ドリーム小説
Scarlet
【名】緋色,深紅色
【形】緋色の,深紅色の;目に余る;売春婦の
椿姫 scarlet 1
自室のベッドに仰向けに寝そべり、セブルスはただ天井を見つめていた。
天井のしみを数えるでもなく、寝入ろうとしているわけでもなく、ただぼぉっとしていた。
そしてゆっくりと目を閉じた。
眠るためではない。
瞼の裏に存在する、愛しい者を思い出すため。
真っ暗な闇の向こうに銀色に光る彼女がいた。
ゆっくりと目を開ける。
そこには薄暗い天井があった。
再び目を閉じる。
そこにはやはり彼女がいた。
少女は笑っていた。
溢れんばかりの笑顔でそこにいた。
いつもセブルスの中にいた。
「」
静かな部屋にセブルスの声が吸い込まれていく。
名前を呼んでも返事は返ってこないのに。
呼べば呼ぶだけ愛しさも寂しさも募るのに。
それでも呼ばずにはいられなかった。
不意にセブルスは起き上がると、ベッドサイドに不釣合いに置いてある小さな箱に手を伸
ばした。
大事に手の中に包み、ゆっくりと蓋を押し上げる。
そこには暗闇の中でも薄っすらと光り輝く銀色の輪が静かに存在を主張していた。
小さな銀の輪は、痩せてしまった彼女の指と同じサイズのもの。
土曜日にホグズミードでに連れて行かれた宝石商で買ったもの。
入る前までは何の興味もなかったのに、店に一歩足を踏み入れてそれを目にした瞬間。
セブルスの目はそのリングに釘付けになってしまった。
決して高価なものではないけれど、その光り輝く色がに似合うと思った。
箱から丁寧に取り出し、試しに指を通してみる。
少年にしては細い指の持ち主のセブルスだが、リングは関節で止まってしまった。
「細すぎる。こんなに痩せて、どうするんだ」
今ここにいない相手に不平を漏らしてみる。
だが返ってくるのは沈黙だけ。
セブルスはリングを丁寧に箱にしまうとそっとそれをベッドサイドに置いた。
そしてまたセブルスはベッドに横になった。
目を閉じればまた闇の中に光が浮かぶ。
少女は笑顔で手を振っていた。
「あと一度・・・・か」
次の土曜が来てしまえば、それで終わってしまう。
いつもは次の土曜日が来るのを強く強く待ち望んでいた。
それなのに。
今は。
こんなにも土曜が遅く来て欲しいと思ったことはない。
瞼の奥で少女が手を振る。
暗闇の中で光を放ち、静かに手を振る。
それが別れの挨拶でないと、セブルスは願わずにはいられなかった。
同時刻。
ホグズミードの一角、裏街のとある売春宿。
そこは年若い少女の悲鳴で満ちていた。
一人の少女の苦痛の悲鳴が一階にまで届き、客の相手をしていたマスターがを呼びつ
ける。
「おぃ、あれをどうにかしろっ!客がビビって帰っちまうだろぅがっ」
待たせている客の方を横目でチラチラと窺いながらに適当に言い放つ。
「ですが・・・ではどうすれば」
「防音の魔法でもかけて、出てこれねぇよう鍵掛けとけ。そんくらいの魔法ならおめぇに
もできるだろ」
“これじゃぁ商売上がったりだ”と舌打ちをし、マスターは客の相手に戻ってしまった。
だが一度だけ振り向くと、まるでついでのように言葉を付け足した。
「おい。桜もまだ起きねぇのか?」
その抑揚のない声、濁った目と視線を合わせたくなくては視線を床に落とす。
「・・・はい。ずっと眠ったままです」
静かにそう答えると、マスターはまた舌打ちを繰り返した。
「使えねぇアマばっかりだな」
雇い主の情のない言葉に、だがは何も言い返すことはできない。
