ドリーム小説
凍てつく心を溶かして欲しい
私を悪夢から解き放って欲しい
私はずっとあなたを待ちます
私の王子様
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <8> ■
クリスマスパーティー後、時はあっという間に過ぎていった。ホグワーツは冬休暇に入り、ほとんどの生徒は帰郷していた。校内は、閑散としていた。連日のように降る雪も、静寂に拍車をかけていた。
休暇中でも、校内に残る生徒のために図書室は解放されていた。だが、そこにも数えられる程度の人しかいない。その図書室の一番奥の窓際、陽の当たる席にはぽつりと座っていた。ハーマイオニーが教えてくれた席だった。の目の前には、数冊の本が積んであった。魔法薬学、薬草学、呪文学の参考書が主だったが、その中に毛色の違う本が数冊混ざっていた。
『おとぎ話全集』
はため息をつくと、読んでいた本をぱたりと閉じた。
「やっぱり皆がいないと退屈だなぁ」
ダンスパーティーの2日後から、スリザリンの生徒たちもどんどん帰省していった。それはドラコも例外ではなかった。ただ、ドラコはギリギリまで家に帰るのを渋っていた。それこそ、ホグワーツ特急が発車するギリギリまでと一緒にいた。機関車が蒸気を噴射し、出発の合図を送っていてもまだドラコはプラットホームにいた。
「ドラコ、もう発車しちゃうよ?」
「別に。発車したらしたで、ホグワーツに残れば良いだけのことだ」
「もう。なに駄々こねてるの?」
帰りたくないと不機嫌なドラコに、は苦笑した。ふてくされるドラコの背中を、はぐいぐいと押した。
「ほらほら早く」
「おい。当分会えないんだ。まだいいだろう?」
「何言ってるの。またすぐに会えるじゃない」
に押されて、ドラコは列車に足を踏み入れた。振り向くと、が笑って手を振っていた。笑顔で送り出そうとするを見ていると、ドラコは何故か無性に悔しくなってきた。なんだかまるで厄介払いをされているような気にさえなった。ドラコは眉をひそめると、手を振るの細い手首を掴み、思い切り引き寄せた。「なに?」と慌てるに構わず、ドラコは彼女の頬に軽いキスを落とした。のことだから、きっと顔を真っ赤にして慌てるのだろうとドラコは思った。だが、
「ごめん・・・、」
の拒絶はとても静かで、困ったようなその顔は本心からドラコの口付けを拒んでいた。ショックを受けたのはドラコの方だった。彼の表情から心情を読み取ったは、ハッとすると慌てて笑顔を作った。
「ドラコ、・・・ほら遅れるよ」
今までに感じたことのない気まずい雰囲気が2人の間を流れていた。列車が激しい音を立てて蒸気を噴き出した。特急が発車する合図だ。は、ドラコと向き合ったまま一歩大きく列車から離れた。見上げる先には、ドラコの寂しそうな表情があった。
「また休み明けに」
短い言葉でそう告げると、ドラコは列車の奥へと消えていった。ゆっくりと車輪を回し始める列車を見送りながら、は最後に見たドラコの悲しげな横顔を思いだし、ゆっくりと長い睫毛を伏せた。
「・・・ん」
目が覚めると、いつからそこにいたのか、楽しそうに笑うハリーがを見つめていた。
「おはよう。眠り姫」
「おはよう、ハリー。・・・いつから見てたの?」
は恥ずかしそうに笑い返した。どうやら本を読みながら寝てしまったらしい。まだぼやける視界を、は何度か瞬きして元に戻した。
友人たちを見送ってから、早いことに2週間経った。その間、は学校居残り組のハリーと宿題をしたり、本を読んだり、ハリーのファイアボルトに乗せてもらったり(見つかって怒られたけれど)、雪だるまを作ったりしていた。まるで兄弟のように四六時中一緒にいたので、は居残り組でも寂しいとは感じなかった。
「、何読んでるんだい?」
ハリーは、が枕代わりにしていた本に興味を示した。は笑顔で本の表紙をかざしてみせた。藍色の表紙には、金糸でタイトルが刻まれていた。
『フェアリーテイル』
は適当なページを開き、慈しむように文字の羅列を指でなぞった。
「ハーマイオニーに紹介してもらったの」
「へー。ハーマイオニーでも、こんな非現実的な本読むんだ」
