ドリーム小説
誰かを愛すのも誰かに愛されるのも自由
抑えきれないこの想い
僕は君だけをずっと見ていた
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <9> ■
雪降り積もる1月。帰省していた生徒たちが、ホグワーツへと戻ってきた。真っ白な雪に覆われた城は、再び賑やかさを取り戻し始めた。
「久しぶりね、!元気にしてた?」
ハーマイオニーが白い息を吐きながら走ってきてに飛びついた。はそれを両手で受け止め、笑顔でハーマイオニーを迎えた。
「うん。ハーマイオニーが薦めてくれた本、全部読んじゃったよ」
「さすがね。いいのがあったらまた貸すわ」
そう言うとハーマイオニーは荷物を抱え、に手を挙げて寮に戻っていった。それからロン、フレッド、ジョージ、そして彼らの妹のジニーにも会い、順に再会の挨拶をした。そして、
「元気だった?ドラコ」
ホグワーツの玄関先で、は笑顔でドラコを迎えた。ドラコは拍子抜けしたような顔をしていた。別れ方が気まずかったため、ドラコはどんな顔で再会しようか悩んでいた。だから、にいつもの笑顔で迎えられ、心なしかほっとしていた。
「あぁ。こそ。休みの間は何をしていたんだ?」
「えっとね、・・・まぁいろいろかな」
休み中のことを話そうとして、そのほとんどがハリーと遊んだことだったので、はドラコの機嫌を損ねると思い口をつぐんだ。それが逆にドラコの片眉を上げさせることになったが。
「ドラコは?どこかに出かけたの?」
「あぁ。土産話がたくさんある。もちろん、だけへの土産もな」
ドラコは片手に荷物を持ち、空いている手での手を掴んだ。
「冷たっ。ドラコの手、氷みたい」
「なんだ。不満か?」
ドラコはしれっとした顔で、から手を放そうとはしなかった。がっちりと握りしめ、どうしても放そうとしないから、は苦笑して仕方なく手を繋いだまま一緒に寮に向かった。
「ドラコ。これじゃ、何だか弟みたいだわ」
はまるで姉のように笑顔でドラコを諭した。だが、ドラコの表情は決して楽しそうなものではなかった。
「弟、・・か」
その小さな呟きは、に聞こえることはなかった。
休暇が終わり、授業も再開した頃だった。スリザリン寮のの部屋に、見慣れた梟が飛んできた。黒い羽は飼い主にそっくり。それはスネイプの梟だった。が優しく背中を撫でてやると、ホォと一鳴きして窓から飛んでいった。
「ご苦労様」
は梟が持ってきた手紙をすぐに開けた。中には、「可能ならば今から準備を手伝ってほしい」と記述されていた。ダンスパーティー以来、この手紙の主に会うのはこれが初めてである。談話室に下りるとドラコや他のスリザリン生がたくさんいた。
「。こんな時間にどこ行くの?」
同室のパンジーがソファーでくつろいでいた。彼女は雑誌から目を離し、に尋ねた。
「うん。スネイプ先生から調合手伝うように言われちゃって」
「ふーん。助手も大変ね」
再び雑誌に目を戻すパンジーに代わって、ドラコが立ち上がった。
「。寮の前まで送る」
「え、そんないいよ。ドラコ」
は「悪いわ」と手を振った。だがドラコがどんどん歩いていくから、仕方なくもその後を追った。寮を出るとさすがに寒かった。ローブを着ていても、ぶるりと身震いした。
「じゃ、行ってきます」
が笑顔を向けて手を挙げた瞬間、いつかと同じようにドラコがの細い腕を引っ張った。ドラコが何をしようとしているかがわかった。の身体に反射的に力が入り、ドラコに引っ張られるのを阻止した。
「ドラコっ、」
は困惑した表情でドラコを見つめた。ドラコの顔はとても厳しくて、怖いとすら思った。ドラコのそんな顔、見たことがなかった。は困った顔で無理矢理笑った。
