ドリーム小説
Maple
【名】楓;糖蜜色
椿姫 maple 4
楓の様子が普通じゃない。
そのことに気付くのに特別な洞察力とかはいらなかった。
誰の目にも明らかだったからだ。
「お金はあるの?」
いつからだろう。
それが楓の口癖になっていた。
富も、名声も、知性も、権威も・・・。
それが楓を買うことのできる男の条件だったはずなのに。
「50ガリオン。それが払えるなら誰でもいいわ。相手してあげる」
いつからだろう。
楓は変わってしまった。
その豹変振りに、マスターは醜悪な笑みを浮かべ、
「やっと仕事する気になったのか?そうだ、そでれいいんだ。もっと客を取れ」
男たちは歓喜し、
「楓のガードが緩んだぞ!今なら金さえ積めば!」
椛は表情を暗くした。
「・・・・・楓ちゃん・・・・最近、笑わなくなったね?」
廊下ですれ違ったとき気遣うようにかけた椛の言葉に、楓は氷河のような視線を下した。
「・・・楓ちゃ」
「泥棒猫」
カナリアが鳴いた。
あまりにも突然の言葉に、椛は何を言われたのかわからなかった。
「・・・・・・楓・・ちゃん・・・?」
「最高位でもないくせに・・・。様の相手をするほどの価値もないくせに!!」
まるで豹が獲物を狙うときのような、ぎらつく目で椛を一睨みすると、高貴なカナリアは音を
立てずにその場を去った。
いつからだろう。
楓は椛に声をかけなくなった。
椛に対して微塵も笑みを浮かべなくなった。
もう楓自慢のメープルティーを淹れてくれなくなった。
貪欲に、男を狩ることしかしなくなった。
いつからだろう。
「・・・・・あのとき・・・から・・・?」
思い浮かぶのはひとつ。
あの雨の日の、あの人の、椛に向けられた―――楓に向けられなかった視線。
富も、名声も、知性も、権威も、全てを携えた男の視線が楓の前を通り過ぎ、椛に向けられた
あのとき。
あの日を境に、楓は貪欲に男を貪り始めた。
まるで何かを誇示するかのように。
まるで何かに縋り付くかのように。
全てはあの雨の日が始まりだったのだ。
誰か私を止めて。
この醜い私の心を止めて。
あの娘が憎くてしかたがないの。
何をしていてもあの娘が憎くてしかたがないの。
誰か私を止めて。
じゃないと私、あの娘を・・・・・・・
怖い。
彼女が怖い。
私を冷たく見下した目で見るの。
彼女が怖い。
それでも、彼を盗られるのは、もっと怖い。
いつも雨が降っていた。
あの人が来る日は、いつも雨が降っていた。
あの日から、あの人はいつも私だけを指名してくれた。
私たちの関係を言葉で表す必要はなかった。
「。何を読んでいるんだい?」
「ひゃんっ!もっ、!服くらい着てよぉ」
突然後ろから抱きしめられ、椛は小さく抗議する。
振り向くと上半身裸のが椛の腰に抱きついていた。
椛の抗議を無視し、彼女が読んでいた薄手の本を引っ手繰る。
「?・・・フェアリーテール?」
「、返してよぉ」
その本は、優しく扱わないと表紙が取れそうなくらい年季の入ったものだった。
パラパラとめくれば、どのページにも“prince”、“princess”の文字が浮かび上がる。
「かーえーしーて!それ私の一番のお気に入りなんだからぁ」
「そうか。じゃぁ、私が読んであげようか?」
放してもらえないと諦めたのか、椛は暴れることを止めて大人しくの膝の上に座った。
まるで父親が娘に物語を読むかのように。
は椛の首筋に一つキスを落とすと、古びた本の表紙をそっと開いた。
『フェアリー・テール』
昔々 悲しい運命を背負った王女様がいました
王女様は生まれたときに悪い魔女によって呪いをかけられてしまったのです
魔女は言いました
もし王女様が一人の男性を好きになったら
王女様は呪いによって死ぬだろう
王様とお后様は王女様を離れた塔に住まわせました
ただし念に一度の誕生日だけは外に出ることが許されました
王女様はとても美しい少女に成長しました
王女様は14歳の誕生日に森の湖で遊んでいました
そのときです 突然木の陰から誰かが現れました
それは隣の国の王子様でした
狩りの途中で道に迷ってしまったのです
2人は一瞬で恋に落ちました
王様はこのことを知りすぐに2人を引き離しました
しかし時すでに遅く 王女様に魔女の呪いがかかっていました
王女様はどんどん弱っていきました
このままでは王女様は死んでしまいます
そこで王様は隣国から占術師を召還しました
占術師は言いました
王女様を助けられるのは王子様だけだと
そしてある新月の晩に占術師は歌を詠みました
『日が沈み 月が昇る
火が灯り 水が流
「も、いいよ。」
「・・・?」
椛の言葉に朗読を中断したは、自分の膝の上に座る少女の顔を覗きこむ。