ハリーの声は、とても意外そうだった。ハーマイオニーの軽い読み物といったら、大抵は分厚い参考書だったから。だが、はハリーの言葉に薄く微笑んだ。
「あら。みんなが知らないだけで、ハーマイオニーはすごく女の子らしい女の子なんだから」
くすくすと肩を揺らして笑うの仕草と、ひだまりのような優しい笑顔にハリーは思わずドキリとした。って、こんなふうに笑う子だったっけ、とハリーはまじまじとを見つめた。この冬休暇中、ハリーはと一緒にいることで気付くことがあった。じっと見つめてくるハリーに、は首を僅かに傾げた。
「なぁに、ハリー?」
「ねぇ、。あのさ、・・・もしかして好きな人とかできた?」
「へっ!?」
ハリーの言葉は、にとって完全に不意打ちだった。の顔が真っ赤になっていくをの見て、ハリーはおかしくて吹き出してしまった。
「あはは。やっぱり」
「ハ、ハリーっ。ねぇ、・・・何でわかったの?」
は赤い顔で身を乗り出した。ハリーは困ったように笑うと、こりこりと指で頬を掻いた。
「うーん・・・。最近のさ、なんていうか笑い方が変わったんだよね」
「笑い方が?」
「うん。の笑顔って、すごく元気な笑顔か、ちょっと寂しそうな笑顔かのどっちかだったんだけど、最近のは何か大人っぽい、ていうかなんか幸せそうに笑うんだよね。気付いてなかった?」
「・・・全然」
「恋が、君を変えたのかな」
ハリーは、「女の子のことはよくわからないけどね」と苦笑した。はようやく頬の火照りがとれてきたようで、幾分か落ち着いた様子で、今度は逆にハリーに問いかけた。
「ねぇねぇ。ハリーは好きな人いないの?」
の顔は真剣だった。不意打ちの質問で返されてしまい、ハリーも思わず眼鏡がずり落ちてしまった。
「す、好きな人?」
落ちた眼鏡を直すと、ハリーは腕組みをして「うーん」と唸った。それから、あっという顔をして、
「少し前までレイブンクローの子が好きだったけど、今はそうでもないかな」
「え。好きだったのに、今は違うの?好きって、一回好きになったらずっと好きなんじゃないの?」
「うーん・・・、そう言われると胸が痛むなぁ。まぁ本当は一度好きになった人をずっと好きでいられれば最高に幸せだろうけど、現実はそうはいかないよ」
いろんな人と出会っていろんな人を好きになって、恋愛キャパシティーを大きくしていくのも人生のおもしろいところだ。そんな哲学めいたことをハリーは言う。その話を聞いていたは、一瞬表情を曇らせた。
幾たびも恋愛を重ね、恋を楽しむ。人は生まれながらにその権利を持っている。
(いいな・・・・)
目の前でそう語るハリーが、ものすごく羨ましく感じた。は表情を元に戻すと、甘いため息をついて小さく笑った。
「恋って、難しいね」
「そうだね。でも、恋をしているときって、最高に幸せだよね」
「うん。それはわかる」
は猫のように目を細くして、にっと笑った。誰のことを思って笑っているのか。笑顔のは最高に可愛かった。ハリーは思わず苦笑いした。
「あーぁ。が誰かのものになるって、ちょっと悔しいなぁ」
「な、何言ってるのっ」
「まぁ、でもが嬉しそうに笑うから。僕も応援してあげるよ」
ハリーは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。だが、何かを思い出したようにはっとして、
「あ!、好きな人がいることさ、ロンにはまだ言わない方がいいよ。あいつきっとショックで倒れちゃうから。あいつ僕以上にに夢中だからさ」
そう言って笑うハリーが何だかすごく格好良く見えた。まるで、恋する妹を応援してくれる兄のようだった。はにっこりと笑うと、ハリーの首に抱きついた。
「ありがとう、ハリー」
突然のハグにハリーは嬉しさを隠しきれなかったが、ロンにばれたら絶対泣かれるなと思うと苦笑いした。自分より背の低いの頭を、ハリーはぽんぽんと叩いてやった。
「さぁ。ハーマイオニーの抱きつき癖がうつったんじゃない?」
「そんなこと・・・・、あるかも」
「僕らならともかく、あんまり他の人にやっちゃダメだよ」
そして2人は、まるで兄妹のようにしばらく笑い合った。暖かい笑い声が、図書室の古い書物の中に溶けて消えていった。
