ドリーム小説
スピカ 第二十一夜
暖炉の火が燃える暖かい部屋に、気温が原因ではなく大量の汗をかく少女がいた。
床にへたり込むに、マクゴナガル先生の鋭い言葉が突き刺さる。
「。試験は明後日ですよ」
迫る期日に押され、は胸が押しつぶされそうな感覚に陥る。
焦りで術がうまく安定しない。
こんなこと、前回の訓練ではなかったのに。
すべてはあの貼り紙のせい。
もうすぐ彼女の願いが叶うかもしれないのに、全てがあのいわれもない中傷の紙のせいで
台無しになる。
行く宛のない怒りがの体の中を這い回る。
許せない。
許さない。
でもそれより何より、こんなことで負けそうな自分が悔しくてたまらない。
怒りが空回りし、徐々にどうでもよくなってくる。
気が付くと、涙がこぼれていた。
「ミネルバおば様。・・・・私がやっていることって・・・なんなのでしょうか?」
不意の問いかけに、マクゴナガル先生は床にひれ伏すをじっと見つめる。
彼女らしくない覇気のない言葉に、自然と眉間に皺がよる。
「何のために・・・誰のために戦っているのでしょうか?」
ポタリポタリと幾つもの水玉模様がカーペットの上に形を作る。
きっと苦痛の表情で埋め尽くされているであろうの顔を想像し、マクゴナガル先
生は胸が痛んだ。
ついさっきに“は笑っている”と告げてしまっただけに、それはなおさら
だった。
強い意志をもって何年もの訓練に耐えてきたにだからこそ、彼女の過去を知って
いるからこそ、マクゴナガル先生は尚更おざなりの陳腐な励ましの言葉は言えなかった。
「それは、ご自分でお決めなさい」
強いにならこの試練を耐えることができると信じてあえて先生はこの言葉を選ぶ。
「・・・・・・」
だがいつものようなからの強い返事はない。
意志のある強い眼差しもない。
かわりに聞こえてきたのは、傷ついた普通の少女の、小さな嗚咽だった。
「・・・・・」
マクゴナガル先生はの前に膝をついてそっとその肩に手を置いた。
「・・・おば様・・・・・ミネルバおば様・・っ」
ゆっくりともたれるように先生の胸に倒れると、は嗚咽混じりの声で囁いた。
「・・・・・わ・たし・・・・もう学校に・・いられない・・・!」
の脳裏をよぎる嫌な視線、嫌な言葉。
無数の氷のように冷たい眼が、一人の少女を闇へと陥れる。
「大丈夫です。私とダンブルドア校長がお守りします」
マクゴナガル先生はそっとの頭を撫でる。
まるで苛められて帰ってきた自分の娘をあやすように優しく。
「。明後日の試験ですが」
「・・・・はい」
「私も共に参ります。いいですね?」
暖かいマクゴナガル先生の声。
の記憶にはない、母のような声。
今はマクゴナガル先生のその優しさが何よりも嬉しかった。
試験を明日に迎え、は今日も細々と学校生活を送っていた。
何日経っても変わらない奇異の眼に、手に持つ教科書がいつも以上に重く感じる。
長い廊下を歩く途中、その重量と同じくらいの溜め息を吐き出し、不意に視線を窓の外に
向けた。
チラチラと微かに見える程度の雪が空から舞い降りている。
(あ。雪、降ってたのね)
そういえば今日の最後の授業は飛行術だったと思い出す。
きっと先生のことだからこの程度の雪なら授業を中止にはしないだろう。
中止にはならないが、自由時間にはなるかもしれない。
そんなことを考えながらぼぉっと外を見ていると、不意に廊下に複数の楽しそうな笑い声
が響いてきた。
どこかで聞いたことのある声。
「おっしゃ!!これでシリウスに勝ち越しだな」
「シリウス。バタービールよろしく」
楽しそうにニコニコしているのはかの有名な悪戯4人組のうちの2人。
ジェームズ・ポッターとピーター・ペティグリュー。
「っくっそー!!またかよっ!?」
悔しそうに整った顔を歪めるのはシリウス・ブラック。
3人ともどういうわけかローブも体も泥だらけである。
そんな彼らを見て周りの生徒はもう慣れたように苦笑いしている。
しかし本当に彼らの汚れっぷりはすごく、3人が歩いた後は廊下に点々と泥が落ちている。
よくやるなぁとは別の意味で感心し、そして気付く。
かの有名な悪戯4人組が一人足りないことを。
の頭に浮かんだその名前が不意に彼らの口から発せられた。
「しかしあれだね。シリウスもリーマスがいないとコンビネーション不発動でてんでダメ
だね」
ジェームズの確信犯めいた言葉に、シリウスの眉間に数本の皺がよる。
「うるせぇ。あんな奴いなくても次は勝つ」
急に不機嫌になるシリウス。
