ドリーム小説
NEWT試験の結果が返ってきた。
さまざまな結果に浮かれる者もいれば、ひどく落ち込む者もいた。
成績表を開き、は点数を上から順にゆっくりと確認した。
「マルクス。お前、結果どうだった?」
「わりと良かったさ。魔法史が124点。なんとか希望の進路にいけそうだ」
「ちぇ。いいよなぁ。俺なんて一番いいので天文学112点だぜ」
「悪くないだろう。まぁ、先生も今年の試験は難しかったって言ってたし。あまり落ち込むな」
同級生たちが成績の話をしながら通り過ぎていく。
は成績が書かれた羊皮紙に顔を埋め、そして嬉しさにこみ上げる笑みを隠した。
・ NEWT試験成績
呪文学 126点
魔法薬学 152点
魔法史 135点
薬草学 197点
□■□わたしとスネイプ先生の奇妙な学園生活 <12>□■□
7年生の卒業まで、10日を切った。
試験の成績をもとに進路を決めるため、各寮監の自室で面談が行われた。
が研究室を訪れるのは、スネイプと喧嘩して以来だった。
面談は、他の生徒と同じように滞りなく行われた。
「薬草学の成績が大変すばらしい。学年トップだ。魔法薬学においても学年2位か。努力の賜物だな」
「ありがとうございます」
スネイプの向かいのソファーで、は満足げに微笑んだ。
「希望の進路はあるのかね」
「はい。二つほど。まだ迷っています」
は、二つの羊皮紙をスネイプに差し出した。
スネイプはそれを受け取り、まじまじと見ると、目を細めた。
それらはどちらも、に届いた要請状だった。
『聖マンゴ魔法疾患傷害病院直轄 新種の薬草開発研究部』
『ボーバトン魔法アカデミー 薬草学教育実習生』
どちらも、ぜひに来てほしいとの一言が付け加えられていた。
「贅沢な二択だな」
「切り捨てるのがもったいなくて、決めかねています」
「聖マンゴは。君は、薬草の研究に興味をもっていたのではないのかね」
「その気持ちは強いです。ですが、ボーバトンからのお誘いもいいかなと」
スネイプが羊皮紙から顔を上げると、彼女と目が合った。
は、さっきからずっとスネイプを見つめていた。
「遠くへ行きたいんです」
は笑みを深くした。
「ホグワーツを離れて、自分の力を試してみたい気持ちもあるんです」
「なるほど」
は静かに頷いて笑う目を細めた。
それはどこか遠くを見ているようだった。
*
一人になった研究室で、スネイプはソファーに背を預けて長いため息をついた。
足を組んだときにつま先がテーブルに当たって、卓上の書類がはらりと落ちた。
スネイプは視線だけをそれに向けた。
『ボーバトン魔法アカデミーは、貴君・を、本校の優秀な人材育成のために
最高のもてなしをもって厚く迎えいれたい』
の優秀さはわかっていたスネイプだったが、まさか他国からの迎え入れが来るとは予想していなかった。
『遠くへ行きたいんです』
の目は、スネイプの向こう側を見つめていた。
彼女は、スネイプから離れる道を選ぶかもしれない。
そうすれば、もう会うことは容易にはかなわない。
「手放してやるべきか」
スネイプは天井に向かって囁いた。
このままスネイプの手の中で縛り付けたのでは、の才能をつぶしてしまう。
だが、容易には手放せないほど、スネイプのへの想いは強かった。
スネイプは緩慢な動きで起き上がると、机の方へと向かった。
そして、引き出しを開けて中から一粒の花の実を取り出し、光にかざして眺めた。
命短し 恋せよ乙女
『愛は、その愛するものを独占しようと願つてゐる』 −萩原朔太郎−
相手を独占しようとする強すぎる想いは、時として周りの人を傷つけることがある。
自分の中だけで燃えていた炎が、想いの強さゆえに、主人にすらコントロールできず、飛び火する。
そしてその炎には、相手への想いととともに、自身の誇りがつまっているのだ。
卒業を間近にして、ドラコとの関係はある日突然、簡単に決着がついた。
それは卒業7日前の夜、が借りていた全ての本を図書室に返しに行った帰りだった。
廊下を歩いていて、はハーマイオニーに声をかけられた。
「さん。もうすぐ卒業ですね」