「ドラコ。あんまり、・・・からかわないでよ」
小さな声でそう言い残すと、は足早にその場を去った。残されたドラコは、寮の壁に寄りかかった。石畳を走る彼女の足音が徐々に遠ざかっていく。ドラコは床を見つめ、奥歯を噛みしめた。
「・・・からかってなんか、いないさ」
行き場のない悔しさを閉じこめるように、ただただ拳を強く握り締めた。
久し振りに訪れた研究室は、休み前と何ら変わっていなかった。
「お久しぶりです、スネイプ先生」
は変わらない笑顔で挨拶した。
「あぁ。変わりないかね」
スネイプが素っ気なく言うところも、何ら変わっていなかった。2人は早速明日の授業の準備に取り掛かった。無機質な作業音だけが室内に響いた。以前に比べたら、2人の会話は格段に少なくなっていた。スネイプはどんどんに指示してもそれに従うだけで、研究室に妙な空気が流れていた。会話のない緊張した雰囲気を崩そうと試みたのは、スネイプの方だった。
「一度だけ、君が図書館にいるのを見かけた」
不意のスネイプの言葉に、の手が一瞬だけ止まった。
「本を山積みにして。相変わらず勤勉だな」
「そんなんじゃないです。読んでいたのも勉強の本ばかりじゃないですし」
は苦笑してそれを否定した。流石におとぎ話を読んでいたとは言えなかったが、だが、
「あぁ。知っている」
「え?」
まるで見ていたかのようなスネイプの発言に、思わずは顔を上げた。だが、スネイプはの方を見ず、黙々と作業を続けていた。それ以上は、何を訊いても答えてくれそうにはなかった。
再び作業音だけが流れた。下準備が全て終わり、は退室しようとソファーにかけてあったローブを手にとった。
「それでは失礼します。また何かありましたら梟で呼んで下さい」
いつも通りの笑みを残しては扉に手をかけた。すると、不意に背中に声がかかった。
「君は訊かんのだな」
耳に響く低音にの動きは止まった。だが、決して振り返りはしなかった。は扉の前に立ち、スネイプに背を向けたまま、静かに答えた。
「はい。先生から言ってくださるまで待つつもりです」
本当はすぐにでも答えが聞きたかった。それがたとえ残酷なものだとしても。だが、待つと言った以上、の決意は揺るぐことはなかった。扉が重い音を立てて閉じた。スネイプは倒れるようにソファーに腰掛け、背もたれに身を預けて息をついた。片手で両目を覆い、ゆっくりと目を閉じた。
はスネイプが答えを出すまで、ずっと待ち続けることだろう。その間、ずっと彼女は苦しみ続けることになる。
願うことはただ一つだった。
(彼女を幸せにするには、・・・・我輩はどうすればいい)
そのたった一つの答えが出ない。
翌日は朝から雪が降っていた。いつもと変わらない穏やかな日だった。穏やかに始まり、穏やかに終わるはずだった。
それを崩したのは、たった一人の少年の行動だった。彼の行動が、停滞していた2人の世界を無理矢理動かした。
の今日の最後の授業は、魔法薬学だった。は助手としてスネイプの横に立ち、手伝いをしていた。実習が始まるとは皆の作業を見て回った。
「わっ、ネビル!ちょっと待って!」
は、ネビルが違う薬品を入れようとするのを慌てて止めていた。ネビルの失敗をは優しく笑い、周りも楽しそうに笑っていた。それはいつもと何ら変わらない光景だった。ただ、少女の笑い方が少し違うことに、一人の少年だけは気付いていた。
以前のは、あんな顔をして笑わなかった。あんな幻想を抱いた少女のような、・・・まるで恋する女のような顔をして笑わなかった。でも、今は違う。今のは、・・・正確には、魔法薬学の教授を見る彼女の眼は、明らかに特別な人を想う少女の眼をしていた。
