ドリーム小説
アルベールの言葉は、思いの外スネイプの内面に影響を及ぼしていた。
彼の言葉はまるで小さな棘のようで、スネイプの身体に刺さり、じわじわと弱らせていった。
に接するとき、どうしてもアルベールの言葉を思い出してしまうのだ。
『貴方の愛し方は、間違っているのですよ』
「ちっ。若造が・・・」
スネイプは苦々しげに舌打ちし、乱暴に羽ペンで採点を続けた。
アルベールの言葉が頭から離れず、に対する態度が不自然にぎこちなくなってしまうことが多かった。
時には冷たくあたってしまうこともあり、戸惑うの顔が忘れられなかった。
には何の否もない。
彼女に悲しい顔をさせる自分が、スネイプは許せなかった。
「くそ・・・。集中できん」
スネイプは、羊皮紙の上に羽ペンを投げ捨てた。
頭の中では、アルベールの不敵な笑みと、の悲しげな顔が交互に巡っていた。
『星回りは、私の方に傾いています。お気をつけください』
スネイプは革張りの椅子に背を預け、部屋の天井を仰いだ。
長いため息をついても、身体にまとわりつく煙のようなアルベールの呪いは消せそうになかった。
□■□わたしとスネイプ先生の奇妙な学園生活 <16>□■□
そしてそれはある日突然に、スネイプが危惧していたことが現実になった。
の中で、スネイプに対して積み重なっていた不安と不満の泉が飽和状態になってしまった。
コップに注がれた水は、ある日突然溢れ零れた。
普段なら何も感じない些細なことで、の不満が詰まった瓶の栓は抜けてしまった。
「。お茶の用意を」
スネイプは、書類に目を通したまま、顔も上げずににそう告げた。
いつもなら、「はい」と即答が返ってくるはずなのに、今日はそれがなかった。
代わりにスネイプの耳に届いたのは、
「嫌です」
きっぱりとした拒絶の言葉だった。
スネイプは手を止め、顔を上げた。
はソファーに座り、膝の上で組まれた自分の手を見つめていた。
横顔は、不満でいっぱいだった。
スネイプはゆっくりと老眼鏡を外した。
「何か燗に障ることでも言ったかね」
スネイプは自然な声で言ったつもりだった。
だが、の耳には威圧的な響きで届いた。
は口をつぐみ、唇を尖らせた。
それが、が我が儘を言いたいときのサインだと知っているスネイプは、あからさまにため息をついた。
「駄々に付き合っている暇はない。不満があるのなら、ボーバトンの馬車に帰りたまえ」
「・・・・」
スネイプの無情な言葉に、は尚一層眉を下げた。
「話くらい、聞いてくださってもいいではないですか」
「なんだ。手短に言いたまえ。我輩は忙しい」
「手短に・・・。片手間に聞いてほしい話ではありません」
「そうか。ならば、日を改めて来たまえ。時間を作っておこう」
スネイプの対応は、ひどく事務的だった。
それが余計にの心を傷つけた。
実際は、時間を作って聞いてもらいたいほど重要な話ではなかった。
にとって大事なのは、自分のために時間を作ってくれるかどうかということだった。
最近のスネイプは様子がおかしかった。
ひどく素っ気なくて、前にも増して触れてくれなくなった。
スネイプが自分を見てくれなくなったような気がする。
自分に悪いところがあるのなら、指摘して叱ってほしかった。
「先生」
名前を呼んでも、スネイプはもう顔も上げてくれなかった。
羊皮紙ばかり見つめるスネイプに、は痺れを切らしてソファーから立ち上がり、机へと足を進めた。
「スネイプ先生」
「・・・なんだ!」
スネイプは半ば苛々しながら顔を上げた。
視界いっぱいに入ったのは、の泣きそうな顔だった。
そして次の瞬間には、机に手をついて身を乗り出してきたに唇を重ねられていた。
それは一瞬で、柔らかな感触がゆっくりと離れていき、
「もっと私を見てください」
切なる声がすぐ目の前で聞こえた。
に、愛する人に、こんな悲しげな声を出させる自分に、スネイプは僅かに冷静さを取り戻した。