再び下劣な笑みで接客に戻った男の背中に一瞥をくれ、はその場を後にした。
玄関から離れるにしたがってマスターの耳障りな笑い声は小さく、そして少女の壁越しの
悲鳴が大きくなっていく。
廊下の木の軋む音では消し去ることはできない、悲痛な声。
その音源が封じられた部屋の前に立ち、はできるだけ素早くノブをまわして室内に体
を滑り込ませた。
マスターに言われたように防音と施錠の魔法を唱える。
それと同時にの耳を打つ。
脳の奥に響き渡る声。
喉を引き裂かれた女神の放つ咆哮。
「あぁっ・・・・・ぃやあぁぁぁああぁっ!!」
「・・・椿・・ちゃん」
たったの二日で見慣れてしまった惨状。
少女自らが吐き出した紅い液体が真っ白な少女の体と部屋を汚す。
「椿ちゃん・・・椿ちゃん・・・」
の呼ぶ声に応えることもできず、は苦痛から逃れようと手元のシーツをきつく握
り締める。
同じように握られてできた皺がシーツのところどころに見えた。
「つばき・・・・・・っ」
震える声で名前を呼ぶと、少女は緩慢な動作で顔を上げた。
荒い息に大きく揺れる肩。
きつく寄せられた眉間の皺。
の顔や体に走る紅い自傷行為の痕が痛々しい。
「・・・さん」
息が乱れて上手く言葉が続かない。
「ぃ痛い・・・・痛い、よ」
ギュッと握り締められる手の肉は削げ落ち、骨が浮き出ていた。
痛みをこらえようとその薄っぺらな手で自分の腕に爪を立てる。
「や、やめなさい、っ!」
「ぃやぁあっ!放してぇぇ!!」
掠れた声で悲鳴をあげ、艶やかさの欠片もなくなってしまった銀色の髪を振り乱す。
変わり果ててしまったの姿に、は涙が零れそうになるも歯を食いしばって耐える。
恐れていた日がやってきてしまった。
あんなにも用心していたのに。
どうやっても運命から逃れることはできなかった。
生まれながらにしてかけられた呪いが、今まさに発動してしまった。
魔女が降臨した土曜を境に、衰弱の一路を辿るの肉体。
絶望の淵を歩むの精神。
流れ出る鮮血は尽きることなく、しばらく前まで彼女の胸に飾られていた紅い花を思い出
させる。
「誰かっ・・・・誰か助けてよぉっ!」
の鼓膜を震わせる叫びを上げる。
荒い息を肩を大きく上下させて整える。
嗚咽と呻き声とが交じり合い、部屋を渦巻く。
だが不意にの耳から少女の闇の声が消え去った。
不可思議に思い、はの方に目をやった。
は目を見開き、震えていた体を制止させていた。
「・・・・・・・?」
突然動きが止まったには心配そうに声をかける。
だがは微動だにしない。
の細い手がゆっくりと口元を覆う。
その繊細な動きをは目で追った。
目を凝らすと微かに見えた。
の唇が微かに動き、何か呪文のように言葉を紡いでいた。
「・・・・・・どうしたの?」
「Se・・・v・・・」
小さな口がたどたどしい口調で単語の要素を紡ぐ。
だがそれは意味を成さずに止まってしまう。
「Sev・・e・・・。綴り・・が」
手で覆った唇が微かに震えていた。
はゆっくりとした動作での方を向くと、ひどく苦痛に満ちた目を向けてきた。
「綴りが・・・綴りがわからない・・・・・思い出せないよ」
酷く混乱したように頭を抱え、細い指の間に銀色の髪が絡まる。
「・・・」
「いやっ・・・名前が・・思い出せないよっ!」
深蒼の瞳から雫が零れ落ちた。
最早以前のの柔和なイメージなど存在しなかった。
あるのはただ急速に押し寄せる闇に怯えた、子どもの姿。
「やぁっ・・・やだよっ!何か大切な・・・大切なことなのにっ」
指に絡めた髪をきつく握り締める。