一通り全員の様子を見ると、はスネイプに報告に行った。スネイプは素っ気ない対応をとるが、そばに寄るの表情は心なしか嬉しそうだった。スネイプがそっぽを向いてしまっても、彼女は健気に一生懸命笑顔で返す。
(もうたくさんだ。見ていたくない。もう抑えていられない・・・・)
少年の中で、黒い想いが渦巻いていた。
授業が終わると、は「ドラコ、帰ろう」と歩み寄ってきた。いつもなら、ドラコは小さく笑って彼女の手を取って引っ張っていくのだが、今日は何だか様子が違った。何も答えない少年に、は首を傾げた。
「ドラコ?」
「。話があるんだ、ちょっと来てくれ」
単調なドラコの言葉にも、は疑問を抱くことなく笑顔で頷いた。
2人は教室を出て、寮とは反対方向の廊下を歩いていた。廊下の両側を塞いでいた壁が途切れ、の視界に外の景色が映った。灰色の空から、ちらちらと雪が降っていた。
「うわ。寒いと思った。ドラコ、早く寮に戻ろうよ」
はローブの前を合わせ、白い息を吐いた。ドラコはちらりと後ろを振り返り、を目の端で見つめた。
変わらない笑顔。全てを覆い隠すような笑顔。スネイプに見せる笑顔とは決定的に違う。スネイプに向ける笑顔と、自分に向ける笑顔が違うことに、少年は嫉妬した。そんな偽物の笑顔はもうたくさんだった。
少年の手は力強く握りしめられた。それは突然で何の前触れもない、雪のように冷たい告白だった。
「。僕は君のことが好きだ」
ドラコはと向かい合い、真剣な顔で想いを告げた。聞き違えるには、辺りはあまりにも静かすぎた。真っ直ぐに見つめられ、はしばし呆然とした。だが、場を和ませるように笑顔を作り答えた。
「私も、ドラコのこと好きよ」
いつもと変わらない笑顔で応えた。それがかえって、ドラコを腹立たしく悔しく思わせた。自分に対して特別な感情はないと言われているも同然だった。ドラコはの手首を掴み、強く握りしめた。が眉をひそませて痛がるのも気にせず。
「そういう意味じゃない!、僕は、」
少年の声が静かな廊下に響き渡った。ドラコの目は険しく、怒りと憎しみをぶつけられているような気さえした。は初めてドラコが怖いと思った。じっと彼の目を見つめていられないのだ。
「君がスネイプ先生を好きなように、僕も君が好きなんだ!」
今度は理解し間違えることはなかった。ドラコの言葉が釘となっての胸を刺した。は隠してきた秘密にいきなり触れられショックを受けた顔をしていたが、すぐに作り笑いで誤魔化した。
「な、何言ってるの、ドラコ。私がスネイプ先生を?冗談にも程が、」
「冗談なんかじゃない。君のスネイプ先生を見る目を見ていればわかる」
いつも君のことを見ていたから。ドラコの言葉に、は何と返していいかわからなかった。
「君は先生のことが好きなんだろう。そして、先生も君のことは満更じゃないようだ。・・・・はっ。品行方正を重んじるスリザリンが聞いて呆れるな」
「そんな、・・・よく考えてよ、ドラコ。スネイプ先生が私みたいな子どもを相手になんてするわけが、」
「じゃぁ、僕が見たのは間違いだったとでもいうのか」
「見たって、・・・何を、」
は訳が分からなかった。ドラコが何を言おうとしているのか、全く分からなかった。戸惑うを尻目に、ドラコは「はっ」と鼻で笑った。
「君が足を怪我したときだ。スネイプ先生は、保健室で眠る君にキスした」
誰も知らない秘密を知っている。ドラコは勝ち誇ったような顔で告げた。ドラコの言葉に、は大きな衝撃を受けた。は硬直したように動けなくなった。ドラコの言葉が、頭の中で何度もリフレインしていた。
そんなの知らない。
スネイプ先生が、私の知らない間に、私に?
