ドリーム小説
二人が晴れて恋人同士になってすぐのこと、が風邪をひいた。
汗をかくほど熱い温室と、雪の積もる寒い室外とを行き来して薬草の手入れをしていたことが原因だった。
くしゃみが止まらなくなり、熱っぽい日が続いていた。
「。大丈夫か?」
「くしゅん・・・っ。平気よ。ありがとう、マルクス」
「マダム・ポンフリーに薬をお願いしたらどうだ。授業も休んだ方がいい」
「そんな重病じゃないわ。それに、授業は休めないもの」
生真面目な性格のは、無理をしてでも授業に出るつもりだった。
食欲なんてなかったが、なんとか無理をして朝食を食べた。
暖房の効いているはずの大広間でも、暖炉のある寮にいても、凍えるように寒かった。
は我慢して、厚着をして授業に出かけた。
□■□わたしとスネイプ先生の奇妙な学園生活 <10>□■□
体調が悪い状態で受ける授業は、どれも集中できず、気分は最悪だった。
占い学は、教室中にアールグレイのきつい匂いとお香の煙が漂って吐きそうだった。
薬草学は、真夏のようなビニルハウスに40分もいるしかなく、厚着をしているにとってはサウナ状態。
飛行術は、肌を刺す冷たい空気に凍え、意識が朦朧とした。
そして、今日の最後の授業は魔法薬学だった。
暖炉のない薄暗い地下教室での授業、そして噎せ返るような薬草の調合の匂いに、
「・・・・・・(吐きそう)」
いくらの得意教科で、スネイプの秘書も務めているとはいえ、体調不良の状態ではきつかった。
だが、調合の混合比を間違えでもしたら、命に関わる事態になることもある授業である。
は吐きそうなのを口を手で押さえながら、耐え凌いだ。
ようやく本日最後の授業が終わり、生徒たちは意気揚々と教室を出て行った。
は最後の一人となり、スネイプの片付けを手伝っていた。
もちろん、の体調に気づいていないスネイプではなかった。
「。風邪かね」
「はい・・・」
「かなり悪そうだな」
「正直、良いとは言えません・・・」
の顔色はかなり青かった。
目の下には、しばらくぶりの隈が浮き出ていた。
「熱はあるのかね」
スネイプはの額に手を当てた。
冬だというのに、の額は汗ばんでいて、スネイプの手のひらに高い温度を伝えた。
それからスネイプは、の首筋に指を当てた。
「熱が高いな。それに、脈も速い」
「・・・くしゅんっ」
「くしゃみも出る。となれば、薬を飲んで安静にするのが一番よい。昼食は食べたのかね」
「はい・・・一応」
正確に言えば、無理矢理胃に押し込んだのだった。
食べ物の話が出て、は気持ちが悪くなってきた。
喉の奥から酸がこみ上げてきて、口の中に唾がたまった。
「
吐きそう
・・・」
は眉間に皺を寄せて口を手で押さえた。
スネイプも流石に少し焦った。
「薬を持ってくる。ここにいたまえ」
「・・・はい」
スネイプは早足で教室を出て、マダム.ポンフリーのところへ薬を取りに行った。
残されたは、息をついて椅子に腰掛けた。
だが、おさまっていた吐き気が一気に喉を駆け上がってきて、は音を立てて椅子から立ち上がった。
壁側の流しにかけより、蛇口を思い切りひねった。
*
スネイプはしばらくして、小さな薬瓶を抱えて地下教室に戻ってきた。
だが、教室に入って、の姿がないことに気づき、不安になった。
水が流れる音がして、スネイプは流しの方へと目を向けた。
「っ」
は流しに寄りかかってぐったりと座り込んでいた。
スネイプは、吐瀉物の独特の匂いを嗅ぎつけ、が吐いたのだとすぐに察した。
「。大丈夫かね」
「・・・はい。ちょっと気持ち悪い・・です」
「起こすぞ」
スネイプは彼女の手に触れ、その体温が異常に高いのに顔をしかめた。
体を起こしてやっても、は足がふらついていて、とても危なっかしかった。
医務室に連れて行くのが一番良いが、スネイプは自室と医務室とを行き来するのが面倒だった。
彼女を看病できて自分の負担も少ない、一番手っ取り早い方法をスネイプは選んだ。
「ウィンガーディアム レビオーサ」
スネイプが杖を振ると、の荷物がふわりと宙に浮いた。
スネイプは杖と薬瓶をローブの内側にしまうと、椅子にぐったりと腰掛けるを軽々と抱き上げた。
体調が悪くとも、は流石に慌てた。
