闇の中、スネイプの唇がの首筋を這い、鎖骨を強く吸い上げた。
小さな痛みには声を漏らした。
「その声も、あの男に聞かせたのか」
不意にスネイプの動きが止まり、静かで重い声が上から振ってきた。
暗闇に慣れ始めたの目に、スネイプの表情が微かに見て取れた。
は息を止め、黙ってスネイプを見上げた。
スネイプの泣きそうな顔など、初めて見たからだ。
「お前にとって、我輩とはなんだ」
「・・・・・」
「肉欲の捌け口か」
「ちが、」
「馬鹿にするのも大概にしたまえ」
スネイプは、に弁解することを許さなかった。
の言葉に、頑として耳を貸さなかった。
は悲しみに表情を崩した。
「わ、私は!本当にスネイプ先生だと思って体を許しました!アルベールだと知っていたら絶対に許しなど、」
「つまりお前の中で我輩は、和解に性行為を利用する、その程度の男だと認識されているということか!」
スネイプの激昂する姿など、見たことがなかった。
はショックに何の言葉も出なかった。
違うと声を大にして言いたかった。
だが、スネイプに指摘されたことは、そのすべてが嘘だとは自信を持って言うことはできなかった。
はショックと恥ずかしさと、そして彼の怒りをかった哀しみに、涙が滲んだ。
謝りたかった。
だが、謝罪の言葉も、今はスネイプには届かないと思った。
だから、はせめて歯を食いしばって涙をこらえた。
今自分が泣いて被害者面をするのは、それこそ惨めで卑怯だと思った。
「あなたが、そんな低俗な人間だなんて・・・微塵も思っていません。愚かなのは私です。あなたに抱かれたいと、
そればかりを強く望んでいたから・・・だから、偽物のスネイプ先生を疑うことなく、簡単に体を許しました」
スネイプが思慮深く高尚であることは、が一番よくわかっていたはずなのに。
あのとき、偽物のスネイプの行動を疑わなかったのは、の甘えた心が原因だった。
「偽物とはいえ、我輩の形をした者に抱かれて満足かね」
「・・・いいえ」
の言葉は弱々しかった。
自信のない答えに、スネイプは口を閉ざし、黙っての身体から身を引いた。
の両手首から手を放し、スネイプはの頬をするりと撫でた。
を見下ろすスネイプの目は、悲しげだった。
「愛している」
「・・・・っ、」
「誰にも渡したくない。できることならば、お前の身のすべてを喰らいつくしてしまいたい」
スネイプの指は、ついとの頬を撫で、そして離れていった。
まるで「さよなら」と言われたようで、の心はひどくざわめいた。
スネイプはローブを翻し、に何も言わせず部屋を出て行った。
その日の夜からだった。
が猛毒の魔物に喰われる夢を見るようになったのは。
あれは、スネイプの幻影なのだろうか。
それとも、愚かなことをしたを戒めにやってきた地獄の使者なのだろうか。
それは誰にもわからないことだった。
*
「先生、具合が悪いんですか?」
薬草学の授業中、はシャルロットに声をかけられた。
振り向くと、シャルロットは眉をひそめての顔を見上げていた。
優しいシャルロットの気遣いに、は無理をしてでも笑顔を作らなければと思った。
「大丈夫よ。ありがとう」
「本当ですか?無理しないでくださいね」
「えぇ。心配してくれてありがと、」
「せんせー!」
とシャルロットの会話に突然割って入ってきたのは、元気な少年の声だった。
振り向くと、薬品棚の前に立つケヴィンが手を振ってを呼んでいた。
「これ!赤い薬が勝手に動いてるよ!」
ケヴィンは半ば興奮気味だった。
は、ケヴィンが指差す場所を覗き見た。
そこは薬品棚で、3段目に置かれた小瓶群の中で、赤い透明な薬だけが勝手に波打っていた。
シャルロットも目を丸くして驚き、そして顔を強ばらせた。
「やだ・・・何ですか、これ」
「あぁ、大丈夫よ。危険なことはないわ」
「すげー。何これ?なんで勝手に動いてるの?」
「これは、呪詛蜘蛛の毒液よ。近くに仲間がいると、それに反応して揺れるの」
「え!?ってことは、この近くに毒蜘蛛がいるのか?」
「心配しないで。近くといっても、呪詛蜘蛛は森にしか住処をつくらないから、馬車内にはいないわ」
それを聞いて、ケヴィンはホッと胸をなで下ろした。
「ケヴィンは蜘蛛が嫌いなの?」
「ふん!そんなことないね」
「何よ、強がっちゃって。本当は怖いくせに」
「こ、怖くなんかねーよ、蜘蛛ぐらい!」
シャルロットにからかわれ、ケヴィンは頬をふくらませて2人に背を向けた。
だが、小瓶が気になるのか、首を巡らせて棚の赤い液体をじっと見つめた。
