ドリーム小説
君を見ると思い出す
白銀に輝く小さな六花
触れるだけで溶けてなくなりそうな儚い存在
どうか彼女を連れて行かないでくれ
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <10> ■
雪が降っていた。白い雪が降っていた。だがは構わず走った。瞳から溢れ出る涙で目の前などとうに見えていなかった。目の前が見えないことに恐怖など感じなかった。肌を刺すような寒さも感じなかった。
はただひたすら雪の中を走った。行き先などない、終わりのない逃走だった。
「あれ?、・・かな?」
グリフィンドール男子寮で薬草学の勉強をしていたネビルは、窓から見えた光景に首を傾げた。白銀の吹雪の中を黒いものが動いていた。小さな獣かと思ったが、じっと目を凝らすとそれは真っ黒なローブを纏った人間だと分かった。そして、ネビルがそれをだと判断したのは、雪と同じように白銀に光る長い髪が見えたからだった。
「どうかしたのかな?」
こんな吹雪の中を、忘れ物だろうか。だがネビルはそれ以上気にも留めず、窓から目をそらしてしまった。
スネイプはひとり部屋に閉じこもり、魔法薬学のレポートの採点をしていた。静かな部屋に羽ペンが立てる無機質な音が響いていた。かりかりかりと淀みなく続いていた音は、だが不意に止んだ。そしてスネイプの、今までにないほど重たいため息が部屋の中で渦巻いた。スネイプは革張りの黒い椅子に背を預け、天井を見上げた。
何かがおかしかった。自分を悩ませていたものは全て消えたはずだった。そのはずなのに、前以上に落ち着かないのはなぜだろう。
が、泣いていた。
彼女の泣き顔など初めてではない。階段から落ちて怪我をしたときも、ダンスパーティーの夜告白されたときにも見ている。だが、先程見た彼女の涙は、スネイプの心を苦しめていた。自分が彼女を泣かせているという、自意識過剰にも思える自覚があるからだろうか。
「(は、・・・馬鹿げている)」
スネイプは鼻で笑った。いつまであの少女のことを考えれば気が済むのかと、自身に言って聞かせた。だが、どうしてだろう。スネイプの脳裏から消えないのだ。先程の廊下で、ドラコがにキスした映像が。
が、自分ではない他の男とキスをした。その瞬間思い出されたのは、保健室で眠る彼女の唇を奪ったことと、ダンスパーティーの夜に彼女に押しつけた強引なキスのことだった。彼女の唇の柔らかな感触は、今でもまだ覚えている。近づくと微かに香る桃の香りも、絹のようになめらかな髪の感触も。それを自分ではない他の男が知ったのかと思うと、スネイプの心の中に灯ったのは小さな闇の炎だった。だれにも見せられない傲慢な想いだった。
そしてスネイプは今更ながらに気づくのだ。これが、あんなにほしくても見つからなかった、彼女への答えなのだと。
(もうすべて手遅れだがな・・・)
大切なことは、なくした後に気づくことが多い。今更気づいても、すべて手遅れだとスネイプの中で諦めの気持ちが強くあった。スネイプはまた一つため息をつき、椅子に深く寄りかかった。
少年は寮の談話室に戻ってからというもの、ずっと窓際の一人掛けソファーに座ったまま外を眺めていた。誰が話しかけても返事はなく、頬杖をついてぼぉっとしていた。
に想いを伝え、無理矢理キスをした。彼女を手に入れたい、その衝動に駆られた。結果、彼女を余計に苦しめ、泣かせてしまった。は静かに涙を流しながら、ドラコに小さな声で囁いた。
『大好きよ、ドラコ。でも、私の大切な人はひとりしかいないの』
ドラコは外の雪を眺めながら、彼女の言葉を思い出していた。不思議な気持ちでいた。さっきまではあんなに怒りと憎しみが渦巻いていたのに。のスネイプへの想いを考えるだけで、悔しくて仕方がなかったのに。今は欠片ほどの力も沸かなかった。
『その人のためなら、死んでもいいわ』
にそこまで言わせるスネイプの存在に、ドラコはもう腹が立たなかった。完全に負けたという敗北感が、彼から力を奪っていた。
「(・・・完敗だな)」