「そうね。名残惜しいわ」
「残念です。もっとたくさん、教えてほしいことがあったのに」
「もう少し早く知り合えていればよかったわね」
和やかな雰囲気で二人は会話をしていた。
ハリーとロンが遅れて追いついて、三人がに別れを告げて去ろうとしたときだった。
三人組の後ろから、怒鳴り散らす者が現れた。
「穢れた血め!に近づくな」
現れたのは、を探しにきたドラコだった。
彼は、汚いものを見る目でハーマイオニーを睨み付けた。
ハリーとロンが、ハーマイオニーに変わってドラコに食って掛かった。
は、悔しそうに唇をかむハーマイオニーの肩に手を置き、鋭い視線をドラコに送った。
*
「謝れとは言わないわ。でも、さっきの君の言動には呆れ果てるわ。ハーマイオニーが何をしたというの」
「穢らわしいその名を呼ぶな。耳が腐る」
ドラコは眉間に皺を寄せて、綺麗な顔を崩して嫌悪を露わにした。
結局、近くを通りかかったマクゴナガルが喧嘩を止めてくれた。
談話室に戻ってきても、ドラコの怒りはまだおさまらない。
はそんな彼を、卒業の書類を見る片手間で眺めていた。
「純血主義も、あんまり過ぎると体に毒よ」
そこまでハーマイオニーを嫌う理由が、にはわからなかった。
ドラコは、信じられないという目でを見た。
「お前には、純血のスリザリンとしての誇りがないのか」
「全然ないわけではないけれど、あなたほどはないわね。君は他寮の子にも偏見を持ちすぎよ」
「信じられない。よく、あの野蛮な獅子たちと会話など、」
「それで。あなたが言いたいのは、なに。グリフィンドールと付き合うなってこと?」
は眺めていた書類からドラコに顔を向けた。
と目を合わせたドラコは、僅かに身じろいだ。
ドラコを見る彼女の目は、氷のように冷たく無関心だった。
ドラコが黙ったのを、は肯定と受け止め、重いため息をついた。
「馬鹿馬鹿しいわね。スリザリンは、スリザリン内でのみ付き合えとでも言いたいの?そんな狭い世界で
生きろと。つまらないわ。そんなつまらない子だとは思わなかったわ、マルフォイ君」
冷たい目に威圧され、ドラコは自尊心を傷つけられ、頭の中を一気に熱が駆け上った。
ここが、他に生徒がいる談話室だと言うことを忘れ、ドラコは大声で怒鳴り散らした。
「黙れ!スリザリンの血を穢す、薄汚い女が」
「とんだ貴族様ね。幼くとも、紳士としての礼儀はわきまえていると思っていたのに」
構い続けても意味がないと、はため息をついて自分から言い争いをやめた。
がっかりしたの表情に、ドラコも自分の発言が言い過ぎだったと悟った。
だが、今更引っ込められるわけもなく、が静かに立ち上がるのを黙って見ていた。
「一つ、言っておくわ」
「・・・・」
「スリザリンの血を穢す?失礼ね。私はね、どの寮よりもスリザリンを愛しているわ。スリザリンの寮も、生徒も、
そして寮監も、全てを。だから、スリザリンの名に恥じぬ行動をとるの。ねぇ。それを貶めているのは、だれ?」
は傍らに置いたローブと書類をまとめると、ドラコに背を向けて女子寮へと姿を消した。
残されたドラコは、返す言葉が見つからない自分に苛立ち、拳をふるわせていた。
周りにいた数人の生徒たちも、恐れながら部屋へと引っ込んでいった。
行き場のない苛立ちに、ドラコはテーブルに置かれたカップを床に払い落とした。
*
は部屋の窓に腰掛け、夜の空を眺めていた。
机の上には、ボーバトンからの要請状がおざなりに置かれていた。
はドラコとの言い合いにため息をついた。
自分が言ったことを後悔しているわけではなかった。
「価値観が違うと、恋はできないのね」
ドラコとでは、決定的に考え方が違うことがある。
それは育った環境や教えられた教養で差異が生じる。
それを理解し、受け入れられれば関係は変わるかもしれないが、あの我が侭な王子様と考えを同じくするのは
ひどく骨が折れるとは思った。
恋をするのなら、ともにいて、心落ち着く人がいいとは思った。
「それで、なんで思い出すのは貴方なのでしょうか」
見上げる月の中に思い出される顔は、あの憎たらしいくらいに冷たい寮監だった。
