スピカ 第二十九夜
人の心というのは水面上の落葉のように揺れ動きやすいものである。
そのことをはしみじみと実感していた。
(生活が変わりすぎて気持ち悪いわ)
つい先日まではを怪訝な目で見ていた生徒たちの対応が一変し、スリザリン寮で
は彼女をヒーロー扱い。
は戸惑いを隠せないでいた。
廊下を歩けば輝きに満ちた目で道を開けられ、は苦笑しながらそこを通る。
だが2日も経たないうちにはその息苦しさに耐えられなくなり、自分に対して腰
を低くする人々に普通に接してくれと言って回った。
あの中傷するような噂を信じてに冷たい態度をとっていたのが後ろめたいのか、
皆最初は“そうはいかない”と必死に首を振っていたが
「別に私は怒っていませんから。普通の生徒として接してください」
スリザリンとは思えないほど邪気のない笑顔を向けられ、周囲の熱は一層高まっ
てしまった。
影を潜めていたファンも再び姿を現し、またこっそりと活動を始めた(らしい)。
あの嫌味ばかり言っていたレイブンクローの男子生徒たちも(顔をファンによっ
てぼこぼこにされて)謝罪に訪れた。
様々なドラマはあったが、は以前と同じ生活に戻っていた。
だが唯一つ以前と違うことは。
「・・・リーマスがいない」
の生活から消えてしまった一人の少年。
今一番会いたい、言葉を交わしたい、笑顔が見たい人がいない。
が彼を背に担いでホグワーツまで帰還して、それ以来はリーマスに会っ
ていなかった。
明らかにおかしい。
少なくとも1日、空いても2日に1回は必ずグリフィンドールとの合同授業がある。
そこで絶対に会えるはずなのにがリーマスを見かけることはなかった。
上手い具合に彼の友人たちによって隠されたり、リーマスが授業にいないこともあった。
図書室にもいつ行ってもいない。
最初は偶然だと思った。
たまたまそういうことが続いたのだろうと思ったりもした。
それでもそんな日が10日も続けば誰だって不審に思う。
(明らかに避けられているわよね)
その事実に気付き、は図書室のいつもの席に肘をのせて溜め息をつく。
取り出したはいいが全く目が向かない本のページをパラパラとめくり、はパタリ
と本を閉じた。
そして不意に思い出す。
彼と最初に視線を合わせたのもこの場所だと言うことに。
図書室の一番奥の一番光が当たる席。
ここにはとリーマスのいろんな思い出が詰まっている。
まだがセブルスの姿を追っていたときリーマスと接触を持ったのもこの場所。
セブルスに恋して悲痛な想いで眠っていたに悪戯を仕掛けてリーマスがお菓子を
振りまいたのもこの場所。
の捕まったままの心をリーマスが解放してくれて、それから2人はよく図書室で
会うようになった。
楽しくてリーマスに会えるのが嬉しくて、にとって幸せな日々だった。
自分のリーマスへの想いに気付いて、たくさん悩んで、それでも想いは募る一方で。
を中傷するビラが貼り出されたときも力強い言葉をかけてくれたのはリーマスだ
った。
彼の言葉のおかげでは自信を持ってアニメーガス登録受験に臨めた。
ホグワーツに帰ってきてリーマスがいないことに気付いて、おかしいくらい胸が騒いだ。
リーマスを空洞で見つけて生きていると確認できたときはどうしようもないくらいほっと
した。
彼に想いを告げられて、彼とキスできて本当によかった。
思い出せば思い出すほど胸が締め付けられる。
破裂しそうなほど膨らむ想いに、はキュッと胸を抑えた。
「リーマス」
小さな声でその名を呼ぶとはかたりと席を立った。
出した本を強引に本棚に戻すとは足早に図書室を後にした。
思ってばかりじゃどうにもならない。
そのことを教えてくれたのもリーマスだ。
(避けられても・・・構わない)
それでもやっぱり会いたいとは思った。
数冊の本をテーブルの上に乱雑に広げ、リーマスはつまらなそうに溜め息をつく。
ピーターに頼んで借りてきてもらった本たちだが、読もうと思っても一行も頭に入ってこ
ないでいた。
仕方なくぐぅっと背伸びをしたところで上げた両腕を思いっきり引っ張られた。
「お客さ〜ん、凝ってますねぇ」
「いたたたたっ!ジェームズ!」
突然の行動を非難しようと顔を上げるも、楽しそうなジェームズに両頬を挟まれてしまう。
