ドリーム小説
Maple
【名】楓;糖蜜色
椿姫 maple 3
呆然と立ち尽くしたまま動かないに、マスターは醜悪な笑みを浮かべて声をかけた。
控えめに、控えめに。腹の底に隠した小さな企みを見透かされぬように。
「あぁ〜・・・・様。もしお決まりにならねぇんでしたらぁ・・・」
マスターの声に覚醒したは、自分の焦りを悟られぬよう必死に笑顔で取り繕う。
カウンターに控える男の無骨な手が、一人の少女に向かって伸ばされた。
「この娘なんてどうでしょうかね?うちの最高位の」
マスターのその言葉に促されるように、少女はすっと一歩前に躍り出た。
「“楓(かえで)”でございます。品質は十二分に保証いたしますぜ」
少女は自信と誇りに満ちた、凛とした表情でに笑みを向ける。
その顔を見ていたもう一人の、銀髪を携えた小柄な少女は何かを納得するのだった。
(・・・楓ちゃん、この人認めたんだ)
楓はその高すぎるプライドから、自分の客を自身で選んでしまう。
とりわけ、金持ちで容姿も頭も良く、野蛮などと言う言葉とは縁もない男を選ぶ。
選ばれた男はたいてい、楓の美貌と妖艶な雰囲気に酔いしれ、彼女から目が離せなくなる。
だが今回ばかりは、楓の予想ともマスターの予想とも大きくかけ離れることになった。
「楓さん・・・・ですか。なるほど・・・さすが一等だけありますね。美しい方だ」
「恐縮ですわ、様」
シャンッという音がしそうなほどの鋭利な笑みを浮かべ、楓は半ば指名されることを確信して
マスターに目配せする。
マスターもそれに視線だけを合わせて、自分の目論見の成功に下卑た笑みを浮かべた。
だが、2人の笑みは冷たく凍りつくことになる。
口元に手を当てて何かを考えていたかと思ったら、は控えめに言葉を発した。
「その・・・・そちらの方は・・・・・何というお名前で?」
掌を上に向け、そっと差し伸べるように出された方向には
「・・・・・え・・・?・・わ・・たしですか・・・?」
不思議そうに深い青色の瞳を輝かせる少女がいた。
その横には、自分が選ばれなかったことに愕然とする少女もいた。
「も・・椛(もみじ)・・と申します」
「椛・・・。素敵なお名前ですね」
そう言ってふわりと微笑んだの顔は、とてもこんな店に来る人間のものとは思えない
くらい繊細なもので。
それに応えるように、椛も花のように柔らかく微笑み返した。
雪のように白い頬は微かに赤く染まり、照れたように俯く姿が純真無垢な少女のようであった。
「マスター」
「へ、へいっ!んで、いかがいたしやしょう?」
取り繕うような笑みを張り付かせ、マスターは客の注文をとる。
「・・・こちらの方には申し訳ないが・・・・・僕は・・・この方を指名したい」
しなやかな指は銀髪の少女を指し示す。
その言葉に驚いたのは、選ばれた椛だけでなく楓も同様。
怒りで徐々に感情がくすぶり始める楓を他所に、椛はただ呆然とを見返す。
そんな少女に向ける男のまなざしは酷く優しいもので、それが余計に楓のプライドを傷つける。
だがこれも全てビジネス。
に連れられて行く椛をいびつな笑顔で見送るしかない。
「ご指名ありがとうございます。こちらへどうぞ、様」
業務用に紡がれる繊細な声さえ、今はうざったい。
それも全てあの娘の声だから。
店の奥へと消えていく2人を見つめる楓の掌には、きつく爪痕が残されていた。
どんな男だって私を見て虜にならない者はいなかった。
今までもこれからも、全てが私の思う通りになると思っていた。
なのに・・・なのに・・・・・・!!!
「・・・どうして・・・・・・椛なんかに・・・・・っ!!」
あの娘が憎くてたまらない。
あの娘が憎くてたまらない。
握り締めた拳から、赤い水が静かに滴り落ちた。
「どうして・・・私を?」
脱ぎかけたチャイナドレスを腰で止め、少女は深い青の目を男に向ける。
不意の質問に、だがは店先と変わらぬ微笑を浮かべる。
限られた時間を有効に使うため、客はいつでも速やかに“事”に取り掛かる。
「さぁ・・・・どうしてだろう?私にもわからない。・・・でも」
「でも?」
高そうな服のボタンを全て外し、そのまま椛の唇にそっとキスを落とす。
慣れた行為のはずなのに、どうしてか椛の頬は微かに赤く染まる。
恥ずかしそうに俯く少女が可愛くて、はくすりと笑いを漏らす。
脱ぎかけた服もそのままに、そっと少女の体をベッドに沈めた。
「君を見た瞬間、ガラスが割れたんだ」
その突飛な物言いにも椛は動じた様子はない。
なぜなら彼女自身も彼と同じ感覚を感じたから。
椛の、“私も”と言いかけた口は、によって塞がれる。
「椛・・・というのは、君の本名かい?」
少女の体を這う手の動きはそのままに、男は穏やかな口調で問いかける。
すでに男の動きに意識を持っていかれ始めた椛は、言葉で返す代わりに否定を表すように首を
横に振る。
「今日初めて会った男に・・・名を教えてはくれないか?」
少しだけ、少しだけ寂しそうに男が笑うのを、椛は見逃さない。
ここにいる少女たちは、会ってまだ数分の男に軽々しく本名を教えるような教育はされていな
い。
「椛」
「・・・ん・・・・あっ・・」
男の巧みな動きに頭が正常に働かなくなってきている。
漏れる声に邪魔されながらも、椛は思ったとおりのことを言った。
「・・・さっき」
「ん?」
ポツリと漏れた声の方に目を向けると、すでに何も身に纏っていない椛が視線を虚空に向けて
いた。
雪のように白い肌が、薄暗い部屋の中で光りたつ。
「さっき・・・ガラスが割れたと言ったでしょ?」
「あぁ」
「・・・・私も割れたの。おんなじだね」
虚空を見ていると思っていた目は、いつの間にか男の顔に向けられていた。
深い深い、海の底のような測れない青の瞳。
その瞳が無言で問いかける。
『あなたの全てが知りたい。私の全てを知って欲しい』
その問いかけに男は沈黙で答える。
裸の上半身を起こし、少女はの顔を両手で包み込んだ。
不思議に冷たい椛の手に、男は心地よさそうに目を細める。
その耳元で静かに響いた声が、男の脳に反芻する。
「。私の本当の名前。次からはそう呼んで」
そっと重なった唇は、永遠の時を刻むかのように深く深く、離れることはなかった。
こうして2人は出会い、一瞬で恋に落ち、誰にも邪魔されない幸せを手に入れたのです。
でもそれもほんのひとときの幸せ。
2人が結ばれて一緒にいられたのは、一つの季節にも満たない短い期間。
このささやかな幸せを無残にも壊す要素は、とてもとても身近にあったのです。
そう、ここはホグズミードでも名を馳せた遊郭、『百花楼』。
男の欲望以上に女たちの野望が入り乱れる闇の世界。
とりわけ楼一の座に腰掛ける少女にとっては、これはあまりにも面白くないこと。
誰のせいでもない。
それでも、ずたずたにされたプライドを修復するよりも、彼女は別の道を選ぶしかなかったのです。
このときすでに楓には、少女らしい微笑を浮かべる余裕すらありませんでした。
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