そんなの知らない。
「うそ・・・、」
「嘘じゃない。真実さ。・・・まったく、どうしてこの僕がそんな瞬間を目撃してしまったのか、神を恨むね。まぁ、けどそのおかげで僕は気づくことができたからな。僕が、本気で君を好きだってことに」
ドラコは笑った。だがそれは、何かを嘲笑うようなねじ曲がった笑いだった。
の頭は事態についていけなかった。混乱した頭でなんとか整理しようとした。だが、理性よりも本能が僅かに勝ってしまった。こんな状況なのに、スネイプが自分にしたことにおかしな期待を抱いてしまう自分が恥ずかしかった。は無意識に、自分の唇に手を当てた。だがそれはドラコを更に苛つかせる要因にしかならなかった。
「。君の頭の中はスネイプ先生でいっぱいみたいだな」
「な、何を言うの。やめて。そんなんじゃないわ、」
「どうだか。だが、君だってわかっているんだろう。君たちは教師と生徒だ」
それは逃げられない真実の言葉だった。わかっていたけれど、真正面から受け止めたくなかった。はドラコから顔を背け、逃げるように一歩退いた。だが、ドラコがその手を掴んで逃がそうとはしなかった。
「逃げるなよ」
ただその場に捕まえておきたいだけのドラコの台詞は、だがの心に違う意味となって届いた。
そうだ。
逃げたって何も変わらないのだ。
自分が今否定すれば、スネイプに言った言葉は全て嘘になってしまう。
『大切なのは、その想いを否定しないことよ』
まただ。が迷うと、いつもハーマイオニーの言葉が頭の中に蘇った。
『もし好きだと気付いたら、その気持ちを大切にしてあげて』
逃げたら、この気持ちは嘘になる。ハーマイオニーの言葉を思い出したの心は、徐々にいつもの穏やかさを取り戻していった。
掴んだの腕から力が抜けたのをドラコは感じた。まるで諦めたかのような様子に、ドラコはの顔を見つめた。そしてドラコは心を掴まれたような衝撃を受けた。は、ドラコの目を強く真っ直ぐに見つめていた。の表情が迷いや逃げという感情が消えていた。
「・・・、」
何かを決意したようなに、ドラコは静かに呼びかけた。の決意は揺れることはなく、ただ少しだけ哀しそうな顔でドラコを見つめた。
「ごめんなさい、ドラコ。私は、・・スネイプ先生が好きなの」
彼女の口から、ドラコが一番聞きたくなかった言葉がゆっくりと紡ぎ出された。
そんな気がしていた、そんな答えが返ってくる気が。だが、理解できなかった。ドラコの顔がどんどん歪んでいった。
「どうして、・・・・どうしてだっ!」
ドラコの半ばヒステリックな叫びが廊下に響き渡った。の手首を掴む手にも力がこもった。
「ドラコ、・・・痛いっ」
「僕はいつだって君を見ていた!」
「ドラコっ、」
「スネイプ先生よりずっとそばにいた。君が、・・・が好きなんだ!」
「やっ、・・・やめてドラコ!」
ドラコの衝動は、か細いの身体では止められなかった。は壁に背を押しつけられ、無理矢理唇をふさがれた。いつもの頬に触れるだけの悪戯なキスじゃない。強制的なキスに、恐怖すら覚えた。抵抗しようにも、クィディッチで鍛えられたドラコから逃げることはできなかった。ただ、最後の抵抗としてずっと歯を食いしばっていた。
どのくらい時間が経っただろう。それはほんの数秒に満たない口付けだった。ドラコは、自分の頬に冷たい感触を覚えてから唇を放した。そして、それがが流した涙だと気づき、ドラコは静かに息をのんだ。は目を閉じ、綺麗な眉を哀しげに曲げて、ぽろぽろと涙を流していた。
「・・、」
「・・・どうして?」
はゆっくりと目を開けると、言葉を途切れさせながら問いかけた。ホグワーツでの初めての友情が、こんな形で崩れるなんて耐え難かった。が瞬きすると、涙の雫が跳ねた。
ドラコはいたたまれない気持ちになった。彼女を泣かせるつもりなんてなかったのに。ただ、知ってほしかっただけなのに。
「君に、先生のことを忘れてほしいんだ」
解放されたの細い手が、だらりと下に垂れ落ちた。ドラコは少し迷ったが、の流れ落ちる涙を指ですくってやった。
「僕が君を幸せにする。君が助けてくれといえばすぐに駆けつける。君がほしいものは何だって手に入れてみせる。君が、・・・・本当に好きなんだ」
そう言うと、ドラコはを優しく抱きしめた。さっきの荒々しいキスが嘘のように優しく。ははたはたと涙を流しながら、ドラコの肩に頭をもたれさせた。ドラコの言葉は嬉しかった。だが、同時にとても哀しく惨めな気持ちにもなった。
(どうして・・・。どうしてあの人がくれない言葉をあなたが全部くれるの?)