ゆらゆら揺れる透明の赤い液体。
それを食い入るように見つめ、目を離せないケヴィンには目聡く気づいた。
「ケヴィン。あまり長く見つめてはだめよ」
「なぜだ?」
「呪詛蜘蛛は死するときに、自分を殺した相手に呪いの毒素を吐いて死んでいくの。これは、そのときの毒素を液体化した
ものよ。じっと見つめすぎると、呪いに魅入られてしまう」
の話を聞いて、シャルロットは身を震わせた。
「怖い・・・。先生、解毒剤はあるんですよね?」
「残念だけど、今のところないわ。私も研究しているところよ」
ケヴィンは生唾を飲み込み、「わかったよ」と素直にに従い、液体から目をそらした。
「良い子ね。さ。課題をすすめましょう」
はシャルロットの背を押し、席に戻した。
ケヴィンは最後に一度だけ後ろを振り返った。
薬品棚の中で、赤い透明な液体だけが生き物のように動いていた。
おいでおいでと、ケヴィンを呼ぶかのように。
*
ある晴れた日のことだった。
は、ホグワーツの湖のほとりで薬草学の野外授業をおこなった。
湖の畔で、ボーバトンの生徒たちは時間いっぱいまで課題に出された薬草を探していた。
「時間です。授業を終わりにします。次の授業までに、今日見つけた薬草の使用例をレポートにまとめておくように。
例が多ければ多いほど、評価は高くなります。以上。解散とします」
生徒たちが各々に馬車へ戻っていった。
「先生、さようなら」と最後の生徒が手を振るのを、は笑顔で見送った。
は重たい肩を拳で叩いてため息をついた。
昨夜も、あの禍々しい悪夢を見た。
夜中に起きてしまい、十分な睡眠がとれずは疲れていた。
ふと、がやがやと話す声が近づいてきて、は後ろを振り返った。
クィディッチの練習を終えたスリザリンの選手たちが、寮に戻るところだった。
その中に、はよく知る人物を見つけた。
「あら。マルフォイ君」
「誰だ、気安く・・・あ」
に気づいたドラコは、歩みを止めた。
それから、一緒にいた仲間たちに、「先に行け」と偉そうに命令した。
「元気そうね」
「それなりに。お前は相変わらず美しいな」
「君も相変わらずお世辞が上手ね」
「また何かの試験でもあるのか?」
「なぜ?」
「目の下に隈ができている」
は反射的に目の下を指で撫でた。
ぱっと見てわかるのだから、きっと朝鏡で見たときよりも濃くなっているのだろう。
じっと見つめてくるドラコに、は苦笑いをした。
「いろいろ悩むことがあってね」
ドラコはから顔を背け、肩でため息をついた。
それから、クィディッチのユニフォームを翻してに背を向けた。
「10分ほど待っていろ。着替えてくる」
相変わらず、ドラコの口調は王様のようだった。
ただ、ドラコの後ろ姿は、が見たことのない逞しい姿に変わっていた。
はドラコに、恋人がいることを話した。
もちろんそれが、彼の寮監であることは内緒だが。
そして、恋人と喧嘩し、気持ちがすれ違っていることも話した。
「別れたらどうだ」
ドラコの結論は、あまりにあっさりしていて、は呆気にとられた。
「修復できない関係なら、そのままでいても時間の無駄だ。早く切った方がいい」
「そんな簡単に、」
「気持ちがすれ違うのは、相手を認めていないか、相手を受け入れられない理由があるからだろう」
ドラコの顔は真剣だった。
ドラコの言葉はとても的を得ていて、の胸を強く打った。
「愛の形は一つではないだろう。相手の愛を受け入れられないのなら、早々と断ち切るべきだ」
「マルフォイ君・・・」
「なんだ」
「まぁ、随分と恋愛に精通されて。いつの間に恋愛上級者になってしまったの」
「ふん。お前が気弱になっただけだろう。俺の告白をすっぱりと断った、あの頃の気概はどうした」
ドラコは皮肉たっぷりの顔で笑った。
は年下の男に見下され、肩をすくめて苦笑した。
「何よ、急に大人びちゃって。生意気ね。ねぇ、相変わらず、グリフィンドールの子たちとは仲が悪いの?」
「愚問だな。混血の魔法使いなど、僕は決して認めない。純粋な血こそ、魔法界の頂上に輝くべきだ」
あの頃から変わらない、ドラコの血には変わらず一つの信念が刻まれているようだった。
は複雑な顔をした。
だが、不意に険しかったドラコの顔から、少しだけ力が抜けた。
「変わらないのね。私のお説教は、無意味だったのかしら」
「いいや。そんなこともないさ」
「そお?」
「あぁ。僕は奴らが嫌いだ。だが、存在するのは勝手だ。勝手に生きて、勝手に死ぬがいいさ。僕の世界には
