ドリーム小説
Scarlet
【名】緋色,深紅色
【形】緋色の,深紅色の;目に余る;売春婦の
椿姫 scarlet 2
朝方飛ばしたは、昼前には百花楼へと戻ってきた。
雪のように白い梟が大きく羽を動かし、の腕に静かに舞い降りる。
“ご苦労様”とが体を撫でてやると、は嬉しそうに目を細めた。
小さく体を揺すりながら足をぶらつかせるに、は怪我でもしたのかと不審に
思って梟の体を見回した。
「あら?」
の細い足首で何かが揺れている。
紐の先についた小さな小包がゆらゆらと揺れていた。
はの足から丁寧に紐を解いてやる。
身軽になったは軽やかに羽を動かし、部屋を出て行った。
残されたは自分の手の中に残された小包をジッと見つめる。
はホグワーツの少年の所へ飛ばしたのだ。
“彼”以外の者が小包をつけた可能性は低い。
考えに考えたが、それでは埒が明かないとは丁寧に包装を解いた。
そして中から出てきたのは小さな箱と、1枚のメッセージ。
少々躊躇われたが、はゆっくりと箱の蓋を押し広げて中を見た。
「あ・・」
開けた瞬間、はその中身の意図を理解した。
ほころびそうな顔を隠し、カードと小箱を胸に抱え少女が控える部屋へと急ぐ。
開錠の呪文を唱え部屋に入ると少女は静かにベッドに座っていた。
その穏やかな様子からは、激痛に叫びをあげて暴れていた姿など全く想像できない。
今が安定期であることに安堵し、は少女に箱とカードを渡した。
「椿ちゃん、ほらっ。彼から・・・セブルス・スネイプさんからよっ」
慌てるの方にゆっくりと顔を向けて。
嬉しそうに笑うにつられても薄っすらと微笑む。
の笑みにの心はホッと安堵する。
だがそれはの言葉を理解しての微笑みではなかった。
無意識の微笑み。
この暗く冷たい牢獄での生活から覚えた、の身体に染み付いた微笑み。
そのことに気付かず、はに小箱を渡す。
これで少しはの意識と記憶を繋ぎとめておける。
はそう思った。
だがそんな淡い期待は、自身によって無残にも打ち砕かれた。
「ねぇ、さん」
にっこりと微笑みながら、は小首をかしげる。
「セブルス・スネイプさんって・・・だぁれ?」
無邪気な天使の笑みではに問いかける。
それは決して冗談ではなく、の目は本気でに問いかけていた。
その事実にの笑顔が冷たく凍りつく。
「椿ちゃん・・・」
目の前に晒された事実にの思考は凍りつく。
昨日までなら微かながらも彼の存在を覚えていたのに。
忘れてしまう不安から、あんなにも彼の名前を詠唱していたというのに。
たったの一日で。
僅か数時間での中から彼の存在はすっぽりと抜け落ちていた。
子どもの成長速度に劣らない呪いの進行速度には何も言えずにいた。
は覚束ない手付きで小箱を開け、中身に目を輝かせる。
「きれぇーい。私のかみのけとおんなじ色だぁ」
無邪気な笑顔で銀色のリングを手に取ると、それを天井の安っぽい蛍光灯の光にかざす。
光がリングの中心を通りぬけ、の青白い顔に影を落とす。
楽しそうに笑うを見て、は震える唇を噛み締める。
奥歯に力を入れ、重い頭を起こし、ぎこちない笑みをに向けた。
の手からそっとリングを抜き取る。
「さん?」
触ってはいけなかったのかとは不安げな表情を浮かべる。
怒られるのかとビクつく幼女に、は優しげな笑みを向けた。
「椿ちゃん、おいたしてはダメよ。これは・・・こうして指にはめておくものよ」
そう言ってはの小鳥のように細い左手の薬指に優しくリングをはめ込む。
それは痩せ細ったの薬指にぴったりだった。
の全てを知っているからできること。
よくのことを見ていてくれたのだなとの心は締め付けられる。
「なくしたりしてはダメよ?これは・・・・・これは」
「さん?」
言葉に詰まるに、は不思議そうに問いかける。
何もわからない無邪気なに自分の心の苦しみを悟られたくなくて、は何とか言葉
を続けた。
