ドリーム小説
Maple
【名】楓;糖蜜色
椿姫 maple 6
誓ったんじゃなかったの?
裏切らないって
ずっとそばにいるって
誓ってくれたんじゃなかったのね?
「・・・椛は・・・いるかい?」
百花楼の玄関先。
日中、他に客もおらず、暇そうにしていたマスターに声がかかった。
「これはこれは、様!椛なら・・・」
マスターの引きつった笑い。
いつもなら自分に媚びてもっと醜悪に笑うマスターのその顔を見て、は小さく息を吐く。
「いるには・・・いるんですがね。ちょっとお待ちくだせぇよ」
そう言ってマスターは店の奥に引っ込んでいく。
もう何日こんなやり取りがこの店先で執り行われたのだろう。
はしなやかな指を折り曲げ、数えてみる。
(・・・・・20日・・・か)
椛に―――にあの日のことを見られてから。
に会わなくなってから。
に触れなくなってから。
ゆうにもう20日も経ってしまった。
楓に騙されて関係を持ってしまったことを弁解したいのに、あの日勢い良く部屋を飛び出してから、2人
は会っていない。
否。が会わないようにしているのだ。
最後にが見たのは、の悲痛な表情。零れ散った涙。
それが瞼の奥に焼きついて離れない。
「すんません、様。・・・・椛は・・・」
「・・・・・会いたくない・・・だろう?」
店奥から帰ってくるなり、苦笑いでへこへこと頭を下げるマスターより先に言葉を返してやる。
はまた小さく息を吐く。
ここぞとばかりに椛の代わりに楓を薦めようとするマスターの言葉を無視し、は従者に預け
ていたシルクハットをかぶった。
そしてもう一つ、従者に預けていた紙袋をマスターに差し出した。
「・・・様?」
「・・・・・椛に、渡してくれないか?彼女がいらないと言ったら、捨ててしまって構わないから」
それだけを告げると、高貴な男は店を後にした。
目が痛い。
喉も痛い。
あまりの痛みに涙を流し、咳き込みながら目を覚ます。
「けほっ!」
もう何日こんなことを繰り返して目覚めているのだろう。
病弱なほどに白く細い指を折り曲げて数えてみる。
(・・・・・19・・20・・・?)
その長いような短いような時間を、はずっとベッドの中で過ごしてきた。
あの日、見たくもない光景を目撃してから。
愛した男と、信頼していた友との情事を見てしまってから。
は客も取らず、食事もほとんどせず、の訪問を全て拒絶し、ただひたすらシーツにくる
まって泣く日々を送っていた。
起きていると思い出されるのはと過ごした数少ない幸せな日々。
それを思い出すと涙が出る。
だから現実から逃げるため眠りに落ちる。
それでも夢の中で繰り返されるのは、自分を裏切ったと楓の生臭い光景。
見たくもない夢から覚めると、待っているのは結局、がそこに居ない虚無感。
その寂しさに耐え切れず
「・・・・・・・・・・・・・・ッ!!」
また雫が落ちる。
泣いても泣いても枯れない涙になかばうんざりしながら、それでも泣く以外のことはできずにいた。
所詮自分は籠の鳥。
少しの間だけ、飼い主が自分を愛していてくれただけ。
その飼い主が今度は違う鳥を選んだだけのこと。
なぁに。待っていれば、また別の飼い主が
「そんなの嫌ぁっ!!お願い、捨てないでっ!!」
シーツの端を握り締めて少女が叫んだ瞬間。
部屋に置かれていた花瓶は全て音を立てて破裂した。
淡い光を注ぎ込む窓ガラスにも細かなひびが入る。
強すぎる彼女の魔力が、彼女の心の暴走に耐えられないでいた。
が叫び、感情を昂ぶらせる度に、部屋に置かれた本が飛び交い、陶器の類は霧散する。
すでに部屋は嵐が吹き荒れた後のようになっていた。
「何やってるのよ。騒々しいわね。静かにしてよ」
葛藤をぶつけて息を吐いていたの耳に、その澄んだカナリヤの声が突然飛び込んできた。
高いその声にびくりと肩を揺らし、だがシーツの中にくるまっていたことを幸運と思った。
「なぁに、この部屋。こんな部屋じゃ、客なんて取れやしないじゃない」
「・・・・何・・・しに来たの・・・?」
震える声を悟られないように、は息を潜めて言葉を紡ぐ。
そんな努力を見破ったのか、少女の勝ち誇ったような声がシーツに投げかけられた。
「弱いわね。男一人に振り回されるなんて」
カナリヤが鳴く。
「あんた、今まで何人の男を相手にしてきたと思ってるの」
カナリヤが鳴く。
「数え切れないくらいの男相手に足を開いてきたくせに」
カナリヤが天に鳴く。
「如きに」
銀が吼えた。
「の名を口にしないでっ!!」
ガ チ ャ ン ッ !!
