ドリーム小説
Destiny
【名】運命,宿命;天,神意
『この空の下なら少しは私の心も綺麗になれるかな?』
椿姫 destiny 3
木の葉のざわめきが聞こえる。
鳥のさえずりが聞こえる。
登りつめた丘の上。
一度も後ろを見ずに登りきった。
セブルスの好きな場所。
想い出の丘。
二人で登って戯れたときもあったけれど。
今は一人。
ただ一人で丘の上に立ち、泣きたくなるくらいの青空を仰いで思い切り息を吸い込む。
初めて彼女に想いを告げたあの日と変わらない。
同じ空。
同じ太陽。
時間が戻ったのだと錯覚してしまうくらい変わらない風景。
静かに後ろを振り返ると、そこにはやはり変わらぬ顔をしたホグズミードの村があった。
何も変わっていない。
遠くに見える色とりどりの屋根も。
小さく見える人々の姿も。
何も変わらない。
何も変わらない。
変わっていくのは自分たちばかり。
セブルスは腰を下ろし、吹き抜ける風に黒髪を揺らす。
気持ちが悪いほど心地よくて、思わず目を閉じた。
一睡もしなかったのが祟ったのだろうか。
今頃になって睡魔が押し寄せる。
「人の体とは不思議なものだ・・・」
会いに行くという約束を破ってしまった罪悪感でいっぱいなのに。
こんなところで安穏と寝ている場合ではないのに。
それでも体は急速に回復を求める。
ずしりと重くなる頭を支えられず、セブルスは引っ張られるように体を倒した。
空が遠くて近い。
眩しい太陽の光に、手をかざす。
ゆっくりと瞼を閉じて。
現実に別れを告げる。
夢が始まる。
極彩色の夢が始まる。
暗闇から逃げるように、セブルスはゆっくりと目を開けた。
焦点が合わず、視界がぼやける。
ここが現実か夢の中かもわからないまま、意識だけは次第にはっきりとしていく。
気付くと、セブルスは見慣れた店の玄関先に倒れていた。
異様に地面が近くて、乾いたコンクリートと心地よい花の匂いがする。
嗅覚以外まだよく働かない夢の中で、不意に聴覚が働きを取り戻した。
流れ込んできたのは、聴きなれた柔らかな少女の声。
『ありゃ。ごめんなさい、お客さん。大丈夫?』
聞きなれた声が発する、聞いたことのある台詞。
思い出すは、何も知らなかったあの頃。
全てがあの頃に戻ったような感覚に陥る。
ゆっくりと体を起こし上げた視線の先には、セブルスの予想に反さず輝かんばかりの笑顔
で見つめてくる少女がいた。
「・・・」
『覚えてる?ここが私とセブルス君が出会った場所だよ』
そう言って微笑み、はセブルスの額にかかった髪をそっと細い指で払う。
額に触れる冷たく柔らかな指の感触。
夢の中にいるはずなのに、その温度がとてもリアル。
「本当に・・・・・なのか?」
疑っているわけではない。
それでも俄かには信じられない。
夢の中なのにそれはあまりにも現実味を帯びている。
目の前に立つの肩は相変わらず小さくて、弱々しくて、ちゃんと息をしているのかす
ら心配になる。
「手紙を貰った。病状が良くないと聞いたんだが。その・・・体はもう大丈夫なのか?」
セブルスは今日会ったらまず聞こうと思っていたことを口にした。
夢の中で現実のことを聞くなんて愚かだと言う自分がいた。
それでも聞かずにはいられなかった。
『心配しないで。私は、大丈夫だよ』
そう言っては微笑む。
彼女のたったそれだけの動作で、セブルスは自分の中に滞っていた不安が一掃された気が
した。
ホッと胸を撫で下ろし、セブルスは幾分か穏やかになった目でを見た。
2人を静寂が包み込む。
そこは本当に静かで、まるで真空の世界のようだった。