「これは・・・あなたを、愛してくれる人がくれたものなのだから」
の言葉に、初めは不思議そうな目を向けていた。
優しく少女の頭を撫でてやると、は嬉しそうに微笑む。
の言葉をしっかりと理解したかどうかは定かではない。
自分を愛してくれる者が誰なのかも忘れてしまったのに。
それでも、の笑顔は変わらないものであり続けた。
「うん。たいせつにするよ。私、これくれた人におれいが言いたい」
そう言って愛しそうに指のリングをさするを、は目を細めて見つめた。
だがそれ以上のその姿を見ているのがつらくて、は静かに部屋を出て施錠の呪文
を唱えた。
閉めた扉に背を預け、は一つ重い溜め息を吐き出す。
見ていられない。
いたたまれない。
急激に変わっていくの姿。
僅か2日での思考は幼児並みに退化してしまった。
そして大切なことを忘れてしまっている。
自分の生い立ち、百花楼のこと、自分がこの汚い街でしていた所業やのことは覚えて
いるのに。
たった一人。
一人だけ。
自分が愛した人のことを覚えていない。
このことをあの少年が知ったら。
どんなに悲しむことか。
どんなに苦しむことか。
あんなにも少女は幸せそうだったのに。
あんなにも少年は幸せそうだったのに。
やっと訪れた少女の幸せが。
今はもう・・・ない。
一滴の雨がの頬を伝う。
きつく結んだ唇の端を伝って、雫はゆっくりと顎先から床へと落ちていく。
「お願い・・・・・お願いよ、椛」
小さな嘆き。
もう届くことはないけれど。
遠く昔に散った葉花へ。
今は亡き、赤い葉花へ。
「これ以上を・・・・・苦しめないでちょうだい・・・っ」
百花楼に雨が降る。
悲しみに満ちた雨が降る。
火曜日はつまらない授業ばかりだった。
つまらないつまらないと頭の中でつい考えてしまい。
意識せずとも自然とセブルスの頭の奥に愛しい少女の姿が浮かんでしまった。
振り払っても彼女の姿は消えない。
その前に消したくなどない。
こびりついて離れない彼女の幻影が、セブルスの体を優しく蝕んでいく。
結局昨夜の嘔吐の原因もわからず、セブルスはポンフリーのところへも行かなかった。
保健室で拘束される時間すら惜しい。
全ての空き時間を、呪いの書を読むことに費やした。
今日もまた抑揚のない日常を送り、眠りにつく。
その晩、セブルスはまた夢を見た。
それはまた、愛しい少女の夢だった。
夢の中。
暗い意識の中。
見慣れた部屋が広がる。
そこはホグズミードの裏街にひっそりとそびえる小さな花宿。
その見慣れた一室。
そこに見慣れた少女と、見たことのない男がいた。
何も身につけず、ベッドにぺたりと座り込む少女と。
黒い高貴な服に身を包む男。
一目で男は客とわかる。
それは少女にとってはビジネスだった。
不意に男は笑顔で少女に声をかけた。
その笑顔は不思議なくらい穏やかなものだった。
『椿』
耳に心地いいアルトヴォイス。
男の呼びかけに少女はゆっくりと顔を上げる。
『なんでしょう?さん』
見慣れた笑顔がそこにあった。
少女の笑みに、男は少しだけ寂しそうに笑う。
とても高貴な、品のある笑みだった。
『いつになったら』
言葉を区切り、男は少女の頬をそっと撫ぜる。
少女の細いからだが微かに跳ねた。
『君の名を教えてくれるのかな?』
含みのある高貴な笑みに、普通の女ならば喜んでその命に従っただろう。
だが少女は男の纏う空気を全て受け流し、薄っすらと微笑む。
自分の頬を撫ぜる男の手をそっとどけながら。
『私の名前は、“椿”ですよ?』
抑揚のない少女の答えに、男は薄く笑う。
薄い氷が割れてしまいそうな、なんだか寂しげな笑みだった。
男はどけられた手で少女の髪を撫ぜ、遠くを眺めるように目を細める。
『私は君の名前を知っていた気がするのだが・・・・・やはり気のせいかな』
長い指の間を少女の髪がさらりと流れ落ちていく。
流れる銀糸を一房手に取り、男はそっと口付けた。
