ドリーム小説
Destiny
【名】運命,宿命;天,神意
椿姫 destiny 1
朝なんて来なければいいのに。
朝が来るということは、止まることなく正確に時間が進んでいるということ。
新しい日がやってくるということ。
しとしとと窓を打つ雨音に、は耳を澄ませる。
窓の外には灰色の雲が広がっていた。
昨夜まで晴れていたのに、いつの間に、誰が雨を呼んだのだろう。
そんなことを思いながら、ゆっくりと目の前に左手をかざした。
また細くなってしまった薬指にきらりと光る輪がはめられているのを見て、少しだけ心が
落ち着く。
左手の薬指。
鳥の足とまではいかないものの、また細くなってしまった指。
それでも以前のように嵌めたリングがすっぽりと抜けてしまうほどではない。
たとえ無理矢理にであっても、彼と繋がれていることが嬉しくては思わず笑みを浮か
べた。
昨夜、桜の部屋で倒れたところまでは覚えている。
でもそれからの記憶はおぼろげだ。
真っ赤だった体も服も綺麗になっているところを見ると、さんがやってくれたのだろ
うとは思った。
血だらけの自分を見て、きっとさんは数日前の自分を重ねて取り乱したことだろう。
また心配させてしまった、とは小さく溜め息を吐く。
「ごめんなさい・・・さん」
白い天井に向かって謝罪の言葉を告げる。
「気にしなくていいわ。それよりも自分の体の心配をしてちょうだい」
「えっ、さんっ?」
返事が返ってくるとは思わなかった。
それ以前に、部屋に誰かいるなんて思わなかったのだろう。
は目を見開き、声のした方に顔を向けた。
「おはよう、椿ちゃん。体の調子はどう?」
いつもと変わらないの笑顔がそこにあって、は僅かに入っていた体の力を抜いた。
「ん、もう大丈夫。ありがと、さん」
そう言ってゆっくりと起き上がった瞬間、の眉間に一気に皺が寄った。
急速に喉の奥から熱い塊が込み上げてくる。
口元を手で押さえるを見て、すぐには真っ白なタオルを差し出した。
ゴボッという不快な音と共に吐き出される紅い塊。
真っ白な布地にじわりじわりと染みこんでいく紅い液体。
「椿ちゃんっ」
口の中の全ての血を吐き出した頃には、は肩で荒い息をついていた。
「ご飯は・・・食べられそうにないわね」
の沈む声に、は力なく頷く。
しばらくして息を整えたは、ゆっくりとベッドから降り、洗面所へと足を向けた。
元に戻ったと思っていたのに、また小さくなってしまった背中に、は心配そうに声を
かける。
「昨夜何があったか、聞かない方がいい?」
「・・・・・」
気遣わしげな言葉に、は振り向くことなく無言で頷いた。
それ以上は何も言ってこなかった。
「さん・・・・・桜ちゃんは?」
「・・・相変わらず眠っているわ」
の言葉に、は幾らかホッとした。
ぺたぺたと冷たい床に足音を響かせながら歩く。
「ゆっくりお休みなさい。明日は・・・彼が来るのでしょう?」
そう言うと、はの返事も聞かずに部屋を後にした。
の足がピタリと止まる。
パタンと扉が閉まる音がして、はようやく震える足を前に進ませることができた。
洗面所のシンクに思い切り水を流し、真っ赤なタオルを洗う。
染み出た赤い液が、水で薄められながら渦を巻いて排水溝に流れていく。
ぺたりと床に膝を付いた。
シンクの淵に手を掛け、頭を下げる。
それはまるで、降伏する姿に似ていた。
「お願い・・・」
誰かにすがるように。
何かに祈るように。
ただきつく目を閉じる。
「もう少しだけ・・・もって」
それでも無情に、冷たい床が少女の体の熱を奪っていく。
今日は、金曜日か。
そんなことを考えながら、セブルスは図書館の奥まった場所にある机に座っていた。
そこは図書館の中で最も日の当たる席だったが、今日は生憎の曇り空。
人工の灯りに照らされて机の上にセブルス自身の影が映っている。
一週間はあっという間だった。
不安と恐怖に包まれながら待ち続けた土曜日は明日に迫っていた。
百花楼からの容態に関する手紙を貰ったのが、恐ろしく昔のような気がする。
そんなことをチラチラと頭に浮かべ、目の前に広げた羊皮紙に視線を戻す。
後数行でレポートが終わるというのに、一向に手が進まないまま時間だけが経っていた。
レポートなんか書いている場合じゃないのに。
今すぐにでも飛んでいって彼女の傍にいたいのに。
自分には何もできない。
何もしてやれない。
読んでも読んでも見つからない呪いの解読法。
積み重なっていく本の山。