ドラコは自嘲気味に笑うしかなかった。目を閉じかけたドラコに声をかけたのは、パンジーだった。
「あら?ドラコ、帰っていたの?」
「あぁ・・」
女子寮の階段を降りてきたパンジーに、ドラコは振り向きもせずに投げやりな返事をした。パンジーは談話室をきょろきょろと見渡すと、
「はまだ先生のところなの?」
の所在を訊いた。ドラコはしばらく黙っていたが、窓の外から視線をそらさず、ぶっきらぼうに答えた。
「いや。図書室に行った」
適当な嘘をついて誤魔化した。パンジーは、「ふーん」と特に気にとめた様子もなく、そのまま女子寮へと戻っていっ
た。「もうすぐ夕食なのに。何やっているのかしらね」とこぼしながら。ドラコはソファーの手すりに頬杖ついて、窓に向かってため息をついた。本当に、自分は何をやっているのだろうかと思いながら。
結局、その日の夕食には来なかった。ドラコは一人で夕食の席についた。のいない食事は本当に久しぶりだった。なんて味気ないのだろうと、ドラコはスープを泥でもすするように飲んだ。
は今頃どこで何をしているのだろう。誰もいない部屋で、ひとり泣いているのだろうか。わからないけれど、迎えに行ってやるつもりは今のドラコにはなかった。迎えに行ったところで、の気持ちが自分に傾いてくれるわけではないだろう。ドラコのプライドが、意地っ張りな抵抗を見せていた。
ホワイトアウト
それは、黒より鮮やかな白い闇の世界
どこまでも真っ白な世界に、ぽつんと黒い点が落ちていた。漆黒のローブを纏った少女が一人、雪原に横たわっていた。眠る獣のように小さく身体を丸めて、は自分の足首をさすり眉を寄せた。
「(前方不注意。よりによって、崖から落ちるなんて・・・)」
不幸にも程がある、とは自分の運命を忌々しく思った。崖の上の看板は雪で覆われ、見えなくなっていた。我を忘れて走っていたは崖っぷちで足を滑らせ、急な斜面を真っ逆さまに落ちてしまった。見上げれば、結構な高さのある崖だとわかり、登るのは不可能。そうでなくとも、落ちたときに足をひねり、立つこともままならなかった。杖を使えば何とかできたかもしれないが、はローブの中にしまった杖に手をかけようとしなかった。
さっきより吹雪も強くなってきた。体が寒さに震え続け、雪が急速に体温を奪っていった。もはや手足の感覚はない。このままでは凍死してしまうと頭ではわかっているのに、こんな状態の中での顔は寂しそうに笑っていた。
「このまま死んじゃっても、・・・いいかな」
生きることを放棄しかけた言葉がの口から零れた。はなんだかおかしな満足感に浸っていた。好きな人に好きだと伝えられた。自分の気持ちに正直になれた。それで十分だと言う自分が、心の中にいた。
(どのみちもうすぐ、・・・死ぬ運命なんだもんね)
は首の力を抜き、真っ白な雪原に頭を横たえた。頬に触れる雪がこれ以上ないくらい冷たかった。一面真っ白な世界。その中で、は白い雪を被りながらも野生の椿が真っ赤な花を咲かせているのを見つけた。燃えるような赤は、とても美しかった。椿に看取られて死ぬ人生も、悪くない。
冷たかった感覚は次第に刺すような痛みに変わっていった。凍傷の前触れだ。だがは姿勢を変えることなく、まるで死人のように動かなかった。徐々にの体の上に雪が降り積もっていった。
(スネイプ、・・・先生)
小さく唇を動かしても、声にならなかった。はゆっくりと静かに目を閉じた。
「ねぇ、ドラコ。は?」
夕食を終えたドラコは、また窓際のソファーを独占していた。風呂上がりのパンジーが髪を拭きながらドラコの背中に声をかけた。ドラコは緩慢な動作で後ろを振り返った。パンジーは心なしか不安そうな顔をしていた。
「戻ってないのか?」
ドラコが尋ねると、パンジーは頷いた。ドラコは柱にかけられた時計を見た。もう夜の10時をまわっていることに気づき、流石のドラコも驚いた。もうすぐ就寝時間になる。
「夕食前に図書室にも寄ったけれど、あの子いなかったわ」
こんな時間まで何をしているのかしら、とパンジーは眉をひそめた。