「先生、降ろしてください・・・」
「足下がふらついている奴が何を言う」
「自分で歩けます。・・・重いですから」
「女一人抱えられぬほど、我輩は非力ではない」
に有無を言わせず、スネイプはスタスタと足を進めた。
二人の後を、彼女の荷物がふわふわと追いかけた。
スネイプはいつもの地下研究室にを運び込んだ。
てっきりソファーに座らせられるのだと思っていたは、更に奥の部屋へと連れて行かれた。
はじめて入るそこは、明らかにスネイプの寝室だった。
何か想像するものがあり、は風邪の熱とは関係なく耳を赤くした。
「むさ苦しい部屋で悪いが、今はここで休みたまえ」
スネイプは、ベッドの枕元にを優しく降ろした。
スネイプが小さな声で呪文を唱えると、枕元のランプがオレンジ色の明かりをともした。
は部屋の中を見回した。
スネイプの匂いを感じさせるものがたくさんあって、胸が高鳴った。
「レディは汚い男の部屋で休むのはお嫌かな」
「いえ。綺麗だと思いますが」
「普段はもう少し整っておる。まさかここに女性を入れることになるとは思ってもいなかったのでな」
薄暗闇でにやりと笑うスネイプが何だかいやらしかった。
「寮の者には、は保健室で絶対安静だと伝えておこう。寝苦しければ、軽装で寝たまえ。
夕食は、何か食べられるかね」
食べ物のことを思い出すと、は「うぐ」と顔色を変え、また口を手で覆った。
スネイプはため息をつき、納得した。
「わかった。だが、水分は必ずとることだ」
スネイプの杖の一振りで、枕元に水が置かれた。
「我輩は夕食に行ってくる。大人しく寝ていたまえ」
「はい」
「逃げ出すなよ。」
「私が逃げ出したいと思うようなことをなさるおつもりなんですか」
「いや。帰ってきて君がいないと、探すのが面倒なのでな」
「私は犬か猫ですか。どこにも行きません。動く気力もありませんし」
は出してもらった水に口を付け、ほぉと息をついた。
「お言葉に甘えて、ここで休ませていただきますね」
「ゆっくり休みたまえ」
は弱々しいながらも、笑顔でスネイプを見送った。
スネイプは、名残惜しげに背を向けて、部屋を出て行った。
静かになった部屋で、はもう一口グラスの水を飲んだ。
それから、主のいない寝室をぐるりと見渡した。
壁側の本棚には、難しい本がずらりと並んでいた。
本棚とタンスとベッドと椅子しかない、簡素な寝室だった。
はローブを脱ぎ、セーターと靴下を脱いで簡単にたたみ、椅子の上に置いた。
ネクタイを外し、ブラウスのボタンをくつろげて、ベッドの上に横たわった。
枕もシーツも掛け布団も、すべてにスネイプの匂いが染みついていた。
自分のとは違う他人の・・・恋人の匂いに、は胸がドキドキした。
(なんか、落ち着く・・・)
もぞもぞと布団の中に入り、枕に顔を埋め、深く香りを吸い込むと、スネイプに抱かれているような錯覚を覚えた。
は安心して目を閉じ、夢の世界に旅立った。
スネイプは夕食を済ませると、暗い薬学教室でに飲ませる栄養剤を作っていた。
鍋いっぱいだった液体は、完成するとタブレット3粒分にまで濃縮された。
エメラルド色のタブレットをケースに入れ、スネイプは急ぎ足で部屋に戻った。
自室とはいえ、今はが寝ている。
寝室への扉をノックするが、返事は返ってこなかった。
「。入るぞ」
音を立てずに扉を開けると、ベッドの布団がこんもりと山になっていた。
布団がゆっくりと上下しているので、が寝ているのだとわかった。
枕元にタブレットケースを置き、スネイプは空いている椅子をベッドに引き寄せて腰掛けた。
は布団から顔半分だけを出して、すぅすぅと寝息を立てていた。
「寝顔は年相応だな」
普段の大人びたとは違う、可愛らしい寝顔にスネイプは口元を緩めた。
スネイプは手を伸ばし、汗で額に張り付いた髪を払ってやった。
すると、の睫毛がぴくりと動いて、閉じられた目が細く開いた。
「すまん。起こしてしまったか」
「あ・・・・・・おかえりなさい」
「起きなくてよい。そのまま寝ておれ」
スネイプは彼女の額に手を当てた。
熱は依然として高く、の頬は赤く、口から零れる息も熱かった。
「栄養剤を作ったが、飲めるかね」