動きを止めたスネイプに、はゆっくりと近づき、唇を重ねようと顔を傾げた。
触れたいと、触れてほしいと望むに気づかないスネイプではなかった。
素っ気ない態度を取って、を悲しませていたことを悪いとも思っていた。
「先生・・・」
熱を求めるの唇が、あと数ミリでスネイプの唇に触れようとしていた。
『貴方の愛し方は、間違っているのですよ。貴方が傍にいて、もっと抱いてやればいいのに、貴方がそれをしない
から、彼女の中で熱は溜まる一方だ』
不意に、アルベールの人を馬鹿にしたような笑い顔がスネイプの脳裏を横切った。
そして、今のこの状況を見て、「ほら。私の言ったとおりだ」と得意げに笑うアルベールの姿がちらついた。
「・・・離れたまえ」
「え・・・」
あと少しというところで、はスネイプに両の二の腕を掴まれ、押し戻されてしまった。
キスを拒まれたことには戸惑い、スネイプを見つめた。
だが、スネイプはばつの悪そうな顔でから顔を背けた。
「どうして、」
「仕事中だ。話なら、今度聞く。今日は帰りたまえ」
あくまで距離を置こうとするスネイプに、は不満いっぱいの顔をした。
が何を望んでいるのか、スネイプにはよくわかった。
だが、スネイプは自らを遠ざけた。
「卒業前にも言ったはずだ。熱を求めてこの部屋に来るのは止めたまえ」
その言葉が、どれほどの心を傷つけるかもわかっていた。
だが、今のスネイプにとっては、アルベールの思い通りになることの方が腹立たしくて仕方がなかった。
熱に浮かされて身体ばかりを求めることが愛ではないと思いたかった。
自分の愛し方を否定されたことが、スネイプにとっては自身を否定されたに等しかった。
*
は、スネイプの気持ちがわからなかった。
優しくされたり、かといえば冷たくあしらわれたり、スネイプの愛はにとっては不安定だった。
いつもスネイプの気が向いたときしか抱いてもらえなかった。
最近のスネイプは特に不安定で、素っ気ない態度の時が多かった。
それも仕事が忙しいからだと思い、は我慢して待っていたのに、
「熱を求めてこの部屋に来るのは止めたまえ」
滅多に見せない我が儘を、勇気を振り絞って少しだけ見せたら、この仕打ちだ。
は泣きたいのを必死に堪えた。
「先生も・・・お変わりありませんね」
「なに?」
「先生はいつも冷静で、自分ばかりが熱に浮かれているようで、愚かに思えます」
はスネイプの机から、一歩二歩と離れた。
自虐にも似た、彼女らしくない笑い方で肩を揺らした。
「私の愛し方と、あなたの愛し方は違うのですね。あなたが触れてくれると、私の身体は火傷しそうなくらい
熱くなるのに・・・一緒に熱に焦がれたいと思うのに。私がどんなに触れたいと恋い焦がれても、熱に浮か
されても、私にはあなたの体温を一度たりとも上げることはできないのですね」
は綺麗な眉を下げて、スネイプに訴えた。
こんなやり取りを、もう何度したことだろうか。
何度言い合っても、自分たちは変われないのだろうかとは絶望に胸が苦しくなった。
スネイプは、何も言ってこなかった。
「私は、きっとこういう愛し方しかできない。私は、あなたやゴートンさんのように静かに穏やかに人を愛する
ことはできません」
何も言ってくれないスネイプに背を向け、は静かに部屋を立ち去った。
扉の向こうの足音が、少しずつ遠ざかり、そして何も聞こえなくなった。
部屋には、彼女が残していった残り香が微かに漂っていた。
スネイプはきつく瞼を閉じた。
瞼の裏に、泣きそうなの顔が浮かんで、それを塗りつぶすようにアルベールの嘲笑が映り込んだ。
『ほら。私の言ったとおりになった』
「黙れ・・・っ!!」
ガシャンと激しい音を立てて、スネイプが投げた老眼鏡が扉にあたって砕け散った。
粉々に砕けて絨毯に広がるガラス片は、今のとスネイプの心を表しているようだった。
スネイプは片手で両目を覆い、革張りの椅子に背を預けた。
