ドリーム小説
Maple
【名】楓;糖蜜色
椿姫 maple 1
橙色に輝く太陽がその姿を隠し始め、ホグズミード全体を闇の中へ落とそうとしている。
ホグワーツ行きの列車の汽笛もとっくに耳の奥から離れてしまった。
三本の箒を後にしたは、ズルズルと重い足取りで百花楼の前に辿り着いた。
見た目にはわからないが、セブルスと会っていた時とは明らかに違う顔つきと心持ちで扉に手
をかける。
(また・・・・鳥籠の生活かぁ・・・)
吐いてしまえばすっきりするであろう溜め息を飲み込み、カラカラと乾いた音を立てて扉を開
けた。
きっと次の瞬間に帰ってくるのはマスターの怒鳴り声との気遣わしげな言葉、桜たちの明
るい笑い声なのだろう。
いつもと変わらぬ夜の営みが始まる―――そう思っていたのに。
「やぁお帰り、椿。待っていたよ。今日は変わった格好をしているんだね?」
出迎えてくれた予想外の人物によって、の平凡な日常は音を立てて崩れる。
「・・・・・・・・・・・・さん」
あくまで平静を装い、感情を押し殺し、は柔和に微笑む。
その仮面の笑顔を見て男も満足気に微笑む。
「椿、何やってたんだ。おせぇじゃねぇか。様をお待たせするんじゃねぇ」
この男の前だけあってか、マスターもいつもの倍穏やかに激昂する。
「さぁ、椿。こっちへこい。話をまとめるぞ」
「・・・話?」
いまいち内容のつかめないは、少し戸惑い気味に言葉を返す。
マスターは男に見えないように醜悪な笑みを浮かべ、蛇が発するような低く重みのある声で告
げる。
「喜べ、椿。お前も晴れて自由の身だ」
「・・・・・・・え・・?」
この汚らしい男がそんな夢のようなことを言うわけがない。
それでもほんの少しだけの期待が胸に灯る。
だがそんな少女の淡い気持ちは、無残にも砕け散った。
「様が、お前を身請けしたいそうだ」
全ての言葉が吐き捨てられた瞬間も、の顔には笑みが張り付いていた。
誰にも溶かすことのできない、氷の笑みが。
「スネイプ。居酒屋で銀髪の女にキスしていたそうだな?」
自室に戻ろうとしていたところを珍しい人物に声をかけられ、セブルスは一瞬足を止めた。
普段から青い顔が一段と青くなる。
「・・・・・・それが何か?マルフォイ先輩」
「いや。校内で噂になっていたものでな。淡白なお前にしては珍しいと思って」
「・・・・・・」
ゆったりとソファーに腰掛けた少年―――セブルスより一つ上の先輩、ルシウス・マルフォイ
は、隣に座る金髪の少女に体を預け、細めた目でセブルスを見つめてくる。
「勉強一筋のお前が溺れるほどだ。余程良い女なのだろう?」
「ルーシー!もう・・・私という者がありながら」
恋人の聞き捨てならない台詞に、少女は真っ白な頬をわずかにピンク色に染めて抗議する。
そんなちょっとした仕草でさえいとおしいのか、ルシウスは喉の奥で微かに笑うと「なに、冗
談さ」と少女の頬に軽く手を添えた。
ルシウスの体温が心地いいのか、少女は目を細めて微笑む。
(・・・・・・そういえば・・・・)
目の前でいちゃつかれて、以前のセブルスなら仏頂面のまま無言でその場を退散していただろう。
だが今は違う。
(・・・・・あいつも・・・も、ああして笑っていたな・・・)
一人の遊女に恋してからは、他人の細かな動きがよく目に留まるようになった。
目を細めて笑う少女や、長い髪の生徒が横を通り過ぎるとき、ときには同室のの青い瞳を
さりげなく見ることも。
(・・・・はたから見たら変人だな)
自覚症状があることにホッとし、それでも自嘲気味に笑ってみる。
「お邪魔のようですので。僕は失礼します、マルフォイ先輩」
「・・・・・」
「あぁ、また後でな」
軽く一礼して自室に戻っていく少年を、ルシウスの横の少女は少し驚いたような目で見つめる。
「どうした?ナルシッサ。奴に惚れたか?」
「違うわよ。違うけれど・・・・スネイプ、最近何だか」
「何だか?」
少女の頬に軽く添えた手を後頭部にまわし、自分の顔を上にグッと引き寄せた。
意外そうな顔で少女は紡ぐ。
「艶っぽくなったと思わない?」
「・・・・・ナルシッサ。それは私を挑発しているととっていいのだな?」
後頭部に添えていただけの手を思いっきり引き寄せた。
何気なく言った言葉がルシウスに火をつけたと・・・気付いたときにはもう遅かった。
なに、どうってことはない。
また一週間経てば会えるのだ。
あの煙を噴き出す特急に乗ってあの村へ。
彼女の外出はまた当分先だが、だったらあの鳥籠に会いに行けばいいのだ。
『生きてさえいれば・・・また会えるよ。私はずっとそばにいるから』
そうだ、また会える。
彼女があそこにいてくれればまた会えるんだ。
なに、どうってことはない。
なに、どうってことはない。
別に私が、彼が死ぬわけじゃない。
この世界に存在するのだから、一生会えないわけじゃない。
ただ、今までよりちょっと私たちの距離が遠くなるだけ。
『愛している。・・・・・・いつかきっと・・・・・迎えに行くから』
そうだ、また会える。
いつか夢に見た王子様が迎えに来てくれる。
私を悪魔たちから救ってくれる。
別に死ぬわけじゃない。
なに、どうってことはない。
ホントウニ?
細く開いたドアの隙間から中を覗けば、窓辺にそっと寄りかかる少女の姿が垣間見えた。
薄暗闇の中、灯り一つ点けずにただぼぉっとする少女に、はそっと声をかけた。
「・・・・椿ちゃん。灯りくらい、点けたら?」
「・・・・・・」
「・・・・何か欲しいものはない?」
「・・・・・・」
何を言っても全く反応を見せず、は人形のように虚ろな目で窓の外を仰ぐ。
不意に“チャリンッ”と金属の触れ合う音が聞こえた。
の掌の中で大量のガリオン金貨が擦れ合っていた。
「椿ちゃ」
「こんなの何の役にも立たない」
いつもより少しだけ低くなった、それでも透き通る声が言葉を紡ぐ。
「大量の金貨も、楼一なんて名声も・・・・あったって何にもなりはしないよ」
「・・・・・・」
激情を押し殺したような、どこか諦めてしまったような声に、は何も言えない。
「あんな男のところになんか行きたくない」
「つ、椿ちゃん。・・・マスターに聞こえたら」
「私は」
マスターに聞かれでもしたら、どんな仕打ちをされるかわからない。
慌てるとは対照的に、はいたって穏やかに、ポツリポツリと言葉をもらす。
「椿ちゃん、声が大き」
「私はセブルス君に会いたいだけっ!!!」
が力いっぱい叫ぶのと、がドアを閉めて防音の魔法をかけたのはほぼ同時だった。
「もういやぁっ!もう・・・もう離れたくないよぉぉっ!!!」
窓辺で体を小さく丸め、両耳を塞いで、は慟哭した。
その深い青の瞳からは、透明な涙が留まることなく流れ落ちる。
の泣き叫ぶ姿を、泣く姿すら見たことのないは、その光景をじっと見つめるしかなか
った。
「・・・・・・・・・・・・」
両の羽根を切られた鳥が、空を求めてただひたすら鳴き叫ぶ―――その姿にとてもよく似ていた。
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