後から後からの頬を涙が流れ落ちていった。
「・・・ドラコ。私、・・・私ね」
は消え入りそうな声で、ドラコにしか聞こえないように呟いた。ぽつりぽつりと言葉を零すの話を聞き、ドラコはもっと強く彼女を抱きしめた。の言葉を聞き終えると、ドラコは胸が苦しくなった。そして自分が情けなくなった。幸せにしたいのに、結局を苦しめている。今のドラコには、の小さな叫びを受け止めてやることしかできなかった。
(そんなに忘れられないのか・・・、あの人が。あの、)
ドラコは綺麗な眉を歪めて、悔しさに歯を食いしばった。そして、不満だらけの納得のいかない大きなため息を一つついた。真っ白な息が目の前を曇らせた。白い息が宙に霧散していき、霧が晴れるとその向こうに誰かが立っているのが見えた。真っ黒なローブを纏った、彼らの寮監が。
「・・・・スネイプ先生」
ドラコの声には、驚きと恐れが混同していた。だが、ドラコの呟きに一番凍りついたのはだった。ドラコの腕の中で、小さな体がびくりと震えるのをドラコは確かに感じた。ドラコはを抱きしめる腕の力を緩めた。は硬直した体でゆっくりと後ろを振り向いた。そこには確かにスネイプが立っていた。今一番いてほしくない人が、自分のもっとも愛しい人がそこにいた。
「・・・スネイプ先生、」
どうしてこう上手くいかないんだろう。
スネイプは眉間に皺を寄せ、厳しい表情で2人を睨んでいた。
「とっくに授業は終わっている。2人とも寮に戻りたまえ。あぁ、それから、」
スネイプの口調はいつもと変わらず厳しかった。悪さをする生徒を叱るときと何ら変わらなかった。
「品行方正を重んじるスリザリン生が、斯様な品を欠いた行動は慎みたまえ」
廊下で抱き合う恋人同士の戯れを咎める。恋人たちの目に余る行動を指導する、そんな淡々とした口調だった。に対して特別な想いなどないと、など自分の一生徒に過ぎないと言っているようだった。動揺など欠片も見せない、それがにとっては余計につらかった。そして、言うことだけ言って、スネイプは2人に背中を向けた。弁解すら聞く気はないという態度に、の瞳は再び涙に揺れた。それを見て行動を起こしたのはドラコの方だった。ドラコは、スネイプに負けないくらい冷たい声で言い返した。
「逃げるのですか?」
ドラコの声からは強い意志が感じられた。それはスネイプの足を止めた。だがスネイプは首を後ろに向けるだけで、「君たちの恋愛事情など、我輩には関係のないことだ」と言い捨てた。スネイプの冷たい言葉と表情に、の胸はぎしぎしと軋みを上げた。壊れる寸前のの心を守ったのは、ドラコの叫びだった。
「関係ないはずはない!は先生のせいで苦しんでいるんだ」
ドラコは我を忘れて言葉を崩しながらも、必死にの心をスネイプに伝えた。スネイプは目を細め、冷ややかにドラコを睨み返した。
「教師に利く口の聞き方ではないな、ミスター・マルフォイ」
「まただ。そうやって教師と生徒であることを強調して、あなたはいつまでを苦しめ続けるんですか。あなたからの答えを待ち続けるを、そうやってずっと縛り付ける気ですか?」
ドラコが言ってくれていることは、全てが心の奥底の声だった。ドラコがに代わって一言一句スネイプに伝えてくれていた。だが、これ以上伝えれば、ドラコの立場が悪くなる。自分のせいで。そう思った瞬間、の身体は自然と動いていた。
「を、彼女を幸せにする自信がないなら、中途半端に優しくするのは止めてください」
「もう、いいよ、ドラコっ」
は腕を伸ばし、ドラコのローブの背中を掴んだ。「もういい」と、震える声で何度も止めた。
「もう、やめて。私は平気だから。ドラコが悪者になっちゃう、・・・そんなのやだよ」
絞り出すように言葉を紡ぐを、ドラコは振り返って見下ろした。そして彼女の顔を見た瞬間、ドラコは悔しさと怒りに拳を握りしめた。
「もういいから。私はつらくなんて、」
「じゃぁ、なんで泣いているんだ!」
「・・・っ」