“フェアリー・テール”
昔々 悲しい運命を背負った王女様がいました
王女様は生まれたときに悪い魔女によって呪いをかけられてしまったのです
魔女は言いました
もし王女様が一人の男性を好きになったら
王女様は呪いによって死ぬだろうと
王様とお后様は王女様を離れた塔に住まわせました
ただし念に一度の誕生日だけは外に出ることが許されました
王女様はとても美しい少女に成長しました
王女様は14歳の誕生日に森の湖で遊んでいました
そのときです 突然木の陰から誰かが現れました
それは隣の国の王子様でした
狩りの途中で道に迷ってしまったのです
2人は一瞬で恋に堕ちました
王様はこのことを知りすぐに2人を引き離しました
しかし時すでに遅く 王女様には魔女の呪いがかかっていました
王女様はどんどん弱っていきました
このままでは王女様は死んでしまいます
そこで王様は
「あ。ページが破られてる」
指先でぺらりとページをめくると、気になる次のページは無惨に破り取られていた。
「王女様はどうなるのかな・・・」
終わりの見えない物語に、は無性に不安になった。
「(王子様が助けてくれるのかな?)」
ありきたりな物語の結末を予想してみる。だが、の不安は少しも解消されなかった。はテーブルに頬杖をつき、「王子様、・・・か」
ぽつりと呟き、本の中の“Prince”の文字を指でなぞった。の王子様は今頃どうしていることだろう。
「(もう2週間、・・・会ってないなぁ)」
はテーブルの上に両腕をつき、それを枕代わりに頭を横たえた。窓から差し込む陽の光に照らされ、宙を舞う埃ですらきらきらと輝き美しかった。
ダンスパーティーで別れた日から、は彼に会っていなかった。寂しい、との心はきしきしと音を立てて泣いていた。会いたい、会いたいと叫んでいた。でも、は今は会わない方がいいのかもしれないと思った。自分にとっても、彼にとっても、今は考える時間が必要だと思った。
は、腕枕をしながら再び本の文字を目で追った。不幸な王女様の、誰も終末を知らない物語。ありふれた幸せすら手に入れられない王女様の物語。なんて哀しく、そして憐れなのだろうとは思った。
「(好きな人ができて死ぬのと、塔の中で生き延びて一生を終えるのと、・・・どちらが幸せかしら)」
答えをくれる者はいなかった。昼時の日差しが心地よく、はまた眠くなってしまった。開いた本をそのままに、は再び眠りの淵へと堕ちていった。
少女が眠るテーブルに、コツコツと硬質な足音が近づいてきていた。彼女が寝たのを謀ったかのように、スネイプは禁書の棚から姿を現した。片手に分厚い本を抱え、すやすやと寝息を立てるを真正面から見下ろした。彼女の寝顔を見るのはこれが二度目だ。そして、に会うのは実に2週間ぶりだった。休暇中で授業もなく、助手の仕事も必要ないため、彼女に会う機会がなかった。だが、は帰省せずにホグワーツに残っているのだから、会おうと思えばいつでも会えたのだ。顔を合わせなかったのは、スネイプが故意に避けていたからでもあった。
会えば、あの夜のことを思い出してしまうから。
『先生のことが、・・・・好きなんです』
スネイプだって年若い少年ではないのだから、今の自分の気持ちがどういうものかぐらいわかっていた。ただ、それを素直に受け入れることはできない、許されない立場にあった。何度思ったか分からない。本能の赴くままに歩いていければ、どれほど楽か。
「(だめだ・・・)」
スネイプは、の小さな頭を見下ろしながら苦しい顔をした。理性ではわかっていた。の幸せを願うなら、彼女を拒み、彼女に年相応の恋愛をさせるべきだと。魅力的な彼女には多くのファンがいるのだし、それに見合う相手だっていることだろう。そう思ったところで、スネイプの頭に一人の少年の頭が浮かんだ。
「(マルフォイか・・・)」
彼がに対して本気であることは、宣戦布告されたスネイプが一番良く知っていた。スネイプが保健室でとった軽率な行動を知ってからというもの、ドラコのへの態度が強引とも言えるものに変わった。それはあまりにもあからさまで、スネイプへの挑発だった。以前にも、クィディッチ競技場でスネイプに見せ付けるようにの頬にキスしていた。それを見て、スネイプがひどく不快に思ったのも事実だ。
