ドリーム小説
Maple
【名】楓;糖蜜色
椿姫 maple 5
あなたも 私を 裏切るの ?
あの人の声が聞こえた気がした。
あの人の悲しみにくれる声が聞こえた気がした。
そんなわけないのに、どうしてか耳の奥に響いて鳴り止まない。
居酒屋のカウンターにぼうっとしたまま座る椛に、突然声がかかった。
「おねぇちゃ。おしゃけ」
声のした方を向くと、まだ小さな少女がお盆の上にグラスをのせて椛の横に立っていた。
「あやっ。ありがとねぇ」
グラスを受け取り、少女の頭を優しく撫でてやると、少女は嬉しそうに笑った。
「マスターの娘さん?ちっちゃいのに、もうお手伝い?えらいねぇ。お名前は?」
「ロスメルタ。5しゃい」
プクッとした小さな指を5本立てて少女は恥ずかしそうに俯く。
だが店主である父に呼ばれ、少し大きめのエプロンをなびかせながら少女は奥へと引っ込
んでいった。
そんな様子を楽しそうに見ながら、椛はグラスの酒を喉奥へと落とす。
カ ラ ン
(・・・・なんか・・・・いつもよりおいしくないなぁ)
率直な感想を思い浮かべながら、小さな氷をカリリと噛み砕く。
甘酸っぱい酒の味は、何だか切なく、何だか胸を締め付ける。
カウンターの上に突っ伏し、ゆっくりと瞼を閉じてみる。
『』
瞼の奥に浮かぶあの人の笑顔。
自分を呼ぶ声。
触れる手の感触。
(・・・・・・・帰ろっかな・・・)
今日は久々の椛の非番の日。
そのことをあの人に告げないで出てきてしまった。
もし今日もあの人が来る気なら、きっと
(私がいなくて・・・・少しは寂しいと思ってくれるかな・・・?)
好きだから、愛してるから。
あの人に、少しだけ意地悪してやろう。
そんな単純な、純真無垢な少女の淡い悪戯心が起こした意地悪。
「あ」
少しだけ体をずらした瞬間、胸につけていた“もみじ”の造花がはらりと落ちた。
まるで本物の葉が落ちるかのように、ヒラヒラ、ヒラヒラ、と。
まるで何かを伝えるかのように、ヒラヒラと。
少女の些細な悪戯心を咎めるかのように。
それが、最悪の結末を呼び起こす要因の一つになろうとは。
「マスター。お代、ここに置いておくね」
そのことに少女が気付くまで、後ほんの少し。
乱れたベッドの上。
男は何も身につけないまま、上半身だけを起こして首をうなだれている。
乱れたベッドの上。
少女は汗ばみ、上気した体を静かに横たえている。
どちらも何も言わず、聞こえてくるのは少しだけ体を動かしたときに発せられるシーツの
擦れる音のみ。
不意に少女は気だるげに身を起こし、いまだ微動だにしない男の元へと近づいた。
うなだれる男の頬に、そっと手を差し伸べると、微かに反応を見せた。
灰色の影を落とす男に、少女は不敵な笑みを浮かべる。
ふっくらとした唇が開き、カナリヤのような声が部屋に響いた。
「どう?あの娘よりよかったでしょ?」
激しい行為の後にもかかわらず、その声は自信に満ちた確固としたものだった。
男は少しだけ顔を上げ、やや上目使いに少女を見上げる。
男の目には、まだ光が戻っていない。
不意に少女の両手が男の顔を包み込んだ。
「ねぇ・・・あの娘のことはなんて呼んでいるの?“椛”?それとも」
次に少女が紡いだその名前に、男の両肩がびくりと揺れた。
それに気を良くしたのか、少女はにんまりと笑い、男の頬を指でなぞる。
「ねぇ・・・なら、私のことも名前で呼んで?」
少女が嬉々とした顔で自分の名を、“”という名を紡いだのを男は頭のどこかで聞いて
いた。
だがそんな言葉も、今の男には完全に頭の中に留めておく力さえない。
そのときだった。
階下で玄関の扉が開く音が、軽い足音が聞こえたのは。
その微弱な音に、楓は口端を吊り上げる。
「・・・・彼が・・・・来てるの・・・?」
店に帰ってきて扉を開けるなり、小柄な少女は無意識にその言葉を口にした。
玄関を開けてそこにいたのは、いつも彼が連れている、いつも同じ従者の男。
主を待つため、いつも百花楼の玄関先で従者は待つ。
それ以上の説明は要らない。
ここに彼がいる。
愛しい人がいる。
カウンターの奥から顔を出したマスターが注意するより早く。
気付くと、少女はいつも彼を通すお決まりの部屋へと足を駆け出していた。
「ま、待て、椛!!今、様はなぁっ!!」
遠くでマスターの焦る声が聞こえる。
その声が椛の足を止めることはなかった。
パタパタと軽い足音が聞こえる。
どんどん部屋に向かって近づいてきている。
その音を聞きながらも、楓はの瞳から目を逸らさなかった。
「ね?呼んでみて。私のこと」
甘えるような声で囁く楓を、はさっきから茫洋とした目で見つめている。
目を合わそうとしても全く合わない。
そんな男の様子に、徐々に楓に苛立ちも見え始める。
それでも何とか感情を押し殺し、楓はそっと囁いた。
「」
少女のその言葉に、びくりと男の体が揺れた。
頬に触れる楓の手を振り払い、それまで生きる屍のようだったは勢い良く顔をそ
らす。
その動作に驚いた楓だったが、口元に残酷な笑みを浮かべると、すぐに男の顔を引き戻し
た。
「なにをっ・・・・・!!!」
「何・・・・してるの・・・・?」
不意に開けられたドアの横で、少女は瞳の青をさらに濃いものにして立ちすくむ。
今、目の前に広がる現実が うまく受け入れられない。
これが 真実?
重なり合う2人の唇。
何も身に付けていない2人の肌は、汗ばみ上気している。
乱れた寝所 散らばった衣服 これが 真実。
「っ!!」
勢いよく閉じられたドアの音が、部屋にこだまする。
扉が閉じる瞬間に垣間見えた少女の悲痛な顔が、目に焼きついて離れない。
青眼からから零れ散った水滴が、床におかしな模様を作り上げる。
薄暗闇に浮かぶ少女の氷のような笑み。
夕闇に、カナリヤの笑う声が微かに響く。
笑わなくなった私がようやく取り戻した笑顔は、この世で最も残虐で非情極まりないもの
でした。
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