たまりかねては静かに口を開いた。
「落ち着いて、っ。それは・・・・・セブルス・・・スネイプさんのこと?」
ゆっくりと幼児にもわかるようにはっきりとその名を紡いだ。
の目がの唇に釘付けになる。
「・・・・Seve・・rus・・・・Snape」
少女はまるで母親の教えを忠実に守るように言葉を模倣する。
たどたどしく。
まるで今初めてその名を呼んだかのように。
魂が抜けたかのように呆然とする。
だがすぐに今に教えられた名をゆっくりと復唱し始めた。
「セブルス・・・スネイプ・・・・・セブル・・ス」
忘れたくないという想いがの唇を勝手に動かす。
何度も何度もその名を愛しそうに紡ぐの姿が痛々しくて、はきつく目を瞑って部
屋を後にした。
その日の晩、セブルスは夢を見た。
久しく夢など見ていなかった。
それは愛しい少女の、だがセブルスの記憶にない夢だった。
見覚えのある店先に2人の少女が佇んでいる。
一人は見覚えのある銀色の髪を携えた、紅い花を胸につけた幼い少女。
もう一人は見覚えのない、薄紅色の蓮の花を飾った娘。
外は雪が降っていた。
俯く少女に、蓮の娘は言葉をかけた。
『とうとう追い越されちまったねぇ、椿に』
決して嫌味な口調ではなく、素直に負けを認めたような娘の言葉に少女は更に俯く。
『まさか12でここの最高位につくとはねぇ。しかも仕事始めてたったの3ヶ月で』
『・・・・・』
何も言わない少女の小さな頭に目を向け、蓮は薄く微笑んだ。
『何を落ち込んでいるんだい、椿。自分の誕生日に最高位になったっていうのに』
『・・・・・』
蓮の言葉に、少女は何かを否定するように首を横に振った。
揺れる銀色の髪が素直に綺麗だと思った。
『・・・蓮ねぇさん。わたし・・・・・わからないよ』
小さな口が動いて澄んだ声を紡ぎ出す。
12歳とは思えないしっかりとした意思を持った口調に、蓮は少女の器の大きさを悟った。
“何がだい?”と問い返す蓮に、少女は静かに言葉を続けた。
『わたし、これから・・・・どうやって生きてけばいいの?』
そこで初めて少女は顔を上げ、自分よりも随分高い蓮の顔を見上げた。
自分を見つめる深蒼の瞳を、蓮は黙って見下ろした。
『わたし・・・ここで、ちゃんと生きていけるのかな?』
不安げに揺れる海の水面。
当たり前だ。
ここは裏の世界。
まともな精神では生きてはいけない。
異常こそがこの街の真実。
それを僅か12の少女に理解できるか。
だが、蓮は静かに微笑んだ。
少女の小さな頭を優しく撫でる。
『あんたに、最高の処世術を教えてあげるよ』
なぜか、この少女にならこの世界の理が理解できると思った。
蓮は腰を落とし、少女と同じ目線を保った。
深蒼の瞳がただじっと蓮を見つめ返してくる。
『ここで生き残りたければ、恋なんかしないことよ。恋は女を・・・娼婦を駄目にするわ』
深蒼の波は揺れず、ただじっとその言葉を身にしみこませる。
『王子様なんか待つんじゃないよ。私らは花だ。ここで最高の花をつけて、ここで枯れて
いくしかないんだよ』
そう言って蓮はもう一度少女の頭を撫で、一人先に店の中へと戻っていった。
カラカラと扉が閉まる音がする。
残された少女はゆっくりと空を仰いだ。
チラチラと降る雪。
舞い落ちる雪。
少女はただただ綺麗だと思った。
少女が孤独に生きていこうと誓った、寒い冬の夜のこと。
目が覚めると、恐ろしいほどの吐き気に襲われた。
セブルスはふらつきながらも洗面所へなだれ込み、喉を駆け上がってきた吐瀉物をシンク