銀髪の少女の声に応えるかのように、部屋にあった窓ガラスが全て割れた。
粉々になったガラスの破片がシーツにくるまっためがけて舞い落ちようとしている。
薄い布など、無数のガラスの破片は切り裂いてしまうだろう。
「・・・ッ!!」
無意識に、何も考えず、カナリヤは叫んでいた。
ガラスの破片が、に降り注ぐことはなかった。
まるでバリアでも張ってあるかのように、を包み込むようにガラスの破片はシーツから数ミリ離れて
浮遊してした。
何かの声が聞こえた。
次の瞬間には浮遊していたガラスは勢い良く窓枠へと飛んでいき、粉々だった窓は元通りになっていた。
楓だけがわけが分からず、目を見開いて立っている。
小さな声が、薄い布の奥から聞こえてきた。
「
ウィンガーディアム レヴィオーサ。レパロ。ウィンガーディアム レヴィオーサ。レパロ
」
もそもそと這い出るようにシーツから出てきたは、その手に羽ペンを握っていた。
が小さな声で呪文を唱える度に、割れたガラスや花瓶は宙に浮き、元通りに戻っていく。
乱れた銀髪がの顔を隠し、楓はその表情を窺うことはできない。
だが、その異質な光景に足が微かに竦んでいた。
震える唇を何とか動かす。
「・・・ば・・・けもの・・・っ!」
「・・・・・・・」
不意にの前に何かが投げ出された。
何かが詰まった茶色の紙袋。
は手を触れるでもなく、ただ呆然としていた。
かちゃりとドアノブが動く音がした。
そんな音など吹き飛ばすくらいの声で、少女は叫ぶ。
「そんなだからこんなところに売られるのよ!!」
えぐられる、えぐられる。
心がえぐられる。
「マグルでもない。正当な魔法使いでもない。・・・あんた一体何なのよ!!?」
それでけ叫ぶと、楓は勢い良くドアを閉めて部屋を出て行った。
木製のドアが立てた音だけが部屋に響く。
高いヒールが立てるカツカツという音が次第に小さくなっていった。
その音を頭のどこかで聞きながら、は投げられた紙袋に目を移す。
何か、丸い物体が見えた。
微かに甘い香りが漂う。
「・・・・・・・・桃・・・?」
出てきたそれは、小さなの掌に納まってしまうほどの小さな桃。
紙袋をひっくり返すと、そこからは幾つも幾つも小さな桃が転がり落ちてくる。
どうしてだろう。
それを見ただけで、にはそれが誰からの贈り物なのかがわかってしまった。
それは決して魔法ではない。
甘い匂いが部屋に充満する。
それは銀色の髪に、白い肌に、淡く移る。
乱れたベッドの上。
無数の小さな桃。
一人の少女。
傍らに、少女が愛する童話。
微かに耳の奥で別の少女の声がした。
『ばけもの』
胸にぐさりと刺さる、少女の言葉。
『あんた一体何なのよ』
知らない。わからない。
だって生まれたときからこうだった。
小さな桃を一つ手に取る。
「ウィンガーディアム・・・・・・レヴィオーサ」
ふわりと桃が宙に浮く。
ふよふよと浮かぶ桃を目で追いかける。
ゆっくりと目を閉じる。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
これだけで十分だと思った。
食べる気にはなれない。
だってやっぱりあの人は私を裏切ったのだもの。
窓が割れた瞬間、楓は私の名を叫んでくれた。
でも私は彼女を許せない。
だってやっぱりあの子は私を裏切ったのだもの。
ゆっくりと目を開ける。
「私は・・・・・・魔女だよ」
久々に浮かべた笑みは、何だかひどくぎこちなかった。
泣きすぎで、叫びすぎで枯れた声は、何だかしわがれた老婆のようだった。
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