教師たちはそんな彼を勉強熱心だと褒め称える。
でもそれだけだ。
それが何になる。
自分は彼女に何もしてやれない。
ただ押し迫る恐怖から逃れるために必死になって別のことに集中しているだけ。
なんて情けない。
僕は。
(臆病者だ・・・)
悔しさに下唇を噛み締め、ギュッと目を瞑った。
瞼の奥には暗闇が広がる。
銀色に光る少女はそこにいなかった。
夢の中にも出てこなかった。
彼女に会いたい。
会いたい。
会いたい。
何かに誘われるように、不意に急速な眠りに襲われた。
机に乗せた腕に頭を横たわらせる。
窓の外を覆っていた灰色の雲からぽつぽつと雨が降り始めた。
しとしと。
しとしと。
それはまるで、誰かの流す涙のように。
雨の街に静かに佇む百花楼。
部屋の中で聞こえるのは、雨の雫が窓を叩く音。
貴金属が跳ねる音。
ベッドから起き上がったは手の中で1枚のガリオン金貨を弄ぶ。
ピンッと弾いては手の中へ。
綺麗な弧を描いて小さな手の中へ吸い込まれる。
たまに窓の外の雨を眺めて目を細める。
そしてまた手元の金貨をいじる。
「そういえば、あの日もそうだったなぁ」
ぽつりと漏れる囁きに覇気はなかった。
思い出すのは、数ヶ月も前の自分の日常。
何の変化もない毎日をただただ単調に送っていた。
降りしきる雨に嫌気が差して、世話係の彼女と翌日の天候を賭けたあの日。
あの時はの勝ち。
翌日の解放日は晴れだった。
数枚のガリオン金貨だけを持って三本の箒へと足を伸ばした。
思い出すのは、少女の日常に劇的な変化が訪れたあの日。
「明日は・・・晴れるのかなぁ」
そんなことを呟いていると、不意にドアが開いてが入ってきた。
手にたくさんのタオルと着替えを抱えている。
「具合はどう?椿ちゃん」
「うん。割と平気だよ」
本当は数分前にまた血を吐いたのだが、いちいち言ってを心配させたくはなかった。
生まれたときから自分の面倒を見てくれた彼女に、悲しい顔はさせたくなかった。
しとしとと降り続ける雨を見て、は苦笑する。
「嫌なお天気ね。これじゃ、月も見られないわ」
サイドテーブルに置かれた真っ白なタオル。
またの赤い血で汚れてしまうことは目に見えていた。
それでもは染み一つない真っ白な状態に戻して持ってきてくれる。
タオルの白さがの目に痛かった。
「今夜は三日月かしらねぇ」
本当はの体が心配でたまらないのに、は我慢して呑気な口調で告げる。
作業するの背中に、は声をかけた。
「今夜は新月だよ」
の言葉に振り向いたは、静かな笑みを向けてまた作業に戻っていく。
「椿ちゃんは本当に何でも知っているのね」
感心したような言葉に、も薄っすらと笑みを浮かべる。
「うん・・・」
煮え切らない返事に、が気付くことはなかった。
確かな情報を得ているわけではなかった。
の勘は当たってしまうのだ。
きっと今夜が新月であることも。
今夜中には雨が上がってしまうことも。
明日はきっと青空が広がっているであろうことも。
明日、きっと彼は・・・。
また指の上に金貨をのせて、ピンッと天高く弾く。
綺麗に真上に上がった金貨が、電灯の明かりにキラキラと輝く。
金貨を弾く音がしてセブルスは目を覚ました。
ゆっくりと目を開けて最初に目に入ったのは、薄暗い天井。
頭がぼぉっとしてよく働かない。
それでも耳だけはしっかりと機能しているようで、またピンッと何かが弾かれる音が聞こ
えてきた。
鮮明な音を届ける耳を頼りに、視線だけを彷徨わせて音源を探す。
それはすぐに見つかった。
セブルスのベッドの横で、が1枚の金貨を弄んでいた。
薄暗闇の中で鈍く光るガリオン金貨を規則的に弾いては掌におさめる。
「・・・?」
「起きたのか、セブルス。大丈夫か?」
弱弱しい声で名を呼ぶセブルスに、は金貨をポケットにしまい込みセブルスの顔を覗
きこむ。
セブルスは何度か目を瞬かせ、勢いよく身を起こした。
途端に襲う軽い目眩。
緩く頭を振るも、ズキズキとした痛みが頭の中に走る。
「くそ・・・」
小さくも悪態をつけるセブルスに幾分ホッとし、は椅子に腰を下ろした。
「夕飯から帰ってきてから、ずっと寝てたんだぞ」
「そうか。・・・・・悪い。今夜、何か用事があるんだったな」
回らない頭でようやく思い出せた昨夜のとの約束。
セブルスはゆっくりとベッドから降りると、頭を押さえながら靴を履く。
顔を上げたとき、は既に部屋の扉の前にいた。
「談話室に行こう。今なら誰もいない」