ドラコは妙な胸騒ぎがした。どこかで落ち込んでいるにしても、あのが寮の規則を破るなんて考えられなかった。の身に何か起こったのかもしれない。
「ねぇ、あの子身体が弱いから、またどこかで倒れているんじゃないかしら。心配だわ」
「あぁ・・・、そうだな」
「保健室かしら。私、行ってみる、」
「いや。待て」
ドラコは言葉だけでパンジーを止めると、ずっと動かなかったソファーからすっと腰を上げた。背もたれに掛けていたローブを手に取ると、
「僕が行ってくる。お前は部屋に戻って待っていろ」
早口に命令し、ドラコは足早に談話室を出た。「ちょっと!」と何か言いたげなパンジーを流し、ドラコはぱたんと扉を閉めて寮を出た。そして、の行きそうなところを考えた。
(図書室。・・・いや、もう閉室時間だ)
(スネイプ先生の研究室。・・・いるわけがないか)
(他にが行きそうな場所。一緒にいそうな奴。・・・グリフィンドールの奴らのところか)
ありえないことではなかった。特にハーマイオニーとは姉妹のように仲が良かったから。だが、グリフィンドールのメンバーのことを思い出すだけでドラコは唇がめくれ上がるくらい憎らしい気持ちになった。はっきり言って、死んでも頼りたくないメンバーだった。だが、
「(・・・・・のためだ。あくまでのため)」
自分を納得させるように何度も同じことを頭の中で唱えると、ドラコは手紙を送るべく梟小屋へと足を向けた。あの3人の中の一体誰に向けて手紙を書くか、ドラコは血を吐きそうなほど迷った。ハリー・ポッターだけは絶対にあり得なかった。そして純潔ではないハーマイオニー・グレンジャーも、思い出すだけで羽ペンの手が止まった。あの中でまだましな奴、純潔魔法族のロナルド・ウィーズリー。ドラコは憎々しい顔で手紙を書き上げ、それをワシミミズクに持たせて飛ばした。
就寝間際のグリフィンドール男子寮では、皆が眠い目をこすりながらベッドに就こうとしているところだった。そのとき、「カツカツカツッ」と何かが窓を叩く音がした。なんだなんだと皆がベッドから出てきた。
「何か窓の外にいるよ?」
ネビルは窓の鍵をそろそろと外し、窓を開けた。すると、
「わぁ!ワシミミズクだ!」
ばさりと大きな翼を広げて入ってきたのは、焦げ茶の大きなワシミミズクだった。それは部屋の天井をぐるりと旋回すると、迷うことなくロンのところへやってきた。
「え?え?ちょっ、・・・おわぁ!」
真正面から迫ってきた巨大ミミズクにロンは怯んだ。ミミズクはロンの頭の上で何度もばさばさと羽を羽ばたかせた。早く受けとれ!、とても言っているかのように手紙をくくりつけた足で何度もロンの頭を叩いた。
「うわ!わ、わかったよ、やめろって!いて、いてっ・・・足に毛が絡まってるっつーの!!」
「ロン、じっとしてろって」
ハリーはロンの髪に絡まったミミズクの足から手紙を外してやった。するとミミズクはお役目ごめんとでも言うように、窓目がけて羽を羽ばたかせた。当然、髪の毛が絡まっているロンは引きずられ、何本か髪の毛が抜けることになった。
「いってぇ!!ちくしょう、なんだあの梟!」
「ミミズクだよ、ロン」
「どっちでもいい!」
ロンの怒鳴り声を尻目に、ワシミミズクは悠々と吹雪の中を飛んでいった。ネビルは雪が入ってこないようにすぐに窓を閉めた。ロンは髪を抜かれたところを何度もさすり、悪態をついた。
「すげぇ失礼な奴だな!どっかの誰かさんを思い出すよ」
ロンは憎々しげに言い放った。ミミズクの足から手紙を外したハリーはぷっと吹き出していたが、手紙の裏に書かれた差出人を見るや、その顔は苦々しげな表情に変わった。
「ロン・・・、そのどっかの誰かさんからだよ」
ハリーは手紙をまるでゴミのように指で摘むと、ロンに差し出した。ロンの頭の中では、瞬時に金髪オールバックの皮肉な笑みを浮かべる少年の顔を浮かび上がった。ロンは顔をしかめて、
「捨てていいよ。どうせ呪いの呪文が書かれた手紙とかだろ」
とばっさり言い放った。「そうだな」と、ハリーも手紙を摘んでいた指をパッと放した。手紙はひらひらと舞い、床に落ちた。それを拾い上げたのはネビルだった。
