ドリーム小説
Destiny
【名】運命,宿命;天,神意
“・は、明日死ぬ”
椿姫 destiny 2
の言葉に、セブルスは指一本動かせずにその場に座り固まっていた。
の言葉を、セブルスの脳が全力で拒否しようとしていた。
それでも放たれた言葉は消去されることはなく、部屋の中を木霊する。
目を見開いたまま微動だにしないセブルスを、は静かに見つめた。
「信じられないのなら、もう一度言ってやろうか?」
セブルスの周りの空気が僅かに揺れる。
「・は、明日」
「もういいっ!やめろ!!」
部屋の空気が大きく揺れた。
勢いよく立ち上がったセブルスは、そのまま低いテーブルを乗り越えての目の前に立
ちはだかった。
じっとセブルスを見つめたまま動こうとしないの胸倉を、彼は左手で掴み上げた。
セブルスの握り締められた右のこぶしがわなわなと震えている。
を見下ろす黒い瞳には、いつものような冷静さは微塵も見られなかった。
殴られる。
そう覚悟し、は静かに目を閉じた。
その覚悟が更にセブルスを追い込む。
ギリッと音を立てて鳴る自分の奥歯の音が脳内に響く。
セブルスは一層きつくこぶしを握り締め、頭上から振り下ろした。
「・・・っ」
ガツッという鈍い音が談話室内に響き、手を放されたの体がソファーに沈む。
薄っすらと額に汗をかきながら、は顔を伏せたセブルスに声をかけた。
「・・・セブルス」
視線を自分の顔の横に移せば、そこにはソファーの淵に叩きつけられたセブルスのこぶしが
あった。
木製の淵を叩き付けた手の皮膚は僅かに剥け、薄っすらと血を滲ませている。
「セブルス・・・」
肩を叩いてやることもできない。
何と言葉をかけてやればいいのかも分からない。
無情な預言を投げつけた自分に、後は何ができるというのか。
こうなることはわかっていた。
それでも宿命を与えられて生まれた自分は、運命を覆すことは許されない。
「・・・嘘だ」
やっと聞こえてきたセブルスの声には、これ以上ないほど痛みが織り交じっていた。
「嘘じゃないんだ」
「嘘だっ。は・・・は」
叫んだ拍子にきつく握ったこぶしの甲から赤い血がポタリポタリと滴る。
それでも痛みなど感じない。
深く刺された心の方が何倍もの軋みをあげている。
不意にフッとこぶしから力が抜け、開いた手を伝って指先から赤い雫が零れ落ちていった。
が見上げる先には、先程までの喧騒とは打って変わった冷たい目をしたセブルスがいた。
覇気などまるで感じさせない、濁った黒い瞳。
「は・・・僕が助ける。助けてみせる。約束したんだ」
それでも呟く言葉には、諦めが抜けないでいた。
静かな足取りで談話室を去っていくセブルスの後ろ姿を、はずっと見続けていた。
大切な人がいる。
彼女が苦しんでいる。
今も一人で苦しんでいる。
彼女が助かるなら何でもする。
それでも。
それでも。
その術を誰も知らない。
談話室に戻ってもセブルスは眠れずに、ただ何をするでもなく机に腰掛けていた。
何もすることがない。
何も考えられない。
何も考えたくない。
見つめる窓の向こうには薄暗闇。
昼間降っていた雨はいつの間にか上がっていた。
何かにすがるように窓を開けるも、入ってくるのは冷たい風と夜の闇。
救いを求めるように見上げても、雲の挟間に黄金の月は見られない。
全てに見放された気がして、静かに窓を閉じる。
そして運命の日の夜が明ける。
運命の日が訪れる。
土曜日の朝。
前日の雨は上がり、灰色の雲はすっかり姿を消していた。
青々とした空。
初めてあの店を訪れたときもこんな空だったとセブルスは思い出し、覚束ない足取りで歩
を進めていた。
これが最後の百花楼への来訪。
まるで運命に沿うかのように、許可された3回目の来訪。
の運命がどうなろうと、これでもう彼女に会うことはなくなる。
以前と同じ単調な生活に戻るのだ。
ただそれだけだ。
それだけ。
それだけか。
セブルスの足が止まる。
「セブルス?」
駅を離れて、人通りの真ん中で立ち止まってしまったセブルスには声をかけた。
周りの人々が迷惑そうにセブルスを避けていく。
「セブルス。どうかした」
「僕は、百花楼に何をしに行くんだ」
突然投げかけられる疑問。
冷静で単調な声で呟かれたそれに、かえって不気味さが漂う。
静かな激情。
セブルスの視線は前を向いたままそらされない。
それでもその黒い瞳は何も見てはいない。
恐らくは、遠くにいる少女を見ている。
彼女のもとへ、何をしに行くのだ。
むざむざ悲しい想いをするために行くのか。
それでも今も自分を待っているであろう少女に
「どんな顔をしてに会えばいいんだ」
の不安を散らすために笑うべきか?