何ら影響はないのだからな」
湖を眺めるドラコの横顔は、一族を背負って立つ人間の顔だった。
純血であることを堅く重んじるマルフォイ一族の心は、の説教程度で揺らぐものではなかった。
「お前がグレンジャーや混血の奴らと仲良くしようと、僕は何も干渉しない。僕には関係のないことだ」
対立、という手段の代わりに彼が選んだ選択肢は、無関心だった。
混血と馴れ合うことはない、彼の世界が広がることはない、だがしかし、傷つく者も増えることはない。
スリザリンという閉ざされた永遠の高潔の中で生き続ける、それもまたドラコらしいとは苦笑した。
「それが卒業の時、私に言えなかったこと?」
「さぁな」
「そうなんでしょう。認めなさいよ」
「しつこいぞ」
「ふふ。ねぇ、マルフォイ君。もしも、愛した人が混血だったら。君はどうするの?」
「ふん。そんなの、答えは一つだ。『愛さない』。僕は、純血の女性しか愛さない。だから、何の問題もない」
それも一つの愛の形だとドラコは鼻を鳴らし、そっぽ向いてしまった。
僕の勝手だ、とでもいいたげな背中を、は「やれやれ、まだまだ子どもね」と見守った。
*
その日の夜、はいつも通りボーバトンの馬車内で夕食をとっていた。
の前には、スープとサラダだけが手つかずのまま置かれていた。
フォークでプチトマトをつっつき、はため息をついた。
「気分が優れないようだね。食欲もないのかい」
突然の目の前の席に断りもなく座った男がいた。
はちらりと目配せをして、眉根を寄せた。
「あなたに会ったから、余計に気分が悪くなったわ」
「つれないな。結構真剣に心配しているんだけれど」
言葉とは裏腹に、アルベールは楽しげに笑っていた。
はため息をついて、食べたくもないサラダを口に運んだ。
嫌がられるのをわかっていて、アルベールはテーブルに肘をついてを観察した。
そして、の目の下の隈に目聡く気づいた。
「綺麗な顔に隈は似合わないよ。お疲れかい?」
「別に。眠れないだけよ。放っておいて」
「悪夢でも見るのかい」
「・・・なぜ知っているの」
「いや。単なる勘さ」
怪訝な顔をするに、アルベールは「愛の力かな」と微笑みかけた。
もちろん、には一瞥されただけで無視されてしまったが。
「どんな夢だい」
「聞いてどうするの」
「夢占いでもしようかと」
「悪趣味」
「どうもありがとう」
何を言っても、アルベールの笑みは崩れそうになかった。
「空から真っ逆さまに落ちる夢かい?」
「違うわ。魔物に食べられる夢よ。それも決まって、猛毒の化け物ばかりにね。夢の中でも痛みを感じるの」
「へぇ。なかなかにリアルだね。その夢を見始めて何日経った?」
興味深げに聞いてくるアルベールに、は怪訝な顔をした。
だが口論する体力も気力もなく、は疲れたため息をつきながら答えた。
「十日よ」
もういいでしょう、とは会話を中断するために食べたくもないキュウリを口に運んだ。
アルベールの顔は笑っていた。
だが、細められた目は笑っていなかった。
不自然な笑顔で、に何か悟られまいと隠していた。
「すまないが、失礼させてもらうよ」
「え、」
「今夜は良い夢が見られるといいね」
に片手をあげて、アルベールは去っていった。
今し方まで質問攻めに合っていたは、あっさりと去っていくアルベールに目をきょとんとさせた。
「なんだったのかしら」
訳がわからないわ、と今日何度目かのため息をついて、はサラダのトマトにぷすりとフォークを刺した。
*
アルベールは足早に自室に戻った。
そして本棚から乱暴に書物を引っこ抜くと、卓上に布製の盤を敷き、宝石箱の中から小さな水晶玉をいくつもわしづかんだ。
六芒星の盤には、様々な紋様や古代文字が刻まれていた。
アルベールの細い指が水晶を何度も弾くたびに、カツンカツンと綺麗な音が部屋に響いた。
盤上の水晶は、一見何の規則性もないように思えた。
だが、無秩序に置かれてた水晶の配置を見て、書物を睨むアルベールの顔に苦々しく歪んだ笑みが浮かんだ。
「これはまた、・・・予想外の未来だな」
アルベールの引きつった頬を、汗が流れ落ちた。
盤上に導き出された占術の結果は、誰も望まぬ未来を映し出していた。
自分の占いの的中率に絶対の自信をもつアルベールは、複雑な心境で引きつった笑みを浮かべた。
・は,三日以内に毒に身体を侵され命を落とす
これは,誰にも変えられない運命である
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