「なんで我慢して、自分を苦しめるんだ!言えばいいだろう、スネイプ先生に!」
ドラコに言われて、は自分の顔を両手で覆った。そしてふるふると首を横に振った。か弱い彼女を救えない自分を、ドラコは心の底から腹立たしく思った。
が流す透明の涙を、スネイプはただじっと見つめていた。自分が答えを出さないがために苦しみ泣き続けると、そんな彼女を幸せにしたいと守るドラコ。ドラコを見ていると、まるで自分が悪者のように思えてきた。いや、実際悪者なのかもしれない。を苦しませ、泣かせているのだから。だが、だからといって彼女の想いに素直に答えてしまえば、自分たちの立場はどうなる。スネイプが今理性を保ってこの立場を崩さずにいるから、彼女の学校生活は平穏なのではないのか。自分はそんなに悪いのか。
わからない。わからなかった。自分が何をすればいいのか、スネイプは迷いの渦の中にいた。
わからない。だが、ただ一つ願うことはあった。それは、彼女の幸せ。に笑顔でいてほしい。それなのに、自分の存在が、彼女を泣かせてばかりいる。彼女を幸せにしたいなら、自分は・・・、
スネイプが出した答えは、冷たく残酷なものだった。
スネイプは遠く離れたに、冷たい口調、冷たい顔で言い放った。
「もう待つ必要はないぞ、ミス・」
「・・・え・・、」
スネイプの冷たい視線が、を不安にさせた。まるで最後の審判を待っているかのような心境だった。聞く心の準備などまったく整っていないのに、スネイプは無惨にも審判を下した。
「今、この場で答えを出そう。我輩は、」
「待ってっ、」
「我輩は、君とそういう関係になるつもりはない。我輩と君は、あくまで教師と生徒だ。その鉄壁の掟を崩してまで寄り添う程の相手かどうか、もう一度よく考えたまえ。・・・あぁ、考えずともよいな。我輩でなくとも、君のすぐそばに似合いの相手がいるのだから」
鋭利な氷のように冷たく鋭く。そして最後に嘲笑を浮かべ、スネイプはとドラコを交互に見つめた。突き放されたことに、自分とスネイプとの距離がどんどん遠くなっていくことに、の体は震えた。
「それから、もう助手も結構だ。こういうことになってしまっては、君もやりにくかろう。これからは普通の生徒として授業に出たまえ」
彼女と自分を結んでいた、あらゆる繋がりをスネイプは断ち切っていった。これで終いにしようと、スネイプは彼女に背を向けて歩き出した。遠く後ろで、たとえ彼女が泣いていたとしても、もう自分が駆けよってやる必要はない。彼女の傍には、抱きしめて慰めてくれる少年がいる。
(これくらいしか我輩にはできない。精一杯突き放してやろう。君は君にふさわしい幸せを手に入れるがいい。その方がいい)
スネイプの予想は外れていた。は、泣いてなどいなかった。だが笑ってもいなかった。表情のない、美しいフランス人形のようだった。蒼い瞳に、生き生きとした光はなかった。
「・・・」
のおかしな様子にドラコが声をかけても、何も返さなかった。だが、不意にはきびすを返すと、ドラコに背を向けて歩き始めた。どこへ行く気なのだろう。ドラコは無性に不安に駆られた。ドラコは足早にを追いかけ、その手を掴もうとした。だが、
「!」
「・・・お願い・・・、ひとりにして」
ドラコがの腕を掴もうとした瞬間、彼女は腕を引きそれを避けた。の呟きは小さかったが、だがとても重たかった。ここにいたくないとの心は悲鳴を上げていた。ドラコは魔法をかけられたように、それ以上身体が動かなかった。ただ、が離れていくのをじっと見ているしかなかった。
ドラコに背を向け、は足早にその場を離れ、そして気がつくと駆け出していた。冷たい空気を切り裂きながら駆けた。行き場所なんてない。どこでもよかった。ただ、今すぐにでもここを離れたかった。
どこか遠くへ行きたかった。
誰も迎えに来れないような、遠い場所へ。
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