とスネイプを乗せた歯車が、きしきしと音を立ててずれ始めていた。
「(くそ・・・っ。物にあたるなど、どうかしておる)」
閉心術までマスターした魔法使いなのに、女一人に振り回される自分がスネイプは信じられなかった。
頭の中を、いろいろな言葉たちがぐるぐると渦巻いていた。
はぁ、と長いため息をついて、スネイプは全身の力を抜いて椅子に身を預けた。
だが次の瞬間、弾かれたバネのように勢いよく身を起こして、スネイプは目を見開いた。
ぞわりと身の毛もよだつ台詞が、スネイプの脳裏をかすめたのだ。
『例えば、お二人が喧嘩をして、一時でも彼女の心が貴方から離れた瞬間を狙えば、・・・どうなりますかね』
にっこりと笑うアルベールの顔がフラッシュバックのように浮かんで消えた。
これではまるで、アルベールの言葉が予言のようではないか。
スネイプは悪寒を覚えた。
まさか、アルベールが神だとでも言うのか。
そんな、奴の都合よく事が運ぶわけがないと笑おうとして、だがスネイプの唇は弧を描くことはなかった。
スネイプは椅子から勢いよく立ち上がると、早足でを追いかけた。
は早足で廊下を駆け抜けた。
苛つきに似た、不透明ですっきりしない靄(もや)がの身体にまとわりついていた。
判断がうまくできなかった。
自分が悪いのか、彼が悪いのか、何が正しいのか、どう愛せばいいのか、わからなかった。
誰かに答えを教えてもらいたかった。
の歩みは暴走列車のように止まらなかった。
風のように廊下を駆け抜けるの手首を、不意に誰かが掴んで止めた。
反動では身体が傾き、バランスを崩しそうになってたたらを踏んだ。
「何をそんなに急いでいるんだい」
は自分の手首を掴む人物を、見上げた。
整った顔立ちの男が、いつにない真剣な顔でを見下ろしていた。
「放して、」
は、決まり文句のようになってしまった言葉を、アルベールに吐き捨てるように言った。
険しい顔でアルベールを睨み上げるも、はすぐに顔を伏せてしまった。
いつもと違うの様子に、アルベールも首を傾げた。
「何かあったのかい」
「別に。あなたには関係ないわ。放してください」
の口調は、いつも以上に冷たかった。
そうすれば、いつもアルベールは「はいはい」と言ってお手上げするのだ。
だが、今日は違った。
アルベールは尚一層強い力での手首を掴んだ。
「ちょっと・・っ、」
「そんな泣きそうな顔の君を放っておけないな」
アルベールの声は、いつになく優しくて穏やかだった。
アルベールと目が合うと、彼はに柔らかく微笑んだ。
初めて見るといってもいい、本気で人を心配する優しい顔だった。
アルベールは、ふっと口元を緩めた。
「スネイプ教授と喧嘩でもしたのかい?」
「喧嘩・・じゃないわ。ただの私の我が儘だもの」
口にしてみると、簡単だった。
ただ、やはりの心は締め付けられた。
我が儘だとわかっていても、スネイプに受け入れてほしいという傲慢な女の子の恋心が勝っていた。
「はーん。それで、スネイプ教授は君の我が儘を聞いてくれなかったと」
「やめてよ・・・自分が惨めになるから」
「そんな、女の我が儘も聞いてくれないような男なら、やめたらどうだい?」
アルベールはおどけて肩をすくめて見せた。
はびっくりした顔でアルベールを見た。
「なんだい。何かおかしなこと言ったかな」
「いえ・・・。どうして、」
「ん?」
「私がこんなに悩んでいるのに、どうしてそんなにあっさり言えてしまえるの」
「さぁ。君ほど真剣に考えて生きてないからかな」
アルベールは、張りつめた空気をぶちこわすかのように飄々と言ってのけた。
アルベールの言い分を聞いていると、真面目に考えている自分が馬鹿らしくなってきた。
自分の悩みなど、世界の広さに比べたら、砂粒のように小さいのではないかとさえ思えた。
「いいわね。呑気で」
「人生楽しまなきゃ損だろう」