『・・・・・』
『まるで、椿姫だな』
不意に紡がれた呼び名に、自分のこととは考えもせず少女は顔を上げる。
待ち構えていたかのように、かすめるように唇を落とされた。
男の行動に少女は表情を変えることもなく、静かに唇が離れていくのを待つ。
『その名に相応しい女だな、君は。心の中が全く読めない』
『さん。お時間です』
さも何もなかったかのように少女は男に微笑みかける。
決して本心を見せようとしない少女に、男はまた寂しげに笑う。
『私は古い小説の中の男とは違うよ。君を放したりしない。いつか君を迎えに来る』
それだけを言い残し、パタリとドアが閉まる。
聞こえてくるのは、遠ざかる男の足音。
媚を売るマスターの声。
次第に音は消え、部屋に静寂が流れる。
少女はゆっくりとベッドに身体を沈めた。
柔らかな羽毛が少女の細い身体を包み込む。
少女はゆっくりと目を閉じた。
『ごめん・・なさい』
贖罪の言葉が静寂の中に消えていく。
『あなたが迎えに来てくれても・・・・・私は行けない』
ゆっくりと閉じた瞳。
真っ暗な瞼の奥には、誰も映っていない。
そこにいるべき、いて欲しい人に、まだ出会っていない。
『ごめんなさい。さん』
もう私に構わないで。
私に会いに来ないで。
優しく触れないで。
あなたを忘れさせて。
私とあなたは出会うべきではなかった。
幼い頃からある私のおかしなまでの勘の良さ。
私はあなたが何者であるかを悟ってしまった。
余計に苦しい。
神様だって許してくれない。
私はどこまで堕ちればいいのだろう。
『ごめんなさい、ごめんなさい、―――』
囁かれる小さな悲鳴が、部屋に充満する。
『ごめんなさい、ごめんなさい、お父さん』
目が覚めた瞬間、セブルスはまたあの酷い嘔吐感に襲われた。
昨日と同じように洗面所に駆け込む。
吐き出す音を聞かれたくなくて、シンクに思い切り水を流した。
全てが流れていく。
汚物も、今見た夢も。
たった今見た夢なのに、起きてしまえばもう何も残ってはいない。
片鱗すら覚えていない。
ただ。
ただ言えるのは、あの儚い夢たちが。
愛しい彼女の、忘れていたい記憶だということ。
同じ夜に。
暴れ疲れてやっと眠りについた少女もまた、闇の中で夢を見ていた。
ただそれは少年が見ていた夢とは違う、酷く異質な夢。
夢の中で少女は、姿なき何かに語りかけられていた。
何もない真っ白な平原の世界で一人。
少女はただ立ち尽くしていた。
周りには何もない。
誰もいない。
親しい者の名を呼ぼうにも、どうしてか誰一人名前が思い浮かばない。
少女ただ一人の孤独な世界。
寂しい世界。
そこに不意に声が舞い降りた。
何百年も言葉を紡いでいないような、しわがれた老婆の声。
『降参するか?娘よ』
老婆の声が響いた瞬間、肥沃な大地の土が砂塵となった舞った。
楽しげに喉奥で笑いをかみ殺す声。
唐突な問いかけに、少女は黙って耳を傾ける。
『降伏しろ、娘よ。自分の死を受け入れよ』
言葉の重みとは裏腹に楽しげなその声に、腹が立つわけでもなく、恐怖するわけでもなく、
少女は静かにその場に立ち尽くしていた。
夢の中なのに、どこからか一陣の風が吹き込み、少女の銀糸をふわりと揺らした。
心地いい風が少女の身体を包み込む。
穏やかな風が少女の心を包み込む。
どす黒く渦巻いていた何かが、スゥッと引いていく気がした。
「降参したら」
不意に開かれた少女の口から、鈴のような音が漏れ出た。
「負けを認めたら・・・返してくれる?」
逆に問いかける少女に、闇は笑うのを止めた。
静まる世界で少女は言葉を続ける。
「負けを認めたら、私の記憶・・・返してくれる?」
少女の問いかけは世界を沈黙させるには十分で、海よりも深い悲しみがにじみ出ていた。
何よりも大切。
忘れたくない。
不意にまたしわがれた声が聞こえてきた。
『たかが一時の記憶、そんなに大切か?』