それが聞こえてしまったは、リーマスと彼らの間に何かあったのかと心配になる。
窓辺に立ったままのの横を彼らが通り過ぎていく。
は目を合わさないように少し俯き加減でいた。
そのとき、カランという乾いた音と共に、の足元に何かが転がってきた。
「・・・杖?」
の杖よりも長く頑丈な、男性向きの杖。
本来は光沢ある黒なのだろうが、今は泥まみれでところどころ芝もついている。
汚れから十中八九彼らのうちの誰かが落としたものだろうと思い、はかがんで拾
おうとした。
「あの、杖を」
の白い指が杖に触れようとした瞬間、風のような速さで誰かが杖を奪っていた。
「触るな」
同時に上から降ってくる低めの男の声。
視線だけを上げると、そこには無表情のシリウスが居た。
深い闇のような黒い目が鋭くを見返す。
かがんだままのを他所にシリウスは汚れた杖を握り締めてその場を離れていった。
残されたは行き場を失った手をそっと引っ込めた。
全身で拒絶されてしまったことに胸が痛む。
だがまだ完全に崩壊するまでには至らなかった。
ほんの少しの安堵。
今のがリーマスでなかったことへの安堵。
その日の飛行術は案の定自由飛行となった。
そしてやっぱりと言うか、地上と同じように空中を暴れまわる2人組みがいた。
「うはー!!雪がつめてぇっ!!」
高速で飛ぶがゆえ、ハラハラと降る雪も顔に当たると痛い。
「軟弱だぞ、シリウス君!これしきのことで!」
「うっせぇ!眼鏡びちゃびちゃで見えてねぇお前が言うな!」
飛びながらすら喧嘩する2人組を、地上の生徒たちは呆れ半ば感心していた。
「はぁ〜、よくやるわねぇ。犬みたい」
「リリーもよくその犬の面倒見きれるね」
雪の寒さでローブで身を丸める少女2人は白い息を吐きながら談話していた。
「扱い方さえ覚えれば、犬は躾けやすいよ。特に黒犬とか」
丸まる少女たちの背後から声がかかり、リリーとは顔だけ後ろに向けた。
「リーマス。ちゃっかりシリウスに復讐?」
苦笑いするにリーマスはおどけてみせる。
まだ喧嘩中のリーマスとシリウス。
2人とも言葉を交わさなくなり、周りの友人たちは溜め息を吐くばかり。
「ねぇ、2人とも。のこと知らない?」
不意のリーマスの問いかけに、リリーとはそろって首をかしげる。
「さぁ、見てないけど。何か用?」
リーマスは不思議そうに見上げるから視線を空へ向ける。
夕方の薄暗い空には、すでに幾つもの一等星が輝いている。
その中で一際輝く星に目を向ける。
「うん。今日は、撮らないのかなぁと思って」
リーマスの不思議な言葉に2人は顔を見合わせてハテナマークを浮かべる。
空には、一等星シリウスが輝いていた。
“Dadが教えてくれたのよ。綺麗なものはそうやって目に焼き付けるのだよ、って”
記憶に残る彼女の言葉。
今にも聞こえてきそうなのに、だがリーマスが探す彼女はそこにはいなかった。
その頃、はダンブルドア校長の部屋にいた。
不思議な道具に囲まれた部屋で、は校長とマクゴナガル先生と向き合っていた。
「ふむ。とうとう明日になったかね」
机に置かれた魔法省の書類を手に取り、校長はにっこりと微笑む。
「・。悔いの残ることのないようにの。がんばっておいで」
ふわふわの真っ白なヒゲを揺らして笑う校長を見ていると、も何だか自然と微笑
んでいた。
「ありがとうございます。合格できるよう、全力でがんばってきます」
今できる限りの笑顔で応援してくれる2人に答える。
少しでも力を抜けば、その笑顔は消えてしまいそうだった。
“失礼します”と言い残して部屋を後にするを、マクゴナガル先生は心配そうに
見送る。
「・・・ダンブルドア校長」
「どうかしたかね?マクゴナガル先生」
マクゴナガル先生の心配そうな声とは対照的に、校長は朗らかに返事をする。
「今のあの子の精神状態で試験を受けるのは・・・」
あくまでを心配する先生は沈痛な表情を浮かべる。
「じゃが、今受けねば、彼女はずっと過去から逃げたままになりますぞ」
暖かい瞳をすっと細めて、校長はが出ていった扉を見つめる。
「ふぉっふぉっふぉ。ミネルバは心配症じゃの」
“のぉ?”と校長はそばの宿り木で休むフォークスに同意を求める。
真紅の不死鳥は主の言葉に美しい声で答える。
「私は・・・・あの子には、私の妹のようになって欲しくないのです」
遠い過去をその目に写し、マクゴナガル先生はそっと瞳を閉じる。
辛そうに眉間に皺を寄せる先生に、だが校長はふわりと微笑み励ます。