スネイプのことを思い出すと、の胸は締め付けられた。
ただの一回の喧嘩で忘れられるほど、簡単な想いではなかった。
卒業三日前。
7年生は、寮監に卒業後の進路希望を提出しなければならない。
は、スネイプの研究室を訪れた。
スネイプは老眼鏡をかけて、机の上に置かれた他のスリザリン生の進路書類に目を通していた。
は、スネイプに丸めた羊皮紙を手渡した。
スネイプはそれを受けとりながら、
「決めたのかね」
「はい。よく考えて、決めました」
スネイプは、羊皮紙を慎重に広げて内容に目を通し、そして噛みしめるようにゆっくりと目を細めた。
「新学期からは、同業者だな」
スネイプは眼鏡を外して、鼻を鳴らして笑った。
も唇を緩めて微笑んだ。
書類の最後には、綺麗な筆記体で・の署名が綴られていた。
この下に、寮監と校長の署名を書いて送れば、は正式にボーバトン魔法アカデミーの教育実習生として
迎え入れられる。
「スネイプ先生の秘書をやらせていただいて、教師も面白いかなと思っていました。それに、向こうの学校の
温室をお借りして、実習の傍らで薬草の研究をしてもいいと許可をいただいたんです」
「なるほど。それは利が多い」
「ただ、言葉と文化の壁が心配ですが」
「心配ない。向こうも英語での授業が可能だ。まぁ、文化の違いは仕方あるまい」
スネイプが杖を振ると、羽ペンがふわりと浮いて、インク壺からスネイプの手の中へとおさまった。
もう一度、スネイプはの進路書類に目を通した。
他の生徒のよりも時間をかけて眺め、ゆっくりと目を閉じると、に聞こえないように息をついた。
の名前の下に、『寮監 セブルス・スネイプ』と署名した。
この下に、校長の署名をもらえば、晴れて書類は受理される。
「せいぜい、頑張りたまえ」
スネイプは椅子に座ったまま、に手を差し出した。
は少し驚いたような顔をした。
だが、それも笑顔に変わり、机を挟んではスネイプと握手をした。
きっと、他の生徒ともこうして握手を交わし、7年間見守った子たちに別れを告げているのだろう。
「お世話になりました」
「幸運を祈る」
そう言って送り出してやるのが、寮監としての最後の務めだった。
二人はゆっくりと手を解いた。
の指先は、名残惜しげにスネイプの指を撫でた。
それに、スネイプが気づいたかはわからない。
気づいてくれなくてもいいと思った。
*
スネイプの部屋を出て、は重い扉に背を預けて地下牢の天井を仰いだ。
ゆっくりと息を吐き出す。
緊張が解けると目頭が熱くなってきた。
じわじわと胸に上ってくる熱と痛みを抑えるために、深く呼吸した。
「これでいいよね・・・」
後悔などない、とは自分に言い聞かせた。
スネイプに握られた右手が熱く、まだ少し汗ばんでいた。
はローブを翻し、スネイプの研究室を後にした。
卒業二日前。
スリザリンの談話室は、クィディッチで勝利したときを勝る勢いで賑わっていた。
卒業を明日に控えた7年生を送り出すべく、下級生たちがパーティーを開いた。
いつも静かで陰気な談話室内に、お菓子が飛び交っていた。
あちらこちらでバタービールのグラスをぶつける音がしていた。
「先輩、卒業しないでください〜・・・っ」
「なんでフランスになんか行っちゃうんですか・・・」
「あぁ、もう泣かないで。ひどい顔ねぇ」
普段は近寄っても来ないのに、明日卒業ということで皆が感傷的になっていた。
も、すがりついてくる可愛い後輩を振り払うこともできず、苦笑して慰めた。
「フランスなんて海を渡ってすぐよ。近い近い」
「遠いです〜・・・。会いたくてもすぐには会えないですよ・・・」
「大丈夫よ。新学期になったら、忙しくて卒業生のことなんて思い出す余裕もないわ」
慰める言葉は、かえっての心を抉ることになった。
自分で言ったとおりだ。
時は流れ続ける。
時間に追われ、忙しさにきっと過去は忘れられていくだろう。
それは自分にとっても、きっと彼にとっても。
・という、生徒であり、秘書であり、恋人であった存在がいたことも、きっと忘れていくだろう。
*
