ドリーム小説
Kiss
【名】キス、接吻;接触;愛の言葉
【動】キスする;接触する
椿姫 kiss 1
そこが何をするための場所かは知っている。
人間の本能のみが入り乱れる場所。
自分がそんなところに足を踏み入れることになるとは思ってもみなかった。
「適当に座ってていいよ」
セブルスをこの部屋まで導いた少女は、慣れた手つきで紅茶を淹れ始める。
特にすることもなく、何をすればいいかもわからないので、セブルスはその部屋にある唯一の家具、大きめのベッドに腰掛けた。
セブルスが今いる部屋は、ドアを開けると目の前に寝具があり、その奥に小さな部屋―――シャワールームと思われる―――があるだけのとても狭いもの。
本当に、そういうことをするための部屋だ。
セブルスにこういう経験はない。
その体験したことのない空気に、意味もなく心が落ち着かない。
嫌でもそういう気分にさせるように作られているのだろう。
黙って座っているだけの彼の前に、少女は紅茶を差し出した。
「はい。これでも飲んで落ち着きなよ」
笑顔を向けられ、セブルスは無言でそれを受け取る。
紅茶のいい香りに便乗して、少女から微かに桃の香が漂う。
だがセブルスは紅茶に口をつけない。
「毒とか変な薬とかなら入ってないよ」
セブルスの心を読んだのか、少女はニッコリと笑って自分のカップに口をつけた。
それでもセブルスは飲もうとしない。
だが少女が気にした様子はない。
こくんと、少女が液体を嚥下する音が響く。
そんな音でさえ、今のセブルスの心を揺するには十分な要素になる。
少女はセブルスの横に腰掛けた。
「まずは自己紹介するね。業務用で悪いけど、私の名前は“椿”です。よろしくね」
そう言って椿は屈託なく微笑む。
業務用というのは、つまり源氏名ということだろう。
ふと彼女の服の胸元に、彼女と同じ名の花を見つけた。
真っ赤な椿の花のコサージュ。
なるほどと思う。
(・・・・・・・植物関係・・・か・・・)
の言っていたことを理解した。
さっきの“桜”という少女のことも合わせると、ここは娼婦の源氏名に花の名を用いているようだ。
見事なまでにセブルスは騙されたわけである。
別に少女によろしくしてほしいわけでもないので、セブルスは何も言わない。
「君は?よかったら名前教えてくれない?」
椿がセブルスの方を向いた。
彼女の絹のような銀髪がさらりと流れる。
しばらくしてもセブルスは何も言わない。
椿は苦笑する。
「娼婦に教えてやる名前なんてない?」
ひどく寂しそうな顔を向けられた。
それは、業務用の―――こういう緊張した客を相手するときに常套手段かもしれない。
狡猾な寮に所属するセブルスの頭に、そんな考えが浮かぶ。
そっちがそういうつもりなら、こちらもその手に乗ってやろう。
そんな意固地な思いで、セブルスは口を開いた。
「・・・・・セブルス・スネイプ」
何もフルネームを教える必要もなかったかもしれないと思った。
だが椿は嬉しそうに微笑む。
「セブルス君ね。2時間だけの付き合いだけど、よろしくね」
2時間―――およそ120分。
意味もなくセブルスは自分が落ち込むのがわかった。
これから何をするのだろう。
椿は、売春宿の玄関に立ちすくむセブルスを不憫に思ってここまで連れてきたのだ。
彼女には、何もしなくていいと言われた。
売春宿で、娼婦を前にして、何もしない男というのは世間に一体どのくらいいるのだろう?