あまりの静けさにセブルスは何かを探すように後ろを向いた。
だがカウンターには誰も座っていなかった。
いつも嫌味な笑みを浮かべて煙草をふかすマスターも、終始笑顔で後ろに控えるの世
話係の女性の姿もない。
それどころか、時計の針の進む音も、店の外の喧騒も、いつも遠くで鳴っているホグワー
ツ特急の汽笛の音すら聞こえてこない。
そこには、セブルスと以外誰もいなかった。
キョロキョロと辺りを見回すセブルスに、は相変わらずの笑顔で問う。
『誰を探してるの?』
の澄んだ声だけが耳に届く。
「あぁ・・・・ここには、誰もいないのか。も。桜とかいう子も」
ここに来るときはいつもいた彼らの名を口にする。
もし目を瞑ったならば今にも聞こえてきそうな、の笑い声、桜の嬉しそうな声。
それらが今はない。
目の前にいるのはだけ。
微笑むの瞳に、ほんの少しだけ憂いが混じる。
『私だけじゃ嫌かな?』
寂しげに小首をかしげる仕草は、全く変わっていない。
砂時計の砂のようにさらりと揺れる銀色の髪に一瞬眼を奪われて、もう一度の瞳を覗
き込む。
そこには、セブルスだけが映っていた。
それがの中に存在する全てだと悟る。
「いや・・・十分だな」
セブルスの答えにの瞳が満足そうに微笑む。
彼女の瞳に映るセブルスの表情も緩む。
『セブルス君、行こうっ』
「お、おい!」
不意にはセブルスの手を引き、外へと飛び出した。
その小さな身体のどこにそんな力があるのかと思わせるほど思い切りセブルスを引っ張り
走る。
『私、もうあのお店に縛られることもないのっ。自由に外を歩きまわれる!』
窮屈な鳥籠から解き放たれた鳥は、思うがまま翼をはばたかせる。
『セブルス君とも、ずっと一緒にいられる!』
儚さなど微塵も感じさせない快活な笑顔で、は表街への一本道を駆け抜ける。
人一人いない街は、2人分の駆け足の音だけを響かせる。
『ねぇ、覚えてるっ?!』
の足は止まることを知らない。
大空を自由に飛びまわる鳥のように、見えない羽を大きく広げて飛び回る。
『ハニーデュークス、三本の箒!ゾンコのいたずら専門店にも行ったよね!』
街を駆け抜ける。
怖いくらい静かな通りを駆け抜ける。
店先に群がる生徒たちも、居酒屋に集う男たちの姿もない。
静かな街を通りすぎ、の足は真っ直ぐに進む。
セブルスはを見失わないように追いかける。
小さな背中に生えた見えない翼がはためく。
磁石がを引っ張るかのように、の足は迷うことなくある場所に向いていた。
平坦な道が終わり、長い坂を一気に昇る。
急な坂の終点に見える、青々と繁る大木。
決して振り返らない彼女を捕まえるために、セブルスは必死に手を伸ばす。
捕まえなきゃ。
この腕の中に。
もう二度と離ればなれにならないように。
息も出来なくなるくらい思い切り走り、伸ばした手での細い腕を捕らえる。
振り返る彼女を思いきり引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
走りきった勢いで二人一緒に草の上へと倒れこむ。
『すごい。こんなに走ったの初めてだよっ。気持ちいぃねっ』
「追いかける身にも・・・なれっ」
運動不足で思い切り息を切らすセブルスを見て、は楽しそうに笑う。
静かな丘に、彼女の笑い声が響き渡る。
ただそれだけなのに、音のない世界が淡い旋律に満ち溢れる。
目を閉じると、更に強く感じ取れる。
腕の中に閉じ込めたの体温。
鼓膜を震わせる澄んだ声。
それらがあまりにもリアルで、セブルスはもうこれが現実であれ夢であれ、どうでもいい
とすら思えた。