談話室の喧噪も、日付が変わる頃にはだいぶ収まり、ほとんどの生徒が自室に戻っていった。
騒ぎ疲れてソファーや床で眠ってしまっている者もいた。
も部屋に戻ろうと、散らかった談話室を一瞥した。
ふと、自分を見つめる人に気づき、は男子寮の入り口に視線を止めた。
ドラコが、を見つめていた。
振り返るような姿でを見つめるドラコは、相変わらずきつい顔をしていた。
は睨むでも声をかけるでもなく、ドラコと目を合わせていた。
先に目をそらしたのはドラコだった。
何か言いたかったのかもしれない。
あの喧嘩以来、一言も口を利いていなかった。
ドラコから謝ってくることはないとは思っていたし、自分が謝る理由もないから、そのままにしていた。
明日も無視してきたら、最後に別れの言葉ぐらいかけようとは考え、部屋に戻った。
卒業式前日の夜も、空に浮かぶ月は美しく、星々はきらきらと瞬いていた。
まるで、の門出を祝福してくれているようだった。
皆が寝静まった真夜中、はホグワーツでの最後の夜間飛行に出かけた。
頬を撫でる少し冷たい風も、ゆらゆらと月を映す湖も、ホグワーツを取り囲む山々の風景も、明日でお別れ。
はホグワーツ城を真上から見下ろした。
高い尖塔をそびえ立たせるホグワーツ城、その横にはクィディッチ競技場が厳かに眠っていた。
暴れ柳を起こさないように、ある程度の高度を保っては飛んだ。
城の周りを一周するように飛べば、月の光を浴びた、広大な禁じられた森が姿を現した。
「こんなに広かったんだ・・」
ふと、の頭をかすめたのは、雪降り積もる日の記憶だった。
二人でゴートンに別れを告げた場所を、無意識に目で探してしまった。
だが、暗闇が邪魔して場所は見つけられず、は諦めて森に背を向けた。
ホグワーツを半周したところで、城の裏手に辿り着いた。
は高度を低く、速度を落として飛んだ。
が好んで訪れていた薬草学の温室が視界に入った。
箒を入り口に立てかけ、はそっと扉を押した。
温室の扉を開くと、冷たい外とは相まって、暖かな春の風がの頬を撫でた。
足下に点々と続く暖かな色のランプに救われ、は細い通路をゆっくりと歩いた。
が世話をしていたニガヨモギは、艶やかな緑色の葉を生い茂らせていた。
この場所ともさよならだ。
は温室の奥の隅に辿り着いた。
数ヶ月前には、ここに蒼いバラが咲いていた。
今は、何もない。
は何だか哀しくなり、眉を落とした。
*
「あと一日で卒業だというのに、最後の最後に校則違反かね」
物音すらしなかったのに、突然背後から声をかけられ、は飛び上がるくらい驚いた。
慌てて振り返ると、杖先に小さな明かりをともしたスネイプが立っていた。
「スネイプ先生・・・。見回りですか」
「あぁ。卒業前夜、毎年我を忘れて突飛なことをする生徒が後を絶たんのでな」
「それはご苦労様です」
「自寮から卒業前夜の違反者を出すのは、本当に何年ぶりだが」
スネイプは嫌みを言って、ため息をついた。
は観念して、きちんとスネイプと向き合った。
「罰則は受けます。明日までは、ホグワーツ生ですから」
「それはこちらから願い下げだ。明日で寮杯が決まるというのに、何がおかしくて自寮の得点を下げる寮監がいる」
スネイプは杖先の光を消して、杖をローブの中へとしまった。
足下の光だけで、お互いの表情もわかるくらい十分に明るかった。
「それで。ここで何をしている」
「散歩です。最後に、ホグワーツをよく見ておこうと思って」
「いつも夜、空を飛んで、見飽きたのではないのかね」
「・・・知ってらしたんですか」
驚くに対して、スネイプは「何を今更」と呆れた。
は絶対に誰にもばれていないと自信を持っていた自分が何だか恥ずかしくなった。
「我が輩を甘く見るな。ばれていないと思ったか」
「人が悪いです・・スネイプ先生」
鼻息荒く叱るスネイプに、は素直に謝った。
*
二人で並んで、バラが咲いていた場所を見下ろした。
土が綺麗にならされて、初めから何もなかったかのようだった。
「あの蒼いバラは、もう植えないんですか」
バラがあった痕跡すらなく、はなんだか寂しくなった。