アルベールは役者のようにわざとらしくポーズを取ってみせた。
は、心の苦しみが一瞬だけ緩んだ気がした。
いつの間にか、強張っていたの身体から力が抜け、小さな苦笑が零れていた。
「変な人ね」
「百も承知さ。いやぁ、しかし久しぶりだな。君がそんなに素直に笑ってくれるの」
アルベールはの腕を放し、嬉しそうに笑った。
顔立ちの整った彼は、にこりと笑うととてもハンサムだった。
「そうかしら」
「そうさ。いつも私のことを見つけると、台所の害虫かカビを見るような目で見るのに」
「そ、そんな酷い見方していないわ。それに、それはあなたのアプローチがしつこいからです」
は頬を膨らませてそっぽを向いた。
アルベールは楽しそうに笑った。
もつられて苦笑し、いつの間にか刺々しかった心は落ち着きを取り戻していた。
*
予想していたとおり、事態は最悪の展開へと進んでしまった。
を追いかけてきたスネイプは、壁に背を預け、腕を組んで、二人の会話を聞いていた。
スネイプはきつく目を閉じ、苦々しげに舌打ちをした。
スネイプがを見つけたときには、彼女の心は既にアルベールによって中和された後だった。
は先程までとはうってかわって、穏やかな顔で笑っていた。
「ありがとう。アルベール。少し落ち着いたわ」
「それはよかった。あぁ、待って」
「なに?」
「肩に髪の毛が」
あんなに嫌悪していたアルベールに、はにっこりと笑って礼を告げていた。
のあんな素直な笑顔、スネイプは今日初めて見る。
そしてそれが、自分ではなくアルベールに向けられたということにスネイプは苛立った。
「ありがとう。じゃあ、また。馬車で」
は軽く手をあげて去っていった。
一人になったアルベールは、の肩についていたゴミをポケットに突っ込み、彼女を見送った。
の姿が完全に消えると、アルベールはきびすを返した。
「さて、と」
アルベールの足音が近づいてきて、スネイプは柱の陰へと姿を隠した。
物音を消して動いたはずなのに、突然アルベールの咽を鳴らして笑う声が聞こえた。
「教授は、盗み聞きがご趣味でいらっしゃいましたか」
全て知っているかのように、アルベールは歌うように声をかけてきた。
スネイプは眉をひそめて、だが姿を見せることはしなかった。
「風も、ようやく私の味方をしてくれたようです。100回振られたのも、これで無駄にならずに済みますよ」
アルベールは勝ち誇ったように喜々として謳った。
「せっかく忠告して差し上げたのに。自ら喧嘩してくださるなんて、お優しい方々ですね」
「粋がるなよ、若造。これでを手に入れたとでも思っているのか」
「えぇ。ほぼね。お二人の間にひびは入りましたから、後は粉々に砕くだけですよ」
「そんなに簡単に渡しはせん。貴様が手を下すまえに、修復することも可能だ」
「どうやって修復すると。その手立てがあるのですか」
「なんだと」
互いに姿が見えないままだが、アルベールが唇をいやらしく釣り上げたのが感覚でわかった。
「修復する以前の問題なのですよ。貴方とは、もとより噛み合わない歯車を無理矢理噛ませていたのですから」
「・・・・」
「回せば回すほど、互いを傷つけていく。もういい加減諦めて、私に彼女を譲ってください」
「対した自信だな。貴様ならば、と歯が合うとでもいうのか」
スネイプの問いかけに、アルベールは咽を震わせて答えた。
闇を孕んだ笑い声は、硬質な足音とともにスネイプから遠ざかっていった。
残されたスネイプは、壁に背を預け、ずるずるとその場に座り込んだ。
眉をひそめ、目を閉じれば、そこには愛する女の姿が映った。
「・・・」
愛する人は、スネイプから目をそらし、悲しげに俯いていた。
彼女の笑顔を取り戻す方法が、見つからない。
肩にのしかかった重たい呪いに、スネイプはじわじわと蝕まれていった。
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