少女の強い心を捻じ曲げようと、それは蔑むように問い直す。
だが少女の心の芯は、その程度では折れはしなかった。
「好きなの」
誰よりも
「愛してるの」
世界中の誰よりも
「忘れたくないの」
他の何物に換えても
たとえ私の全てを引き換えにしてでも
「ずっと一緒にいたいの」
壊れたオルゴールのように老婆はギシギシと笑う。
そんな錆びた金属を吹き飛ばすかのように、少女は強い眼差しを闇へと向けた。
「今は私の負けだけど」
老婆の笑いが止まる。
「私は諦めないよ」
また風が吹いて、少女の銀糸を揺らす。
「何年も、何十年でも待ってみせる」
何もない世界。
静寂に満ちた世界で。
音もなく光が少女の顔に刺した。
「私は彼と・・・・・幸せになりたい」
だがその光も一瞬のことで、すぐに静寂に満ちた世界に戻る。
風が凪いだ。
満たされた空気の間を通って、また錆びたオルゴールが鳴った。
『叶うものか。また呪いのもとに埋めてやるだけのことよ』
蔑むようなその言葉に、少女は全てを受け入れたかのように柔らかに笑った。
「それでもいいよ。今度は負けないから」
少女が笑顔でそういった瞬間、突然目の前に光り輝くものが現れた。
目も眩む程の光に少女はきつく目を閉じる。
閉じた瞼の奥までその光は届いた。
(な・・・な、に?)
瞼の奥に、小さな小さな光る石が映っている。
その小さな輝石は極限まで光を放つや、瞳の奥で粉々に割れ砕けた。
パンと乾いた音が脳に響き渡る。
木霊する音を聞きながら、少女はゆっくりと意識を手放した。
目が覚めると、目の前には見慣れた安っぽい照明が広がっていた。
ゆっくりとベッドから起き上がっても、身体に痛みが走ることはなかった。
両手を広げてみる。
苦しさに暴れて、掻き毟って、自傷を与え続けた体。
食べ物も喉を通ることを許されず、痩せ細っていた体。
それが今はもうない。
骨が浮き出ていた腕にはもとのようにふっくらと肉がつき、無数についていた傷は全て消
えていた。
ただ、左手の指に見慣れない銀の輪がはめられていた。
苦しみ悶える前にはなかったその指輪。
痩せ細っていた頃の指に合わせて作られたからだろう、指輪は抜けなくなっていた。
その指輪のことも一瞬で思いだせた。
思い出すと同時に、自然と笑みが込み上げてきた。
不意にノック音と開錠の呪文と共に、が入ってきた。
目にした少女の姿に、は持っていた用具を全て取り落とす。
金具の響きが部屋と廊下に響き渡った。
「つ・・・椿ちゃんっ!?」
の慌てた様子には彼女に向かってゆっくりと微笑んだ。
そのままゆっくりとベッドを降り、馴染んだ窓辺へと歩み寄る。
夜の空に半欠けの月が浮かんでいた。
『アロホモラ』
少女の声に反応して、カチャンと鍵がはずれ、窓がゆっくりと開いていく。
心地いい夜の風が部屋に吹き込んできた。
部屋に充満した血の匂いが消えていく。
「本当に・・・椿ちゃん・・・・・なの?」
状況が理解できないの戸惑いの声も、風が外へと流していく。
「うん。・・・全て、思い出したよ」
夜風での銀糸がゆらゆらと揺れる。
すっと閉じたの瞳の奥には、あまり笑わない彼がいた。
相変わらずの仏頂面でを見ていた。
「全部、取り戻してみせたよ」
のその言葉に、瞼の奥の少年はぎこちなく微笑んだ。
「セブルス君」
淀みなくその名を呼んで見せたに、は本当に彼女に記憶が戻ったことを確信した。
その事実に心から安堵し、は顔を崩す。
ゆらゆらと揺れる銀糸に隠された少女の顔には、だが心からの喜びは見られなかった。
「ごめんね。私・・・負けちゃったよ」
小さな呟きはには聞こえなかった。
抜けなくなった薬指のリングに、そっと唇を落とす。
答えるようにひとつ、きらりと光を放った。
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