もしかしたらスネイプは、自分との思い出を消すためにやったのか、とは少し不安に感じた。
スネイプはの問いに答えず、ローブの中に手を差し入れた。
そして小さな粒を取り出すと、それをに差し出した。
「。手を」
はよくわからないまま、それを受けとった。
スネイプから渡されたのは、小さな蒼い実だった。
薬草に長けたには、それが何だかすぐにわかった。
ブルーベリーのようにも見えるそれは、蒼いバラの種だった。
「これは・・」
「ボーバトンは暖かいところだと聞く。バラを植えるには丁度良かろう」
は驚いた目でスネイプを見上げた。
スネイプはちらりとを見て、それからすぐに目をそらしてしまった。
はスネイプの横顔を見つめた。
「仕事に余裕が出てきたら、植えるといい」
「はい・・・」
「咲かせてやれば、ゴートンも喜ぶ」
「はい・・・。大切に、育てます」
は愛しげに花の実を見つめた。
スネイプからの卒業祝いを、大切に両手に収め、祈るように額を押し当てた。
*
広い温室の通路を、二人は話をしながらゆっくりと出口へ向かって歩いた。
二人で世話をした薬草や花々を見下ろしながら、が前を歩いた。
「出立はいつだ」
「3日後です」
「随分せわしないな」
「早く向こうに行って、いろいろと準備しなければ」
新しい環境へと入っていく不安がの中では大きかった。
「。本当に、教職などでよかったのか」
「はい。ボーバトンは自分で決めた道です。後悔などしていません」
は後ろを振り返った。
不安はあるが、は笑っていた。
「ボーバトンか。遠いな」
「ふふ。先生、下級生と同じこと言ってます。近いですよ、ボーバトンは。海を渡ったら、」
「だが、もう容易に会えなくなるな」
スネイプの声が、どこか寂しげだった。
スネイプも少しは寂しがってくれるのだろうかと思うと、は嬉しかった。
「そうですね。もう、簡単にお茶をできる距離ではないですね。残念です。先生のお茶のセンス、好きだったのに」
「また、飲みたくなったら来ればいい」
「嬉しい申し出ですが、私にはもう時間がありませんから」
もう、スネイプの研究室に行く時間も、穏やかなティータイムを共有する時間もなかった。
のタイムリミットは、刻々と迫っていた。
ボーバトンへの出発は、スネイプとの別れを意味していた。
は入り口で止まり、スネイプの方を振り返った。
の顔は笑ってはいたが、寂しさは隠しきれていなかった。
「7年間、お世話になりました」
「あぁ」
「花の実、大切にします。綺麗に咲かせますから」
「ゴートンの苦労の成果だ。時々、思い出してやってくれ」
「はい。でも、花が咲いたら、きっと私はスネイプ先生のことを思い出します」
は、胸の中に詰まっている想いを言葉にして伝えた。
を後押しするように、風が彼女の背を押し、短い髪を揺らした。
「ホグワーツ最後の一年。恋をすることの大切さをたくさん教えてくださったのは、スネイプ先生ですから」
は笑った。
その綺麗な笑顔に、スネイプは見とれた。
彼女は、見違えるほど美しい笑顔をするようになっていた。
スネイプは、を正面から見据えた。
「感謝しています。スネイプ先生」
「恋なんてしなければよかったと、思っているのではなかったのかね」
「いいえ。恋をしてよかったと、思っています」
は恥ずかしそうにはにかんで、スネイプから視線をそらして微笑んだ。
「恋というのは、相手を欲しがる我が儘な自分の心なんだと知りました。でも、自分の想いばかりを優先させて
押しつけてしまうと、恋は崩れていく。そう感じました」
「それが、君の最終的な答えかね」
「はい。だから、感謝しています。あのとき、私の我が儘を叱ってくれた先生に、とても感謝しています」
離れていた時間が、をまた一つ成長させた。
スネイプはただ一言、「上出来だ」と唇を滑らせた。
は嬉しそうに笑って、踊るように外へ出た。
信じない
愛してるとか
君が好きだとか
そういうこと平気で言う男の人なんて
絶対信じない
でもね
本当は言ってほしかったの
二度はいらない
一度でいいから
は立てかけた箒を手に取って石畳を進んだ。