ゆっくりと開いた扉から漏れる光が、の金髪を淡く輝かせていた。
昔々 悲しい運命を背負った王女様がいました
王女様は生まれたときに悪い魔女によって呪いをかけられてしまったのです
静かな音を立てて階段を降り、談話室に入る。
談話室は、の言った通り誰もいなかった。
今一体何時なのだろうと、セブルスは壁にかけられた大きな時計に目を向ける。
時刻は、後十数分で真夜中の12時になるところだった。
「セブルス。座れよ」
振り向くと、がテーブルを挟んだ向こうのソファーに腰掛けていた。
の目の前のテーブルには、が占いのときに使う小さな天球が置かれていた。
セブルスは片眉を上げてつまらなそうに笑う。
「なんだ?僕は占いなど頼んでいないが」
からかうように言ったセブルスに向けられたの目は、だが真剣なものだった。
いまだかつて見たことのないの目に、セブルスは笑うのをやめて静かにソファーに腰
かけた。
真っ直ぐな視線をセブルスに向ける。
「お前に見せたいものがあるんだ」
そう言っては、ポケットからクシャクシャに丸められた紙を取り出した。
それが何を意味するのか、セブルスにはわからない。
「・・・?」
セブルスの呼びかけにも答えず、はしばらく悲壮感漂う青い瞳で紙を見つめていた。
やがて、静かにその唇が動いた。
少年の口から流れる旋律は、あまりにも彼に似つかわしかった。
If they leave thing as it is, the princess will die.
このままでは王女様は死んでしまいます
So the king summoned a fortune-teller from a neighboring country.
そこで王様は隣国から占術師を召還しました
セブルスの黒い目が動くことなくを凝視する。
はポケットから杖を取り出し、クシャクシャの紙の中心をトンッと叩いた。
次の瞬間、黄ばんだ紙に綴られていた文字の羅列が光となって宙に浮き出てきた。
薄暗い談話室で。
少年の髪の色と同じ色彩の文字たちがゆらゆらと揺れる。
の口が開き、抑揚のない言葉が漏れ出る。
「お前が探していたものだ」
そこで王様は隣国から占術師を召還しました
占術師は言いました
王女様を助けられるのは王子様だけだと
そしてある新月の晩に占術師は歌を詠みました
『日が沈み 月が昇る
火が灯り 水が流れる
木が萌え そして金色の実をつける
土に埋めよ また日は昇る』
王子様は歌を頼りに王女様を助ける旅に出ました
王子様が持っていったのは一振りの剣と一粒の石のみ
それはずっと前に王女様から受け取った宝物
それはとてもとても過酷な旅でした
待ち受ける魔女の罠を潜り抜け
たったの5日で王子様は身も心も傷ついていました
果てしなく広い荒野に打ち捨てられ
王子様は絶望に目を閉ざしました
王子様は夢を見ました
それは淡く懐かしくも愛する人の夢
夢の中で王女様は言いました
早く私を迎えに来て
金色の実は私のいのち
土に覆われた大地は私のからだ
朽ち果てる前にもう一度あなたにきれいな花を
だから早く私を迎えに来て
王子様は襲いくる魔女の試練を乗り越え
7日目になんとかお城に辿り着きました
そこに待っていたのは記憶をなくし
静かに眠る王女様の姿でした
王子様は夢の通りに王女様に一粒の石を飲ませました
すると奇跡が起こりました
王女様は目を覚ましたのです
魔女の呪いがとけて記憶が戻った王女様は
以前と変わらぬ笑顔を王子様に向けました
王様も王妃様も国中の人々も喜びました
そして
愛し合う王女様と王子様は
誓いのキスを交わし
ふたり永遠に幸せになりました
セブルスの体の血が一瞬で引いていく。
普段から青白い顔が、今はより一層病人的な色合いを帯びていた。
薄めの唇が震えている。
大きすぎるショックを受け止めかねている。
火の粉のように散らばりながら消えていく金色の物語。
全ての文字が消えた瞬間、はもう一度同じ台詞を言った。
「これが、お前が探していたあの本の続きだ」
フラッシュバックのように蘇る。
セブルスを待つように図書館に転がっていた古い本。
彼女に降りかかった受難と酷似する物語。
破られた御伽噺の謎解きのページ。
出口のない憤りに精神が壊れそうだったのを、“誰かの悪戯だ。仕方がない”と自分に言い
聞かせ、別の可能性を見つけようと誓ったのは僅か1週間前。
それが今になって。
自分の目の前にいる金髪の少年の手によって。
彼がやったのか?