「・・・今は、あんまり。何も口にしたくないです」
「錠剤だ。水で流し込めばいい」
「・・・それぐらいなら」
スネイプはケースからタブレットを取り出すと、の口元に運んだ。
は促されるまま錠剤を口に含み、スネイプにグラスを傾けられて水でそれらを流し込んだ。
「他に何か欲しいものはあるかね」
「いえ、特には。・・・それよりも、熱いです」
訴えるの目は虚ろで、焦点が合っていなかった。
「熱が出て汗をかけば、すぐに治る。今飲んだ錠剤には解熱作用もある。一晩我慢したまえ」
「はい・・・がんばります」
は話す気力もあまりなく、ゆっくりと目を閉じた。
そしてまた、現実と夢の間を行き来した。
*
目を閉じて眠りの淵に片足を入れ、しばらくしてスネイプが動く音がした。
だが、の瞼は重く、目を開けるのも億劫で、そのまま眠ることにした。
またしばらくして、スネイプが部屋に戻ってくる音がした。
の意識は半分以上夢の中に入りかけていた。
「口を開けなさい」
スネイプの声が聞こえて、はゆっくりと薄目を開けた。
ぼんやりとだが、黒いローブとスネイプの手が目の前に見えた。
思考力が薄れているは、スネイプに言われたとおりに小さく口を開けた。
冷たくて固い何かが唇に触れて、スネイプの指がそれをの口内へと押し込んだ。
「・・・つめた・・」
「氷だ。これぐらいなら口にできるだろう」
「・・・・・おいしい、です」
口に入れやすいようにと、スネイプが氷を小さく砕いてくれたのがわかった。
彼の気遣いに、は夢うつつながら、胸の中が幸せでいっぱいになった。
口の中の氷がなくなると、スネイプは新しい欠片をの唇に押し当てた。
目をつむり、されるがまま従順にはそれを口の中に入れた。
安らいだ顔で氷を受け入れるに、スネイプはホッとした。
まるで鳥のヒナの世話をしているようで、思わず口元が緩んだ。
三つ目の氷を彼女の口の中に入れてやった。
水に濡れた手を引っ込めようとしたところで、の手がスネイプの指をひしりと掴んだ。
は眠ったように目を閉じていたが、彼女の手はスネイプの指を放さなかった。
「、」
「
そば、に
・・」
寝言のような小さな呟きは、途中で途絶えてしまい、はそのまま動かなくなってしまった。
彼女の唇から規則正しい寝息が聞こえ始め、眠ったのだとスネイプは察した。
幼い子のようにひしりと指を掴む手が、愛しかった。
可哀想だと思ったが、スネイプはゆっくりと彼女の手をほどいた。
柔らかな短い髪を優しく撫で、顔にかかる髪を耳にかけてやった。
スネイプは物音を立てないように足音を消して、部屋を出て行った。
夢の中で、あなたに会いたい
スネイプは暖炉がある書斎に移ると、ソファーに体を横たえた。
病人の看病などいつぶりだろうかと、慣れないことをする自分に肩を揺らして笑った。
ふぅ、と疲れのこもった大きなため息をついて、顔の上に自分の手をかざした。
天井の薄暗いランプを、指の間からぼぉっと見つめた。
そしてゆっくりと目を閉じると、瞼の裏に愛しい彼女の顔を思い浮かべた。
『スネイプ先生』
柔らかな髪を揺らして、聡明な笑顔をスネイプに向ける彼女がいた。
瞼の裏の彼女が、スネイプに手を差し出す。
スネイプはその手を取り、彼女を胸の中へ引き寄せた。
現実世界の彼女にも、早く元気になってほしいと切に願った。
そしてゆっくりと、スネイプは夢の世界へ旅立った。
「・・・」
愛しい者の、呼び慣れない名前を呼んで。
*
ようやく夢の世界に入り込めたものの、は熱に浮かされ、苦しみ喘いでいた。
一人で病と闘うことを寂しく感じていた。
暗闇の中で手を伸ばし、闇ばかりを掴んで不安に飲まれていたときだった。
の手を引いて、抱きしめてくれる人がいた。
闇から守るように、大切に包んでくれる人がいた。
顔は見えずとも、香りでわかる、その人の名前をは夢の中で静かに呼んだ。
呼び慣れない、いつか呼んでみたいと夢見る名前で。
「
セブ、ルス
・・・・」
離れていても、二人の心は確かに繋がっていた。
とスネイプは、夢の中で抱き合い、深い眠りについた。
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