何故教えてくれなかったと怒るべきか?
彼女の運命に同情し泣くべきか?
わからない。
もう何もわからない。
「・・・会えない」
セブルスの足が一歩退く。
「セブルス・・・?」
「枯れゆく姿なんて・・・・見たくない」
セブルスの足が、また一歩退く。
その先にある、残酷な運命から逃げるかのように。
「今行ったら、の死を受け入れることになってしまう」
セブルスの足は百花楼と180度反対の方向へと向いた。
運命がセブルスの足を導くかのように、迷いなく足が進む。
の焦る雰囲気が否応なしに感じ取れた。
それでももう正面を向くことはできなかった。
「セブルスッ!」
「来るな!」
セブルスを止めようと追うに一度だけ振り返ったセブルスの目からは、完全に光が消
えていた。
「・・・ついてこないでくれ」
覇気のない黒耀の目が寂しそうに細められ、そのままセブルスは顔を背けた。
悲痛な呟きは周囲のざわめきが消し去っていった。
は止めることもできず、ただ遠ざかるセブルスの背中を見つめ続ける。
雑踏にまぎれて消えていく黒いローブ。
「セブルス、お前・・・っ」
今張り裂けんばかりの声で怒鳴っても、きっとセブルスは振り向かないだろう。
それでもは消えていくセブルスの後ろ姿に、悲痛と憐憫の入り混じった視線を投げか
け続けた。
「ちゃんを・・・見捨てるのかよっ」
誰が悪いわけでもない。
16の少年に過酷な運命を受け入れろという方が間違っている。
それでも。
それでも。
何かに呼ばれた気がした。
実際には1ミリも空気は動いていなかったが、五感ではないどこかで何かを感じ取り
は座っていたカウンターから立ち上がった。
「・・・・・」
静かな店先。
耳を澄ましても、聞こえてくるのはマスターが咥えた煙草の火のチリチリと燃える音。
道で子どもたちが物乞いする声。
パタパタと軽い足取りで段上から降りてくるの足音。
聞こえてくるのは、そんな何気ない日常の音ばかり。
それでもは呼ばれた気がした。
自分の心がまるで磁石にでもなったかのように、対極にいる誰かに引っ張られるのを感じ
ていた。
「待ってる・・・」
ポツリと漏らされた声に、マスターとが反応した。
相変わらずの予測不能な発言に、マスターは気にした様子もなく煙管を咥えなおす。
「どうかしたの、椿ちゃん?」
穏やかに問いかけるの声は、の耳には届いていなかった。
はただ真っ直ぐ、そこに何かを見ているかのように扉に視線を向けていた。
「行かな・・きゃ」
ただ一言短くそう漏らすと、は低い段差を降りて靴を履き始めた。
の突然の行動に、は不穏な表情での背後に歩み寄った。
「椿ちゃん・・・何しているの?」
焦る笑顔で問いかけるも、はまるで聞こえていないかのようにトントンと足を地面に
つく。
そしてようやくの方に顔を向けた。
だが焦るとは裏腹に、の顔は流れる水のように穏やかだった。
「私、行かなきゃ。彼が待ってる」
流水の如き穏やかな呟きがの耳に届く。
「な、何言っているの。だめよっ。そんな身体でどこへ行くというの!?」
は何とかしてを止めようと必死だった。
自分が裸足であることも忘れて土間へと降り、を止めようとその細すぎる腕を取る。
少し力をこめただけで折れてしまいそうな腕。
ギュッと握るのを躊躇うに、は穏やかに抵抗する。
「さん、お願いだよ。放して」
の穏やかさは、激情以上の力を持つ。
見えない何かに威圧されるように、は掴んでいた手を放してしまった。
は酷薄な笑みを口元に浮かべ、扉へと手をかけた。
この門をくぐり抜けてしまえば、は二度と戻ってこない。