「退屈そうだねぇ、ムーニー」
「何か用?プロングズ」
むにむにと頬をこねくりまわされ、リーマスはお返しにとジェームズの脇腹をチョップし
てやった。
「そんなに暇なら僕とデートでもどうですかな?そうだなぁ、図書室にでも」
「結構でございます、ジェームズ」
わかっていてわざわざ言ってくるジェームズを軽くあしらってリーマスは再び興味の失せ
た本に目を戻す。
「リリー。リーマスが冷たい」
「はいはい」
“リリーに慰めてもらおう作戦”も失敗し、2人に軽くあしらわれたジェームズは口を尖ら
せてリリーの髪をいじりだした。
雑誌を眺めていたリリーだが、苦笑するとリーマスに声をかけた。
「リーマス。でも本当にいつまで引き篭もるつもり?」
「失礼な。僕は引き篭もってなんてないよ」
「でもさんから逃げているでしょう」
「・・・・・」
それには答えることが出来ずにリーマスは口をつぐんでしまう。
そんな彼の姿を見てリリーは母親のように微笑んだ。
「素直になればいいのに」
「いやぁ、恋の形は人それぞれだよ。あ、リリー枝毛はっけ」
「ないわよ」
すぱん!と雑誌で顔面を叩かれ、いよいよジェームズはグズグズと鼻をすすり始める。
そんな彼氏のことは放っておき、リリーは小さく笑う。
「意外と不器用なのね、リーマスは」
「いろいろと問題があってね」
どこか遠くを眺めるように微笑むリーマス。
その姿はどこか悲しげだとリリーは思った。
不意にトントンと軽い足音がして、ちょうどシリウスが談話室へと降りてきていた。
一部始終を聞いていたのか、ニヤリと含みのある笑みを浮かべている。
「でもなぁ。いつまでもヒッキーではいらんねぇぞ」
「誰がヒッキーさ。誰が」
口を尖らせるリーマスに、“お前”と指を指されリーマスは面白くなさそうな顔をする。
「お前が会わないようにしてるってあいつもそろそろ気づいてるぞ。合同のときはいつも
お前のこと探してるしな」
シリウスの何気ない言葉にのその姿を想像し、リーマスはほんの少し瞳に影を落
とす。
「愛されてるのねぇ、リーマス。さんが可哀想だわ」
「大丈夫。リーマスも愛してるもんな?」
女の子の気持ちを汲んだリリーがホォと溜め息を漏らし、楽しそうにジェームズは歯を見
せて笑う。
冷静なリーマスからからはきっと苦笑が漏れると皆が予想した。
だがその予想ははずれ、全員の視線がリーマスの顔に釘付けになった。
咄嗟に本で顔を隠しはしたが、本からはみ出たリーマスの耳は真っ赤に染まっていた。
「リ〜マス〜?」
「うるさいよ」
からかうような口調のジェームズをピシリと一喝するとリーマスは顔を見られないように
伏せて足早に個室へと戻っていってしまった。
パタリと閉まった男子寮の扉を皆は物珍しそうに見つめる。
「リーマスって、意外と照れ屋なのね」
滅多に見ることのないリーマスの一面に皆はしばらく面食らっていた。
そのときだった。
後でからかってやろうとにやにやしていたシリウスが犬のように耳を反応させた。
「誰か来た」
そう言って寮の扉の方へと足を進める。
「・・・何か聞こえた?」
「いや、全然」
アニメーガスの効果か、シリウスの聴覚は想像以上に良くなったらしい。
来客は誰だろうと皆が疑問に思っていると、扉の方から住んだ少女の声が微かに聞こえて
きた。
前回のようにグリフィンドール寮の前に来たはいいが、はまたも開かない扉に右
往左往していた。
『あらあら。またいらしたのね、お嬢さん。でもごめんなさいね。やっぱりだめなのよ』
相変わらず貴婦人のガードは堅く、は肩で溜め息をついて自寮に戻ろうかと考え
ていた。
半ば諦めて絵画に背を向けたときだった。
「なんだ。あんた、また来たのか」
自分よりも随分上の方から声をかけられた。
思わず振り向くとそこには前回同様黒髪の少年が立っていた。
「あ・・の」
は思わず反射的に言葉を濁してしまった。
それもそのはず。
はシリウスに良い印象を持たれていないと思っていた。
前回も必死だったとはいえシリウスに思いっきり突っかかってしまったし、もうずっと前
にがリーマスに水をかけたときからシリウスがを嫌っていることを肌で
感じていた。