スネイプは温室の扉を閉めたところだった。
はスネイプと距離を置いて、彼の背中に声をかけた。
一つ大きく息を吸って、
「スネイプ先生。私は今でも、あなたのことが好きです。触れたいと思う気持ちも変わりません」
スネイプは振り返り、を見つめた。
スネイプは何も答えなかった。
は気にすることなく、問いかけた。
「あの約束は、まだ有効でしょうか」
蒼いバラの前で誓った約束を、覚えていますか
「世界が終わるとき、私の傍にいてくれますか」
他の誰かではなく、傍にいてほしいと思うのは、もうずっと一人だけだった
「私がどんな遠いところに行っても、世界が終わるときには、傍にいてくれますか」
箒を握る手に、力が込められた。
スネイプの後ろにそびえる温室の通路ランプが、チカチカと穏やかに瞬いていた。
薄暗い灯りに照らされ、スネイプが薄く笑ったのがわかった。
それだけで、の心は満たされた。
の唇が、綺麗に弧を描いた。
はゆっくりと礼をし、スネイプに背を向けて箒にまたがった。
トンッと軽く地面を蹴って、ふわりと宙に浮かんだ。
寮を目指し、高度をあげた。
*
人の身長ほど浮き上がったところで、は箒を持つ手首をつかまれ、思い切り引っ張られた。
不測の事態に、は片手を放してバランスを崩した。
引っ張られた方へとぐらりと体が傾いた。
「あっ、」
「誰が行っていいと言った」
乗り手を失った箒が、カランと音を立てて石畳に落ちた。
スネイプは落ちてきたに両手を伸ばし、受け止めた反動で数歩退いた。
スネイプの両手に抱き留められ、はストンと地面に降ろされた。
訳がわからないを、スネイプは、
「まったく・・・」
深いため息をついて、そして思い切りを抱きしめた。
「スネイプ先生・・・?」
「自分の気持ちだけぶちまけて、去っていくつもりかね」
「あの、」
「恋が、相手を欲しがる傲慢な心だと言うのなら、我輩の想いはどうなる」
スネイプは、にすがるように抱きついた。
はスネイプの肩に顎を乗せ、彼の息詰まるような言葉に耳を傾けた。
「耐えていたのは、君だけではないのだよ」
スネイプの手が、の体をきつく抱きしめた。
息が止まりそうだった。
スネイプの切ない想いが流れてきて、胸が締め付けられた。
スネイプの体が少し離れ、彼女の耳元に唇を寄せた。
ぼそりと呟かれた言葉に、は眉をひそめ、唇を噛みしめて涙をこらえた。
『愛している。』
はスネイプの肩に顔を押しつけた。
の涙は、スネイプのローブに吸い込まれていった。
「どうした」
「・・・もう一度、言ってください」
「却下だ。二度も言えば、言葉が軽くなろう」
スネイプは、の柔らかな髪に顔をうずめ、香りを吸い込んだ。
小さな声で「狡いです・・」と抗議が聞こえ、スネイプは肩を揺らした。
「」
また、耳元で甘い声が囁いた。
赤く染まったの両頬に手を沿え、上を向かせて、スネイプはゆっくりと唇を重ねた。
二人の口付けは永遠のように長く、指を絡ませ、互いに離れることを拒んだ。
慣れ親しんだ地下の冷たい部屋で、とスネイプは体を重ねた。
薄暗いオレンジ色の灯りの下、何も身に着けず、体が溶け合うまで抱き合った。
がスネイプを呼びなれた名で呼ぶと、スネイプの指がの唇を塞いだ。
「抱いているときに先生などと呼ぶな。興ざめしてしまう」
「じゃ・・なんて呼べば、」
「好きに呼べばよかろう。ただし、『先生』以外でな」
「・・・じゃぁ・・・。セブルス・・・?」
はじめて呼んだ彼の名に、は気恥ずかしくて顔をそらした。
スネイプは苦笑しての手のひらにキスをして、
「好きなだけ呼べばいい。明日からは、しばらく言えなくなる」
「・・・ん・・・・セブ、ルス・・・っ」
甘く切ない、彼を求める声が、薄暗闇に溶けて消えていった。
は泣くように何度も彼の名を呼んだ。
彷徨い宙をかく彼女の手に、スネイプは指を絡ませて、細い体をきつく抱きしめた。
『世界が終わるとき、私の傍にいてくれますか』
『あぁ。君が望む限り、傍にいよう』
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