彼女の意見に同意してついて来たとはいえ、セブルスは自分が男として情けないような気がしてきた。
だからといって無理強いして彼女を襲うほどの愚か者でもない。
「セブルス君」
そんな意味のない試行錯誤をしていたせいで、椿が自分の目の前に立っているのに気付かなかった。
ハッと目を見張る。
椿はカップを置き、空いた両の手でセブルスの顔を包む。
たったそれだけのことなのに、セブルスの心拍数は激増する。
ガチャンという音を立ててセブルスの持っていたカップが床に落ちた。
茶色の水溜りが硬質の床に広がる。
嫌な静寂が流れる。
椿はセブルスの目を見続ける。
少女の青い瞳に吸い込まれるような錯覚に陥る。
「・・・・・・・・手をどけろ。僕に触れるな」
セブルスは自分でも驚くほど冷たい声で少女に言い放った。
背中を変な汗が流れている。
手の平に薄っすらと汗をかいている。
自分より身長も体格もずっと小さな少女を前に、セブルスは自分がどうしようもなく矮小なものに思えた。
セブルスの刺すような眼光を受けて、椿はひるむこともなく静かに自分の手をどける。
白く細い指がサラリと名残惜しげにセブルスの頬を撫でた。
自分の落ち着かない心を悟られるのが怖い。
「・・・・・・・・・何もしないのではなかったのか?」
セブルスは自分でも気付かずに、椿を汚らわしいものを見るような目で見ていた。
だが椿はそんな視線に傷ついた様子もない。
ゆったりとした動作でセブルスの横に腰を下ろす。
そしてまだ見たことのない儚げな笑顔を見せる。
今彼女に悪態を吐いたばかりなのに、セブルスは自分の心が揺さぶられるのがわかった。
「ごめんね。・・・・・・・気持ち悪かった?」
本当に申し訳なさそうに言うものだから、セブルスは居心地悪くなってしまう。
椿は、言ってしまえば人に触れるのが仕事なのであって、客もそれを期待してくるのが普通なのだろう。
「気持ち悪いよね?突然知らない人間に触られたりしたら」
椿はどこか自嘲気味に笑う。
本当は気持ち悪くなどなかった。
椿に触れられたところがまだほんのりと熱を持っている。
それがどうしようもないくらい心地いい。
その熱が次第に冷めていく。
正常な思考ができるようになって、セブルスは思った。
普段から知らない人間に触れられて気持ちの悪い想いをしているのは、椿の方ではないのか?
そう思い立って、セブルスは初めて自分から椿の方を向いた。
銀色に光る髪、伏せがちな長い睫、そこに隠れる深い青の瞳、象牙のような肌。
彼女も自分と同じ人間なのだろうかと思わせるほど美しい。
セブルスの視線に気付いたのか、椿はセブルスの目を見て柔らかく笑った。
たった今暴言を吐いた男にも変わらぬ笑顔を見せる。
この少女に感情はないのかと思ったが、それがここで生きるための手段なのだろうと思わせられた。
「・・・・・・・別に不快ではない。・・・・・・人付き合いが・・・苦手なんだ。すまない」
さっきのことを謝罪するように神妙な面持ちで言った。
思えば、ただ顔に触れられただけなのだ。
そんなに取り乱すほどのことではない。
それに、思えば椿は自分を助けてくれたようなものだ。
それを仇で返すのは酷かもしれない。
どんな顔をされるかと思ったが、椿はひどく驚いた様子だ。
「・・・・・セブルス君って・・・・すごく心が綺麗なんだね?」
椿は嘘ではなく、本気でそう思った。
言われた方は、これ以上ないほど複雑な顔をしている。
恐らく一度も言われたことがないか、自分でも思ったことがないのだろう。
「だって、こんなとこで働く人間にそんな真面目に対応する人、私初めて見たよ」
椿は楽しそうに言うが、その言葉はとても少女の口から出るようなものではない。
つまり彼女は今まで、そういう対応しかされなかったのだろう。
自分と同じくらいの年の少女がそんな生活をしているのかと思うと、まだまだ自分にも知らないことはたくさんあるのだなと思わせられる。
少なくとも本では知ることのできないことが。
同時に胸の奥がチクチクと痛む。
セブルスは複雑な想いでいっぱいだった。
そんな彼にはお構いなしに、椿はさらりと聞いてきた。
「セブルス君って童貞?」
「▲@×&○☆#・・・・なっ
///
!!?!」
あっけらかんとし過ぎている。
普通に挨拶するように言われ、セブルスは言葉がない。
「うわ。セブルス君、可愛い」
真っ赤な顔で固まる彼を見て、椿は素直にそう思った。
こういう仕事をしているので、そっちの勘は冴えに冴える。
悪いかなと思ったが、椿は聞いてみて正解だと思った。
こんなに素直に反応する人は珍しい。
「ごめん。もしかして、気にしてた?」
彼女に悪意はないのだろうが、セブルスは羞恥に暴れる自分の心を抑えるのでいっぱいだった。
「・・・・べ、別に・・・そんなことは・・・
///
」
どもってしまった。
内心穏やかでないことがすぐにばれてしまう。
女が未体験を言い当てられて頬を染めるのならわかるが、その逆はあまりない。
セブルスの男としての自尊心も、椿の前では形無しになる。
そんなセブルスの葛藤を知らずに、椿はカラカラと笑う。
それは馬鹿にするような笑いではないが、ずっと笑われっぱなしというのも癪である。
「・・・・・・・・・・椿。笑うのをやめろ」
まだ赤い顔を見られたくなくて、セブルスは顔を背けてぶっきらぼうに言い放った。
それはただたんに照れ隠しで言っただけだったのだ。
部屋から笑い声が一瞬で消えた。
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