はそんな気がした。
どうしても彼女を留めておきたいの心が、彼女の口を勝手に動かした。
「あ、あなたはもう最高位ではないのよ。勝手な外出は許されないわっ」
こんなこと思ったこともないし、言いたくもなかった。
侮蔑に満ちた目で見られても、それでも今はを留めたかった。
「マスター・・・っ!」
後生でも彼に頼りたくなどなかった。
それでも今のには、それしか為す術がなかった。
呼ばれた男は口から煙管を外し、面倒そうにを見た。
はマスターの方に向き直り、その口が動くのを静かに待った。
醜い言葉ばかりを吐き続ける口から、白い煙と濁った声が漏れ出る。
「の言うとおりだ。椿、お前はもう最高位じゃねぇ」
彼の口から暖かな言葉が生まれ出たことはない。
彼の言葉が絶対。
マスターの言葉には安堵し、肩の力を抜いた。
扉が開く音もしない。
これでをここに留めておけると思った。
逃げ場を失った白い煙が天井を彷徨う。
そして新たな煙が静かに吐き出された。
「だが、お前はもうこの店の花でもねぇ」
カンッと煙管を打ちつける音が響き渡る。
予想外のマスターの言葉には顔を強張らせる。
懇願するような視線をマスターに向け、そしてすぐにへと戻した。
揺らぐことのない深蒼の瞳が、真っ直ぐにマスターを見ていた。
そこにがつけ入る隙などは、全くなかった。
「・・・・・」
「」
低くつぶれた声が、少女の名を呼ぶ。
は驚き、少女の肩は微かに動く。
マスターにその名で呼ばれたのは、少女が椿の名を授かったとき以来だった。
その日から花名で呼ばれ続け、とうに忘れられたのではとさえ思っていたのに。
「・・・はい」
「行け」
それまでマスターの目を真正面から見ることなど数える程しかなかった。
相変わらずの黄色く濁った目。
若い娘を売り物としか見ない男の目。
どうしてだろう。
これが最後だからだろうか。
彼の目に太陽の光が反射し、まるで鼈甲飴のように見えた。
「ありがとう。・・・・さよなら」
「っ!」
再びの手が扉にかけられた瞬間、大きな声で名前を呼ばれた。
椿の名を授かってからは呼ぶのは禁止されていた名で。
振り返ると、そこには瞳を揺らめかせるがいた。
赤子の頃から傍にいてくれたのそんな顔を見るのは初めてで、でもひどく懐かしくて。
最後に彼女にどんな顔を向ければいいのか、迷いはしなかった。
「さん。私の最後のお願い・・・一つ聴いてくれないかな?」
欠かされたことのない、変わらない笑顔。
がいつも見てきた、の笑顔。
はにだけ聞こえるように、呪文のようにそれを唱える。
言葉を受け止めたの目に、驚きよりも悲しみの色が浮かぶ。
「それで・・・それでいいの?」
どんなに止めても、きっとの気持ちは変わらないとにはわかっていた。
一番近くでを見てきただから。
の予想通り、は頷き、満足そうに微笑む。
だからもいつものように、呆れて苦笑しながらも微笑むしかなかった。
それ以外に、もうするべきことはなかった。
目の前で自分に向かって微笑む小さな少女。
今手を伸ばせば、まだ捕まえておける。
の両手が伸びる。
の頬を、の手が包み込む。
感じたことのない暖かさが、そこにはあった。
「いってらっしゃい・・・・・」
一度だけ、緩くを抱きしめ、の手は離れていった。
かぎなれたシーツの香りがの鼻先をくすぐる。
それはひどくくすぐったくて。
でもあたたかで。
「ありがとう・・・さん」
ありがとう。
ありがとう。
傍にいてくれて。
ありがとう。
ありがとう。
「ありがとう。・・・・・ありがとう、 」
その言葉をきちんと紡げたかどうかはわからない。