「ネビル。そんなの拾うなよ。早く捨てろって」
「うん。・・・・でも、いいの?ロン。これ、SOSかもしれないよ。中の文に『・がいない』って書いてあるけど」
封筒を灯りに近づけて透かせていたネビルは、何とか読める文字だけをロンに伝えた。次の瞬間、ロンはネビルの手から手紙をひったくっていた。「なんだよぉ・・」とネビルは唇を尖らせ、ハリーは「まぁまぁ」と苦笑いしていたが、手紙を読み終えたロンの真剣な顔を見て、何かあったのかと空気を読んで身構えた。
「ロン。マルフォイの手紙になんて、」
「ハリー、大変だ・・・。が寮の中で喧嘩して、出て行ったまま帰ってこないって。ここに来てないかってマルフォイの奴が、」
「えぇ?」
ハリーはサイドテーブルの時計に目を向けた。10時半になるところだった。こんな遅い時間にが校内をうろついているなんて、あまり考えられなかった。ハリーとロンは顔を見合わせると、ベッドを駆け下りた。
「え、ちょっと2人とも待ってよ、」
「ネビルはここにいろ」
ネビルを寝室に置き去りにすると、2人は部屋を飛び出し、談話室に転がるように入り込んだ。するとなんともタイミングのいいことに、読書を終えたハーマイオニーが女子寮に戻っていくところだった。ハリーは慌ててハーマイオニーを呼び止め、事の次第を伝えた。機転の利く彼女なら何かいい案が浮かぶはず。
話を聞いたハーマイオニーは、だがやはり眉をひそめた。
「話はわかったわ。でも、差出人はマルフォイでしょ?悪戯じゃないの?」
「でも今日の夕食に来てなかったぜ」
「あなた、よく見てるわね・・・」
のこととなると目聡いロンは、そのときの記憶を引っ張り出した。ハーマイオニーは頬に手を当てて唸った。
「でもねぇ。体調が悪くて寝ていたのかもしれないし。今現在がスリザリン寮にいない、っていう確証はないわけよね」
ハーマイオニーはなお『マルフォイの悪戯説』を引っ張った。ドラコを信じていいかのか、3人そろって唸っていたときだった。寝室に取り残されたネビルが、どてどてと談話室に降りてきたのは。
「ネビル。部屋で待ってろって言ったろ」
「もう、僕の話も聞いてよっ」
「なんだよ、お前の話って。夕食のミートパイが旨かったとか、そんな話だろ」
「違うよっ。僕、見たんだよ」
「見たって何を。お化けか?」
「ロン!もう・・・。僕、が外に出てくのを見たんだ」
「あっそう、が。・・・・・「「「は?」」」
3人は目を丸くしてネビルを凝視した。ハーマイオニーはどういうことかとネビルを問いつめた。ネビルは自分が見たことをそのまま話した。
「が、・・・」
「この吹雪の中、外に・・・?」
「まさか。自殺行為だわ・・・」
3人の頬を汗が流れた。急がなければ、手遅れになってしまう。ハーマイオニーはハリーにヘドウィグを借り、すぐにドラコに手紙を出した。
「外に出た、・・・だと?」
寮の談話室に戻り待っていたドラコに、グリフィンドール勢から返事が届いた。それを読むやいなや、ドラコは窓ガラスに両手をついて外を見た。今は吹雪は止んでいるが、先程の降雪で雪が高く積もっていた。ドラコの背中を冷たい汗が流れ落ちた。が外を走っていたのは夕食前だという。ならば、はドラコと別れてすぐに外に飛び出したのだ。あれからずっと外にいるのだとしたら、・・・。最悪なシナリオが頭をよぎり、ドラコは背筋が凍った。
「(どうする、・・・・どうすればいいっ?)」
こんなときに何の案も思いつかない自分の無力さが悔しかった。今の自分にできることは何なのか、ドラコは手紙をぐしゃりと握りつぶして考えた。
「・・・・・・っ、」
のために、今の自分がしてやれること。自分の力では何もしてやれないと気づき、ドラコは怒りに震えた。結局考え付くことは一つしかなかった。ドラコはローブを羽織ると、見つからないように寮を出た。行くべき場所は、暗い地下牢の研究室だった。
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