急にどもってしまったにシリウスは単調に声をかける。
「リーマスに用があるんじゃねぇの?」
「あ、はい。・・そうです」
「今日は随分しおらしいのな」
決して嫌味ではなくシリウスは思ったとおりに言っただけなのだが、は居心地悪
そうに顔を伏せる。
それでも勇気を持って顔を上げるとリーマスのことを聞こうとした。
「リーマスになら会えねぇぜ」
「え・・・?」
先手を打たれて呆けるにシリウスは“わりぃけど”と続ける。
「あいつが、今は会えねぇって」
「・・・どうして」
途端の青の瞳が微かに潤みだす。
敵寮とはいえ仮にもは女の子、しかも美少女の類である。
傍から見ればシリウスがを泣かせているようにしか見えず、シリウスも流石に焦
った。
「ぉ、おい。別にあんたが何かしたわけじゃねぇって。ただ・・・リーマスの奴が整理つ
かねぇだけだから」
真っ黒な前髪の奥の灰色の瞳が微かに優しさを帯び、はそれにほっとして涙を引
っ込めた。
「顔は合わせられねぇみたいだけど、手紙とかなら別にいいんじゃねぇ?」
落ち着きを取り戻したにシリウスはぶっきら棒にアドバイスを送る。
それが彼なりの親切なのだと気付き、はにこりと笑った。
「どうもありがとう。でもやっぱり、自分の声で伝えたいです」
そう言ってはゆっくりと頭を下げた。
流れる銀髪が綺麗だとシリウスは素直に思った。
髪を振り分けて上げたの笑顔は学内の噂通りの美しさだった。
シリウスにクルリと背を向けて場を去ろうとするの手をシリウスは無意識に掴ん
でいた。
「・・・あの」
思ってもいなかったシリウスの行動には掴まれた手を見つめる。
すぐにシリウスの手は離れ、珍しいくらいたどたどしい口調で告げられた。
「あぁ・・いや。その・・・あんときは悪かったな」
「え?」
シリウスが言っているのがいつのことなのかわからず、は首をかしげる。
「ほら。あの、俺が杖落としたとき」
気まずそうに頭をかくシリウスに、は“あぁ”と記憶を蘇らせる。
そういえば彼の杖を拾おうとして怒られた時があったなぁと懐かしげに思った。
「あれ・・・あんなどろどろの杖触ったら、あんたの手ぇ汚れるだろ?だから」
気まずそうに語尾を濁らせながら、シリウスの顔がちょっとだけ赤くなるのには
気付いた。
それを見たら思わず笑ってしまっていた。
「気にしていません。気を遣ってくださってどうもありがとう」
またも近くで笑顔を向けられ、シリウスは自分から珍しく謝ったのに何だか拍子抜けして
しまった。
今度こそ離れていくを見てシリウスは寮の扉を閉めようとした。
「初めてですね、こんなふうにお話したの。あなたと話せてよかったです。ブラック君」
澄んだ声が風に乗ってシリウスの耳に届き、声の主はすぐに角を曲がって見えなくなって
しまった。
だが言われた当の本人は今度こそ頬を赤くして固まっていた。
貴婦人が“閉めてちょうだい”と言っているのも聞こえていない。
「・・・・知ってたのかよ。俺の名前」
それからしばらくの間シリウスは扉に寄りかかり、一部始終を見ていたジェームズがニヤ
ニヤ笑いでからかいに来るまでグリフィンドールの扉は開きっぱなしだったという。
は真っ直ぐに歩いていた。
頭の中ではいろいろ考えていたが、足は真っ直ぐに進んでいた。
リーマスは今自分と顔を合わせられないという。
手紙や伝言でなら連絡を取れるだろう。
でも自分自身の言葉で、声で想いを伝えたいと思った。
リーマスが何を悩んでいるのかにはわからない。
それはが立ち入ってはいけないことかもしれない。
それでもは想いを伝えようと思った。
どうしても伝えたいことがあった。
もうすぐ太陽が天辺に昇る。
肌を包む空気が本の少し暖かい。
もうすぐ季節は春へと変わろうとしている。
温かな日差しの下、は外へと足を進めた。
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もうすぐ終わりますね。
後2,3話。あぁ長かった。
シリウスの行動にはそういう意味があったのですよ。
ふふふ。所詮フェミニスト黒犬ですからね。
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