にぶちまけた。
何度か咳き込み、口の中に充満する胃酸のきつい香りに顔をしかめる。
そのうち、物音に気付いたが様子を見に来た。
「セブルス?どした、大丈夫か?」
心配そうなの口調に幾らかホッとし、セブルスは蛇口をひねりシンクに水を流した。
「あぁ、なんでもない。悪い、起こしてしまって」
「や、いいけど。お前最近図書館篭りっぱなしだろ。無理すんなよな。具合悪いなら明日
マダム・ポンフリーのとこ行けよ?」
ぶっきらぼうながらもらしい優しさに苦笑し、セブルスは短く礼を言った。
が去ったのを確認して、セブルスは喉奥に残った残留物を吐き出した。
水と混ざって流れていくそれを見ながら、セブルスは理由のわからぬ体の異変を不思議に
感じていた。
決して体調不良なわけではない。
自分の体のことは自分が良くわかっている。
不快な口内を水でゆすぎ、セブルスは静かにベッドに戻った。
ゆっくりと目を閉じ、先ほど見た夢を思い出そうとしてみた。
だがそれを遮るように瞼の奥にの姿が浮かんだ。
セブルスに笑顔を向けては消え、また現れては笑顔を浮かべて消えていく。
そしていつの間にか眠りについていた。
その晩、もう夢の続きを見ることはなかった。
不意に静かになったセブルスのベッドの隣から、ギシリとスプリングの軋む音がした。
嘔吐の疲労からか起きることのないセブルスに、ペタペタと足音は近づいていく。
足音は止まり、影はセブルスの顔をジッと見つめた。
少年の静かな寝息を耳にし、影はゆっくりと目を閉じる。
閉じられた悲痛な色の瞳から一滴の雨がぽたりと落ちた。
セブルスのベッドシーツに丸い染みを作り、消えていく。
「・・・・・セブルス」
部屋の空気が動かぬほどの小さな呼びかけ。
静かな少年の声が静寂に消えていく。
月明かりに少年の黄金の髪が光を放つ。
「ごめん、セブルス。ごめん、椿・・・・・ちゃん」
ぽたぽたと雫が落ちる。
開かれた深蒼の瞳から雨が落ちる。
普段快活に笑う少年の顔は、今は言い知れぬほどの苦渋に満ちていた。
「ごめんよ・・・・・桜ちゃん」
そしてまた雨が降る。
翌日の朝。
大広間での朝食の時間。
またあの白梟がセブルスのもとへと飛んできた。
いつもと変わらぬ封筒。
いつもと変わらぬ椿の紋章。
ただ違うのは、その中身。
開けられた封筒の奥には、最後の百花楼の券と1枚の羊皮紙。
「・・・?」
不思議に思いながらも、セブルスは丁寧に羊皮紙を押し広げる。
どうしてか掌にじっとりと汗が浮かび始めた。
ただの羊皮紙なのに。
何もおかしいところはないのに。
まるで触れてはいけない何かに触れるかのように。
開かれた黄土色の紙には、ゆらゆらと短い文字たちが揺れていた。
その一つ一つがセブルスの脳細胞に打撃を与えていく。
『椿』
『容態急変』
『衰弱が激し』
『嘔吐を』
セブルスの思考の全てが凍りつく。
焦点が合わず、手紙の文字が化けて見える。
ただ目の前が真っ赤に染まり、一瞬にして真っ黒になった。
手紙を運び終え去ろうと広げられた梟の翼で視界が真っ白に変わる。
気を失っている場合ではなかった。
何をすべきかすぐには考え付かなかったが、何かしなければと思った。
優雅に宙に舞い立った白梟を指笛で呼び戻す。
伸ばした腕に止まった梟の黒い目を数秒見つめ立ち上がると、セブルスは背中にかけられ
たの呼びかけにも振り返らず真っ直ぐに寮へと走り出した。
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