今、自分が感じるぬくもりが全てであると、そう思いたかった。
『あ』
小さく漏れた声に、セブルスはゆっくりと目を開けた。
至近距離にいるは空を仰ぎ、手をかざしていた。
不意にセブルスの視界の中にもぽつぽつと雫が入り込む。
緩やかな小雨がホグズミードに降り注ぐ。
「天気雨だな」
青い空には太陽が浮かんでいる。
雨雲のない空から、ぽつぽつと雫が落ちてくる。
「ホグズミードに来て雨に逢うなんて珍しいな」
身体を僅かに湿らせる程度の雨は、人の体温を奪うほどのものではない。
カラダにふれる度に弾け零れていく小さな雨粒。
一粒、セブルスの頬に当たってぱんっと弾けた。
世界が一瞬時間を止めた。
『セブルス君』
世界を包むその小さな呼び声が、セブルスに届く。
それは風が吹きぬける音に似ていた。
鼓膜を僅かに震わせ、体の芯にしみわたる声。
「・・・?」
思わず腕の中に抱きしめた少女に目を向ける。
だが、は不思議そうに微笑んでセブルスを見つめ返す。
その笑みに、セブルスは口元を緩ませる。
空耳だ。
きっとそうだと自分に言い聞かせ、雨から守るようにを抱きしめた。
そっと閉じた瞼の上に、雨粒が当たって弾けた。
『起きて。セブルス君』
凪いでいた風が一陣吹き、木の葉をざわめかせる。
セブルスの胸の中を風が通り抜けていく。
から少しだけ身を離し、自分も天を仰ぐ。
晴れ渡る空。
光る太陽。
まるで太陽が泣いているかのように雨が降る。
雨粒が一雫、セブルスの唇に落ちた。
乾いた唇を湿らせる雨は、僅かに塩気を含んでいた。
セブルスの体の奥底に沁みこんでいく。
それは、涙の味がした。
「誰か・・・・泣いているのか?」
『そうだよ』
声はセブルスのすぐ横から聞こえてきた。
顔を向ければ、すぐ傍に横たわるは薄い微笑を浮かべてセブルスを見ていた。
セブルスがその瞳に違和感を覚える前に、はセブルスの腕の中から抜け出ていた。
起き上がったの上半身を風が包み込む。
『目を瞑って。心を開いて。そして・・・感じてみて』
湿った銀色の髪が、太陽の光を受けて輝きを増す。
眩しさにセブルスは目を細めた。
近くにいるはずなのに、酷く遠い。
また離れていってしまう気がして、心がさざめいて。
恐怖にかられてセブルスは手を伸ばし、の頬に触れた。
冷たい頬。
触れた手に雨が落ちて、弾ける。
『私は君を愛してる。この世で唯一、君だけを愛してるよ』
「・・・・・・」
溢れるくらいの切ない想い。
セブルスを想って偲ぶの全てが流れ込んでくる。
「泣いているのは・・・・・・・・君なのか?」
セブルスの問いに答えるように雨の雫が頬に落ち、目の前に座るが儚げに微笑んだ。
抱えきらないくらい溢れてくるの想い。
寂しさで埋め尽くされた彼女の心が、この世界に雨を降らす。
はいつも泣いていた。
セブルスが知らなかっただけで、の心はいつも泣いていた。
恋をするなと言われ続けて生きてきた。
自由などどこにもなかった。
羽ばたく翼は、知らぬ間に切り落とされていた。
小さな鳥籠の中での生活。
そんな中でやっと巡り逢った運命の人。
募る想い。
溢れる想い。
胸が苦しくて、苦しくて。
彼が愛しくて。
この想いが禁忌だと言うことはわかっていた。
この想いが自分の身を滅ぼすものだということはよくわかっていた。
それでも想いは色褪せることなく、それどころか強くなっていくばかり。
いずれ死ぬことはわかっていた。
それでも彼が愛しくて。
愛しくて。
逢える日は嬉しい。
逢える日は幸せ。
幸せを感じれば感じるほど近付いてくる、自分が死にゆく日。