その言葉がちゃんと届いたかどうかはわからない。
でも、閉まる扉の端で。
マスターはそっぽを向いて片手を上げていた。
さんの背中が微かに揺れていた。
それを最後に視界に収め、扉を閉じた。
もうくぐることのない門に、背を向けた。
「ありがとう。・・・・・ありがとう、おかあさん」
歩きなれた裏街の通り。
少しでも立ち止まれば、路地に潜む陰の子達の餌食にされる。
夜になれば魔法のネオンが輝く。
人の欲望が溢れる街。
哀れで、醜くて、神から見捨てられた、が育った、綺麗で儚い街。
一歩一歩遠ざかるたびに想い出がカラダに染み込んでくる。
サクリ、サクリ・・・
不意に風が吹いて、闇の街に不似合いな黄金がの目の中に舞い込む。
いつも彼と一緒にいた少年。
彼よりずっと以前から店に通い続けていた少年。
「さん・・・」
黄金の糸が風に揺れる。
と同じ深蒼の瞳が自分を見つめてくる。
彼らしい、はにかむような笑顔で。
「や。こんにちは」
少年らしい軽い挨拶をして、でもすぐには視線を彷徨わせる。
いつも迷いのなかったその瞳に浮かぶ色を見て。
にはが何を言いたいのかが手にとるようにわかってしまった。
困ったように、わざとらしくも頬をかく。
「さん・・・あの」
「セブルスなら」
耐え切れなくなったのか、はもごもごと口を動かす。
それでもいつものようにはっきりと言いはしないを見て、は口元を緩める。
それ以上続けられないの台詞を、は笑顔で受け取った。
「うん・・・・・わかってる」
の言葉に、少しだけ驚いたようにの目が大きさを増す。
それでもすぐに細められ、も静かに微笑んだ。
「そっか。あ・・・・・桜ちゃん、は?」
「まだ、眠ってる」
「そっか」
笑うの瞳に影が落ちる。
は“それじゃ”と手を挙げ、足を進めた。
すれ違う2人。
二つ、絡まることなく揺れる白銀と黄金の糸。
揺れる。
揺れる。
光り絡まる。
光を吸って。
パンと弾ける。
すれ違い、数歩進んだ瞬間。
ガラスが割れる音がして、は足を止めた。
その瞬間、この物語の全てが視えた。
何を言わずとも互いに感じ取れた。
同じ色の瞳は、同じ運命を共有する。
どうか自分を責めないで
あなたは何も悪くないよ
これは私の運命だったの
私はあなたに迷惑をかけました
どうか許してください
この運命にあなたを巻き込んでしまった私を
あなたの運命を捻じ曲げてしまった私を
どうか許してください
見えない力に引っ張られるようには勢いよく振り向いた。
求める銀色は、はるか遠くにいた。
少女もまた立ち止まり、を見つめていた。
追いかけることは、何故か許されない気がした。
遠すぎるの顔は、逆光でよく見えなかった。
それなのに、どうしてだろう。
それでも、笑っていることがどうしてかわかった。
これは授かった占術師の力じゃない。
「ありがとう、さん。セブルス君を百花楼に連れてきてくれて」
はるか遠くで囁かれた声すら、すぐ傍に感じることができた。
彼女の声が世界を揺らし、風となっての髪を揺らす。
遠くに見えた彼女は、いつの間にその姿を消していた。
はるか遠くの表通りに、銀色の髪は欠片も見えなかった。
通りを行き交う色とりどりのローブが、次第に揺れて、色が混ざっていく。
揺れていた熱い波が頬を伝う。
「ずるいなぁ。謝ることも、憎むこともできないじゃんか・・・」
滑り落ちる深蒼の雨。
ホグズミードに雨が降る。
NEXT
BACK
DREAM
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送