セブルスの頭の中にそんな猜疑心が沸き起こる。
それでもそんなことは信じたくはなかった。
何年もともにした友人を疑いたくはなかった。
「・・・・お前がやったのでは・・ないのだろう」
震える唇をやっと動かして出た言葉は、の口から否定の返事を待ち侘びていた。
それでも、そんなセブルスの切な想いは目の前にいる本人によって無残にも打ち砕かれた。
金色の髪が、緩やかに横に揺れる。
「俺が、破りとった」
まるで何かを告げるように、大時計が12時の鐘を打った。
その音に反応するかのように、テーブルに置かれた天球の惑星がカチカチと動いた。
談話室中に響き渡る鐘の音が、セブルスの体を震わせる。
恐怖と、猜疑と、憎悪の入り混じったセブルスの眼光がを突き刺す。
「なぜ・・・だ。なぜそんなことをしたっ!?」
鐘の音に重なり響く、セブルスの激昂。
事情を何も知らないを怒鳴っても仕方がないとセブルスの理性は止めるも、本能がず
っと先を走っていた。
怒りで飛び掛らんばかりのセブルスを、セブルスの牙を向く眼を、は真正面から受け
止める。
「お前が、呪いを解く鍵に近づきすぎたからだ。お前に知られるわけにはいかなかった」
聞き違いだと思った。
の口からそんなにもはっきりとその単語が出てきたことが不思議でならなかった。
には、彼女のことは言っていない。
「呪い」のことなど一言も言っていない。
自分だってつい最近聞かされたことなのに。
困惑するセブルスの耳に、の言葉ははっきりと届いた。
聞き違いだと思うことすらさせてくれない。
「全ては、・を魔女の呪いから救う手立てを絶つため」
聞き違えるはずがない。
最早セブルスの脳に強く焼き付けられたその名を、聞き違えるはずがなかった。
ただいぶかしむべきは、その名がの口から出たこと。
からからに乾いたセブルスの唇が言葉を吐き出す。
「どうして・・・どうしてお前がの名を知っているっ!?」
は彼女の名を知らないはずだ。
にとって彼女は、「椿」でしかないはずだ。
セブルスは一度たりとの前で「」の名を口にしたことはなかった。
も自分以外の客に名前を教えたことはないと言っていた。
わからない。
全てがわからない。
さっきまでの頭痛が再びセブルスに襲い掛かる。
また天球の惑星が2つほど動いた。
カチカチと惑星が位置をずらす音すら頭に響く。
「セブルス。お前に全てを話す」
セブルスを見つめる青い瞳。
と同じ蒼い瞳。
その蒼の奥に、微かな悲壮感が漂っている。
少年の流れるような旋律は、それだけで物語の価値があった。
十数年前、その身に呪いを受けてこの世に生を受けた赤子がいる
それが・―――椿ちゃんだ
魔女は彼女に呪いをかけた
およそ助かる術のない呪いを
ただし、一つだけこの世に希望の光を放った
・と対になる形でそれは生まれた
来るべき時が来たとき
彼女が心から愛する者が現れたとき
彼女を救う鍵となる詩を歌う全能の占術師を
「それが俺だよ」
セブルスの黒い瞳との青い瞳がぶつかる。
どちらもそらすことなく、ぶつかり合う瞳がギシギシと音を立てる。
の視線が、フッと大時計に向いた。
「時間だ」
その瞬間、動いていた天球上の惑星が一直線に揃った。
風が入ることのない室内で、少年の黄金の髪がふわりと揺れた。
The sun sets, and the moon rises.