横から見た少女の瞳には、薄っすらとだが涙が浮いていた。
涙のわけがわからず、そっと指を伸ばし拭ってやろうとするが。
「どうし」
「ずっと一緒にいて」
伸ばした手は少女の細い手で握り返される。
そしてその冷たい手が微かに震えていることに気付く。
「・・・・・・、お願い。そばにいて」
「・・・」
「私が死ぬときもそばにいて。私が死んだら」
「止めないか」
突然なんと不吉なことを言い出すのか。
現実になりはしないかと不安になる。
それでもそのことを切に恐れる少女は、小さな体を震わせて瞳をにじませる。
少しでも不安が薄らぐならと、男は少女をそっと抱きしめた。
男の裸の胸が少女に確かな体温を感じさせる。
「そばにいる。決して君を裏切らないと誓おう」
誓いを立てるかのように、少女の銀髪を払い、首筋に一つキスを落とす。
快感からか、安堵からか、ふるりと体を震わせた椛はそのまま天を仰ぐ。
は腰にまわしていた腕を解き、椛の肩をきつく抱きしめた。
今度は自分の不安を打ち明けるために、強い力で抱きしめる。
「。どうして私の名を呼んでくれないんだい?」
その問いに、少女が答えることはなかった。
愛してる。
あなたを愛してる。
自分がなぜ生きているのか、なぜこの世に生まれてきたのか。
まるでわからなかったの。
強大な魔力のせいで、名家に生まれたにもかかわらず親に捨てられ。
銀髪に碧眼、雪肌・・・望まぬ美しい容姿のせいでここに拾われて。
ずっと一人だったの。
私は誰かを好きになりたいのに。
普通の女の子のように恋したいのに。
一生それは叶わないと思ってた。
自分がなぜ生まれてきたのか、まるでわからなかった。
でもね、今ならわかる。
どうして生まれてきたのか、今ならわかる。
私はあなたを・・・・・・・
それは久し振りに太陽が顔を出した日だった。
最高ランクとまではいかずとも、それなりに地位のある椛にも特別に外出を許される日があっ
た。
久し振りの外出に、椛は心躍らせる。
どうせ楼にいても、今日ははいない。
それに
「楓ちゃん。一緒に行か」
行かないかと誘おうとしたが、椛の精一杯の言葉は楓の威圧の前にかき消された。
「結構よ。あんたと違って暇じゃないの」
嫉妬に狂う楓の存在が椛の心をきつく締め上げる。
息苦しささえ感じてしまう。
寂しさの隠せない微笑を浮かべ、椛は店の扉を閉めた。
風に微かになびくチャイナドレスを楓が横目で見ているのを感じ取り、でも知らぬ振りをして
椛は三本の箒へと向かった。
あの日から、何人の男と寝たのだろう?
以前の私では考えられないくらいの客を取り、私の地位は不動のものとなった。
でもどうして?
あの日から渇きが癒えない。
不味い男を何人貪ろうとこの渇きは癒されない。
私のプライドをずたずたにしたのは誰?
あいつらなの?
ならば奴らに制裁を。
遊女に愛だとかくだらないことを言っている奴らに制裁を。
晴れの日の百花楼に、嵐が吹きすさむ。
乾いた音を立てて扉は開かれた。
「あら、いらっしゃいませ。様」
いつもと変わらない上品な服を着こんで、従者を横に携えて男はやってきた。
「あぁ・・・・楓さん・・だったかな。すまないが、椛は」
「椛なら、今日は非番ですわ」
この男の口からは、あの娘の名前しか出ないのか。
引くつくこめかみを必死に抑え、精一杯の作り笑顔を浮かべて、感情を押し殺して、
楓はの相手をする。
非番と聞いて明らかに男の顔は曇りを見せる。
この男にとって私はただの遊女。
最高位の名など何の意味もなさない。
あの娘が憎い。
それ同様に、私になびかないこの男も憎い。
この2人は同罪。
椛がいないことで半ば落胆してしまったの耳に、陶器の触れ合う音が届いた。
微かに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「どうぞ、様。こちらメープルティーですわ」
高価なティーカップの中でゆらゆらと揺れるキャラメル色の液体。
いつからか楓が椛に淹れなくなった、彼女自慢のメープルティー。
「あぁ、悪いね。いただこうか」
普段よりも数倍濃い香りを発し、液体は幻想的に揺れる。
「いい香りだ」
「えぇ。自慢の葉を使っておりますので・・・・」
ゆっくりとした動作で紅茶の容器が傾くのを、少女は細めた目で眺めていた。
少しずつ流し込まれる茶色の液体に視線を向けながら、その口元には微笑が浮かぶ。
「ごゆっくり・・・どうぞ」
後ろで組んだ細く長い手。
少し力を入れた掌の中で、茶色の薬瓶がみしりと音を立てた。
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