死ぬことがわかっていて、いつか別れる日が来るのをわかっていて、君に愛される。
自分の命に終わりが来ることを知っていて、それでも君を愛する。
苦しかった。
苦しくて、苦しくて。
いっそ一思いに胸を焼ききってくれれば、どんなに楽か。
それでも、どんなに苦しくても構わない。
あなたの傍にいたかった。
傍にいたかった。
この命尽きる日まで、私はあなたを愛し、あなたの傍にいることを選んだの。
「・・・・・・僕の・・せいなんだな」
が泣いている。
泣いている。
セブルスを想い、の心が泣いている。
見上げる空は、青く遠い。
零れ落ちる雨粒がだんだん小さくなっていく。
セブルスはゆっくりと目を閉じた。
瞼の奥の暗闇に、すぐに銀色の光が差し込む。
久しく夢の中に現れることのなかった、愛しい少女。
今度はちゃんと、笑ってくれている。
「君を泣かせた僕を・・・・・許してくれるのか」
その言葉に闇の中のが笑ってくれたのを見て、セブルスは目を開ける。
澄み切った空に引かれるように勢いよく身を起こした。
風のざわめきに導かれるように視線を向ければ、静かに微笑むと目が合った。
『行っちゃうんだね』
聞こえてくる声は、弱弱しくて、まるで幼子のようで。
でも、微かに強さを帯びていて。
『最後に一つだけ言わせて。ここは・・・私と君だけの世界』
セブルスを見上げる瞳の奥に、微かに寂しさが滲む。
これが夢の中のにできる最後の抵抗だった。
『永遠に一緒にいられる。2人だけの、世界だよ』
一緒にいよう。
ずっと一緒にいよう。
朽ち果てることなく。
誰にも邪魔されず。
ずっと一緒に・・・
「が、待っているんだ」
もう迷いのない真っ直ぐな黒い瞳が、を見つめる。
覚悟を決めた少年の眼差しは、降り注ぐ太陽の光より暖かかった。
「もう二度と泣かせたくないんだ。だから」
セブルスの言葉の続きを封じるように、の冷たい手がセブルスの口を制した。
何度も触れ合った薄い唇は仄かに温かく、の冷たい指にちょうどいい。
このまま永遠に触れ合っていられればいいのに。
名残惜しげに離れていく指が、セブルスの頬に触れる。
『ありがとう・・・・・そう言ってくれるのを待ってた』
雨は、やんでいた。
瞳から生まれた純粋な雫が、一つの頬を流れた。
『こんなにも愛してくれて、ありがとう』
が別れの言葉を紡ぐことはなかった。
傍にいるはずなのに、遠ざかっていく。
の姿が霞のように薄れていくのを、セブルスは目をそらすことなく見つめていた。
消えていってしまう。
消えていってしまう。
寂しいはずなのに。
それでも笑顔でいてくれることが、何よりも嬉しくて。
嬉しくて。
嬉しくて。
全てから救われる気がした。
目を開けると、そこは夢の中と同じ。
青い空。
白い太陽。
萌える緑の草木。
風に乗って揺れる銀色の糸。
鼻先をくすぐる微かな白桃の香。
光を浴びて輝く笑み。
出逢ったときと同じ笑顔で自分を見下ろす彼女がいた。
銀色の髪が風に揺れる。
「・・・」
一つ名を呼ぶと、一つ笑みが零れる。
彼女に逢うまで知ることはなかった。
人の微笑みが、こんなにも胸に沁みるということ。
彼女に逢うまで知ることはなかった。
誰かを、こんなにも守りたいと思えたこと。
が笑っている。
それが何よりも嬉しい。
それだけで、抱えていた悲しみや苦しみが和らいだ。
「おかえり・・・・・セブルス君」
全てから救われる気がした。
NEXT
BACK
DREAM
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送