傲慢だと思った。にありふれた恋愛をと思いながら、彼女に他の男が近づくと嫌になる、彼女を手放したくないと心が叫ぶのだ。
「(こんなに本を重ねて。何を読んでいるのだ)」
スネイプは、すやすやと眠るの前に開かれた本を、彼女の後ろから首を伸ばしてのぞき込んだ。小さな文字の羅列のところどころに、“Prince”や“Princess”の文字が垣間見えた。小さい子どもが読むようなおとぎ話だとわかると、なんだかそれが妙に彼女に似合っている気がして、スネイプの頬は思わずほころんだ。
“もし王女様が一人の男性を好きになったら 王女様は呪いによって死ぬだろう”
“2人は一瞬で恋に落ちました”
「(なるほど、この手の話か)」
スネイプは、くだらないなと小さく鼻で笑った。大抵は物語の最後に王子様が助けにやってきて、王女様は助かるのだ。そしてハッピーエンド。実にくだらない、とスネイプは思った。だが、もし王子様が来なければ、または時間に間に合わなかったら、・・・王女様はどうなるのだろう。そんな普段は思いもつかないようなことが、ふと頭をよぎった。そんなおとぎ話、ありはしないだろうけれど。
「・・・ん、・・」
寝入る少女がもぞもぞと身体を動かすと、長い髪がさらりと揺れた。つやつやとした銀色の髪は、陽の光に輝いていた。絹糸のような髪。気づくと、スネイプはその手で彼女の髪に触れていた。美しい銀色の糸は、スネイプの指の間をさらりと流れ落ちていった。そして、古い書物の埃っぽさの中に混じって香る、微かな桃の芳香にスネイプは目を細めた。
彼女の全てが、本当に美しいと思った。だが、同時に儚いとも思った。触れただけで壊れてしまいそうな真っ白で華奢な体は、どこかで聞いたおとぎ話のように、本当に塔の最上に匿われていたのではないかと思わせた。それは幼い頃、母が語って聞かせた陳腐なおとぎ話の中のヒロイン。
「(あぁ、そうか)」
すやすやと寝入るが誰かに似ていると思えば、眠り姫のようなのだとスネイプも気づいた。目を閉じると、長く黒いまつげが白い肌によく映えていた。まるで起きる気配がない。こう無防備だと逆に呆れてしまう。
(君がピンチのときは必ず駆けつけよう。君を泣かせたくはない。悲しい想いはさせたくない。だが、今はまだ・・・)
スネイプはの頬にかかった髪を払うと、その柔らかな頬にそっと唇を落とした。触れるだけの優しいキス。それは、スネイプからへの二度目のキスだった。ただ、彼女は知らないけれど。
スネイプは、もう保健室でしたときのように自分の行動を否定はしなかった。衝動的なものだと誤魔化しはしなかった。自分の彼女に対する気持ちが何かはよくわかっていたから。だが、だからといって今すぐ手放しに喜んで彼女の想いに答えることはできなかった。の気持ちは嬉しかった。ただスネイプは、自分の中にまだ僅かに残る迷いと決着をつけるための時間がほしかった。
(すまない。もう少しだけ、待っていてくれ)
スネイプはが起きないのを確認すると、名残惜しげにその場を立ち去った。
少女は重い瞼をゆっくりと持ち上げ、夢の世界から目を覚ました。暖かい陽の光に再び夢の中へ引き込まれそうになったが、を現実世界に引き留める魔法がすでに彼女にはかかっていた。それは、眠りを覚ます王子様のキス。陽だまりの熱とは違う、別の暖かさがの頬に残っていた。
「・・・王子様」
はテーブルに頭を横たえたまま、小さな声で名前を呼んだ。だが、彼女が待ち望む人が姿を現すことはなかった。所詮は全ておとぎ話。
「もう、行っちゃたんですね・・・」
の視界がじわりと滲んだ。寂しかった。自分が望むままに、そばにいてほしいと切に願った。は、スネイプがくれたキスをなぞるように、頬に手のひらをあてた。
(おとぎ話なら、・・・これで呪いが解けるのに)
そしてはまた目を閉じた。陽だまりの中、彼女の頬を一筋の雨が流れ落ちた。
少女は寂しさを抱き、再び眠りにつく。
夢の中で彼に会えるように。
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