日が沈み 月が昇る
The fire burns, and the water flows.
火が灯り 水が流れる
The tree sprouts, and then it grows ripe.
木が萌え そして金色の実をつける
Bury it under the earth, if so the sun rises again.
土に埋めよ 日はまた昇る
が紡ぎ出す詩は、御伽噺に載っていたそれで。
ただ聴いただけではその真意はわからなかった。
成績優秀で博識なセブルスにもその謎は解けなかった。
セブルスの意図を汲んだのか、は静かに静かにその詩の意味を話しだした。
「日は“命の光”・・・月は“死の闇”・・・火は“紅い血”・・・水は“青い涙”・・・木
は“彼女の肉体”・・・金は“涙の結晶”・・・土は“彼女の心”。涙の結晶が心に戻れば、
彼女の命はもう一度光を宿す。これが、俺の中に舞い降りた天の・・・いや、魔女の声だ」
詩の真意を紡ぐの姿は、あまりにも痛々しくて。
そしてまた、神々しかった。
目の前にいる少年を、セブルスは最早ただの友人とは思えなかった。
自分とは違う者を見る目で見つめてくるセブルスに、は眉尻を下げる。
の話しを聞いて、セブルスの中にもう一つの言葉が引っかかった。
光も、闇も、血も、涙も、の中に見てきた。
それでも見たことのないもの。
「っ。結晶とは・・・涙の結晶とは何だ!?」
それが最後の頼みとばかりに、セブルスは乾いた口を必死になって動かす。
乾いた空気が喉をひりつかせる。
喉の熱さとは裏腹に、頬を冷たい汗が流れていく。
「彼女を救うには、彼女の瞳から零れ落ちた涙の結晶石が絶対不可欠とされる。だが、そ
の結晶はもうない。誰も、拾うことができなかったんだ」
全てを打ち砕くように説くの言葉。
セブルスの乾いた心臓に突き刺さる。
「・・・・・嘘だ」
そう言うほかにどう言えばいい?
「セブルス。頼む・・・運命を受け入れてくれ」
そう諭すほかにどう説けばいい?
「嘘だ・・・・そんなもの、僕は認めない」
受け入れたら、最後。
「セブルス!」
「嫌だ!何故お前がそんなことを言う!?お前は・・・お前はを救ってくれるのでは
ないのか!?」
誰にも予想すらできなかった、セブルスの口から叫ばれた言葉。
スリザリンであるがゆえ、己の力のみを頼りにしていた少年の口をついて出た言葉。
それは屈辱。
他人に頼るという恥。
それでも今はそれにすがるしかなかった。
この運命に遅れてやってきた自分には、何の能力も与えられなかった自分にはどうするこ
ともできなかった。
セブルスの黒い瞳は、に助けを求めて揺れる。
それでもは無情にも静かに首を横に振る。
「結晶を残すことはできなかった。そこで俺の使命は変わってしまったんだ。俺は・
を救う者として生まれてきたけど、彼女が涙の結晶を残せなかった時点で、
俺の使命は全く逆なものに変わってしまった」
の声が、次第に悲痛なものへと変わっていく。
それでも今のセブルスには、そんなことを気にする余裕はなかった。
の言葉を理解することでいっぱいだった。
少年の悲痛な言葉が漏れる。
「俺に課せられた新たな使命は、魔女の呪いを次代の少女に繋げるべく、今生きる・
を死に追いやること」
悲痛な声がもたらすものに、悦楽なものなどない。
最早セブルスの目の前にいる少年は、友人などではなかった。
セブルスの目には、黒衣を纏った死神にしか映らなかった。
「彼女にかかった呪いはもう止まらない。放っておいても、もう助からない」
少年は彼女と同じ色の瞳でセブルスを見つめる。
黄金の髪に蒼眼を携えた神々しき死神。
鈍色に輝く大鎌が静かに振り下ろされた。
その口から、残酷な預言が零れる。
「・は、明日死ぬ」
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