「大丈夫じゃよ。のすぐそばに、強い味方がおる」
主の言葉に同意するように、真紅の鳥は一声鳴いた。
校長室を出て、は寮への廊下を歩いていた。
窓の外を見ると、ダンブルドア校長との謁見で休んだ飛行術の授業をしていた。
好き勝手飛んでいるのはきっとまたあの2人だろう。
薄暗くなり始めた空に溶け込んでしまってよくは見えない。
空にはちかちかと光る星が散らばっていた。
「・・・リゲル・・・・・ベテルギウス」
見える範囲の一等星を数えてみる。
「カペラ・・・・ぁ・・シリウス」
一等星の中でもとりわけ強い光を放つ星。
いつかシャッターを切った星は、今日も変わらず輝いている。
星を見ていると、思い出すことがある。
の記憶から消えることのない星の名。
「スピカは・・・まだ見えない、わね」
もう一度確認しようと、曇ってしまった窓を手でこする。
手が置かれた隠されてしまった窓の向こうに、空を眺める鳶色髪の少年がいた。
夕食後、は久し振りにいつもの時間に図書室を訪れた。
室内の生徒の目が自分に向くのは相変わらずだが、でもは気にしない振りをして
いつもの一番奥の席に座った。
何か悪戯されているかと思ったが、特に異常はなかった。
目当ての本を机に置き、ページを開いてそれに没頭する。
本に集中しなければ。
試験は明日、もう後数時間後に迫っている。
いつも通りの生活をして気を落ち着かせなければ。
だがやはり自分に刺さる無数の視線が痛い。
たった一行読むのにこんなに苦労するのは初めてだった。
もやもやする胸を落ち着かせようと息を吸ったとき、誰かがの前の席に座った。
わざわざ奇異の眼の的の仲間になりに来るどこの誰だろうなんて思いながらはゆ
っくりと視線を上げた。
最初に視界に飛び込んできたのは、ふわりと揺れる見慣れた鳶色の髪だった。
彼とこうして間近で向き合うのはいつぶりだろう。
「・・・リーマス」
「久し振り。やっと捕まった」
変わらない笑顔。
驚き呆れるを見て、リーマスは楽しそうに笑う。
その笑顔が懐かしくて、思わずの頬もほころぶ。
ふと見たリーマスの顔は、ちょっとだけ赤かった。
そういえばこうして向き合うのはホグズミード以来だと思い起こし、あのときのことをお
互い思い出したのだろう、2人は何だかこそばゆい空気を感じていた。
だがすぐに今の自分の状況を思い出す。
案の定、自分だけでなくリーマスにまで生徒の目が突き刺さっていた。
「リーマス。私から離れた方がいいわ」
小さな声でこそこそと告げる。
だが当のリーマスはあっけらかんとしている。
「どうしてだい?」
状況が分からないほどの鈍感でもないくせに故意にかリーマスは普通に会話しようとする。
一人焦ったようなにも平然と答えて見せた。
「・・・おかしな噂を立てられても構わないの?!」
「そんな噂、言う方がおかしいんだ」
強くも優しい目で見つめられ、は何も言えなくなってしまった。
ここ数日突き刺さる棘のような目とは違う、穏やかな瞳に見つめられ、は胸に暖
かいものが生まれるのを感じる。
リーマスの優しさが身に染みる。
「」
不意に呼ばれ、は顔を上げる。
リーマスはやっぱりいつもと変わらない笑顔でそこにいた。
「僕はの味方だから」
“心配しないで”と告げ、リーマスは笑顔を崩さないでいてくれた。
そのたった一言で、は自分を包んでいた不安や恐怖が取り払われる感じがした。
あの中傷文が張り出されたときからずっと怖かった。
リーマスも他の生徒と同じ目で自分を見るんじゃないかと。
拒絶されて、もう自分に笑いかけてくれないんじゃないかと。
だがそんな心配はたった一瞬でどこかへ行ってしまった。
代わりに訪れたのは、胸が苦しくなるほどいっぱいの嬉しさだった。
泣きたいのをグッとこらえる。
唇を噛み締め、潤む目で無理に笑顔を作る。
「・・・・・ありがとう」
涙を零さないためにも、それを言うのが精一杯だった。
リーマスにとっても、今はそれだけで十分だった。
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やっと接触もてましたね。
いやぁ、しかしこの回でがんばったのは星ですよ。
リゲルとベテルギウスはオリオン座の一等星。
カペラは御者座の一等星。
シリウスはおおいぬ座の一等星。
どれも今の季節に見えますよぉ。
あ、スピカ?むふふふふ。
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